陸奥記念館&岩尾の滝


* _____ 大島大橋 _____ *
 大島大橋を渡って、大島町へ。
 今日はなかなかのお天気だった。


* _____ 陸奥記念館 _____ *

 大島の尻尾近くに、陸奥記念館はある。建物は建て替えられ、すっかりきれいになっていた。

 戦艦陸奥は、連合艦隊の主力部隊として活躍が期待されていたが、昭和18年、謎の爆沈。以後、昭和45年の引き揚げまで、瀬戸内海に眠り続けた。

 この記念館には、その時引き揚げられた艦の一部と、殉職将兵1,121名の遺影や遺品が展示されている。模型や写真、軍艦マーチに彩られたビデオ映像等も数々あった。「雄姿を讃えている」、そんなふうに見える。

 当然と言えば当然の反応だが、すごく妙な感じだったのが、ホールに展示されていた小学生の作文。 「軍艦の形がかっこいい。」「あまり活躍せずに沈んで残念だ。」「千人以上乗れる船なのですごい。」というものもあった。多くの子どもたちがこの展示館を訪れ、戦争のための軍艦を身近に感じ、雄々しい姿に憧れもする・・・。複雑な気分だ。

 もしかしたら、原爆資料館のような、反戦・反核運動の拠点にだってなれる記念館なのに、今の展示では、そうした反応は引き出しにくい。

 そもそも、ここは、どういうコンセプトで建設・展示されているのだろうか?靖国問題もそうだけど、亡くなった方たちを純粋に悼む気持ちは、未来の平和のための活動と、今のところ、うまくマッチしないでいる。。。。。

<艦首錨>
<陸奥記念館入り口>
<ロビーに展示してあった作品>→
 そばに拡大鏡が置いてあった。米粒に、犠牲者1人1人の名前が書かれていた。
 展示場内は、撮影禁止だったので、
ここに載せることのできる展示品はこれだけ。



 陸奥の爆沈は、当時秘密だったようだ。夫の身を案じる妻からの手紙も、出征後生まれた子どもの写真も、係の人が処分したのだという。

----- なぎさ水族館へ -----


* _____珍魚も・・・ _____ *

* _____  サザンセト なぎさパーク  _____ *
 フェンスに浮かび上がる戦艦陸奥

 かっこよさを感じさせる演出なのかな?

 詩とか、散っていった人たちの名札とかでもよかったかもね。

 いいお天気で、眺めはよかった。

 ぽっかりと、いろんな形の小島が浮かんでいた。

<スクリュー>

子どもが登って遊んでいた。

陸奥はここの沖合3q地点に沈んでいた。

<陸奥の碑>
そばに賽銭箱があった・・・

予科練甲飛11期生戦没者慰霊
  若鷲の碑

 たくさんの若者がこの海に散っていった。
 生き残った人々も、「死ねば遺骨は同期生と共に」と希望したため、碑には全員の名前が刻んであるのだという。

副砲 
50口径三年式14センチ砲



----- 大島町から大畠町へ移動 -----
気分を変えて、滝見物

* _____ 岩尾の滝 _____ *

 ナイアガラの滝を見る下準備・・というわけでもないんだけど、なぜか近頃、妙に滝が気になるのよね・・・。
 マイナスイオンが心地いいからかなぁ?

 車を降りると、何だかざわざわと水音が聞こえ、音と湿気に誘われて、どんどん歩いて行くと、どばっと広がる水の世界。緑に映える幾筋もの白い糸が、何とも美しいではありませんか!

 ・・・というわけで(?)、今日は大畠町の「岩尾の滝」を見た。

  「岩尾の滝」には、雄滝と雌滝、白糸の滝、住吉の滝の4つの滝があるらしく、山道をもうちょっと上に行くと、あとの2つも見れたハズだったんだけど、山道が竹で通せんぼ(人為的にね)してあったので、敢え無く断念。通せんぼをまたいで登って、崖から落っこちたら笑われるもんね・・・・とかナントカ言っちゃってo(*^▽^*)oあはっ♪

 ここは別名「観音の滝」とも言うらしく、雄滝・雌滝の周辺には、確かに観音像がたくさん置かれていた。どの観音様もニッコリほほえみ、気持ちよさそうにイオンを浴びていた。


* _____ 氷室亀山神社 _____ *

 その後、20年前に安産祈願でお世話になった氷室亀山神社に参った。20年前は気付かなかったけど、大きな大きなモミの木が、まっすぐ凛々しく立っていた。

 「YYを無事に授けてくださって、ありがとう。」と拝んでおいた。
 「拝む」という行為について、いつかとっぷり考察してみたい・・。

 出産後、1回だけお礼参りに来たので、2回目のお礼参りだった。




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