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< 釜 山 ・ 慶 州 旅 行 >

東洋最古の天文台「瞻星台(チョムソンデ)」


 
 円高ウォン安でゴージャス旅行・・・そんな野望がなかったわけではない。実際、普段なら二の足を踏みそうな特1級のホテルにリーズナブルに泊まることができたんだから。
 でも韓国は、思った以上に元気だった。その活気は日本と比べものにならない。市場も高級デパートも、すごい人出で購買意欲も半端じゃなかった。あれこれ迷う私を尻目に、たくさんの人がいろんな物(何十万wonもする高級品も)をバンバン買っていった。これは一部の富裕層だけなのだろうか?それとも新年だからなんだろうか?港町釜山だけの情景なのだろうか?
 それに、寒過ぎるからかもしれないのだが、ホームレスも一度も見かけなかった。

 「元気な韓国」「骨太な韓国」、これが今回の韓国旅行の私の印象。ほんとに経済危機なんだろうかと思える3日間ではあった。

・・・朝鮮日報によると、韓国の失業率は、「公式には3.5%、実際には11.5%?」とのことだ。・・・


韓国の印象




日本語が上手なお婆さんと
慶州校洞法酒にて
 気候はもう、寒いのなんのって! 氷は池だけでなく、川にも滝にも張っていた。毎日ブルブル震えていた。連れのYさんがカイロを貼ってくれた。生まれて初めてのカイロ体験。ぽかぽかして感動した。


気 候

 XDカードは湿気や静電気に弱いとは知っていたが・・・、旅行2日目、またもやカードクラッシュ。予備のメディアを持って行っていたので旅の後半は大丈夫だったけど、前半がごっそり被害に遭った。帰国後すぐにカメラのキタムラに修理に出した。修理には1ヶ月くらいかかるみたい。写真が復元できればラッキーだが、できない可能性もあるらしい。

 と言うわけで、今、韓国旅行前半の写真がありません((*ToT*)†~~~ 



メディアトラブル
〜写真なし〜



<旅の報告> 
 船内で観光マップ入手→釜山港到着→両替→シャトルバスで地下鉄1号線中央洞(ジュンアンドン)駅へ【運賃900won】→地下鉄1号線で西面(ソミョン)へ。地下鉄2号線に乗り換え、大淵駅へ【運賃1300won】→釜山博物館・UN記念公園・彫刻公園散策→ロッテホテルにチェックイン→ソミョン市場でショッピング→豚骨スープで煮込んだ韓国鍋の夕食→爆睡!
釜山博物館
 これはもう、見応え十分だった。時間さえあれば、何時間でもいたいくらいだった。
 特に日本との交易の歴史は面白く、対馬の果たした役割も興味深かったし、
熾烈を極めた反日抗争の様子など、今まで知らなかったことも多く、日本人とし
て申し訳なく思いながら説明を読んだりもした。

UN記念公園
 国際連合が指定した世界唯一の国連墓地。
国連軍戦没者埋葬のために設置された。
現在2300名の埋葬者が眠っている。
午後4時に、慰霊のトランペットが鳴った。

国連彫刻公園
現代アートが所狭しと並んでいた。
夕方になって、散歩者がどんどん増えていった。



1/3
1日目



UN記念公園
 チェックアウト後、西面駅から地下鉄1号線で老圃洞(ノポドン)へ【運賃1100won】→駅に直結の釜山総合バスターミナルで朝鮮風巻き寿司キンパ【3000won】の朝食→市外バスで慶州(キョンジュ)へ【運賃4000won】→徒歩で大陵苑(天馬塚)・路東洞路西洞古墳公園・月城大公園・石氷庫等観光→タクシーで慶州民俗工芸村へ→新羅歴史科学館→タクシーで仏国寺(ブルグッサ)の停留所へ【運賃1800won】→バスで石窟庵(ソックラム)の停留所へ【運賃1500won】→寒風吹きすさぶ中、ソックラムまでハイキング。石仏鑑賞→バスでブルグッサへ→ブルグッサ観光→バスで慶州駅へ→城東(ソンドン)市場をそぞろ歩き&ショッピング&食事→タクシーで市外バスターミナルへ→コモドホテルへ【運賃12700won】→チェックイン





1/4
2日目




路東洞・路西洞古墳公園
 きれいに整備されていて、歴史を大切にする気持ちが伝わってきた。数えなかったけど、たくさんの円墳があった。日本では見かけない、ふたこぶラクダのような夫婦墓もあった。

大陵苑(テヌンウォン)
 新羅時代の王や貴族の23基の古墳群。白樺の皮に描かれた天馬図(チョンマド)が発掘された天馬塚(チョンマチョン)、夫婦墓の皇南大塚、そして味鄒(ミチュ)王が眠る味鄒王陵の3つが有名。こんな街のド真ん中で、ここまで密集した古墳群を見ることができるとは、予想外だった。
 天馬塚では、ドーム状に積み上げられた石の下の石床など、内部が見学できた。1973年に発掘されたというのに、装身具・武器・馬具・器など1万5千点にのぼる遺物が出土したそうだ。

月城大公園
 半月模様に築かれた新羅の城跡。広い敷地に、世界最古の天然冷蔵庫「石氷庫」のみが残されていた。冬の間に氷を入れ、1年間大事に使ったらしい。この石氷庫、入口に立っただけで冷気を感じた。地盤自体が冷えている土地を選んだようだ。内部は花崗岩で造られ、天井はアーチで通風口も空けられていた。

慶州民俗工芸村(キョンジュミンソッコンイェチョン)
 金属工芸、陶磁器、韓紙、木工、宝石、石工、刺繍、竹工芸など、盛りだくさん。みんな新羅時代の伝統を守って作られているそうだ。箸や置物、タル(祭祀用仮面)など、安価な小物をたくさん購入した。

新羅歴史科学館
 新羅時代から李氏王朝の世宗大王までの歴史的科学文化財の製作過程を模型で再現している伝統科学館。1988年開館。「新羅王京図」「慶州南山遺跡復元図」や、実物の1/5の大きさの第2石窟庵など、楽しく勉強できた。インドと中国、韓国の石仏の違いなども展示されていた。

仏国寺・石窟庵
 ここに来たのは2回目だったのだが、仏国寺の精巧な石組に改めて驚いた。石窟庵の石垣は、山口県光市の石城山の石垣に似ているなと思った。

城東(ソンドン)市場
 原型の分かる物が多く、「こわ〜」と思える商品もたくさんあった。働く人達は、みんなものすごく元気だった。我々がお喋りしながら歩いていると、「イェルボン(日本人)!」と連発していたが、道を聞くと、とても丁寧に教えてくれた。


 4時起床。すぐにコンシェルジュで観光相談→コンビニでキンパの朝食調達→まだ暗い6時50分にチェックアウトし、手配してもらったプライベートタクシー【6万wonで契約:日本語の話せるドライバーだった】で瞻星台(チョムソンデ)観光→南山へ。三体石仏・磨崖観音菩薩像・石像如来像・三陵谷線刻六尊仏等々観光→鮑石庭→五陵→金将軍墓→高速バスで釜山総合バスターミナルへ→地下鉄1号線で老圃洞(ノポドン)へ→中央洞→徒歩で国際船ターミナルへ→帰国


1/5
3日目


<南山>

 慶州中心部から南へ約4Km。標高494mの山。
 147余箇所のお寺跡と、118余基の石仏像、96基の石塔、
13基の王陵、4ヶ所の山城跡が密集している。
「南山を見ずして慶州は語れない」とは、地元民がよく言う台詞。


<三体石仏>

7世紀半ばの作品と推定されている。
 かわいいお顔だった。それに、結構短足・・・。
 バランスが山口県山陽小野田市の菩提寺山 有帆磨崖仏と似て
いるなと思った。有帆磨崖仏のルーツなのだろうか?
 笑顔で挨拶してくれたお兄さん。
 寒空の下、孤独に黙々と灰をならしていた。
 誰も見ていない所で、こうして真面目に粛々と働く人を見ると、
何だか心が引き締まる。

三体仏すぐそばの宿坊らしい建物


三国統一期の英雄、キム・ユシン将軍の墓

<校 洞(ギョドン)>

朝鮮時代の民家が多く残る地区。築300年以上の家もある。

<慶州郷校>
 高麗時代、地方の中等教育と地方民の教化のために創建
された。朝鮮時代には国家から田畑と奴婢、典籍などが支給
され、教官が生徒を教えた。

<崔氏古宅>

もとは99間あったと伝えられている。

<校洞法酒>
 朝鮮時代の王に献上されていた地酒。
 300年に渡り崔氏宗家にその秘法が受け継がれ、
現在は「永信(ペヨンシン)氏が醸造している。
 校洞法酒の1日の生産量は、900mm、16本。
 販売も蔵元に限定されている。

<五陵(オヌン)>
新羅の始祖が眠る王陵
閼英王妃が誕生したと伝えられる井戸(閼英井)
 新羅の始祖、朴赫居世王の祭祀を行う所

<鮑石亭(ポソクジョン)>
 新羅時代の王の離宮跡。
 歴代の王が杯を浮かべて詩を詠んだとされる鮑形の石造物
だけが残っている。


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