ベジタリアンへの道

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2013年6月1日
 最近買った本は「大往生したけりゃ医療とかかわるな〜自然死のすすめ〜」・・・まだ読んでないけど(^_^;) 騙されたくないし、利用されたくもない、人生を無駄にしたくないと思う。

2013年5月18日
 入浴後、まぶたのかゆみ・かぶれ再発。ハーブシャンプーもかかってないし、小麦粉でごしごしこすってもいないのに。・・・という訳で、時々私を悩ませるこのかゆみとかぶれの原因は、クレンジング剤ではないかとの疑いが深まった。なんてデリケートな私の薄皮。

2013年4月18日
 まぶたのかゆみ、かぶれで皮膚科に行った。いつも入浴後にかゆいので、ハーブシャンプーが顔にかかることによる植物アレルギーかと心配したが、接触性皮膚炎と言われ、ちょっと安心した。ハーブシャンプーが使えなくなるのは嫌だもんね。でも、かゆいからこするんだから、やっぱり植物アレルギーなのかもしれないよね。

2013年4月16日
 小麦粉のふんわりした肌触り、そして洗浄力は素晴らしい。クレンジングオイルでメイクを落とした後、お湯で溶いた小麦粉を塗ると、クレンジング剤だけでは落ちなかった汚れがスルスルと落ちる。

 今日は初めて小麦粉に、アムラ+ヘナ+ニーム+ムルタニミッティを加えて洗髪。小麦粉が効いたのかムルタニミッティが効いたのか分からないが、マイルドで軽い感じに仕上がった。顔にかかってもヒリヒリしないので気に入った。

 ただ、心配なのは小麦粉アレルギー。小麦粉を多用していると、「悠香のお茶石鹸」でアレルギーになった人がいたように、アレルギーになりはしないかと心配だ。

 ネットで検索してみると、皮膚の表面からアレルギーが成立するのは、分子量が1000以下の小型の化学物質(ハプテン)が表皮を通過した場合ということと、悠香のお茶石鹸は「グルバール19S」という加水分解小麦末を使っていたということ。

 アレルギーって、一度なったら治らないので、絶対なりたくないんだけど、大きい分子のまま使う分には大丈夫なのかな?ご存知の方がおられましたら教えて下さい。

2013年4月14日
 

2013年3月30日
 今日の驚きはこれ。目薬が瞼のかぶれに効くとは!

2013年3月29日
 小麦粉を水で溶かし、クレンジングした。驚きだった。メイクがきれいに落ちた。しかも肌がもっちりした。早速、台所の小麦粉をハーブ用の瓶に詰め替え洗面所へ移動。今度これで髪も洗ってみたい。

2013年3月13日
 今日はニームで髪を洗ってみた。指通り、スルスル。顔にかかっても、リタ+アムラの時みたいにヒリヒリせず、いい感じ。

 「チェルノブイリ原発事故ワレリー・レガソフ回想録」視聴。人間は、なんと恐ろしいものを開発したことか。制御もできないのに。27年も前のことだが、フクシマそのものだと思った。あんな大事故だったのに、我々は何も学んでいなかったのかと失望した。http://youtu.be/lStauJUSz6A
 「ぼくは毒ガスの村で生まれた。」(合同出版)も少しだけ読んだ。戦争も、化学兵器も原発も、全て根はひとつなんだと感じた。

2013年3月3日
プラスチックは人間にとって便利なものだが、土に還らない。ミッドウェーで起こっていること。

2013年2月10日
  ウールは大丈夫だ(残酷なことをせずに手に入る)と思っていたが、甘かった。たくさんの毛を生やさせるためにしわの多い(面積の広い)皮膚をもつ羊を育てるのだが、そこにハエが卵を産み付ける。だからそれを防ぐため、麻酔もなしに皮膚を削る、それを「ミュールシング」と言うのだそうだ。全く、知らないことが多すぎる。要するに、動物性のものは何だって、動物の苦悩に満ちた生の証ということか。人間って傲慢だ。

 倉本聰さん作・演出の演劇「明日、悲別で」を鑑賞。原発労働者の被曝問題とか、在日の方の悲劇とか、炭鉱町の復興のこととか、様々な悲劇の描写に、打ちのめされた。みんなこんなに善良で健全で一生懸命なのに、なぜ人間は欲に目を眩ませるのだろう。帰ってから平井憲夫さんの「原発がどんなものか知ってほしい」を再読。→「http://www.iam-t.jp/HIRAI/pageall.html」  贅沢をせず、体を使って、心で感じて、自分の頭で考え生きていたい。仲間を見つけ、少しでも多くの子ども達の笑顔のために、真面目に誠実に生きていたいと思った。

2013年2月3日
 涙ぼろぼろで観た動画。ごめんなさい。あなた達は何も悪くない。人生を、命を踏みにじってごめんなさい。


2013年2月3日
 

2013年2月3日
 2012年6月30日、アメリカのウエストハリウッドが毛皮禁止の街になった。2012年12月18日、オランダでミンク農場禁止の法案が可決された。

 こちらは牛乳について

2013年1月23日
 「マシーンプラッキング」と「ライブハンドピッキング」について初めて知った。ダウンジャケットや羽毛布団に使われている羽毛は、こんなふうに鳥たちの体から奪われていたのか・・。

2013年1月20日
 シカカイで食器を洗ってみた。キュッキュと気持ち良く、さっぱり仕上がった。

2013年1月13日
 杉本彩さんの、2012年11月3日京都の「毛皮反対デモ」に関するブログ発見。無用な犠牲への怒りがあふれていた。岡本夏生さんのデモのリポートブログも発見。

2013年1月2日
 シカカイは上澄み液のみ使用し、濃度をものすごく薄めにして試してみたが、しっかり洗えて感動した。なんだ、今まであんなに大量に使わなくてもよかったんだ〜。(と言っても、おちょこ1杯程度だけどね。粘りがないと垂れてくるので、濃いめに作って使っていた。)アレルギー反応も、ちょっとはマシになった。これからは顔につかないように、工夫してシャンプーしたい。 

2013年1月1日
 ハーブシャンプー(シカカイ粉使用)で、目と目の周りが真っ赤っかになった。どうやらシカカイの殺菌・解毒力にアレルギー反応を起こしたらしい。粒が、今もまつげの間にはさまっている感じだ。バシャバシャ使えたら楽なんだけど、デリケートだから仕方ない。(>_<) 次回から、シカカイはお茶パックに入れて煮出し、上澄みだけ使おうと思う。 

2012年12月22日
 忘年会で暴飲暴食&肉食。脂の食感と味が蘇った。肉食は嫌なのに、今の職場ではベジっ子であることをまだ誰にも言えないでいる。そんな自分への戒めだったのかもしれない。食べたんだからベジっ子だなんて言えないじゃん。情けない。自己嫌悪だ。カミングアウトの自信はまだないが、もう肉食はしません。

2012年12月14日
 美容院に行った。美容院では当然のようにケミカルシャンプー・・・「あ〜、それ使わないで!」って言えなかったのだが、硫酸系界面活性剤は入ってるのだろうから、やっぱこれは絶対体に悪いと思った。
 経皮毒は、使用を止めることで時間をかけて体から排出されるようなので、家に帰ってごしごしハーブで洗っても、この1回分に関しては手遅れなんだなと、残念に思った。 

2012年11月17日
 パイル地が毛羽立ってきて肌触りが低下したり、冬になって洗濯後、乾きにくくなってきたりしたので、せっせと縫って、布ナプ大幅補充。
 布ナプ洗っていて思うのだが、うちの浴室はルミノール反応出まくりだよね〜。浸け置きした後のたらいをざばっとひっくり返すと、床一面が真っ赤っかの血の海になる。初めて見た時は、「うぎゃお〜〜」とびっくりした。

2012年10月10日
 ハーブシャンプーが目に入り、24時間充血した。最初の数時間は、目も開けられず。恐るべし、サポニン成分。目玉に染み込み、組織を破壊か? 配合していたのは、リタ、アムラ、ヘナ。シカカイだけの時にも目に入ったことがあったが、あれも相当痛かった。ハーブシャンプーって意外にリスキー。
 別の理由だが、夫はハーブシャンプーを卒業した。

2012年3月27日
  夫も、ハーブシャンプーの虜になった。夫の使うシャンプーには、脂を分解する力の強いハーブを多めに入れてあげるのだが、「地肌が元気になった。」とか「髪がシャンとする。」などと言って喜んでくれている。

2012年3月16日
  リタやアムラ、シカカイ、カチュ−ルスガンディーなど、インドハーブには、効能の違ういろいろな種類があるので調合が楽しい。においも好き。配合の違いで髪のコンディションが全然違う。

2012年3月9日
 ヘナでリラックス。前回ヨーグルトを混ぜて艶が良かったので、今日も・・・と思ったけど、冷蔵庫にヨーグルトがなかったので、ジンジャーと蜂蜜を混ぜてみた。結果は・・・全然変化なし。ぐはっ。

2012年3月8日
 初めてハーブシャンプーをした。これは素晴らしい! 何千年もの昔からインドで使われ続けていた植物100%だから、おそらくは人畜無害。サッパリナチュラルな洗い上がり。様子を見ながら続けていきたい。

2012年1月6日
ラオスで食べた物。


↑(右上)ヴィエンチャンでイタリア人が経営しているバーで。20000kipくらいだった。
↑(右中)メコン川で獲れた白身魚のスチーム。
↑(左上)ワッタイ国際空港(ヴィエンチャン)2階の日本料理店のきつねそば。25,000kip(250円)くらいだった。
↑(左下)チャンパサックのメコン川畔のレストランで。ネコが椅子に飛び乗ってきて辟易した。


↑(右中)熊本ラーメン
↑(右下)インド料理、チーズナンとヴェジタブルマサラ&ラッシー
↑(左下)紅茶は砂糖入りリプトン
バナナクレープも、ものすごい量のミルクを投入! ↓(右上)


↑タイ航空のヴェジタリアンミール


 ラオスの朝市(その2)。

前カゴに肉塊
お客は、ニワトリをひっくり返して品定めしていた。↓(左上)
さばいてないものは、市場の建物の外で営業していた。

鳥の羽をむしりながらの店番↑(左下)

ピッタリサイズの竹カゴで身動きできないイノシシ。カゴと体の隙間には、段ボールが詰め込まれていた。どれほど苦しいだろう。時々ため息をもらしていた。↓(右上)

生きたまま袋に放り込み、客に渡していた。ここでは人間にとって鳥はただの食料。命あるものをそんなふうに扱うことに、やっぱり私は反対だ。ヴェジタリアンでいくぞ〜〜〜っ。↑

2012年1月3日
ラオスの朝市(その1)

ネズミの乾物↑

↑生きたニワトリ・ネズミ↓

↑死んだニワトリ・脚をくくられ、身動きできない鳥↓
 

2011年12月17日
 身をよじらせ、縮め、引き伸ばし・・・熱さに苦しみ、命を落とす様子がよく分かり、とてもかわいそうだった。
 

2011年12月16日
 数年前、初めて三砂ちづる著「昔の女性はできていた―忘れられている女性の身体に“在る”力」を読んだとき、月経血コントロールなんてほんとにできるのか半信半疑だった。でも、その感じ、今ならよく分かる。あれって布ナプとセットなればこその技なんだと思う。
 ・・・って、またこの話題ですっ!
 布ナプ万歳!
 
 布ナプを愛用し始めてから、
 普段はお腹(子宮口)をぎゅっと締めておいて、トイレで「うぐっ」とリキんで経血を出すことができるようになった。完璧じゃぁないけど。
 手洗いするので、自分の経血量がよく分かるようになった。
 洗う時、血のにおいを嗅ぐたびに、本能が研ぎ澄まされていくような、そんな感覚を味わうようになった。
 今はゴミゼロなので、これまでのように、たくさんのゴミを出し、燃やすことへの罪悪感がない。
 肌ストレスを感じることもなくなった。蒸れ無し、かさつき無し、ニオイ無し。←この「ニオイ無し」っていうのが結構感動的だった。時間が経っても全くにおわない。
  ・・・とまぁ、私にとってはいいことずくめだ。自分の身体が分かるって、こんなに楽しいものなのかと思う。

2011年11月24日
  
 またまたこのネタですみません。紙ナプでは得られない使用感の良さゆえ、書かずにはいられない。
 ←こちらはネットで買ったセットだが、肌に触れる面が、とても柔らかいコットンで、身に着けていることを忘れてしまいそうな快適さ。スナップも、金属アレルギーが出ないよう非金属が使用されている。

 一番右の夜用は、ほんとに大きくてビックリした。産後用のナプキンなみだ。

2011年9月27日
  何だか楽しくって、ここのところ、こればっかり作っている。
今日は、正方形タイプの一体型。曲線がないので縫うのが簡単だった。
接触面も中身もタオル地。
真ん中を重ねて厚くした。
上は収納時のたたみ方。
下は使用する時の留め方。
 
 今までたくさんのゴミを捨ててきたけれど、もうこれからはゴミにしなくていいんだと思うと嬉しい。

2011年9月26日
 前回はホルダー型を作ったので、今回は、より手軽に使える一体型を作ってみた。曲線がうまく縫えず、ちょっとゆがんでいるけどご愛嬌(^^)。
スナップを留めたところ ↑上はロングタイプ
肌との接触部はタオル地にした。
 ↑こちらはネットで買ったもの。柄はかわいいが、
手作りの柔らかさにはかなわないなと思った。
 

2011年9月23日
 布ナプキン3枚とホルダー2枚を手作りした。布ナプキンは、綿100%のロングシャツをリメイク。3枚のうち1枚は2枚重ね用で、2枚は6枚重ねにして使えるようにした。
 使用感は、肌触り抜群、快適!紙製ナプキンのようなガサガサ感・蒸れ感は全く無い。
表側
裏側
 ホルダー上下に半月形のポケットを付け、ナプキンだけを交換できるようにした。
少ない日用2枚重ね スナップを留めたところ
 ナプキンは、筒状にし、洗濯しやすいようにした。  ホルダーの羽にはスナップを付け、下着に固定できるようにした。マジックテープの方が付けるのは簡単だが、洗濯の時、何かに引っかかりそうで気を遣うのでスナップを採用。
多い日用の大判  大判の横を二つ折りにし、縦を三つ折りにしてホルダーにセットしたところ。
多い日用6枚重ね
 <使用後の感想>6枚重ねにしても、生地そのものが薄手なので、ちっともごわごわしなかった。下着の感触。不安な時は、間に防水シートをはさむといいかも。 

2011年9月21日
 性器に直接触れる生理用品が、安全なものとは言い難いことを初めて知った。私の回りにも子宮内膜症で苦しんでいる女性は多いのだが、もしかして生理用品が原因なんじゃないだろうかと思った。性器は腕の内側の42倍も化学物質を取り込む割合が大きいのだそうだ。
 それに、燃やすと有害物質は大気中に撒き散らされる。これって地球全体の問題だったのだ。今後は閉経まで布ナプキンでいこうと決意。

2011年9月8日
 ポール・マッカートニーは言った。「屠殺場の壁がガラス張りだったら、人々はみな、ベジタリアンになるだろう」と。私もその言葉に共感はしている。しかし、殺生がこんなにもオープンにされているインドネシア(8月11日の記事を見てね。)で、ベジタリアンが多いという話は聞かなかった・・・。

2011年8月25日
 泡立て器でヘナの粉を溶かしていると、夫が「何作ってるの?」と言ったので、「ヘナよ。」と答えたのだが、意味が分からなかったみたいで、「へぇ、ヘンな物作ってるの。」と真顔で言ったので大笑いした。

2011年8月17日
 インドネシアで食べたベジタリアンメニュー

 香辛料が、もうそれはそれは辛かった。豆腐はとてもポピュラーだった。
 
バジル・パスタ ヴェジタリアン・ピザ
ミー・ゴレン ナシ・ゴレン
 
シンガポールエアラインのベジタリアンメニュー↓
 

2011年8月11日
 バリ島(インドネシア)ウブドの朝市に行った。
 野菜、果物、穀物、魚介類・・・あらゆる食材で溢れかえっていたのだが、中でも大量のニワトリと卵には心が痛んだ。
← 生きたニワトリがトラックの
  荷台で鳴いていた。
   茶色のニワトリを購入し、
  逆さに吊し持って帰宅する
  人の姿も見た。
  
↓ 市場の地下室には、
 羽をむしられた死体が
 横たわっていた。 
 ↑大きな包丁で肉をぶつ切りにしていた。

 道端で鳥の羽を剥がしている人も見た。
↑ 今まさに孵化しようとする卵「カイ・ルーク」。卵のてっぺんが割れ、ひよこの頭がちょっぴり見えている。世の光を見る直前に処置されたようだ。

2011年8月5日
 スリランカのスーパー(食品売り場)で買った「KASAKASA」。種なのか穀物なのか正体がよく分からなかったので、台所の保管庫で眠ったままだったのだが、今日やっと調べ、正体が分かった。それは、グルコマンナン豊富なバジルシードで、スリランカで昔から親しまれている食材なのだそうだ。コレステロールの再吸収や糖質の吸収も抑えるのだそうだ。1年も寝かしておかずに早く食べればよかった。明日の朝食で味見したい。(一応賞味期限内)

2011年8月4日
 インドで古来より親しまれてきたハーブ、ヘナでトリートメントした。髪がサラツヤになった。これは手放せなくなりそう。匂いは草原の匂い。100%草なんだから当たり前か。お茶にして飲みたくなるような、おいしい匂いだ。夫はイ草の匂いだと言っていた。ネットでは「この匂い我慢できない。」「きつ過ぎる。」などの意見があったが、私は気に入った。1週間くらい匂うそうなので、誰かとすれ違った時、人によっては、「やだ、この人、変なにおい。」って思われたりするってことになるけど・・・。
 それからヘナは頭皮の油を吸収するのだそうで、毛穴が何だかスカッとした。
 粉を水と混ぜ、ダマをつぶしながらネリネリするのも楽しかった。ヨーグルトもちょっとだけ混ぜてみた。
 植物アレルギーを心配したが、大丈夫だった。どうやら私のまぶたや唇の荒れの原因は、植物性化粧品じゃなく、アレッポの石鹸(原料はオリーブオイルとローレルオイル:シリア産)だったみたいだ。使わなくなった途端に肌荒れが良くなったもん。だから今後は顔にかからないよう使っていきたい。それから、ハーブシャンプーも体験してみたい。ハーブだと、頭皮が生き返り、毎日シャンプーしなくても全然平気になるらしい。

 何だか私も結構な自然派オタクになってきたわん。

2011年8月3日
 飲み会なんかで海の幸を食べていると、「あれ?ベジタリアンじゃなかったの?」などと言われることがある。ノーミートで過ごしているが、私の場合シーフードは違うんだよね。今、一番好きなのは伊勢エビ。あのコクが、たまりませぬ。

2011年7月17日
 宮崎市の宮交シティ(バスターミナル)でバスを待っている間、隣に座った善良そうなおじいさんから聞いた話。出荷する前の牛には高カロリー食を与えるため、100%が糖尿病になり、目が見えないものまでいるのだそうだ。

2011年6月30日
 悲しく残念なことなのだが・・・どうやら私は植物アレルギーだ。オレンジなどの柑橘系果物を食べた時、よく唇の脇がかぶれていたのだが、それと同じ症状が、まぶたや唇に現れた。がっくり。せっかくナチュラルで安心な生き方に一歩近付けたと喜んでいたのに。
 取り敢えずシャンプーと化粧品は元に戻した。今の状態が治まったら、肌の調子を見ながら、できるだけ植物由来の製品を取り入れていきたい。

2011年6月26日
 私のお気に入り、今日の「美の壺」(NHK)は馬について。馬の筋肉や毛並みが美しい理由・古来からの人間との関係などについて知った。先日、馬の屠殺をYou Tubeで見たばかりだったので、こんな馬達を殺して食べるのかと思うと、馬刺しを頬張ることへの罪悪感・嫌悪感を感じた。

2011年6月17日
 最近、化粧品を動物実験を行っていないドイツ製のロゴナに変えた。ロゴナはナチュラルコスメメーカー最大手で、環境への配慮でも有名。タール色素ゼロなので、口紅だって、もう舐めたり食べたりしてしまってもビクビクしなくて済む。ほんとはメイクも最小限にしたいのだが、休みの日以外は、まぁそんなわけにもいかず(達観できず)、ついバリバリに塗って出掛けてしまっている。
 
 基礎化粧品は日本オリーブ製造のバージンオリーブオイルとアルゼンチン製のインカオイルに換えた。どちらも、とっても癒される。素肌にじわ〜んと染み込む感じ。太陽油脂の基礎化粧品もいいみたいなので、いずれ使ってみたい。
 
 洗剤は重曹とクエン酸に。何で早く変更しなかったかと悔やまれる。とってもシンプルでナチュラルなのに、お風呂もお鍋もピッカピカ。上腕二頭筋が筋肉痛になるほど、どこもかしこも磨きまくっている。

2011年6月10日
 You Tubeで、馬の屠殺、犬の屠殺を見た。賢そうな、つぶらな瞳が助けてほしいと訴えていた。

2011年6月6日
 夏休みに乗る予定のシンガポール航空の飛行機では、往路は「ウエスタン・ベジタリアン」、 帰路は「ベジタリアン・オリエンタルミール」をリクエストした。どんな内容かな?楽しみだ。

2011年6月3日
 福祉館で、食肉業者への差別問題を扱った、人権教育啓発ビデオ「白紙のページ」鑑賞。食肉は生きるために必要だという前提の基での話には、自称ベジタリアンとしては、ちょっと不満ではあった。
 ビデオには、徳島県の処理施設で牛や豚が解体される様子も映されていた。若い若い命を、食の楽しみのためだけに貪ることに、罪を感じる。オートメーション化される前の屠殺なんてもう、夢に出てきそうだ。ハンマーで仔牛の頭を叩いていた。悲しかった。

2011年1月4日
 カイロにて。



 ケージの上に乗せられているだけの鶏も、じーっと大人しくしていた。彼らの目の前には、殺された仲間の肉が釣り下げられていた・・・。

2011年1月9日
 <エジプトエアーのヴェジタリアンミール>
 キャセイパシフィックの時と違って、お腹いっぱいになった。


<次男が食べたノン・ヴェジタリアンミール>
 Hりんは、「ヴェジタリアン食の方がおいしそうだね。」と言っていた。



<ホテルや町のレストランで食べた物>
↑これをマゼマゼすると ↑こうなる。
マカロニやライスもたっぷり
 別のお店のコシャリ。
 ゲッソリ疲れた顔(しかもノーメイク)の私・・・。この後食事をして元気を取り戻しました。
 この大きなパンは、8枚で5ポンド(約70円)だった。  パスタは18ポンド(約250円)、次男の食べたチキンステーキは約500円だった。
果物屋さんで60ポンド(約840円)分のフルーツを買った。

2010年12月5日
 給食以外で肉を食べないことについては完全に定着した私だが、身に付ける物についてはどうも乗り越えられない・・・。

2010年12月4日
 今思えば・・・ヴェトナムにも、フルーツはいっぱいあった。
シェラトンのウェルカムフルーツ
ココナッツからキャラメルを作っていた。
←生野菜たっぷりの生春巻


2010年8月19日
<スリランカ旅行中の食事>
スリランカはもともと野菜やスパイスたっぷりの国なので、
ノーミートのヴェジタリアンメニューで通すことに
少しも困難はなかった。


↓ キャセイパシフィックのスペシャルミール ↓
腹八分だったけど、安心して食べることができた。
 「東洋式」などはあっさりしていたが、「インディアンベジ」はとても辛かった.
↓ キャセイパシフィックのベジ軽食はこちら。他の人は、ハム入りのサンドウィッチだった。 ↓
↓ ホテルではほとんどビュフェだったのだが、なにせ辛いので食べるものが制限され、またまた腹八分・・・・ ↓
↓ お腹が空くので、帰国時は飛行機に乗る前にしっかり食べておいた。  ↓ スーパーで夜食に果物を買って食べた。バナナ5本で15Rs。
 ← 小麦粉・ココナッツ・タマネギなどが原料の「ロティ」。スリランカンの朝ご飯&軽食。
↓目の前で搾られる、こんなフレッシュなジュースがたったの60Rs(約48円)  ↓ マーケットは様々な野菜で溢れかえっていた。

2010年8月6日
 台北のレストラン裏で見た光景。命あるものを殺し、食べる(時には残す)ことに大いなる疑問を感じる。

2010年7月19日
 来月の旅行で使う航空会社はキャセイパシフィック。ベジタリアンメニューが充実しているので安心だ。スペシャルミールは次の通り。今回は1、17、18、20をオーダーした。食事時間が楽しみだ。
1 ヒンズー式菜食/ インド式菜食
2 ベビーミール
3 低刺激のお食事
4 チャイルドミール
5 糖尿病の方用のお食事
6 フルーツプレート
7 グルテンなしのお食事
8 ヒンズー教徒食
9 ユダヤ教徒食
10 低カロリーのお食事
11 低脂肪/低コレステロールのお食事
12 塩分を控えたお食事
13 イスラム教徒食
14 低ラクトース食
15 生菜食
16 牛肉なしのお食事
17 純粋菜食
18 ジャイナ式菜食/厳格なインド式菜食
19 乳卵菜食
20 東洋式菜食
 各航空会社のスペシャルミールを調べる中で、たまたま知ったのだが、「マクロビオテック」という食事療法があるらしい。一つの食品を丸ごと食べること、ミネラルやカリウムの摂取を重視し、陰陽のバランスを取ることなど、今後留意したいなと思った。

2010年6月20日
  「私の牛がハンバーガーになるまで」再読。口蹄疫の次はヨーネ病で日本の牛達はまた苦しむのだろうか・・。著者はジャーナリストで、肉食を批判する立場で書いてなどいないが、読んでいて、どうもそこのところが氷解しない。どうしても、なぜ我々は肉を食すのかが気になる。「人間の霊性が欠如することで一番最初に苦しむのは動物」だというアシュラムのヒンドゥー教信者の話には大いに納得した。

2010年5月22日
 宮崎県で発生した口蹄疫は、未だ拡がり続けている・・。
 川南町・都農町周辺の幹線道路には、何ヶ所も消毒ポイントが設けられていた。「自主消毒ポイント」と示された所もあった。
 消石灰で、道は、雪が降ったかのように真っ白だった。  高速バスの車内や各種店舗内などあちこちに、義援金を募る場所があった。
 
 口蹄疫で命を奪われるたくさんの牛や豚達・・・。感染し苦しんで死んでいくもの、感染した(または疑いがある)ので殺処分されるもの、健康だが空白地帯を作るために殺されるもの・・・。どれもみんなかわいそうだ。

2010年4月27日
 
   〜呼子の朝市にて〜 

 食卓でもイカは、ずっとずっと動いていた。目がギョロッと動かないか恐かった。恨まれているような気がした。

2010年4月18日
 チーズが、授乳中の子牛の4番目の胃から抽出される「レンネット酵素」で作られていることを知った。子牛を殺さずにすむ微生物由来のレンネット酵素もあるようだが、森永乳業も雪印乳業も、小岩井乳業、北海道日高乳業、明治乳業も、子牛由来のレンネットを使用しているらしい・・・。

 「私の牛がハンバーガーになるまで」を読み始めた。ハンバーガー用の肉の50%〜70%は、元酪農牛。つまり乳製品を消費することも、たくさんの牛の屠畜に加担していることだったのだと知った。
 

2010年4月7日
 春休み、東京のど真ん中にある「東京都中央卸売市場食肉市場」(「芝浦と場」併設)の食肉情報館へ行った。
 情報館には食の安全、労働者の権利、食肉の歴史等々についての展示もあり、大変勉強になった。

 残念ながら館内は写真撮影禁止だった。ここで働く人たちへの差別があるための措置のようだった。実際に届けられた、働く人々を中傷する手紙等も公開してあった。
 ← 殺される動物達が、この大都会の真ん中に運び込まれて来ていた。「食肉市場ニュース22.2」によると、2010年2月にと畜された動物は、和牛5983頭・交雑3483頭・乳牛1426.5頭・豚14327頭・仔牛15頭他となっていた。
 ここに展示してあった、内澤旬子著「世界屠畜紀行」を帰宅後、早速購入して読んだ。感想はコチラ→「Booksの「vegan」の項。

2010年1月23日
 Sea shepherdの「Stop killing whales」と「Stop killing baby seals」を見た。アザラシがカナダなどで、あんな目に遭っているとは今まで全然知らなかった。気楽過ぎた私・・・。そして捕鯨に対するオーストラリア人の気持ち・・・。今まで「シーシェパードって何てことするんだ!」みたいな気持ちでいたが、一面的だったと初めて知った。  「動物の権利 フォアグラ編」UP

2010年1月6日
 昨年5月、ベルギーのゲント市では、毎週木曜日を「ヴェジタリアン・サーズディ」に制定。学校他、公共施設で肉食を禁止した。
 ポール・マッカートニーが提唱したロンドンの「ミート・フリー・マンデー(MFM)」も広がりを見せ、Vマークの付いたメニューのあるレストランが増えたそうだ。中国やタイ、オランダ、ドイツetcでもMFMを支持する人が増えているらしい。ちゅ、中国でも?・・と私は少し驚いた。だが菜食に限らず、志さえあれば、どこで暮らしていたって、できないことはないはずだなと感じた。私もできないことを周囲や環境のせいにせず、自分の責任と選択で生きていこうと思った。

2010年1月3日
 昨日、台湾旅行から帰ってきた。台湾は肉食の国だった。何にでも肉が入っていたし、市場では必ず大量の肉が売られていた。これらの肉はどこでさばかれているのだろうと気にしていたら、店舗裏でケージに入れられた大量の鶏を見た。それらの鶏がケージから出される所も見たし、丸ごとお湯に入れられている所も見た。作業は淡々と行われていた。一羽一羽には、個性も生への執着もあるだろうに。

 航空会社には、前もってベジタリアンメニューを頼んでおいた。だから飛行機の中では安心して食べることができた。街角では、たくさんの屋台やレストランで食事したが、いちいち肉抜きをお願いした。十分おいしかった。(ただし、魚はたくさん食べた。)


 花蓮は港町。海の幸が豊富で、ショーケースに並んでいる魚を注文すると、その場でさばいて料理してくれた。
野菜は山岳地帯から来るとお店の人が言っていた。
これで一人分 花蓮のホテルの朝食

深抗特産の臭豆腐も、
no meetでお願いした。

台北の芝山にて。
この定食、120元(約360円)
 ほんとはこれに豚の血で煮た野菜をかけるらしい。  これはかなりおいしかった。三角おむすびに混ざっている黒いのは豆
コース料理では鹿の肉と猪の肉も出てきたが、遠慮した。
熟すまで収穫しなかったというバナナ


2009年12月28日
 YOUTUBEで「毛皮の実態 養殖編」を見た。1990年に、当時世界最大の毛皮消費国だった日本でも吹き替え版が公開された。今またモコモコファッションが流行っている。みんなで見たい動画だと思う。毛皮のためにどれだけ人間が傲慢になっているのかがよく分かる。売るから買うんじゃなく、買うから売る。1枚のコートを作るのに、1tの飼料を必要とするのだそうだ。プロティンたっぷりの栄養を与えるのだそうだ。2005年度貿易統計では、1年間に日本に輸入されたと見られる数は、
・ミンク        71万匹分相当
・キツネ         8万匹分相当
・羊・ヤギ・ウサギ  1000万匹分相当
 言うまでもないが、私も加害者の一人。たぶん平均以上の悪質な加害者。悪いと分かっているのに、今年も毛皮のついた衣料を買ってしまった。
 他にも、「毛皮の実態 ワナ(トラバサミ)編」や「繁殖犬の最後の施設」などを見た。

2009年11月7日
 この頃のマイブーム。みかんと大根の葉を中心に、ドライ大豆やトマトやバナナなど、その時あるものを追加してジュースにして飲むこと。気のせいかもしれないが、腸がスッキリして快適。

2009年10月25日
 バスと新幹線で宮崎から帰ってきた。延々6時間・・・遠い・・・。お腹が空いたので博多駅で駅弁を探したのだが、私の見た全ての駅弁に動物性の食品が入っていた。買って食べ残すのも嫌なので、結局食べずじまい・・・。お腹が空いて倒れそうだった・・・。

2009年10月11日
 ポール・マッカートニーは言った。「屠殺場の壁がガラス張りだったら、人々はみな、ベジタリアンになるだろう。」と。
 今日は次男Hりんと、YouTubeで中国の猫市場(屠殺場)の動画を観た。生きたまま皮をはぎ、内臓を取り、ゆでたり切ったりして調理していた。知ってはいたけど、ショックだった。

2009年9月27日
 森達也著「いのちの食べかた」を読んだ。部落差別は肉を穢れと見なした歴史と共にあり、戦争もまたアジアの民への差別心が根っこにある。差別心を核にして成り立つという点で、肉食と戦争はとても似ている。無自覚で麻痺して暴走する人間の愚かさよ。真実を知ることが、人間らしく生きるための第1歩なのだと思った。

2009年9月24日
 幕内秀夫著「体によい食事 ダメな食事」を半分読んだ。次男Hりんが、「これ読んでみて。」と言って貸してくれた本だ。私もずっと感じていた「食」に関する不思議がいっぱい確認できた。
 同じ物を食べても太る人と太らない人がいることとか、ものすごく食べるのに痩せてる人がいることとか、子どもがなぜ巨大なウン○をするのかとか・・・。イヌイットなど、いっさい菜食しない人達が元気な理由等々・・・。
 我々が信じ、教えてきた栄養学なんて、食の働きの、ほんの一部、一面でしかないこともよ〜っく分かった。いろんな情報に振り回されず、昔ながらの日本食をめざし、しっかり食べていこうと思った。

2009年9月23日
 You tubeで、モロッコの皮なめし職人の仕事場を見た。糞尿にまみれ、虫まで湧いた不潔極まりない職場で、子どもまで働いていた。600年の歴史がある仕事なのだそうだ。

2009年9月22日
 アカデミー賞を取った「おくりびと」の1シーンだが、隣人にもらったタコを料理しようとするとそのタコが動き出し、広末涼子は仰天。夫と海に放しに行く。たぶん優しい気持ちで。生命尊重ってことなのだろう。しかし、別の日には「今朝絞めたばかりだから活きがいいって。刺身でもいけるって。」と楽しそうに鶏の死体を夫に見せる。何なのだろう、生き物に対するこの扱いの違いは。

2009年8月22日
 ヴィーガンの中には、革製品など食用以外の動物の利用を避ける人も多いそうだ。私は心が弱くてなかなかそこまでできないけど、ほんとはそうあるべきなんだろうなと思う。
 フルータリアンというのは、収穫しても植物自体を殺さないと考えられている食物を食べる人なんだそうだ。果物、ナッツ類、トマトなどの木になる野菜を食べている。 熟して落ちた実しか食べない人もいるらしい。・・・なるほど。

2009年8月21日
 蒲原聖可著「ベジタリアンの医学」と矢部武著「アメリカのベジタリアンはなぜ太っているのか」を読んだ。
 「ベジタリアンの医学」はとても客観的な内容で、ベジタリアンと非ベジタリアンの健康比較だとか、食の効用だとか、とても分かりやすかった。動物由来の食物をいっさい摂らないヴィーガン以外、全ての栄養素を得ることができるんだから、感情的にはヴィーガンを目指したくはあるものの、サプリメントを摂らない以上はヴィーガンになるわけにもいかないわけで、結局、日本人の多くが最近までしてきた暮らし方が私には向いてるなと思った。夏休みになってから牛乳や卵を摂らなかったが、今後はインディアン・ベジタリアン(ラクト・ベジタリアン)でいこうと思った。

 「アメリカのベジタリアンはなぜ太っているのか」では、差別心や克己心のなさなどの心の問題がクローズアップされていて興味深かった。

2009年5月31日
 自分も生きている以上、誰かの命をいただかないわけにはいかない。どこで折り合いをつけていくかは自分次第だ。私は今のところ、海の幸以外の動物性食品を食べないようにしているのだが、今日はかなりショックだった。これでよいのだろうか。良心が痛む。

 ショックな出来事とは・・・・都井岬で「伊勢エビ定食」を注文すると、刺身になってもなお手足や口を動かしている伊勢エビが出てきた。体を分断されてもまだ生きようとしている。いったいどの時点まで感覚があったのだろうか・・・。

2009年5月4日
 帰省した次男に、私がなぜベジタリアンを目指すのか話すと、自分もそれらの本を読みたいと言うので、これまで読んできた関連の本を全部あげた。若い次男が興味を持ってくれて嬉しく思う。 

2009年4月9日
 1日3食、自分の思い通りの物を食べることができた春休みが終わり、肉あり牛乳ありの給食が始まった。今のところ選択の余地(拒否する自由)は考えられない。黙ってありがたく食べたいと思う。 

2009年3月31日
 ハワード・F・ライマン/グレン・マザーの「まだ、肉を食べているのですか」の第7章「牛の惑星から砂の惑星へ」・第8章「奇跡を起こせ!賢く食べよう」・第9章「故郷へーそして、未来へ・・・」。に書いてあったのは、人類と地球の未来に向けた簡単な実践方法。とてもシンプルで分かりやすい生き方だ。化学農法は失敗し、土壌の生産性は劣化、癌が増加し若い人までもバタバタと死んでいる今、自分にできることを誠実に守って生きていたいと思う。

2009年3月21日
 デヴィット・ドゥグラツィアの「動物の権利」の第4章「苦しみ、監禁、死による危害」と第6章「ペット飼育と動物園」、第7章「動物を用いた研究」を読んだ。人間とは何と傲慢な生き物か。ただ人間の好奇心や欲望のためだけに繰り返される愚行に、もうすぐ終わりが来ることを願わずにはいられない。動物のエンリッチメントという考え方も初めて知った。

 その後、スーパーの肉売り場の前を通り、幾種類もの動物の刻まれた生肉を見てゾゾーンとした。

2009年3月17日
 最近、食生活が豊かになった。肉は料理も簡単だが、味覚も落ちると感じる。いろんな種類の野菜を食べるようになり、豆類の甘さだとか、それぞれの野菜の食感とかがよく分かるようになった。「肉を食べない方がよっぽどグルメじゃん。」って思う。

2009年3月15日
 「まだ、肉を食べているのですか」の第2章「わかりやすい真実」と第3章「自然に従い、よく生きよう」・第4章「ワシントンへー旅立ち」を読んだ。なぜ牧草しか食べなかった牛達が穀物を食べるようになったのか、そして穀物の汚染と肉の汚染が同じ理屈によって引き起こされていたということ、また見せかけの対策しか講じることのできなかったアメリカ政府の腐敗ぶりもよく分かった。

2009年3月8日
 「まだ、肉を食べているのですか」の第5章「狂った牛と、狂った役人」を読んだ。こうして人類は、新しい病気を生み出し続けていくのだなと思った。

2009年3月7日
 「動物の権利」の第5章「肉食」を読んだ。肉食が道徳的に正当化できない理由が分かりやすく述べられていた。工場畜産がそこで扱われる動物にどれほどの危害を及ぼしているか、知れば知るほど胸が詰まる。

2009年3月6日
国の偉大さ、道徳的発展は、その国における動物の扱い方で分かる。 マハトマ・ガンジー
屠殺場がなくならない限り、戦場もなくならない。 レオ・トルストイ
動物を殺すことが人間を殺すことと同じように犯罪としてみなされる日がいずれ来るだろう。 レオナルド・ダ・ヴィンチ

2009年3月2日
 「動物の権利」の序論と解説を読んだ。まだ本論を全然読んでないけど、この本は評判通りの優れ物だと思った。分かりやすいし、専門的・学術的だし、多角的。「参考文献と読書案内」の他にも「日本の読者のために」という付録があり、読んでみたいと思える本がいくつもあった。

2009年2月28日
 「長生きしたければ朝食は抜きなさい」を全部読んだ。朝食抜きは自信ないけど、少しずつでも少食にしていきたいとは思う。

2009年2月26日
 ANIMAL TESTINGの動画を見た。力が抜けた。EUでは、来たる3月11日より動物実験が行われた化粧品および原料の販売が禁止となるらしい。EUではこれまで年間1300万以上の動物実験が繰り返されてきたが、日本は一国で2000万。1,6秒に1匹が犠牲になっているそうだ。

2009年2月25日
  「まだ、肉を食べているのですか」の第1章を読んだ。解体後の牛の脳や血液、骨、ひづめばかりか、排泄された糞便まで、人間の食料となる肉牛に食べさせていたとは驚きだ。他の家畜の病死体なども一緒くたにレンダリング・プラントで処理され、浮いてきた脂は化粧品や石鹸にも加工されるとのこと。年間24億$の巨大ビジネス。これが、文明社会を支えている。

2009年2月22日
 「長生きしたければ朝食は抜きなさい」を半分読んだ。変に狂信的な記述が気にはなったが、やっぱり食べることと排泄することの意味については、面倒くさがらず、しっかり考えなくっちゃねと思った。

2009年2月21日
 飲み会だった。肉食しないですむか心配だったが、しなかった。できるんだ!と、ちょっと嬉しかった。
 
 「狂食の時代」と「経皮毒」を読んだ。

2009年2月19日
 かっこいい革のコートがあったので衝動買い。煩悩の塊だ。皮を剥がされる動物の姿を知ろうとも、物欲に勝てないなんて。
 
 鶴田静著「ベジタリアンの文化誌」の最終章は、学校で実践された、”動物を育て、殺して食べる”授業について述べられていた。「殺して食べる」、「殺すために育てる」・・・私の疑問は晴れない。大事に育てた22羽の鶏を、川原で子ども達が首を落として羽をむしる。そして解体調理して、泣きながら、噛みしめて、大切にいただく。教育的意義は計り知れないほど大きいのだろうが、私なら間違いなく心に一生消えない傷を負う。イギリスの学校で行われた「一週間、肉のない食事を続けてごらん」の授業の方が、ずっと共感できると思った。

2009年2月17日
 肉牛1頭を育てるために、人間10人分の食料となる穀類が消費され、その10人は飢えて死ぬ。もっと早くに知っていれば救われた人命も(もちろん牛命も)あったのだ。この先も、ずっと肉食をやめなければ、私の欲望は、生涯に何十人もの人を死なせることになる。

2009年2月16日
 宮沢賢治の「よだかの星」も「注文の多い料理店」も、肉食嫌悪(生物間の不平等感)がベースだったのか。分かりそうで分からなかった世界観が、今頃になってようやく見えてきた。胸につっかえていた疑問が、「脱肉食」というキーワードによって氷解していく。

2009年2月15日
 鶴田静著「ベジタリアンの文化誌」を三分の一読んだ。これは驚きだった。予想以上の収穫だ。ベジタリズムとフェミニズムとの関係が、明快に論じられていた。性による分業のスタイルと肉食は、このような結び付きだったのか!健康で生き生きと力強く(←「ベジタリアン」の本来の意味)生きるために解決すべき問題が、こんなふうに同じ根を持っていたとは。

2009年2月14日
 台北の豚の解体工場の様子をYouTubeで見た。阿鼻叫喚の世界だった。耳に残る断末魔の叫び声。

 エリック・マーカス著「もう肉も卵も牛乳もいらない!」を読み終えた。特にパート2の「家畜たちの真実」は、人間として知らねばならないことばかりだった。人間の知性は、他の生物を犠牲にし、搾取し、自分達だけが繁栄するためのものではないはずだ。どんな生物にも、その生物なりの生があるわけで、それを人間の都合でコントロールすることが、どれほど不遜で許せない行為か、今一度考えてみなければならない。それは自分の健康を守るとか、長生きしたいからとか、そんな身勝手な理由ではなく、この地球に魂を持って生まれた1つの存在として。悲しく、苦しい内容だが、たくさんの人に読んでほしい。

2009年2月12日
 英会話教室の先生(アメリカ人)に話すと、ベジタリアンメニューがまだほとんどない日本で貫くのは大変だけど、とてもいいことだと言ってくれた。自分も実践したいけど、日本にいる間は諦めているとも。アメリカのプライベートスクールでは学校給食でも、ベジかノンベジかチョイスできるそうだ。

 エリック・マーカス著「もう肉も卵も牛乳もいらない!」が届いたので読み始めた。ネットで「狂食の時代」を注文した。

 中国の、毛皮生産の様子もYouTubeで見た。地面に叩き付けられ、生きたまま毛皮を剥がされ、丸裸の体はトラックに山積みされ・・・凄惨だった。
 
 2007年ミス・ユニバースの森理世さんは、動物愛護団体People for the Ethical Treatment of Animalsの抗議に共感し、今後は毛皮を着用しないことを宣言した。フェンディからの毛皮のプレゼントも断ったらしい。

2009年2月11日
 夫に話すと、すぐに賛成してくれた。「急に取り組むと料理のレパートリーが限られて大変だから、最初は緩〜いベジタリアンで行こう。」と言われた。私も、冷蔵庫にあるものは、食べとこう・・・と思ったので、「ゆるベジ」で行こうってことで落ち着いた。給食を拒絶することはできないしね。

 amazonで、エリック・マーカス著「もう肉も卵も牛乳もいらない!」(早川書房)と、鶴田 静著「ベジタリアンの文化誌」(中公文庫)を注文した。読み終わったら、「動物の命は人間より軽いのか - 世界最先端の動物保護思想」も読んでみたいと思っている。(いっぺんに買って積読になるのが嫌なので、3冊目はまだ注文してないけど)

決意へ〜2009年2月6日
 夜、YouTubeで動物達のmistreatmentの動画を見た。牛、鶏、イルカ・・・犬達も・・・・、あんなふうに殺されていたのか。人間の、本当はどっちでもいい欲望のために。残酷過ぎる。
 牛は涙を流していた。逆さ吊りにされ、脚をばたつかせ、激しく啼いていた。鶏も、投げ捨てられるように扱われていた。脚を骨折し、立てない個体も吊された・・・。イルカの喉元から流れる血で、海は真っ赤に染まっていた。
 
 インドに行った時、肉は食べなかったが不自由でも何でもなかった。いろいろなサイトを見て、動物性でなくても良質のタンパク質はいくらでも摂れることが分かったし、肉食をやめれば世界の飢餓も救えるらしいことも分かった。肉食に由来する現代病が増えていることや、やめると体調がよくなった人ばかりだということ、有名人にもベジタリアンは随分多いことなども初めて知った。ヨガの中の動物のポーズも、ひとつひとつが動物への尊敬から来るポーズだと思える。1人の肉食が、年間80匹の動物の命を奪っているそうだ。(別の計算では1人の人間が生涯に2000羽の鶏、7頭の牛、12頭の豚を食べている。)

 ベジタリアンになりたいと思い始めていた。

2009年2月4日
 道徳の時間に、金子みすゞの「大漁」と、大関松三郎の「虫けら」の詩を読み、命についての考えを伝え合った。

子どもの発言・・・「大漁」の感想
・みんな、命はあって、そしてなくなるのだと思う。奪うのも奪われるのも仕方ないのかもしれない。
・人間はみんなベジタリアンになればいいと思う。
・立場を変えると悲しみが見えてくる。
・人間の命を支える命に感謝したい。
・人間は生きるために魚を獲らないといけないけど、魚も生きたいだろう。魚は獲っても必ず獲りつくさないようにして、必要な分だけ獲ったらいい。
・大漁は人間にとってはいいけど、魚にとっては悲しいことだと思った。たとえ小さな虫でも生き物なんだから大切にしたい。
・命は1つだから大事にしたい。
・命は無駄にしてはいけないと思った。
・大漁を喜ぶことは正しいのだろうか。
・給食などで魚が出たら、残さず食べないといけないと思った。
・大きな生き物でも小さな生き物でも、必要以上に殺してほしくないと思った。
・生きるためには命を取るけど、無駄にはしてほしくない。
・金子みすゞさんは、魚の気持ちを考えることができてすごいな。
・魚だからって殺していいわけじゃない。みんながそう考えると絶滅する動物も減ると思う。
・人間じゃなくても命を奪うことに変わりはない。
・みすゞさんの言う通り、海の中では悲しむ魚がいると思う。
子どもの発言・・・「虫けら」の感想
・胸が痛くなった。自分はしたくないけど、やらなきゃ生きていけない。しょうがない気持ちがあった。
・かわいそうだけど仕方ない。命には限りがある。それが自然。
・虫でも魚でも人間でも、平気で殺しちゃいけない。
・虫も生きているのに、人間に好きに呼ばれてかわいそう。
・どんなに小さな生き物の命でも大切と思える人がいたらいいと思う。
・命の重みはみんな同じ。

→ ここで、「蚊でも命の重みは人間と一緒なんですか?」と質問が出た。→ 質問された子は、答えに窮していたが、結局「蚊も生きているけど、一年のうちに多くの蚊が生まれるのでいいと思う。でも命は大切に。」と答えた。両者が納得したのでそのままにしてしまったが、ここで教師の側からもう一言、命の価値は、相対的に決まるものなのかどうか考えさせる発問をした方がよかったかもしれない・・・。
・命の重みはみんな一緒と思いたいが、実際は実験では人間は使わないし、人間の命が一番重いのかもしれない。
・〜さんが、魚が給食などで出たら残さず食べないといけないと言ったが、私もそうしたいと思った。命を大切にしたい。
・虫も殺しちゃいけないと思った。

 授業終末で、山口県仙崎の鯨墓や、下関市のふくの供養祭のことなどを紹介した。結果的に、「千匹に一匹」の考え方に理解を示す子どもが増えたのだが、本時は命に関する考えを深め合い、その感性を磨くための時間として行ったので、オープンエンドとした。

 ・・・こうして、考えれば考えるほど、肉食についての私自身の疑問は、膨らみ続けた・・・。

きっかけ〜2009年2月3日
 国語科で、立松和平の「海のいのち」(6年:東京書籍)を勉強した。その中の、主人公の恩師の言葉、「千匹に一匹とればいい。そうすればこの海で生きていけるよ。」は、この物語全体を支え貫く思想なのだが、意外にも、この言葉に子ども達はこだわった。
 もちろん本来は、乱獲をいさめ、必要な分だけ獲り、次の代に資源を残すという意味だが、その必要量すら、子ども達の目には、殺生と映ったようだった。

 多くの人間は、肉も食べれば魚も食べている。けれど子ども達は、同じ地球に住む仲間の生をいただくこと自体に憤りを感じていた。肉食への疑問である。「千匹に一匹でもいけない。」全員の子どもがそう答えた。意外だった。

 家庭科で学んだ栄養群のことや、ペットをかわいがっている人でも肉を食べている人もいること、動物の捕獲なしには成り立たない暮らしもあることなど、人間の側の事情を説明したが、それは人間の身勝手に過ぎないと、なかなか納得しなかった。

 後日、「世界がもし100人の村だったら」や「子どもの権利を買わないで」など人間間の不平等や経済問題、貧困をテーマにした本の読み聞かせをした。その一方で、「傷つけられる動物たち」の読み聞かせや「サスティナブル・ユース」の考えかたについても紹介し、現実を見つめ、考え合った。

 ・・・子ども達の純真な意見に触れた私は、混乱した。「千匹に一匹」、それは最良の選択肢ではないのかもしれない。人間は、本当に肉を食していいのだろうか。共存とは、何なのだろう。


■ 子ども達が語った
    千匹に一匹でも、動物を殺すのは許せない理由
・千匹のうち一匹でもいけないと僕は思う。千匹のうち一匹にも、残りの999匹と同じ命がある。
・千匹に一匹でも、一匹の魚がかわいそう。
・命は物じゃなく生きてる存在だから、お金で買うのはいけない。
・動物を殺してまで、食べたりバッグを作ったりするのは動物がかわいそうだ。
・動物を殺すのは反対。「千匹に一匹」も間違っている。命は同じだから命は無駄にしてはいけない。でも「世界がもし100人の村だったら」では、20%は栄養が十分ではないわけで、仲良く分け合って食べるのがいい。
・人間の都合で動物の健康や命を無駄にしてはいけない。
・動物の犠牲の上で私達がいる。動物は何もしていないのに、傷付けてしまっている。動物は自分の生を誇りに思ってほしい。
・食べるのは仕方ないが、服やバッグにするのは反対。
・逆の立場だったら、どんなに悲しいだろう。
・世界には人間の勝手で死んでいく動物がいるということが分かった。



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