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スリランカの思い出
1.ドライバー

 ↑ 今回会ったドライバーの中で、一番いい車に乗っていた。身なりも一番よかった。
 ← カトゥヤーナカ(バンダーラナーヤカ)国際空港からアヌラダプラへエアコン付ツーリストカーで移動した。約200kmで8500Rs(約6330円)。4時間かかった。
 このドライバー(36歳)は、昼間は街で働き、夜になると300Rs払って空港の駐車場に入場してお客を待つのだと言っていた。空港で聞いた中では一番安かった(公設のエアポートタクシーは9200Rsで、その隣のタクシーカウンターでは9300Rs、空港外のタクシーカウンターでは10000Rsと言われた)し、誠実そうだったのでこの人に決めたのだが、バスだとほんの260Rsちょっと(約194円)で移動できる・・・。
 ↑ 初日はアヌラダプラに着くとすぐにレセプションでトゥクトゥクを手配してもらい、半日観光(2500Rs)に出掛けた。このドライバーはホテルのウエイター。34歳

↑ ローカルプライスで乗せてくれた唯一のドライバー。
 


このジープでナショナ
ルパークを観光した。
 ← ポロンナルワの老舗ホテル、「ロータス」の従業員だというこのドライバー(45歳)は変だった・・・。ユダヤ人の割礼についてとか、イスラム圏の女性の服装についてだとか、セクシュアリティの問題などについて話すので、初めは教養の深い人なのかと思ったが、そうではなかった!オーダーした場所に行かなかったこともあり、我々は、さんざん文句を言って途中でジープからスーツケースを降ろして脱走した。私は最寄りの民家とレストランに入り、コイツの所業を暴露した。まぁ最終的には話し合い、もう1回ジープに乗ったんだけどね。私が暴露している間、じーっと我慢強く待っていたし。女性のみなさん、注意して下さいね。エロです!
 ← この人のトゥクトゥクにはアンプが付いていて、初め音楽が耳元でうるさかった。が、そんな行動に似合わず信仰心の厚い人だった。仏像の前ではお賽銭を入れ、じっと手を合わせて祈っていた。25歳 シングル。観光業において、英語が話せるということは相当な強みなのだ。お金が入るから、そんな立派な機械が買えるのだものね。
 ダンブッラからキャンディまで、ナーランダやアルヴァヒーラの観光込みで3500Rs。観光地では「僕はダンブッラまで戻らなきゃいけないから、早く車に戻ってね。」といちいち言われた。
ダウラッガマジャンクションで
待機していた若いドライバー
 → キャンディのペラヘラ祭は19:00頃からなので、12:00からの約7時間は、120km先のヤーパフワの遺跡を観光することにした。ギリギリだが、まぁ間に合うと踏んでいたのだが、いたる所で道路工事をしていて、120km進むのにバスで往路は約4時間もかかってしまった。
 そのため観光は、走って石段を登って降りる、文字通りの駆け足観光。
 復路、バスに乗ればまた片側交互通行で手間取って4時間もかかってしまうので、揺れて疲れるが小回りの利くトゥクトゥクで帰ることにした。
 で、現れたのが気の弱そうなこの人。他のドライバーは4000Rsとか4500Rsと言ったのに、3000RsでOKと言ったから、まぁ決めてしまったのだが・・・。結果、この人が一番恐かった。日も暮れた山の中、我々を置いて突然消えたのだ!!

 非常事態と思った私はトゥクトゥクを降り、民家のある所まで歩き、住民を呼んで事情を説明していると、また現れた。急いでいたので怒鳴りちらしながらまた乗ったけど、最後までなぜ消えたのか言わなかった。(その話になると黙秘した)

 シンハラ語だったので話の内容は分からなかったのだが、このドライバーは出発前、別のドライバーから「クルネーガラ」が何とか・・・と随分言われていた。入れ知恵されていたのだと思う。「安いんだからクルネーガラで降ろしてやれ」か、もしかしたら「クルネーガラを過ぎた暗闇で連絡しろ。カツアゲしよう。」だったのかもしれない。・・・と思う。(想像だが。)
 → 乗せていたお客さんを降ろしてまで、我々を乗せた人。そして、私が今回の旅で泣かせてしまった唯一の人。頼んでもいないのにアーユルヴェーダのサロンに寄ったり、最初行けると言っていた観光地に行かなかったりと、不誠実な行動をしたので、最後に(優しく)文句を言いまくったら・・・・泣いた・・・。結婚したての27歳。お昼ご飯も食べず運転したり(クッキーのパックを丸ごと1袋あげたけど、彼は目に見えて弱っていった・・・)、ポイ捨てを我々に咎められたり(スリランカではポイ捨ては当たり前のようだった。咎めると見えない場所に捨て直した!)、スピード違反で捕まったりもしたので、いろんな思いが込み上げたのかもしれない。
 別れる時、将来どんなふうになりたいのか尋ねると、「あなたの言ってる意味がよく分からないけど」と言いながらも、幸せに生きていたいと言っていた。
2.トイレ
 スリランカで初めて立ち寄ったドライブインのトイレ。
 何がショッキングだったのかと言うと、電気もなく真っ暗だったのでキャイキャイ言いながら入ったのだが、
 優しくヘルプしてくれたこの人達が、手も洗わずに厨房で食事作りを再開させたこと。文句を言ってるわけでは決してない。とってもいい人達だった。
 こちらはちょっとショッキングだったのだが・・・大衆食堂のトイレ
3.ホテル
 ↑ 初日のホテルは日本で予約したアヌラダプラの「ヌワラエリアレストハウス」。午前4時に無理矢理チェックインした。  ↑ ポロンナルワで泊まったのは「ロイヤル・ロータス」。人造湖giritale tankそばの高台の、とても眺めのよいホテルだった。プールで泳ぎたかったけど、たくさんの人が泳いでいたので、ビキニ姿を披露するのを躊躇してしまった。  ↑ ダンブッラでは、クリケットのワールドカップが開かれていたようで、最初に訪れた「ギマンハラホテル」は満室だった。しかし支配人が同じレベルの付近のホテルに電話で問い合わせてくれて「pelwehera village resort」に泊まることができた。親切にされ気に入ったので、翌々日「ギマンハラホテル」を再び訪れ宿泊した。
 ↑ ダンブッラの「pelwehera village resort」。 ここの食事はとてもおいしかった。

この窓からペラヘラ祭を見学した。↓
 ← キャンディで泊まったのは老舗の「クイーンズホテル」。ペラヘラ祭が部屋から見えるホテルだ。1年前から予約が埋まると「地球の歩き方」に書いてあったので、まさか当日空室があるとは思わなかったのだが、一応聞いてみると「Yes、possible」と言われて驚いた。室料は普段の4倍に跳ね上がっていたが・・・・。
 こちらのホテル、エコなのかどうかは分からないが、夕暮れまで廊下やトイレの電気が点かなかった。「Lonely planet」によると、シャワーに温水が出なくなることもあるそうだ。

 玄関前に、「自分はここの従業員。ペラヘラ祭だから満室だ。1室だけ空いているホテルが近所にある。」と言って、私がクイーンズホテルに入るのを邪魔するしつこいオトコがいたが、信じず強行突破してよかった。「泊まれるじゃん!嘘つき」と言ってやったが、恥じる様子もなく、シンハラ語でドアボーイにせっついていた。「自分が連れてきたんだから紹介料よこせ。」か何か言っていたのだと思う。
 コロンボでは、コロンボ港側の「グランド・オリエンタル・ホテル」の4階のレストランで食事した。サービスもよく、上品で、ピアノの生演奏もあり、快適で安心できる空間だった。(コロンボでは、駅や港、大統領官邸、ホテルなど、撮影が厳しく制限されていたので写真は撮っていない。)
4.警官
 スリランカには、なんでこんなに警官がたくさんいるの?って思えるほど、武装した警官がたくさんいた。

 ↓ 観光地にいる警官は、無駄話もペチャペチャしていた。アヌラダプラで会ったこの警官、楽しそうに話しかけてきたので「銃を持たせて。」と言ったら、あっさり持たせてくれた。


交通違反の取り締まり警官
↓ トゥクトゥクのドライバーがスピード違反で捕まった(1.と同じ写真だけど)のだが、警官に500Rsの賄賂を渡すと、すぐにライセンスカードを返してくれた。ドライバーによると、賄賂を渡さないと、手続きにまだまだ時間がかかるのだそうだ。(優しい我々は200Rs、ドライバーにカンパした。)彼はこの後、かなりションボリしていた。
5.ボディチェック
 キャンディのペラヘラ祭では、ボディチェックポイントがあっちこっちに設けられていた。ヤーパウワからキャンディまで120kmの距離をトゥクトゥクで戻った我々は、交通規制のためトゥクトゥクで入れない道はダッシュしたのだが、その時どうやら私もボディチェックに呼ばれたようだった。が、少しでも長くパレードを見たいので、気にせずぶっちぎった。

 空港や大統領官邸の周辺のボディチェックでは・・・いきなり胸をわしづかみされびっくりした。武器を隠してないかとか、ニセ女じゃないかとか確認するのだろうか??
6.ガイド
 ↓・・・あんまり思い出したくない2人なのだが・・・ミヒンタレーのガイド(右)とヘルパー(左)。ガイドの相場は500〜1000Rsと「地球の歩き方」に書いてあったので、大盤振舞で1人1000Rsずつ渡して別れようとすると、1人20$(2人で40$)も要求してきた!最初にきちんと契約しなかった私が悪い。断ると舌打ちして恐い顔で迫ってきた。その時それ以上の恐い顔でガチッと強く拒否しなかったのも更に悪い。・・初日にやってしまった最大のミスだ。そこは深く反省した。(「初日に観光地」は、ほんとイカン。よっぽど注意しなければ簡単に騙される・・・。)
 この2人はほんと嘘つきで、インビテーションロックの入場料は1人3000Rsだ(エントランスまで行って確認するとほんとは500Rsだった)とか、3日間で3000Rsでガイドしてあげると言っておいて後で300$と言い直したりとか、他にもなにかと不誠実な言動が目立った。
 これからスリランカに行くみなさんは気を付けて下さい!!スリランカンにしては珍しく長髪の、左の男の名前はチャーリーですっ!右の男は、自分の家はあばら屋でインターネットも電気もないと言っていた割には、特別な学校に通って英語を習得したとも言っていた。(本当のことかもしれないのだが)

ミヒンタレーの遺跡で、
今日も待ち構えている!!
(・・・に違いない)
 (右)ヤーパフワのガイド、アサンカ25歳。裸足でこのチクチクの野原の遺跡を案内してくれた。夜までにキャンディに戻りペラヘラ祭を見たいので、ゆっくりできない、ガイドは必要ないと言うと、あっさり受け止めてくれたので、とても好感が持てた。で、ほんのちょっとだけ説明してもらった。キャンディへの帰り方などもアドバイスしてくれた。ガイド料は200Rsだったが、もっと払ってもいい気がした。↑
7.公共交通機関
 バスターミナルでは、バスは数分〜20分も停車した。その時、物売りや語り部、募金依頼者など様々な人が乗り込んできていた。ダンブッラのバスターミナルでキャンディ行きのバスを探していた時、我々のスーツケースにいきなり手をかけてきたオトコがいて、値段を聞くと7$(相場の約10倍)だと言う。どこにでもこういう奴がいた・・・・。
 国営の赤いボディーのバス。冷房なし↓  車内はどのバスも個性的なデコレーションだった。↓
↓ 民営のバス。料金は国営と同じ。どのバスも、車掌がとんでもなく元気がよかった。(大声で行き先を連呼し、お客を呼び込んでいた。)  シンハラ語の表示は読めないので、路線番号や英語表記のあるものはありがたかった。IC(インターシティ)のみ冷房つき。
 
 教科書は、バスでも街角でも売られていて人気商品だった。

キャンディのICバス乗り場

アヌラダプラ駅
 バスはいつも超満員のギュウギュウ詰めだった。運賃は、車掌が徴収して回るのだが、移動できない時は、乗客がバケツリレーで他人の運賃やおつりを車掌の元まで届けていた。

日本の中古車もたくさん走っていた。

キャンディ駅

コロンボフォート駅
 列車にも乗ってみたかったけど、バスほど本数がないので利用しなかった。駅にも武装警官がわんさかいた。
8.英語
 スリランカンの話す英語は大変聞き取りにくかった。「k」は発音しないし、濁音は使わないみたいだった。単語はイニシャルしかはっきり言わない・・・。何度聞き返しても分からない単語もあった。
(例)
単 語 聞こえ方 単 語 聞こえ方
shoes(靴) museum(美術館) ムシア
walk(歩く) wall(壁) car park カーパ
Bangkok(タイの首都バンコク) ハァンフッ airport(空港) ヤーパー
Fukuoka(福岡) フッハ 7:30 セッサ
9.スリランカン
 ←交通の不便なヤーパフワに行った時、何かと助けてくれたマダム。「私のケータイ番号も教えましょうか?」と言われたが、かける機会はないと思ったので丁重にお断りした。地図を見ながら立っていると、いつも必ず誰かが声を掛けてくれた。
 コロンボでは、小学校で日本語を学んでいるという少年に「こんにちは。お元気ですか。」と声を掛けられた。
 ↓ リティギアで出会ったアーミー。水道設備の見回りと補修にきていた。
 ↑ 木の実を取って食べさせてくれたり、遺跡の説明をしてくれたりした。
 ↑ 田舎に行くほど外国人は珍しいみたいで、何だかモテモテだった。うふ  スリランカン以外にも、フランス人、イタリア人、アメリカ人など、様々な国の人々と楽しく会話した。
 子ども達の遊びは専らクリケット。他の遊びは見かけなかったが、クリケットに興じているところは何度も見た。
←職人達
9.日本とスリランカ
 スリランカの路上は、日本の中古車だらけだった。ちょっと前まで中古車販売業がスリランカの花形職業だったのだそうだ。そう言えば、スリランカからの出稼ぎ労働者も日本には多い。日本の大学で建築を学んでいて一時帰国したという青年や、九州各地で焼き物を学んだという壮年の男性、20年前まで日本に住んでいたという宝石商にも出会った。

 スリランカには日本政府からの援助も多く、つい先週は日本の高官がスリランカに来たのだそうだ。今まであまり知らなかったが、日本とスリランカは結構繋がりの深い国だと分かった。
10.シンハラ人とタミル人
 ダンブッラのシンハラ人ドライバーに聞くと、言語も文化も違うし、自分はまだ結婚していないので、タミル人の友達は一人もいないなどと言っていた。異質の者同士・・・そんな感覚なのかなと思った。
 シーギリアでタミル人の少年グループにも会ったが、明らかにシンハラ人ほどは明るくなかった。マイノリティという自覚がそうさせるのだろうか?タミル人の多い北部では、もっと明るく暮らしているのだろうか?
 コロンボでタミル人の青年と話した時は、日本には動物園以外に象はいないと言うと、とても驚いていた。
11.動物
野良で見た動物・・・・クジャク、イグアナ、リス、猿、猫、犬、牛、イエローバード、アヒル、マングースetc
ミンネリアナショナルパークで見た動物・・・象、カバなど


 

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