・・松尾八幡 寅開帳(山口県下松市)・・  〓

12年に一度、寅年に開催される「寅開帳」。
前回は長男が中学生になる直前の春だった。
次男は4年生だったが、まだお役に立てるようなことはなく、行列にチョロチョロついていっていた。

「あ、あの行列道具は、12年前、長男が持ったものだ!」とか、いろいろ思い出しながら見学した。

一帯の全戸に配布された記録写真に、我が一家の姿も残っていた。
わ、若いっ。私にも若い頃があったのね・・・。
境内では、大迫力の太鼓のパフォーマンス。

体の芯まで届くこのリズム。レゲエやブラックミュージックにも通ずる民俗リズムだと思った。

そして、この集団性。
みんなでパートを受け持って、一糸乱れぬ協調で創り上げていく。
日本だからこそ生まれ、育てられた文化なんだなぁと思った。
学校でやる群読とか、卒業式の「呼びかけ」みたいだと思った。
郷土の中での人としての生き方が、凝縮されているようにも思った。
ビュービュー風の吹く、寒い日だったが、半袖で演奏していた。
腹筋・背筋を使う演奏法なのだそうだ。
筋肉使ってリズムを刻む・・・かっこいい!!

夫に「やりたいねぇ。」って言うと、「大変そうだからやりたくない。」と言っていた。
この大太鼓には現代っぽさが漂っているな。
 松尾(まつのお)八幡宮は、今から約1460年も前に創設された、由緒正しい神社だ。この地が選ばれた理由など、想像を膨らませるだけで興奮する・・・。

 まず祀られたのは、酒造りの神として名高い大山咋命(鳴鏑神)。賀茂神社と並び京都最古の神社とされる松尾大社から分霊された。それから、天安元年(857年)になって宇佐八幡宮から、応神天皇や神功皇后、姫大命、田心姫命の神霊が勧進された。応神天皇や神功皇后は、湯野に立ち寄ったことが伝わっているし、もしかしてこの地にも、ゆかりがあったに違いない。既に有名な神社だったここに滞在したとか???ただの想像だが・・・。

 それにしても、朝廷の招きによって渡来し、日本に文化をもたらした秦氏由来の神社(京都の松尾大社は、秦氏の居住地に建てられた。)が、朝鮮に出兵し三韓を従わせた神功皇后を祀るとは、人間のイノセンスと言うか、哀愁を感じずにはいられない。
 そして、この松尾八幡は、雨乞いの霊験でも有名だったようだ。

 狛犬は、天明5年(1785年)に大干ばつ、翌年大火災と災害が続いたので、地元の大地主、弘中氏が、徳山の石工 和泉屋喜兵衛春久に造らせ奉献したもの。
 今回は、アップで撮ってきた。元々厄除けで造られたので、こう感じるのは間違いだが、やはり感じてしまう・・・何て愛らしいのだろう。人の命を奪う災害に怒り、追い払うため、目を見開き、口を厳つくした、しかも一刻も早く納めるよう求められていた、獅子なんて見たこともないし・・・・そんな石工の事情を想像してしまう。もしかして、この狛犬そっくりの、厳つい人物が身近にいたのかも??

この後、餅まき。

頭の上から硬い餅が降ってくるので痛かった。
まかれる方向を見てると拾いそびれるので、下を向いて探したが、
私の足元に落ちたお餅でも、素早い人が、
ササッと手を伸ばしてくるので、私はちっとも拾えなかった。

そうか、場所変えればよかったんだ。隣にいたあの人、素早過ぎ。

結局キャーキャー言ってたら、終わってしまった。ガッビ〜ン!!
収穫わずかに6個。

夫は何と30個・・・ムム・・・意外にやるな・・。

「次の寅開帳も、元気で一緒に見ようね。」と夫に言うと、夫は「まだ大丈夫でしょー。」と言っていた。
そうかなぁ。分からないよねぇ。

謙虚に、時間を大事に、生きていたい。
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