健康とジェンダー 3 〜 サティ・ダウリ、早婚と教育 〜(5年:学活)

<学習の流れ>

1 インドの女性・ケニアの女性の写真を見たり、サティや早婚に関する新聞記事(朝日2000/1/26・京都1999/3/2)を読み合ったりした。
 
2 インドについて語られたテープを聞き、サティやダウリ殺人、早婚等が、なぜ続いているのか、グループで考え合った。
(テープは、インドの慣習について簡単に説明したもの。毎年ネパールを訪れ、インド情報にも詳しいK養護教諭に語ってもらった。実はT・Tを予定していたのだが、K養教が出張になったのでテープに変更。)

3 クラス全体で感想を話し合った。

 この日は参観日だったので、参観した保護者にもグループワークに参加してもらった。大人と子どもが同じ資料を読んで感じたことを話し合う機会は、考えてみれば今まで1度もなかったのだが、変に構えることもなく、すぐにそれぞれの考えを話し合っていたので安心した。

<子どもの反応>
・ サティが禁止されたのは170年以上も前なのに、今でも続けられているのがおかしい。
・ 女の生きる権利が奪われるのは許せない。
・ サティは絶対やってはいけない。犠牲者が増えるだけだ。親戚の人が嫌がる女性を無理に火に入れるのも信じられない。
・ 女だけが教育を受けてはいけないなんて、そんなの信じられない。女は人間扱いされてないじゃないか、みんな生きているのに。私は勉強がただ嫌いで勉強したくないと思ったりするけど、その国(ケニア)では勉強できないんだと思った。私はこれから勉強が好きになりたい。
・ サティもFGMも自分の気持ちを無視して、その社会が決めた価値に近づけている。その国が、ぼく達と同じ価値観を持っていたら、傷つく人は少なくなると思う。
・ 女性でも男性でも教育を受けるのが普通じゃないかと思った。日本にも差別はあるけど、直していきたい。
・ サティや早婚はいけない事なのが分かっていても、何もできなくてすごく無力なのが、前にも増していらだって、何もできない事がすごく恥ずかしい。マザー・テレサの言葉で、「学ぶ事が貧しさから抜け出る出発点」というのがあったが、本当にそうだ。学ぶ事でこんな気持ちを知ったから、やはり学ぶ事がどんなに大事かよく分かった。無力でも何でも少しずつできる事を見つけていこうと思う。
・ サティは、自殺でもなければ聖なるものでもなく、殺人だと思うけど、その国(インド)から考えると、やらない方がおかしいと思ってるんだと思う。
・ また差別の事がひとつ分かった。サティをするのは女性だけで、奥さんが死んでも男は火に飛び込まなくていいのは差別だ。友達のお母さんとも話し合えたし、同じ気持ちだったので、よかった。
・ 私だったら炎に飛び込みたくない。それは間違いだから。それをなくすには、「サティなどの差別はやめて下さい。」と、テレビ・ラジオ・空からヘリコプターなどで誰かが言うといい。
・ 9歳の子に無理に結婚させるなんて、おかしい。父親は、今でも「家に帰ったら殺す」と言っているんだけど、こんな事は冗談でも言ってはいけないのに、本気で言っている。絶対言ってはいけない言葉なのに。
・ 日本も、結婚できる年齢が男と女では違っている。男と女は平等じゃないと思う。
・ 生命保険や年金も、男女で金額が違う。
・ 私の家では、母が食器を洗うのは当たり前と父が言っている。身の回りにある差別って、そういうことだと思う。
・ 日本は男と女では給料が違う。そんな性差別が直ってないから、男が働き女が家事をするのが普通になっているんだと思う。
・ 男は自分の力だけで運命が決まるけど、女は違う。それは変だ。だけど、女が教育も働く力もないと見なされているから、男は女の分まで働かなくっちゃいけない。これも男に対する差別なんじゃないか。
・ 男とか女とかの違いがあるからいけない。手術して、みんな男に作りかえればいい。
・ 手術なんてイヤ。性の違いがいけないんじゃなくて、お金や教育が平等でないのがいけない。
・ このままではいつまで経っても平等にはなれないんだけど、それを平等にするよう、考えないといけない。

・ 母が話し合いに参加してくれて、意見が聞けて、すごく嬉しかった。

<保護者の意見>
・ この勉強を、自分はどうしたらいいのかを考えるきっかけにしてほしい。
・ 授業を参観し、インドに「サティ」という慣習があることを初めて知った。命の大切さを無視した事が今も続いていることは、とても恐ろしいと思う。平和で自由な日本で生活している子どもたちが、世界で起こっているいろいろな事を勉強していく事はとても大切だと思った。


<授業を終えて・・・>
@ 授業の中で、男性に対する差別に気付き、発言した子がいたが、他の発言にもみ消され、とても不服そうだった。また、授業後、「男に生まれたのが、何だか悪いみたいだ。」 とか、「女子は、男が悪いって思ってるのかな。」と言った男児がいたので、昼休み、その子たちと一緒に4人で話し合った。話し合う中で、男が自由で女が自由でないのでもないし、男には男だけに期待される呪縛もあることや、女の解放は男の解放でもあることなど、言葉を選びながら(噛み砕きながら)話してみた。3人とも感じた事を素直に表現してくれたし、一緒に話すことで随分スッキリした顔つきになった。彼らの主体的に学び考えようとする態度が私はとても嬉しかった。ちょっと単純思考かもしれないけれど、この子たちのこの感性が、未来の差別を解消していく力になるんじゃないかと思ったりもした。(^^)

@ だが、嬉しい反面、それは自分のちっぽけさを感じる一瞬でもあった。これから生きていく中で、クラスの大部分の子は、無自覚のままに我々の社会にもある力の論理に絡め取られていってしまうのだろう。この子たちの担任でなくなる前に、もっともっといろんなことを考え合っていきたいと、焦りも感じる。

@ 今後は、インド社会がよく分かる「女盗賊プーラン」「家なき鳥」や、FGMを逃れてトーゴからアメリカに亡命した少女の記録「ファウジーヤの叫び」などの本も、機会を捉えて紹介していきたい。現実に世界で起こっている様々な出来事に自ら目を向け、見識を深め、より広い視野で物事を捉えることのできる人間に育っていってほしいし、自分の人権と同様に他者の人権も守り、大切にできる人間になってほしいと思っている。

@ なんだか投げかけのみの中途半端な終わり方で深まりきらなかったんだけど、この授業をやってよかったなと感じている。

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