+ +  吉備路(岡山)  + +

日帰り出張の帰りに、どうしても吉備路を見たくなり、
日没前の約1時間、猛ダッシュでタクシー観光した。

ドライバーは、「もうちょっと早く来てくれないとー」とか、
「これだと普通は2〜3時間のコースなんですよ。」などと言っていたが、
たったの1時間でも見れるだけ見たので満足だ。





 18,Oct,2007 & 24,Aug,2012 
 
作山(つくりやま)古墳
造山(つくりやま)古墳

 全長286m、墳丘の最高地点24m。
古墳時代中期(5世紀)の造営。
 全国で9位、岡山県で2位の規模
の前方後円墳。

 全長360m。岡山県では1位、全
国では4位の規模の前方後円墳。
 古墳時代中期(5世紀)の造営。
岡山市大多羅駅裏
布施神社入り口
吉備路のシンボル 
備中国分寺

 



   こうもり塚古墳

 6世紀後半に自然の丘陵を利用して造られた全長100mの前方後円墳
 円墳部から玄室へ。
 玄室に続く羨道の岩
 石灰岩でできた家形の大きな石棺(くりぬき式)があった。
 この古墳では、他に陶棺や木棺も発見されたそうだ。

 山口県防府市の大日古墳を思い出した。→「大日古墳」 
 

   備中国分尼寺・高松城跡・鬼ノ城

 車窓観光

 高松城水攻めの時は、秀吉の妻ねねも同行し、足守の親戚の家を訪問したのだそうだ。

 高松城は、周南市(山口県)の沼城〜毛利隆元の攻撃を凌いだ〜を彷彿とさせる平城で、
兵糧責めの様子を想像すると、何だか、もの悲しくなった。


   吉備津神社・吉備津彦神社・備前一宮駅(吉備線)

吉備津彦大神を祀る神社で、仁徳期の創建。
見なかったけど、木彫りの狛犬があるそうで、県重文。

 吉備津神社入り口の矢置石。
 吉備津彦命が鬼ノ城(きのじょう)を居城としてた
百済の王子温羅(うら)と戦った際に矢を置いたと
伝えられている。
 いつしか途絶えていたここでの神事も、昭和35年
から「矢立の神事」として再開されたそうだ。
 拝殿へ続く石段
 国宝。応永32年(1425年)の再建。
 日本唯一の「吉備造り」の拝殿。
 傾斜のついた長い回廊。16世紀の建造。
 回廊を外から見た所。全長約400m。
 釜の鳴る音で吉凶を占う釜鳴神事が行われる御釜殿。

 吉備津彦命は、成敗した温羅の首を切ってさらし、肉を犬に食わせ、髑髏を吉備津宮の釜殿の釜の下に埋めたが、唸り声は十三年間やまず、釜を鳴らし続けたと言う言い伝えから始まった神事。
 吉備津神社直轄の遊郭。

 天正10年(1582年)、羽柴秀吉の備中高松城攻略の折、将兵のための遊女をこの門前町に置いたのが始まりと言われている。
 あたりは急に暗くなってきた。

 吉備津神社の駐車場に建つ 犬飼剛(木堂)の銅像。
 生家がこの近くにある。
 遂にとっぷり、日が暮れた・・・。

 こちらは吉備津彦神社。
 ここの狛犬は備前焼だった。→ 「狛犬49
 日が暮れたのでゆっくり観光しなかったんだけど、ここには何と、環状列石があったってことを、帰宅後知った!惜し〜〜〜〜いっ!そんなすごい物を見ずに帰ったなんてぇ!!

 他にも、ご神体の吉備中山には、「備前吉備津彦・奥宮磐座」や「同元宮磐座」、「大吉備津命御陵」の前方後円墳など、見所もたくさんあったらしい!!!
 それらを見ずして何とする。いつかまた必ず行きたいと思う。

 どこか懐かしい、小さな駅舎。備前一宮駅。

 タクシー観光の後、この駅から岡山に向かい、
新幹線で帰宅した。

 吉備線では、車内で感動的なアナウンスを聞いた。高校のPTAから高校生への呼びかけ(メッセージ)だ。
 大きな声で話したり、荷物を座席に置いたりすると、自分は気付かなくても周りの人を不愉快にする、タバコなど、決して吸ってはならない・・・などという内容だった。
 そしてその後、数人の役員とおぼしき人々が、腕章をつけ、車内を巡回。
 
 大人も頑張ってるんだ〜。すごいな〜。教師だけじゃなく保護者がやってるのがすごいな〜。
 高校生の傍若無人な行為にただ眉をしかめるのではなく、こうやって教えてあげるのも、
怠ってはいけない大人の仕事=責任なんだよねって思えた。
(子ども達にとっては、管理的で父権的な息苦しい行為に見えるかもしれないんだけどね。)


 ・・・吉備路は我が家の子どもたちがまだ小さかった頃、1度だけ行ったことがあり、いずれまた行きたいと思い続けていた所だ。実現して嬉しかった。




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