室 積 (むろづみ)

  象の鼻のような形の半島、象鼻ヶ崎。この岬によって御手洗湾の波は静められ、室積は良港として栄えた。
江戸時代は北前船の寄港地でもあった。
  気候は温暖、風光明媚。歌川広重も、「諸国六十八景」のひとつに、この地を選んだ。
  現在は、瀬戸内海国立公園の一部で、日本百景の祈念碑も建っている。
(蛇足ですが・・・「瀬戸内海」って言葉は明治後期までなかったらしい。)


普賢寺
 漂着した普賢菩薩がご本尊らしい。桟橋から普賢寺まで直通の道があるのには、ちょっとびっくり。
 開基は兵庫県書写山円教寺の性空上人。

 本堂前、お賽銭箱真上の天井の
どら焼きそっくりのドラ。
(後方緑色の丸い物体)
 ←手前の蜂の巣みたいなのには干支が記してあった。
掘にかかった太鼓橋
歴史を感じる石灯籠

平康頼の碑
仁王門
 平家を滅ぼす陰謀を平清盛に見破られ、流罪となった康頼は、途中、室積に立ち寄り、僧となった。

「ついにかく そむきはてけむ 世の中を
 とくすてざりし ことぞかなしき」
威厳ある佇まいだ。  エジプトのオベリスクみたいだ。
赤門

ムキムキマッチョな仁王像

仁王像4」のページに
やや大きな画像掲載




海商通り
 
対面の松
亀趺塔の記念碑
中熊毛宰判勘場跡
 性空上人が普賢菩薩に対面した記念の場所なのだという。   碑文は萩明倫館の塾頭の作。
 対面の松が1733年の大火で消失したことや、郡吏が植え継いだこと等が刻まれている。
 長州藩は、防長両国を18の行政区画(宰判)に分け、その中心に代官所を設置した。
 ここが室積発展の中心地。

燈籠堂
 レトロなお店。なかなかの風情。  元禄15年(1702年)に象鼻ヶ岬の百姓 松村亀松が、父次郎左衛門の遺志を継ぎ自費で建てた燈籠堂。維持費として米40石(約6t)も寄付したそうだ。
 山口県内の灯台では最も古く、国内でも24番目。(ただし平成3年復元)


不動明王

普賢禅寺の雪舟庭
象眼水井戸

江戸時代中期に湧き出したそうだ。

 何と室積も、弘法大師ゆかりの地。88体の石仏が、象鼻ヶ崎の先まで並んでいた。





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