<百舌鳥(もず)古墳群>













仁徳天皇陵古墳
ちょうど天皇が心臓の手術を受ける日だったので、宮内庁が記帳所を設置しているところだった。陵墓に向かい、熱心に祈っている人の姿もあった。  ↓市役所21Fに展示されている絵。古代にあって、なかなか大した事業だ。この周辺にはかつては100基以上の古墳があったそうだ。堺市博物館には、土地開発のため破壊中の古墳写真もあった。
↑仁徳天皇陵古墳のそばの周辺模型。陵墓を取り囲むようにして計画的に19基の培塚が造られたことがよく分かる。 ↑ 航空写真。
 外周を一周すると2.85kmになる。JR堺市駅からここを通り、他の古墳も見て百舌鳥駅まで歩いた。

市役所から見える仁徳天皇陵古墳。

↓反正天皇陵古墳(百舌鳥耳原北陵 田出井山古墳
 百舌鳥古墳群の北端にある。全長約148mの前方後円墳で、5世紀後半の築造。培塚2基が確認されている。後円部径 約76m、高さ約14m、前方部の幅は約110m、高さ約15mで百舌鳥古墳群では7番目の大きさ。現在は一重の盾型周濠だが、前方部外周の発掘調査で、かつては二重濠だったことが分かっている。なお、反正天皇は仁徳天皇の息子。

↓ 永山古墳
 掘は埋まりそうになっており、自転車などのゴミも溜まっていた。一部が復元工事中だった。
↑銅亀山古墳

ぐわしょう坊古墳
 直径約58mの円墳

旗塚古墳

 墳丘は全長約53.8m、後円部径約41m、高さ約3.8m、前方部幅約21m、前方部高1.3m。帆立貝形古墳と呼ばれる前方部が短い前方後円墳


天王古墳

一辺19m程の方墳。反正天皇陵古墳の陪塚。

鈴山古墳

 一辺約22mの方墳。反正天皇陵古墳の培塚。天王古墳も鈴山古墳も住宅街のど真ん中にあるが、大きな破壊はないようだった。天王古墳もそうだが他の古墳に比べて大きくもなく、よく残っているなと感心した。

竜佐山古墳
 
全長67mの前方部が短い帆立貝形の前方後円墳。


狐山古墳

仁徳天皇陵古墳の陪塚。径23mの円墳。
高さ4mの溝状の濠があったと考えられている。

長塚古墳
 全長約100mの前方後円墳。造出しがあり陪塚を従えていることから、独立した古墳と考えられている。発掘調査で盾形の周濠も確認された。



 

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