ドイツ・スイス・フランス (リヒテンシュタインで昼食、オーストリアにも一瞬入国)
2000/8/9 〜8/16

<8月9日>ドイツ

 ソウルで乗り継ぎ、フランクフルト・マイン国際空港へ。そして郊外のドライアイヒへ。

 ビールもワインも水の値段と全く変わらないのにまずビックリ。ワインは口当たりもなめらかで、飲みやすかった。

 夜は9時頃までまだ明るかった。


<8月10日>ドイツ

 ハイデルベルク、ローテンブルクの市内観光

 ハイデルベルクでは、ハイデルベルク城や、お城のすぐそばのネッカー川にかかるカール・テオドール橋付近を散策。落書きで埋めつくされた「学生牢」などを見学。


ネッカー川と、カール・テオドール橋

 ← 「エリザベスの門」、別名「一夜の門」。ルードヴィッヒ5世が、散歩道好きの妃エリザベスのたのにたった一晩で作り上げた、誕生日プレゼント。赤色の砂岩で造られている。この門をバックに写真を撮ると 幸せになれるという言い伝えがあるそうだ。
ハイデルベルグ城 ↓



← ハイデルベルクの街並み
 ↓ 「学生牢」
 古城街道(マンハイム〜ハイデルベルク〜ローテンブルク)へ。ちょっと歩けばたくさんの古城(50くらい残されているらしい)に行き当たり、自然もいっぱいで、言うことナシ!!
 ローテンブルクはおとぎの国。・・・世の中にこんなかわいい町があったとは! ロマンチック街道で1番人気というのもうなずける。第二次世界大戦で町の40%以上が空襲で破壊されたが、寄付により、中世の街並みがほぼ完全な姿で再現されたそうだ。

 ホテルにある調度品も、とってもアンティークだった。古い古い品物を何代にも渡って大切に受け継いでいるようだった。どんどん消費しゴミを増やす我々の生活とは大違いだ。

 ドイツ中を縦横無尽に走る高速道路アウトバーン(Autoburn)、速度無制限って本当だった。200km/hくらい出ていそうな車もたくさんいた。ヒトラーは、建設する時、飛行機の離着陸もできるようにって考えたそうで、中央分離帯を移動させると立派な滑走路になるらしい。


<8月11日>ドイツ

 観光バスで、ホーエンシュバンガウ、シュタインガーデン、デュンケルスビュール、ネルトリンゲン、アウクスブルク、ミュンヘンへ。

アメリカから働きに来たと言っていたバスドライバー
 ロマンティック街道には、大小27の町があるそうだ。これらの町々が、ゲーテやハイネ、ベートーヴェン、バッハ、シューマン等々世界に名だたる芸術家たちを生み出したってこと、大いに納得できる。どの町も、広場と教会と市庁舎を中心に美しく整えられ、理知的な輝きを保っていた。きっと町の人々は、ずっとずっと昔から強力なコミュニティ意識で結び付き、誇り高く生きてきたに違いない。
 ロマンティック街道のちょうど中間点にあるネルトリンゲンは、およそ1500万年前に隕石が落下してできたリース盆地(直径約25q)の中にある、直径約1qの城壁に囲まれた町だ。ほんとにこぢんまりとしていて、バスは城門スレスレで街に入っていった。ここでNASAの宇宙飛行士の訓練も行われているそうだ。
 長い坂道を20分ほど上り、幼い頃から憧れていたノイシュバンシュタイン城へ。森も湖も、青空も雪山も、みーんな似合ってしまう白亜のお城。これが見たかった!
 このお城は、バイエルン国王ルートヴィッヒ2世によるものだが、未完成で、王は172日間しか住むことができなかったらしい。
 お城を臨むマリエン橋には、中世の騎士の姿をしたおじさんが、高額なモデル料で写真撮影に応じていた。かなりの有名人らしい。
 デュンケルスビュールは、第二次大戦の空襲からも奇跡的に免れ、無傷のまま中世の街並みを残している。スエーデンの大軍がこの街に押し寄せた時は、子供たちが軍隊を前に懇願し、街を救ったそうだ。赤い屋根と、静かな川と、木々の緑に囲まれた、素敵な街だった。
 ドイツで残念だったことと言えば、強制収容所跡やナチスの記念館、反ヒトラー抵抗運動の拠点など、戦争に関わる資料に接することができなかったこと。次に行くときには、是非この目で確かめたい。
 ミュンヘンは、それまで見てきた田舎町とはひと味もふた味も違う、洗練された大都会だった。建物のゴージャスなことと言ったら・・・。


<8月12日>スイス

 オーストリア、リヒテンシュタイン侯国を経由し、スイスへ。ルツェルン、インターラーケンの市内観光
 どの国も、出入国がものすごく簡単なのは驚きだった。パスポートを一応手に持ち準備していたが、誰からもチェックされることもなく、バスに乗ったままスル〜と入国したり出国したりした。
 リヒテンシュタイン侯国は、面積160平方KM、人口3万人ちょっとのそれはそれは小さな国。水も電気もスイスから送ってもらっているということだった。ここの小さな雑貨店に男性ヌードのポストカードが売られていて、私はとてもびっくりした。子どもも見るかもしれない場所でケロッと売られているなんてね。
 インターラーケンでは、テラスで夕食中に、巨大なカウベルを付けた牛の群に遭遇。牛追いの人の姿も昔絵本で見たそのまんま。重々しいカウベルの響きが今も耳に残っている。
 夜はちょうど年に1度のカーニバルで、深夜までの大音響だった。通りには夜店も人もいっぱい。いろんな国の人々でごった返していた。露店で皮革製品とか、いろいろ買い物した。


<8月13日>スイス

 登山電車でユングフラウヨッホへ。その後、ジュネーブからTGVにてパリへ。

 バスや登山列車からは、地層が相当な高さまではっきり浮き出ている山々が、たくさん見えた。遙かな昔の地球の胎動を想像し、そのスケールに興奮した。(^^ゞ
 ユングフラウヨッホは、ものすごい寒さだったけど、子供たちは夏の雪に大はしゃぎ。これぞスイスって光景だった。お天気がよく、アイガー、メンヒの眺めも最高だった。「大氷河」や「氷の宮殿」では、大量の氷にビックリした。
 雪をかぶってないふもとの山々では、優雅な大自然の中、時間に追われず人々が堅実に生きている様子が伺えた。自分の人生の慌ただしさがいったい何なのかと、ちょっと不思議に思ったりもした。
↑ 「氷の宮殿」
床も天井も壁も全部氷

↑ ジュネーブ
 氷の壁には、所々に生花が埋め込まれていた。
← 氷のオブジェ →
 ↑ TGVでは、この旅で初めての和食のお弁当にありついた。割とシンプルな定食だったが、懐かしかった。TGVはさほど速くもなく、乗り心地も新幹線の方が断然上だった。


<8月14日>フランス

  パリ市内観光

 ルーブル美術館へ。広くて広くて、とても1日では回りきれなかったが、翌日が休館だったもので、根性出して徹底的に歩いた!・・足が棒になった・・。
 これだけの秘宝を抱えていながら、チケットがお安いのは感動的だった。チケットの種類も、5daysとか3daysとか、いろいろあった。

 
 ガラスケースの「モナリザ」の前は人だかりで大変だったけど、あの微笑みはやっぱり他を寄せ付けない気品に満ちていた。
 「ミロのヴィーナス」は、後ろ姿もとても魅力的だった。美術館の奥深くに展示されていた。
 階段に無造作に飾ってあったのは、「サモトラケの二ケ」。 あんなに大きかったのか〜。写真だけでは想像できなかった雄々しさ・逞しさを感じた。
 セーヌ河畔に建つノートルダム大聖堂の荘厳さ。ものすごい人混みだったのに、ステンドグラスの優しい光のせいからか、それとも意外な静寂からか、心が安らぐ空間だった。 外壁の彫刻も精密でびっくり。長い年月を費やしたに違いない。彫刻家たちは、何を思いながら働いたのだろう? 




← ↑ → 
ルーブル美術館


← ノートルダム大聖堂


<8月15日>フランス

 ヴェルサイユ宮殿と、パリ市内観光

 パリの2日目は、早起きしてヴェルサイユ宮殿へ。この日は、タクシーの運転手さんやRER(高速地下鉄)のインフォメーションのお姉さん、レストランのウェイトレスさんなど、会う人会う人、英語が通じなくて焦ったけど、話すうちになんとなく分かり合えて、何だか楽しかった。言葉が通じないのも悪くないゾ。
ヴェルサイユ宮殿
 ヴェルサイユ宮殿は贅の極致!あれじゃ革命が起こって当然だ。贅沢過ぎる空間だった。室内はもちろんのこと、池も庭園も、あんなに広いのに全部造成なのだそうだ。馬小屋までとっても贅沢だった。
↓ ヴェルサイユ宮殿 鏡の間
オペラ座 →
 ヴェルサイユ宮殿観光の後、真っ赤な二階建てバスで市内巡り。パリは芸術に満ちた街だ。街中、至る所に芸術が溢れていた。
 エッフェル塔では日本人にもちょこっと出会った。シャンゼリゼでは、ブランド店でウィンドゥショッピング。
↑ 凱旋門 ← エッフェル塔


<8月16日> 

 帰国

・ たくさんの思い出を胸に日本の空へ。。仕事、ガンバろっと。('~`;)



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