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<釜山一人旅編> 2003年8月10日(日)〜8月12日(火)

 
 初めての海外一人旅・・・行きたい所に行き、食べたいものを食べ、眠りたい時に眠る・・・、朝から深夜まで私次第。
 一人旅、万歳!\(^_^)/


初体験

 道を尋ねると、困った顔で首を振る人もいるにはいたが、ほとんどの人が親切に教えてくれた。中には地図を描いたりケータイで調べたりしてくれる人もいて、感動的だった。西面で出会ったお姉さんなどは、ケータイで聞いてくれた上に、10分もかかる道のりを手をひいて連れて行ってくれた。心から感謝している。ありがとう!

四面(ソミョン)で出会ったお姉さん
このお姉さんは、英語も日本語もしゃべれなかった。だから会話は韓国語。もちろん私はちんぷんかんぷん!


 5年前ソウルに行った時、韓国語を猛勉強して行ったのに、発音が悪過ぎてか現地で全く通じなかった苦い思い出が・・・。それ故 今回は、せっかく行くのに予習もしなかった・・・。(←何たる言い訳!) が、街中いたる所に溢れるハングルがちゃんと読めれば、もっともっと楽しめたはず。 今更遅いが、不勉強を反省した。


韓国語
 
 若い人は、かなりの割合で英語がしゃべれる。聞いてみると、学校で習っただけで特別な勉強はしていないと言う。受験競争の激しい国なのに、学校は使える英語を教えているのかと、またまた感動。ほんとはそれが当たり前なんだけどね・・・。


英語

 韓国のお姉さんは、相変わらず美人揃い!メイクの巧さもさることながら、ケーキ屋さんがあんなに多く、ケーキの種類もとっても豊富だと言うのに、なぜこうも痩せているのだろう??やっぱり辛いキムチのせいなのだろうか?


美人

  同時期ではないので比較にならないが、5年前のソウルのデパートや市場の販売員は、こちらが商品に少しでも興味を示すと、腕までつかんでものすごくせっついてきていた。それを思うと釜山の販売員は少し上品だった。


販売員

 大人の女性同士で腕を組んだり手をつないだりしている人がとっても多かった。日本では見かけない風景だ。私自身、友達と手をつなぐことに学生時代までは何の違和感もなかったが、大人になるとしなくなった。韓国の女性は心が幼いのか?それとも大人の呪縛から解放されているのだろうか?? 反対に、男性同士で手をつないでいる人は全く見なかった。ジェンダーの二重規範が定着してるってことなんだろうか?謎だ。


友達

  「Hello!」と言って入店しても、「アンニョハセヨ」と言って入店しても、「いらっしゃいませ」と必ず声を掛けられた。黙っていてもバレていた!なぜ?見ただけで日本人と分かるのだろうか??


日本人

  冷房が効き過ぎて寒い場所があるのではないかと考え、上着を用意して行ったが、全然必要なかった。日本みたいに無駄に冷やす所など皆無。地下街もむんむんしていた。そういえば、街のあちらこちらに小さい映画館みたいなところがあった。聞いてみるとDVDシアターで、400円くらいで映画が観れるそうだ。なんて合理的な!


エコロジー

 往復で100qはありそうな海上(100kmくらい朝飯前かもしれないけど・・・)にも、海鳥がたくさんいた。連絡船で羽を休めながら、自由に韓国と日本を行き来してるみたいだ。国境なんてない鳥が、ちょっと羨ましいような・・。


 docomo強し!日本まで、まだ1時間はかかるという地点で、国際電話対応じゃないのにもう電波をキャッチしている乗客がいた。私のJ-phone(現softbank)は、陸地が見えるまでかからなかった。(。-_-。


電波


☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆☆.。

   

< 8月10日 >
 博多港から、超高速旅客船KOBEEに乗って出発した。2時間55分で釜山港に入港。飛行機に比べて座席も広く、荷物を預けたり受け取ったりもなくてお手軽だった。

 着くと直ちに免税店へ。ブランドショップはバーゲン中で随分お買い得だったが、気に入ったものがなくて買わず終い・・・(T-T)。

 その後、釜山タワーのある龍頭山公園へ。秀吉の水軍から祖国を守った李舜臣の像が、かっこよく海を見つめていた。

 次に、今回の旅行最大の楽しみだった国際市場へ。靴にバッグに日用品、洋服もアクセサリーも・・・、何もかもが安い!目の前で搾るヘルシーでbigなジュースもたったの100円。あずきとフルーツ入りのゴージャスなかき氷もたったの200円。もう楽しくて楽しくて、ずっと帰りたくない気分だった。(かき氷は、食べ始めた後で、生水にあたらないか心配になったが、大丈夫だった。レストランでも水をがぶがぶ飲んだけど異常なし。外国に行くと、いつも水にはびくびくするが、結構大丈夫かもしれない?)
 買ったものは、Tシャツ・帽子・名刺入れ・キーケース・コスメなど。アクセサリーも気に入ったのがあったんだけど、初めたどたどしい英語のお兄さんが2000ウォン(約200円)と言っていたのに、おじさんが出てきて私を見るなり(日本人と分かると)、途端に20000ウォンに変更!ひどいよぉ・・(>_<)ゞグスッ

 夕食は、すき焼きを食べた。ものすごい分量だった。韓国人はこんなにたくさん毎日食べているのだろうか?キムチやチヂミ・生野菜他、名前の分からない料理もたくさんたくさん出てきて、食べきれなかった。これで1300円とは!

 帰りは地下鉄に乗った。初め切符の買い方が分からなかった(切符は2種類しかない。距離によって組み合わせて買うのかと思ってた。)が、通りがかりのお姉さんが親切に教えてくれた。(なんだ、1枚でよかったのね〜。) 2年生の生活科か「はじめてのおつかい」みたいだ。
改札を抜けた後で、ホームが逆だったことに気付いた。(が〜ん!) 近くにいた警備員に言うと、改札バーをくぐって出るように言われた。「え〜っ?そんなんでいーの?ひ、人目が・・・。」と思ったが、言われた通りにバーをくぐって逆のホームに侵入。こんなこと恥ずかしくて日本じゃ絶対にできない。見るとたくさんの人が改札のバーをくぐったり乗り越えたりしていた。あの人達は、無賃乗車なんだろうか?? やっと電車に乗ると、わずか70円なのにどこまでも乗れてまたまた感動した。
 電車を降りると、真夜中のホテル探し。自分がどっちの方角を向いているのかも分からなかったが、たくさんの人に聞き、たくさんしゃべってとっても楽しかった。

 帰りに、かごに山盛りで200円のブドウと、500円の大きなスイカを買った。スイカは、フロントでスプーンを借り、キシキシ皮に傷を付けてガバッと割って食べてみた。甘くてとってもおいしかった。
食べ残したスイカには、絵とハングルで「捨てないで」と書いたメモを付けて、冷蔵庫に入れておいた。

< 8月11日 >
 釜山郊外、老圃洞の高速バスターミナルまで地下鉄で行き、慶州までの切符を買って高速バスへ。(窓口のお姉さん、英語も日本語もしゃべれた。学校で2カ国語習うそうだ。)
 慶州は、1000年に渡って栄華を極めた新羅の王都で、現在も発掘調査が続いているという。(イタリアのポンペイみたいだ。)
慶州バスターミナルに降り立つと、バスの中で知り合ったソウル在住の安さんが交渉してくれて、観光タクシーに安く乗れることになった。英語が話せないドライバーだったので少し不安もあったが、安さんがナンバーを控えてくれたり、名刺を渡しておいてくれたりしたので助かった。

 慶州では、まずユネスコ世界遺産の石窟庵へ。石窟庵はアジア三大洞窟寺院の一つでもあり、深い深い山奥にあった。車を降りて山道を歩くこと30分。ヘロヘロになりながらもたどり着いたお堂には、輝くばかりの美しさの仏様が鎮座していて、一見の価値あり。韓国仏教彫刻の最高傑作と言われるだけのことはある。周囲の壁の彫刻にはインドの薫りもただよっており、世界の財産なんだと納得した。


 次に、韓国最大の仏教建築、仏国寺へ。加藤清正の軍勢によって貴重な遺産は焼失し、現在の建物は250年前に再建されたものだったが、それでも石造りの精巧な多宝塔、釈迦塔、青雲橋、白雲橋等に往時の繁栄を偲ぶことができた。

 慶州民族工芸村では、窯元で青磁を購入。帰りに港で見た同じような青磁には3倍くらいの値段がついていたのでお買い得だったかも。キャッツアイの数珠も値切って3割引きで購入した(^^)

 慶州の町並みは、釜山にはない落ち着いた佇まいで、古い瓦も塀も、とってもノスタルジック。道のそばには、綺麗に整備された塚が点在し、素敵な観光地だった。ただ残念なのは、バスもタクシーも、ものすごく乱暴な運転で、お客を乗せて走っているという意識はあまりないみたいだった。クラクションはバンバン鳴らすし、スピードは出すし、割り込みはするし、乗ってて恐かった。

 夕方、再び高速バスに乗り、老圃洞で下車。地下鉄で西面に行ってみた。地下街から出ると、ここもすばらしい盛り上がりぶり。若者も多く、国際市場とはまたひと味違う、おしゃれな街だった。
この日の夕食は、カルビの焼き肉。1100円なり。昨日と同じで、韓定食がたっぷりつき、食べきれない量だった。

 ホテルでスイカを食べようと、楽しみに帰るとスイカは消えていた!フロントのお兄さんにも「捨てないでね」と言っておくべきだった!


< 8月12日 >
 朝、早々にチェックアウトし、荷物を預けて地下鉄で西面へ。24時間営業のレストランで朝食。鶏肉ステーキ・スパゲッティ・サラダ・ご飯・巻きずし8切れ・たくあん・キムチで350円。お腹いっぱいになった。

 西面の裏通りには、食料品中心の市場があり、野菜やプリプリのエビ・魚・薬草・ブタの頭(今までブタの顔をゆっくり見たことがなかったが、1頭1頭違う顔をしていた)や、ニワトリの足(オモニがしゃがんで指を引きちぎっていた!)や丸焼きまで、何でも売っていた。お菓子を売る店が一軒だけあったので、6本入りのチョコレートスティック48袋がいくらか聞くと、何と200円で、目がまん丸になった!

 午後、港へ。夢のような3日間だった。家族と離れ、一人で来た釜山。オプショナルツアーを全く付けない旅も初めてだったし、船の旅も初体験。初めてづくしの新鮮な旅だった。

 8月15日の光復節を前に、テレビでは、日本の植民地支配の様子を伝える番組が流されていた。豊臣秀吉が残した理不尽な爪痕も各地に残されていた。日本人と見れば値をつり上げてくる販売員にも会った。でも、日本と韓国はやっぱり特別な縁(えにし)でつながっている(同一の先祖を持ち、文化が伝承された)、かけがえのない隣人なのだと思う。優しい人にもたくさん出会った。「隣人再発見」、これが今回の旅の最大の収穫だった。



親切に、いろんなことを教えてくれたお姉さん
日本語も、少ししゃべれた。



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