中津市(大分県)

01.10.2016  

【福沢諭吉旧宅】
【資料館】
福沢諭吉がこんなにも苦労人で堅実な人だったとは、
今まで知らなかった。母親の人間性にもじーんと来た。
私も、いつまでも独立自尊の気持ちをもっていたいなと思った。


11.07.2005

耶馬日田彦山国定公園の山国川
静かな川面に、山影が映っていた。


禅海像
 昔、この付近の山道は、「鎖渡(くさりど)」と呼ばれる
岩角に板を並べた危険な道で、たくさんの人や馬が命
を落としたそうだ。
 そこで禅海は30年の歳月をかけて、ノミと槌だけで
トンネルを掘った。その長さは185m。
現在、その一部が残されている。

 青の洞門近くの羅漢寺には、3777体の石仏が安置されている。
インドの法道仙人がこの地を去る時、念持仏として金銅仏一体を
残したのが始まりらしい。
石彫の羅漢寺仁王門の仁王像
羅漢寺旧参道。610m続く石畳
五百羅漢が安置されている無漏窟。
たくさんのしゃもじは、人を救う縁起物として絵馬代わりに使われている。
羅漢とは釈迦の高弟のことで、それぞれに
名前もあるそうだ。愛嬌たっぷりの羅漢さんも。
ここの地形は、釈迦の生まれた所によく似ているらしい。
岩と岩の隙間にも、たくさんの石仏が置かれていた。
第一の高弟ビンヅル
あまりに明晰で、釈迦に敬遠され、無漏窟の外に出されたんだとか。
逆流建順という僧は、わずか1年で700余体の石像を建造したそうだ。
ほんとにすごい数の石仏だった。

本堂の近くに、水子供養のためのお堂もあった。
そこにもたくさんの石仏(千体地蔵)があり、しゃもじが貼られていたが、
1つ1つのしゃもじを見ていると、幼くして逝った我が子への思いとか、
生まれることのできなかった子どもへの懺悔だとか、胸の詰まるものが多かった。


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