霧島東神社・狭野神社 (鹿児島県) 



霧島東神社
 霊峰 高千穂峯の中腹、御池のそばにある。西の霧島神社に対して、「東御在所」と呼ばれた。高千穂峰の山頂・約500坪は、霧島東神社の飛び地境内であり、山頂の「天の逆鉾」は、霧島東神社の社宝とされている。ここは、ニニギノミコトが天孫降臨された際に、初めて祖先の神々を祀ったところと伝えられている。
 神社への道は急勾配の上、豪雨の翌日だったので、枝や葉っぱで大変な荒れっぷりだった。
神社からの眺め↑  神龍の泉(忍穂井)↑
 正面は、霧島の火口湖の中で最大の湖 御池(周囲約4km)。神武天皇が幼いころ、水辺で遊んだとの伝承が残っている。
「この池は龍神の安息池にして太古より霊泉として効験あらたかなり されど東方よりこの池に女人の影が映ずれば 忽ち異変ありと伝へらる」 
 →駐車場で車を降りた途端、ものすごいエネルギーを感じた。境内にももわもわとしたパワーが満ち溢れていた。豪雨の翌日だったので、更にパワーアップしていた気がする・・・。神社は元来、気のいいところに建てられるもののようだが、本当にここはナチュラルなパワー、清々しさが別格だった。

 


  このもわもわ感、これらの木々から発せられているのだろうか?↓
開祖 性空上人の記念碑 猿田彦神社
 
狭野神社(高原町)
 参道には樹齢400年の巨大な杉がニョキニョキと。豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に従軍した薩摩藩主 島津義弘が、狭野神社に戦勝を祈願、無事に戻ったお礼として植えたもの。
1kmも続く参道
神武天皇は幼少時、狭野尊といい、狭野は神武天皇生誕の地と伝えられている。
 「先づ彦五瀬命を生みたまふ。次に稲飯命。次に三毛入野命。次に狭野尊。
 亦は神日本磐余彦尊(かむやまといはれひこのみこと)と号す。狭野と所称すは、是、年少なくまします時の
 号なり。後に天下を撥ひ平げて、八洲を奄有す。故、復号を加へて、神日本磐余彦尊と曰す」
 日本書紀

狭野神社の狛犬写真はこちら→「狛犬80
その他の狛犬写真はこちら→「狛犬

第二駐車場脇にムキムキではない仁王像があったことを帰宅後知り、「しまった〜。」と思った。
今までに集めた仁王像の写真はこちらのページの「仁王像」の項目です。→「Short Trip1


    

HOME           BACK


inserted by FC2 system