MYANMA 6 (ホテル・食事)


「Seasons Of Yangon(シーズンズ・オブ・ヤンゴン)」
  意外だったのは、空港への迎え。無料送迎サービスがあるのは知っていたが、空港〜ホテルは歩いて行ける近距離ゆえ、敢えて申し込まなかった。が、空港に着いたら私の名前を書いたネームプレートを持って立っている人がいる。え?誰??って、最初は分からなかったよ。申し込まないのに来てもらえたのは、初めてだ。見落とすところだった。

 エアコンのリモコンが効かなかったのと、バスタブのお湯が抜けなかったのとで、深夜に2回従業員に来てもらったが、嫌な顔ひとつせず、対応してくれた。施設はイマイチだけど、サービスは◎。他の従業員もみんな親切で、なかなかよいホテルだった。 
 
「Thiripyitsaya Sakura Hotel(ティリピセヤ・サクラ・ ホテル)」
我々が泊まったコテージの入り口
 
 中には、少数民族を描いた絵が飾られていた。現政権の発表では、国内に住む民族数は135。

 → 敷地内に、日本兵の慰霊碑があった。
↑民族音楽を聴きながら食事した。
宿泊者には15分間の無料マッサージ付き。「う〜、極楽〜」と思ってしまう私は、ただの凡人、ただのオバサン。
ホテルの前はこんな道。舗装もされず、日曜日の朝も泥だらけの人々が牛を引き、行き交っていた・・・。ホテルはまさに別世界なのだ。



 ・・・謙虚に、アジア全体に目を向けなければならないと思う。それは過去のことなんかじゃなく、日本人の「今」を考えることなんだと思う。


 アウンサンスーチー著 『希望の声 アラン・クレメンツとの対話』 岩波書店 2000年によると、旅行者たちに場所を空けるために人々は家を失い村を追われ、道路や橋の建設にも強制的に駆り出されたのだという。戦争で、軍事政権下で、彼らは耐え続けていたのだ・・・。リラックスできるホテルに泊まって「極楽〜」なんて言ってる場合じゃないのだ。
「Inle Lake View Resort (インレー・レイクビュー・リゾート)」
  一瞬だったが停電があった。
 こんなにきれいなホテルだが、通信状況はかなり悪く、レセプションですら国際電話が不能だった。しかし、レセプションのお姉さんが、どこならかけることができるとか、イ ンターネットの案内だとか、とても丁寧に教えてくれた。

 レストランのウエイター、ひたむきな働きぶりだった。料理は一皿一皿愛情込めて並べ、説明し・・・。あまりスパイシーな料理は好きじゃないことを伝えると、厨房に伝えてスパイスを抑えてくれるなどした。21:00からスパの予約を入れていることを話すと、今度は早足で料理を運び・・・。一人一人のお客を大事にしている様子がビンビン伝わり、気持ちのよいディナーだった。

民族衣装
 おすましポーズ
フービン・ホテル(2軒あるが、新しい方)
<食べ物>
 ミャンマー料理は中華料理とインド料理の中間と言われている。確かに! 香草も、かなりの頻度で使われていた。脂の浮いたギトギトの物も多かった。
 下痢を警戒し、生野菜や果物は食べないようにしていたが、最終日に我慢しきれず食す。セーフだった。帰国後も、お腹は絶好調。 ・・・・ただ・・・・帰国後測ると、体重が、私の絶対許せないラインを超えていた!




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