脳死を考える2 〜臓器移植〜 (5年:学活)

 臓器移植については、レシピエントの立場からだけではなく、ドナーの立場でも考えていきたい問題だし、限りある命を生きるひとりの人間として、どこからが人間の死なのかということについても自分なりの考えを持っていたい。生を全うする意味や、人々の命の記録についても、いつも心に留めておきたい。答えのない問題かもしれないが、子どもたちにも様々な角度から資料を提示し、自分なりの生命観や倫理観を築く一助にしてほしいと思う。「脳死を考える1」の実践を通して、今そんな風に思っている。
 
 さて、今日は、1990年12月に放映されたNHKスペシャルのビデオを視聴した。残念ながら今回は話し合いの時間が取れなかったのだが、子ども達が感想をつづってくれたので、ここに記録しておきたい。
<子どもたちの感想>
・ 心臓とかを抜き取られても、周りの人の中で生き続けるのならいいと思った。
・ 心臓が動いていたり、肝臓や腎臓が出たりしてとってもびっくりした。骨が1g2万6000円だとはびっくりした。
・ 臓器を取られて隣町の人にあげたら、他の人がすぐよくなるとしても、取られた人がかわいそうだと思った。

・ ひとりが犠牲になるけど、そのひとりで70人が助かるとビデオの人が言っていたので、すごいと思った。
・ 心臓は動いているのに、周りを切ったり、運ぶためにヘリコプターを用意したり、その人がかわいそうだとか同情する暇もなく、ジャストインタイムでお医者さんが行き来していて、とても大変そうだった。命というより、物だった。このビデオを見てちょっとショックだったけど、もう行われていて、人を助けると言うことを考えると、仕方ない気もする。
・ 人のためになっていると分かっていても、見たくなくなったりした。人の役に立って自分は死ぬというのは、臓器を取られるドナーとしては、どう思うのだろう。

・ 9ヶ月の子どもからも取っていた。アメリカでは家族の承認で普通に取られてしまうのがおかしい。
・ いくら脳死でも心臓が止まらない限り、心臓を取らなくてもいいと思う。
・ ぼくは、ずーっと見てるとどこかが痛くなるような気がした。
・ ひとりの脳死体で70人助かるから、脳死の人からの移植はいいかなと思った。でも、心臓は動いているから低体温療法をすれば生き返るかもしれない。だから、賛成と反対、どっちにしていいか分からない。
・ 脳死の人は多分涙を出していたと思う。心の中で「助けてよ。死にたくないよ。」と叫んでいたから涙が出たと思う。父から聞いて、脳死と判断されると人はパーツになると聞かされた。車の実験でも、どこかの国は死体を乗せて事故らせると聞いたから、とても恐い。ここがアメリカじゃなくてよかった。
・ あんなに大量の血も心臓も、私の体の中にもあるんだなと思った。
・ ドナーが私だったらすごくいやだ。
・ パチスタ手術で助かった人が増えているみたいなので、ぼくはその方法を続けていったら、心臓移植はなくなると思う。
・ 見ていくうちに胸が痛くなった。やっぱり臓器売買は犯罪だとぼくは絶対思った。
・ 心臓が動いていたのに、はずしたら止まったから、少しびっくりした。それから、止まってから6時間の間に他の人に心臓を移すと思うと、本当にそんなことできるのかなと思った。ドナーカードを持っている人は自分の勝手だけど、持ってない人も臓器を取られるという法律はいけないと思う。脳死になっても少しでもぼくは生きたい。
・ 心臓が動いているのを見た時、前は脳死で臓器を取ってもいいと思ったけど、絶対にやめた方がいいと改めて思った。だから先生がいつも言うように、どこかでみんなつながりがあるから、相手の事を知り、関心を持とうと思った。


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