内場仏飯講・殉教の地(宮崎県都城市)













 
<内場仏飯講>
 念仏禁制下で密かに組織された講の一つである仏飯講を記念したもの。
 写真右の碑は、殉教者の供養墓石なのではないかと考えられている。
 写真左の「内場仏飯講の碑」は、昭和16年の建立。



 ← 「内場仏飯講の碑」の台座に、建立の経緯が記されていた。

 「内場」とは、京都の本願寺に代表が献納金をもって参詣する際、内陣までの参入を許され直門徒の扱いを受けるという意味なのだそうだ。

 講には、仏飯講の他にも、「お花講」「煙草講」「御鏡講」「焼香講」「元焼香講」などがあったらしい。




<殉教の地>
 せっかく来たのだから「殉教の地」にも是非行ってみたいと思った。確かな地図はないので、迷いながらウロウロしていると、次のような道標(左の写真)を発見。近くに農作業中の方がおられたので聞いてみると、どうやら山頂らしい。道は「ない」らしい・・・。
 「道はないのに道標?」と不思議に思ったが、次男と話し合いの結果、まぁ行ってみようということになった。言われた通り道はない・・。行けども行けども到着しない。所々に立っている道標も、どっち向いているのか分からない・・・。不安だったが、「山頂に行けばいいのよね。」と思い、ひたすら登った。
次男Hりんは、急坂の、道なき道をテクテクと・・・。 根元が腐って倒れている道標もあった。

20〜30分行くと、急に視界が開けてきた。
 ものすごい急斜面だった。山のほぼてっぺんで祠を見つけた時は、「あ〜、あった〜。よかった〜。」と安心した。が、ちょっと気を許すと滑り落ちそうだった。何だかちょっと、三朝の投入堂みたいだ。


 祠の後ろには、「右田与七切腹之地」と書かれた岩があった。

 とても見晴らしのよい場所だった。この険しい山の上で、愛する故郷を眺めながら自刃したのかと思うと物悲しかった。魂の自由を求めて死を選ぶのか・・・気高い魂、孤高の人・・・。

祠からの景色


 

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