台湾:::30/Dec/2009~2/Jun/2010

・・・・・1・2日目はこちら・・・・・

台湾3日目。ほんとは金門島へ日帰りしたかったのだが、どの航空会社も空席がなかったので諦めた。グスン・・次こそは・・・。

   

                                                               

3日目



 午前8時の飛行機で台北に戻ることにしたので、7時くらいまでしか花蓮の観光はできない。
 まだ夜は明けていなかったが、目覚めるとダッシュでレセプションに行き、タクシーを呼んでもらった。
 そして、郊外の勝安宮と慈恵堂へ。2つは隣り合わせに建つお寺で、どちらも玉皇上帝の母を祀っている。
 街中だが、しーんとした厳かな空気が流れていた。
勝安宮・・・まだ真っ暗
塀に京劇の仮面が埋め込まれていたらしいが見損ねた!
先にちゃんとガイドブック読んでから行けば良かった・・。

王母娘娘降臨記念碑

ここにあった狛犬の画像はこちらを見てね。→「台湾の狛犬

 

 それから、美崙山公園と忠烈祠、松園別館へ。
 途中、軍隊の基地も見かけた。門前には戦車や戦闘機が飾ってあった。
 台湾には徴兵制はないそうだが、九州より小さい面積の国だし、中国の脅威もあるだろうから軍事面は怠れないのだろうなと思った。
忠烈祠 大理石の産地らしく、さすがの大理石張り
忠烈祠では、中高年ばかりだったが、たくさんの人達が
ラジオ体操のような運動をしていた。掛声も
日本語だった。
夜明け前なのによ。すごいエネルギーだ。



←松園は太平洋に面したロケーション。
2階建ての洋館だけでなく、
沖縄から移植された樹齢90年余の黒松も有名らしい。

ここは日本統治時代、日本軍の花蓮最高軍事指揮部
「兵事課」の事務室として建てられた。

神風特攻隊の招待所でもあったそうだ。

松園別館

観光が終わると大急ぎでチェックアウトし花蓮空港へ。(約30分310元)
空港までのタクシーのドライバーは、何と早朝観光でお世話になったのと同じ人だった。言葉は通じないが身振り手振りで会話した。
 空港では、出発の10分前になっても台北行きの飛行機の搭乗ゲートが開かず、集まってくる人もまばらだったので心配したが、
 小さなプロペラ機はほぼ満席だった。みんなちょうどよく集まって来たのよね。さすがだ。(航空運賃は1455元也)
 ゲートを出てプロペラ機を写真に収めようとすると、空港職員に注意された。飛行機の中でも客室乗務員に注意された。
 不見識で、何度もすみませんでした。(m_m)
 
 台北の松山機場に着くと、ツアーデスクでその日の宿を確保。2500元のトリプルルームだが負けてもらって1人1000元で泊まることができた。
 それからMRTの2day's pass(310元)を購入。2日間MRTをフル活用した。



チェックインすると、すぐにMRTで淡水に向け出発。淡水は、静かな港町かと思いきや、すごい人出でびっくりした。
駅前には、オカリナやフルートのストリートパフォーマーがいた。

紅毛城

台湾に現存する最古の建築物。
スペイン人が建設した。
国家一級古跡に指定されている。
日本と台湾との歴史も詳しく解説されていた。
駅からテクテク歩いていった。
梅ジュースを飲んでみた。 手前にディスプレイされているのは大砲。
いろいろな国に入植された歴史を垣間見た気がした。
↑百年歴史老街
淡水老街 まっすぐ歩けないほどの、ものすごい賑わいだった。
乾物もたくさんあった。魚の乾物は塩辛かった。 35元のチマキは肉が入っている感じだったので、一番安い10元のチマキを買ってみた。
黄色くて、ゼリーみたいな変な食感だった。日本のアクマキと、どうやら同じだった。
頭がついたままの鶏や、
その頭に王冠が被せられたものなどもあった。
ものすごくマズイ漢方薬みたいなお菓子を買った。ノドに効くそうだ。
帰って夫にも勧めたが、「これって絶対お菓子じゃないよ。」と言った。
福佑宮・・・・真ん中で手を振ってるんだけど・・・見える?
立派なレリーフが施されていた。 福佑宮内部
「淡水街角博物館」に京劇を観に行ったのだが・・・。
閉まっていた。
福佑宮の屋根
華やかな装飾

淡水からの帰り、北投でMRTを乗り換え新北投へ。そこで温泉に浸かった。
北投温泉博物館・・・歩くたびに、買い物をして、どんどん荷物が増えていく・・・。
個室のドアがズラリと並んでいた。
せっかく水着持って来たのに~。
混浴の露天風呂に入りたかったの、本当は。
「長崎は今日も雨だった」を演奏している
ストリートパフォーマーがいた。
首に巻いてるのは台北駅の露店で100元で買ったスカーフよ。
首か寒いかもって思って購入し、毎日お世話になった。

文化館があったのだが、ここも閉まっていた。
残念!

ガラス越しに覗いてみた。
原住民に関する展示があるみたいだった。

MRTで芝山の恵済宮へ。
夜になってきて、人気のない寂しい道を一人で歩いていった。英語のしゃべれそうな人を見つけては(見かけで判断)、道を聞いた。みんな親切だった。紙に略図を描いてくれる人もいた。

やっと辿り着くと、長い石段を登って行った。もう真っ暗。
裏山に「芝山岩遺跡」があるはずだったが、暗くてよく分からなかった。ほんとはこっちが目的だったんだけどね。
↑ ここも、きらびやかな門だった。



お寺の広場からは台北の街が一望できた。

台北中心部に帰ると、西門で買い物したり、マッサージ(肩・首・頭)したり、夜の総統府や中山堂、二二八公園等を見学したりした。
マッサージは、昨日のお兄さんの方が丁寧だったな。
中山堂では、コンサートか何かが開かれていたみたいだった。今終わったって感じで若い人がたくさん出てきた。
警察の人にも道を聞いた。旅先で警察に入ってみるの、何か好き。前日、花蓮でも警察に行って道を聞いたよ。
重慶南路から見た総統府

中には、日本との繋がりを示す歴史的遺産もあるらしい。

 総統府のセキュリティはしっかりしていた。
 門の内側では銃を持った衛兵が、外側ではインテリ風の若者が
総統府を背にして等間隔で立っていた。
 が、そのものものしさとは裏腹に、写真を撮っていいか尋ねると、
道路の向こう側か真正面を避けた歩道側からならよいとか、午前
11時までならフリーだとか、優しく教えてくれた。
 2007年に中国の温家宝首相が来日した際、当時の安部首相は
二つの中国を認めないと言明したが、台湾人はどう思ったのだろうか。
 台湾は限りなく日本に近い国だと思うし、 多くの台湾人が日本に
親しみを持ってくれていると感じる。
 その独立性を認め、民主主義の国台湾の独立を応援するのが
隣国日本の役割なんじゃないだろうか。

二二八公園

新光摩天楼展望台
国立台湾博物館
明石元二郎総督墓地鳥居 乃木希典母堂墓鳥居
台湾市警察局の前庭にあった彫刻
躍動感と緊迫感、新生台湾の気概を感じる。
足裏の角質も取るよう勧められたが、
歩き過ぎてマメもできていたので断った。
日本でやるより2000円も安かったんだけどね・・・。


最終日

MRTが動き始めるとすぐに乗車し龍山寺へ。それから雑貨屋さんで買い物をして、再びMRTでホテルに戻り食事して、台北駅そばの国父史蹟記念館を見学。
艋舺龍山寺(もうこうりゅうざんじ:マンカーロンシャンスー) 早朝からたくさんの人がお参りしていた。
1738年、福建普江安海龍山寺の分霊として創建。台北市内最古の寺。
本尊は観世音菩薩。道教や儒教の神も共に祀られている。
日本統治時代には学校として接収された。
厳かな読経に、心がじーんとした。 中庭を取り囲み、ズラリと神様が並んでいる。
国父史蹟記念館
台北駅
 中華民国建国の父 孫文が1913年と1914年に宿泊した旅館 梅屋敷と
その庭園。純日本風。
地上6階、地下2階。

台北駅からMRTで木柵駅に行き、そこからバスで深坑に向かった。
深抗への行き方は、MRTで出会った、この親子が駅員さんに尋ねて、詳しく教えてくれた。
これから動物園に行くのだそうだ。お母さんは日本語がぺらぺらだった。
英語で話しかけると、「日本語で大丈夫ですよ。」と言われた。
お嬢さんは、私の靴ひもが解けているよとか、いろいろ世話を焼いてくれた。
お陰で無事に辿り着くことができた。



深抗は、赤煉瓦の建物と臭豆腐で有名な街だ。
 
深坑老街では、やはり臭豆腐を試さなくっちゃね。
ものすごく臭いらしいが、ものすごくおいしいとの情報もある。

 


赤煉瓦の町並み(やけに新しかったけど・・。)

深抗老街の中心にある 集順廟
臭豆腐にチャレンジ 一応ベジタリアンなので、肉は入れないようにお願いした。20元也。
臭豆腐には軽いキムチのような漬物がトッピングされて出てきた。
本来なら豚の血を煮たスープに浸されて出るようだ。
初めての臭豆腐体験。夜市で何度か嗅いだ生ごみの臭いだ。
あれは臭豆腐の臭いだったのか。確かにとても臭い。
食べてみると、外がカリカリ、中がジューシー。
大豆の生命を感じる甘さ。なかなかいいじゃん!
屋台で魚スープ(35元)を食べた。
他にも紫色の果物で作ったジュース(名前は忘れた)などを食した。
お餅や飴、石鹸なども売られていた。
深抗バス停のすぐ傍には、1915年に建設されたという
富豪 黄氏の住居「永安居」があった。
なかなか立派な建物だった。
野菜も溢れかえっていた。
赤煉瓦が深抗らしい。
これらは、近くの山から集めた素材で作った煉瓦らしい。
深抗には、他にも興順居・徳興樓・集順廟などの史跡や、
忠魂碑・茶路碑・深坑橋碑といった石碑があるそうだ。
中には昔の家具や調度品が展示されていた。
建物も家具も傾いていた。

深坑からは、バス(15元)でMRT木柵駅まで戻り、そこからタクシー(140元)で木柵指南宮に行った。
臭豆腐のお店で出会った家族に教えてもらった行き方だ。
娘さんは日本語も英語もぺらぺら、お父さんは英語で教えてくれた。

 木柵指南宮は1890年創建の道教の廟。きらびやかだった。高い山の中腹にあった。
参道には鳥占いがあった。鳥をいっぱい食べるのに、鳥を使って占いもするのね。

参道の入り口。
日本語で話しかけて来る人もいた。日本の教育を受けたと言っていた。

凌霄寶殿(リンシャンパオティン)

長い石段を登って行った。 ここには宗教学校も併設されているようだった。
 指南宮から萬芳医院駅まで約20分、バス(15元)に乗った。

 乗客に英語の話せる3人組のお嬢さんがいたので助かった。
 このバスは、最寄りの木柵駅には寄らないが萬芳医院なら
停まるし駅があるとか、帰り方をいろいろ親切に教えてくれた。

 バスは、降りるときに料金を払うバスと乗る時に払うバスが
あるが、どこで見分けるのかずっと不思議だった。
 で、最終日になってその謎が解けた。
 このバスには運転手の頭上に「下車収票」の表示あり。
 「あ~、これだったのか~!」 

 バスで桃園国際空港へ。そこで散々ショッピング。
 直行バスは125元だった。4分半おきに出発しているようだった。
 台湾高鉄(台湾の新幹線)にも乗ってみたかったが、ちょうどいいのがあるか分からなかったので、便の多いバスにした。バスってほんと、かなり便利だ。
 
 夜、チャイナエアラインで広島に戻った。日本はやはり真冬だった。
 昨日できた足裏のマメが巨大化した・・・。もう歩けん・・・

・・・・・1・2日目はこちら・・・・・


☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆

追記:
中国語はまるで分からないが、耳で聞いて分からない分、目で見て理解できることもたまにあり、ちょっと嬉しかった。
「新年快楽」とか「~愉快」とか書いてあると、何だかウキウキした。

それと、漢字を元に、表音文字のひらがな・片仮名を発明した日本の英知も大したものだと思った。
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