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* 2004年5月12日(水)*
 避難訓練第2弾。今日は不審者対応の訓練だった。子どもが下校した後、警察官から「さすまた」の使い方を習った。

* 2004年5月11日(火)*
 避難訓練(火事・地震用)と歯科検診、明日の避難訓練の練習等で、休み時間ゼロ&立ちっぱなし。週初めにして、もう疲れを感じる・・。

* 2004年5月9日(日)*
 「キル・ビルvol.1」をビデオで鑑賞した。vol.2を観た後でよかった〜と思った。vol.1はドラマがないっていうか、単調なお笑いになっていて(特に後半の日本でのシーン←夫は後半が面白かったと言ったので、感性の違いを実感した!)、ハチャメチャさを狙ったとしか思えない脈絡のなさ。腕も首もポンポン飛んで、血は噴水の如くピューピュー吹き出るし、ユマ・サーマンの美しさは引き出せてないし、服部半蔵もわけの分からん存在。(家康お抱えの忍びと同じ名前なんて!!)で、最後はvol.2と同じ「怨み節」(ただし、字幕なし)で、アクション映画っていうよりカルチャーショックを味わうための娯楽映画って感じだった。私の場合、vol.1を先に観てたら絶対vol.2は観ていない。映画館で観なくてよかった・・・・。(-_-;) 

* 2004年5月8日(土)*
 MOVIX周南で、ナザレのイエスの物語「パッション」を鑑賞した。は〜(ε=(・o・*)ため息)、悪意なき大衆の、何たる罪深さよ!そして、それが政治ってものなのだろうけど、赤穂浪士を切腹させた将軍綱吉みたいな、保身のために処刑を命じるリーダーの、何たる中途半端さ、情けなさ・・・。人を憎むことの、何たる愚かさ・・・。私にとっては、メタメタに傷付いていく息子イエスを静かに見守るマリアの気丈さと冷静さ・美しさだけが救いの、苦しい映画だった。イエスの最期の言葉「神よ、神よ、なぜ私をお見捨てになったのか。」も、とっても腑に落ちない。結局この世では肉体の生が全てってことなんだろうか?イエスがそう口にするのは、ものすごい矛盾だと思うんだけど、信者たちは福音書に伝わるその言葉を、ほんとに100%受け入れているんだろうか??復活の意味も、今ひとつピンと来なかった私。信仰に奇蹟は必要ないんではないのだろうか?不信心ゆえ、疑問もいっぱいの映画だった。でも、隣の隣に座ってた女性が、涙、涙で鑑賞していたのを肌で感じ、2000年近く経っても何億人もの人々を惹き付けるイエスの魅力には、改めてびっくりした。

* 2004年5月7日(金)*
 放課後、「ふれあいの森」に行った。常時数名のボランティアさんがいらっしゃるそうで、みんなで木工教室やったり、ログハウス造ったりと、時間に追われない優雅な生活ぶりで、うらやましいと思った。

* 2004年5月6日(木)*
 筋肉痛でつら〜い1日だった。昨日は駅の階段が下りられないほど足が痛かったが、今日は腰にきたみたいだ。息子たちは平気なのにねぇ・・・(T-T)

* 2004年5月5日(祝)*
 あっと言う間の1泊旅行だった。瀬戸大橋を再び渡り、岡山で長男と別れ、次男と私は山口県へ。長男と別れる時、またもや涙が込み上げそうになったけど、ぐっとガマンし笑顔でバイバイした。この連休、ずーっと一緒に過ごせて嬉しかった。

* 2004年5月4日(祝)*
 長男と次男と私の3人で、四国香川県のこんぴらさん(金比羅宮)に行った。奥社までの石段、実に1368段!足がもうビリンビリンになった!だけど、山頂付近からの眺めもよかったし、息子たちともたくさんおしゃべりできて、とっても楽しかった。夜は、参道の両脇に立ち並ぶおみやげ物屋さんで買い物したり、高灯籠(高さ21.6メートルで日本一高い)を見に行ったり、繁華街を散策したりした。不思議だったのは小さい町なのに、風俗店が結構あったこと。昼は神様に参拝して、夜は風俗店で遊ぶ人がいるってことなんだろうか!? 散策の後は、ご馳走をお腹いっぱい食べて、温泉でのんびりした。温泉は1500メートルの地下から汲み上げているんだそうで、私好みのぬるぬるのお湯で、お肌もツヤツヤになった! 
 移動の合間と寝る前に、高橋聖人撮影、茅島奈緒美構成の 「ジロジロ見ないで〜”普通の顔”を喪った9人の物語〜」を読んだ。心が押しつぶされそうに痛い。顔に負った熱傷や海綿状血管腫(盛り上がるアザ)、単純性血管腫(赤いアザ)、リンパ管腫、レックロングハウゼン病(日本にも3〜5万人もの患者さんがいるんだそうだ)等々の理由で、人の視線に傷付き続けてきた9人の写真と自伝だ。ほんとによく語って下さったと、ありがたく思った。

* 2004年5月3日(祝)*
 息子たちと動物園に行った。ほんと人間って、動物たちの命を犠牲にし、そのお陰で楽しく生きているのよね。動物たちは、動物園でいくら大事にされても、それはやっぱりあるべき姿ではないわけで、動物たちに申し訳ないと思った。

* 2004年5月2日(日)*
 長男と二人で、食事したりショッピングしたりした。宝石店では店員さんに、「ペアリングですか?」って言われ、心の中で大喜びした。(^_^メ)  夕方は、一緒に料理した。

* 2004年5月1日(土)*
 「見つめられる顔〜ユニークフェイスの体験〜」の後半を、またまた涙ぽろぽろで読んだ。当事者の心に触れることがどれほど貴重か、そして当事者が声を上げることがどれだけ意味深いことか、改めて思った。生きづらさに苦しみながらも気持ちを整理し考えをまとめ、手記を寄せた16人の人たちに、心から感謝したいし、ユニークフェイス(自助グループ)を立ち上げ推進している人たちにも、心からの拍手を贈りたい。
 夜、長男が帰省した。♪~♪ d(⌒o⌒)b ♪~♪

* 2004年4月30日(金)*
 アサガオの種を植えた(@^0^@)。
 夜、「見つめられる顔〜ユニークフェイスの体験〜」を半分読んだ。新聞で、顔に血管腫を持っている藤井輝明さん(短大の先生)の記事を見て、どうしても読みたくなって買った本だ。顔にアザや傷を持つことは、ほんとは特殊なことではないはずなのに、どれだけ当事者が苦しんできたか、親がどんな思いで子どもと接してきたか、そして自分を愛することがどんなに大切か、当事者たちの気持ちがよく伝わってきて、涙ぼろぼろだった。

* 2004年4月29日(祝)*
 英会話教室の先輩方と、岩国市の奥の二鹿(ふたしか)の近く、相谷(あいのたに)の黒川造園に、満開のツツジを見に行った。社長が道楽でやってるという、コケむすすごい庭園にすごいツツジ。あっちこっちの石や短冊には、吉田兼好や鴨長明の言葉が刻まれていて、ナチュラルな生き方を望む社長のみなぎるパワーを感じた。空気もきれいで、小川のせせらぎも心地よく、心安らぐ空間だった。
 その後錦帯橋へ。ちょうど錦帯橋祭で、今日もすごい人出。サムライ姿やお姫様姿の人、よさこいのダンサーたちもいっぱいで、歩いていて楽しかった。それにフリーマーケットもたくさん出店していて、心が躍った。(^^)
 で、その後、mariさんに会いに米軍基地前のステーキハウス「きんなん」へ。mariさんは、噂通りのすごい美人だった(^^)し、ステーキサンドイッチはまろやかに香ばしく、ジューシーで重厚な味わいだった。次はランチも食べたいにゃん=^_^=。みなさんも是非!


* 2004年4月28日(水)*
 血液検査と心電図だったので、朝から絶食。たかが1食抜いただけだが、も〜、ふらふらになった。お腹いっぱいに食べれるって幸せなんだな〜と、しみじみ。血液検査はいつもビビるが、最近は針をじ−っと見ることができるようになったのでちょっと嬉しかったりして・・。

* 2004年4月27日(火)*
 1年生の子どもたちと一緒に、8時35分から9時頃まで(ほんとは9時55分までの番組だったが)、NHK総合「生活ほっとモーニング〜故郷へ帰りたい ハンセン病回復者の人権〜」を視聴した。子どもたちにとっては、顔や手に障害がある人を見るのは初めてのことだったらしく、最初はいささかびっくりした表情だったが、少し説明するとすぐに、「一緒に遊びたい。」「握手したい。」などと発表し合い、安心した。ほんとに子どもたちは純心だ。差別や偏見を持ち育てているのは、大人だけなのだと感じる。
 午後は家庭訪問最終日。途中で強い雨が降ってきたが、最後なので張り切って回った。(^^)

* 2004年4月25日(日)*
 イタリア料理の「マリーザ」でディナーした。やっぱりディナーはイタメシに限るっ。とろとろのチーズ味がたまりませぬ。お腹いっぱいになった(@^0^@)。

* 2004年4月24日(土)*
 MOVIX周南にて「キル・ビル Vol.2」を鑑賞。香港映画みたいだったりウェスタンみたいだったりメキシカンみたいだったり、エンディングロール直前は、めちゃ和風(梶芽衣子の「怨み節」なのよね〜。)何でもアリの元気な映画だった。(ちょっと長い・・・) 所々、変な場面が出てきた(パイ・メイおじいさんは、あまりにも変!ホテルで襲われたシーンもとっても変な展開だった。監督は女って性を幻想的に見てる。)けど、全体的に、個性たっぷり、タランティーノ監督の才能とやんちゃぶりがにじみ出てる映画だった。いつも気になる字幕翻訳は、無理な意訳もなかったし、よく見る戸田奈津子さんのと違って新鮮だった。それにしても、ユマ・サーマンってアーリア系の素晴らしい骨格だわ。カンフーも演技もかっこよかったし、アンジェリーナ・ジョリーの上をいってるゾ。

* 2004年4月23日(金)*
 家庭訪問2日目。今日は件数が少なかったのでとっても楽だった。夜、お華に行った。

* 2004年4月22日(木)*
 家庭訪問第1日目。誰と誰が親子なのかが分かり、意外だったり予想通りだったりした。夜、英会話に行った。

* 2004年4月21日(水)*
 初めての参観日だった。保護者にも参加してもらって、自己紹介のワークショップをした。その後PTA総会、夜はPTA懇親会。毎日が、ものすごいスピードで、夢のように過ぎ去っていく。(^^) 

* 2004年4月18日(日)*
 朝、自治会の掃除に参加。何で○○さんは引っ越しちゃったんだろうとか、△△はいつ建つんだろうとか、些細な事だが疑問に思ってたことが解決したので、ちょっとスッキリした(^^)。今日もあまりにも暑かったので、少し春物を処分し、夏物を出した。ガレージセールがやりた〜〜〜いっ。

* 2004年4月17日(土)*
 写真だけなんだけど、3月の実践、「お楽しみ料理」(5年:家庭科)をUPした。見てね〜σ(^^)

* 2004年4月16日(金)*
 ストリートチルドレン・イン・ネパール」の吉田稔さんに送っていただいたビデオを鑑賞した。取材したのはどんな人なんだろう?こんなふうに、貧困に苦しむ国を長期に渡って取材してくれる人がいるお陰で、安全な国でのんびり暮らす私たちにも世界が見える。ジャーナリストって、すごい人たちだ。そして、ネパールから帰国後も、日本の地で各国のストリートチルドレンに関心を寄せ支援している吉田さんに、心からの敬意と感謝の気持ちを送りたい。願わくば、女性の視点を持ったジャーナリストが、今後たくさんたくさん現れますように。貧困の更なる底辺で暮らす女性、夫を選ぶ自由も、産まない自由もないであろう女性たちの気持ちを知り、旅人としてではなく一人の隣人として、共感と連帯感の中で、私も何か役立つことがしてみたいと思った。(心で思うだけなのが情けないんだけどね・・・(T-T)

* 2004年4月15日(木)*
 英会話教室に行った。行く前は、眠くてだるく、きつかったが、楽しく勉強できてちょっと生き返った。

* 2004年4月14日(水)*
 1年生の下校の引率3日目。毎日2〜3q歩くので、なんだか脚力もついてきたような・・・(?)。車で通ると見過ごす事も、歩くとしっかり目に入るので毎日がとっても新鮮だ。今日は放課後、去年の教え子(現6年生)が話しに来た。自衛隊派遣のこととか国際協力についての意見がいろいろ聴けたので、私なりに嬉しかったんだけど、良心で働く人々を、巷にはびこる「自己責任」って言い方で突き放す人にだけはなってほしくないなと思った。それって、本末転倒だ。なぜ彼らが危険を承知でそこにいたのか、自衛隊とどこが違うのか、じっくり考える授業がしたいと心から思った。

* 2004年4月13日(火)*
 一昨年の教え子(現中1)が遊びに来て、小学校と中学校の違いをいろいろ聞かせてくれた。田舎で、小中一貫教育に取り組みやすい地域なのに、小中が、なんでこんなにも違うんだろうと不思議に思った。それって我々教員の怠慢なんじゃないだろうか。

* 2004年4月12日(月)*
 入学して最初の1日。右も左も分からないとは、まさにこのことだ。当たり前なんだけど、教室に入ってから何をすればいいのか、誰1人として分からない。ほぼ全員が、遠慮なく、口々に不安や疑問をぶつけて来る。も〜〜〜のすごく目まぐるしい1日だった!だけど、どの子も真っ白で、良心の塊のような存在だ。これからが、楽しみ楽しみ =^-^=♪

* 2004年4月11日(日)*
 市長選の投票に行った。今回は激戦なので、開票結果が楽しみだ。
 ノートを全部返してしまったので、子どもの反応があげられなかったんだけど、「私達の平和を考える」第三次3時分をUPした。イラクのストリートチルドレンのために働いておられた高遠さんたち3人の無事帰国を祈りつつ。
 日本のTV局が流さない、アルジャジーラの映像は、ここで見てね。→ rtsp://shared.streaming.telefonica.de/spiegel/video/4052.rm  これら全てを日本のTVでも放映するように、3人のご家族は表明している。(どういう意図で流さないのか、流させない圧力になぜ屈するのか、是非知りたい。)高遠さんの悲痛な叫び、首に突きつけられた刃物におののく今井さん(長男と同い年だ。優しさと勇気と実行力にあふれる前途ある若者を、勝手に行ったなどと言って見殺しにしてもいいのだろうか!)の表情を見て、我々に何ができるのか、何をせねばならないのか、今こそ考え行動しなければならない。
 私のもとに届いたメールは、こちら。「転載・転送・大歓迎」と記されているので、ここに転載した。読んでね。

* 2004年4月10日(土)*
 長男と別居して1週間。洗濯物も少なくなったし、洗う食器の量も、炊くお米の量も減り、ちょっと調子が狂ったが、今日は大掃除もして、完全復活! 元気出して次の1週間も乗り切りたい。

* 2004年4月9日(金)*
 私が担任する子どもたちの入学式だった。久し振りの1年生担任なので、ショックを受けないように、一応「宇宙人」をイメージしてたんだけど、ナント、予想通りだった! 1年間でどこまで成長してくれるか、とっても楽しみだ。で、夕方、お華に行った。なぜか絶好調だった。

* 2004年4月8日(木)*
 始業式だった。午後は入学式の準備。昨年度担任した子たちが、てきぱき働いてくれてたので、とっても助かった。今年は1年生の担任になった。学校の帰りに美容院に行き、お気に入りの夜会巻きに。その後、今日入学式だった次男と食事して、そそくさと英会話教室へ。先日のお花見でキャッシーといっぱい話し、自信がついたせいかどうかは分からないが、んもう、ものすごく積極的に質問もできたし、しゃべりまくったので、とっても楽しかった。

* 2004年4月7日(水)*
 朝、バリウムを飲んだ。味はまるっきり進化してないが、前より量が少なかったので、ちょっと嬉しかった。午後は3回目の職員会議。いよいよ明日、始業式だ。

* 2004年4月6日(火)*
 長男の入学式に出席した夫が神戸から帰ってきた。私は今日も職員会議。スーツ姿の長男と一緒に歩きたかったなぁ・・。

* 2004年4月5日(月)*
 今年度初の職員会議だった。夜は、転入職員の歓迎会。いろんな人とご縁が広がり、嬉しく思う。ここのところ、お肉が邪魔で着るのが苦しかったアオザイを、今日は気合いを入れて着て行った。結構好評だったかも・・。

* 2004年4月4日(日)*
 次男と3日ぶりに会った。3日間、ちゃんと自分で食事を作り、洗濯もしてたので感心、感心(^^) 私がしょんぼりしてるせいか、「もう1日いればよかったのに。」なんて言ってくれたので、嬉しかった。
 長男に電話したら、今日はフレンチトーストと肉じゃがを作って食べたらしい。ジャンクフードを嫌っているし、かと言って次男ほどには料理体験がないので、ちょっと心配だったんだけど、なかなかやるじゃん。(^^)
 明日から、いよいよ今年度の勤務が始まる。今年度も元気いっぱいに働きたいと思う。

* 2004年4月3日(土)*
 長男との生活3日目。ほんとは2人で旅行に行きたかったんだけど、日がなくて残念だった。でも、こうして新しい生活のスタートを見守る(?)ことができて、とっても嬉しい3日間だった。今日は2人で大学生協主催の「就職ガイダンス」に行き、キャリアデザインの重要性だとか、最近の就職状況だとかの説明を受けた。長男はワークショップにも参加した。
 その後、ダイソーで、まだ揃わなかった日用品を完全補充。これで安心して家に帰れる。だけど、今まで聞いていた親子の別れを次々に思い出し、心が痛んだ。十代半ばで療養所に入所した阿部さんや太田さん・Tさんの話、TVで見たアグネス・チャンの涙の別れ(息子が海外留学した)、先輩教員に聞いた別れ(娘はケロッとしてたが先輩は泣いたそうだ)とか、後輩に聞いた別れ(親が帰った後、3日3晩泣いたそうだ)とかが、この日ずっと私の頭の中を巡っていた。長男は思慮深く、石橋を叩いて渡るタイプの子だ。だから私は笑顔で「さよなら」しなければならない、そう思って元気に別れた。(ここまでは完璧!)
 帰り道、あとからあとから涙があふれ、岡山あたりまで大声で泣きじゃくりながら運転した。高速に乗るまでの一般道では、他の車の人に気付かれたかもしれないが、お構いなしにわんわん泣いた。人は、悲しみに浸るために泣くんじゃなくて、吹っ切って明日を生きるために泣くんだって聞いたことがある。私の場合、なんのためにこんなに泣けるんだか分からなかった(きっと明日から生きるために泣いたのだと思う)が、とにかくものすごく泣きながら帰った。息子が大学生活を送るために別居するだけなのに、私にとっては、これまでの人生にはなかった、初めての悲しい別れだった。

* 2004年4月2日(金)*
 朝、長男が、昨日買った炊飯器でご飯を炊き、味噌汁、野菜炒めを作ってくれた。本人は野菜炒めの味付けに不満があったみたいだが、長男作だもの、私はものすごーくおいしかった。ナフコとヤマダ電機で、学習机と椅子、本棚、キッチンラック等を購入。長男が組み立てている間、私は六甲界隈を探索。道が込み入ってるけど、なかなかおしゃれな街だ。(お店の場所もちゃんとチェック。)長男が言ってた通り、女性がみんなきれいだ。セコム等している家も多く、なかなかゴージャスな暮らしに見える。で、隣の芦屋市にも行ってみた。す、すごい!噂通りの豪邸揃い。散歩するワンちゃんたちも、すごく高そうなワンコばかりで、豪邸のガレージにはライオンの彫像や、ヴィーナスまである!道行く人にも、そこはかとない気品が。ものすごいカルチャーショックだった。
 洗濯機がまだ届いてないので、夜、手洗いで長男の服や下着を洗濯した。脱水もしてないのに、干すとものすごいビル風(六甲おろし?)で、あっという間に洗濯物が乾いてびっくりした。この日はやっと爆睡でき、疲れがすっかり吹き飛んだ。

* 2004年4月1日(木)*
 早朝、車で神戸に向かって出発した。5時間近くかかったが、道中、長男といろんな話ができたので、ちっとも疲れず眠くもならなかった。長男は、自分の将来をほんとに真面目に考えていて、私の方が彼から学ぶことも数多い。親が言うのも変なんだけど、こんなに素敵に育ってくれて、とっても誇りに思う。荷物を降ろして部屋を整理し、ガスや水道のチェックを受けた後、生協の加入手続きのためふたりで徒歩で大学へ。(坂がキツ過ぎる!車で行けばよかった・・。)そしてその後、三宮へ。洗濯機や冷蔵庫、炊飯器、その他、身の回りのこまごまとしたものを買い、ホテルで食事して帰った。夜、寝袋で爆睡・・・といきたい所だったが、なーんか興奮(?)して寝付けず、疲れを翌日に持ち越してしまった。

* 2004年3月31日(水)*
 離任式だった。同学年のA教諭とも、去年の同学年のK教諭とも、2年続けて私のクラスの理科を持って下さったS教諭ともお別れした。春は別れがいっぱいだ。特に、同学年のA教諭には、もっともっと体当たりで貪欲に、いろんなことを教わっておけばよかったと心残りだ。

* 2004年3月30日(火)*
 日直だった。朝、ニワトリ小屋にエサをやりに行くと、ニワトリ達がものすごく飢えていて、私に猛ダッシュして来た!体は大きいし、大集団だし、目つきはキツイし、鳴き声はけたたましいし、もの〜〜すごく恐かった。
 夜、藤原彰の「岩波ブックレット シリーズ昭和史NO,5 新版 南京大虐殺」を半分読んだ。あまりに凄惨で言葉にならない。真相の解明を、都合の悪いもの(国益に反するもの)として嫌がる自由など、加害国日本にはないはずだ。著者が言うように、南京大虐殺は現在の日本に無縁な過去の出来事などではないし、情報統制で過去に知らされなかったからといって、何者にも代え難い深い傷を負わせた南京を我々が知らなくていいはずがない。ましてや死者の数が違うのなんの、そんなことを言う資格が、果たして我々にあるだろうか! 文中に、本多勝一の「中国の旅」のことが出ていたので、そちらも少し読み直してみた。これだけ丁寧に取材して、こんなに詳しくレポートしている本多勝一さんを、改めてすごい人だと思った。

* 2004年3月29日(月)*
 午後から出勤すると、ほとんどの人が学校に来ていてビックリした。机の上にクラスのみんなからの手紙が置いてあった。ほんとに1年が終わっちゃったんだな〜と、しみじみ思った。 

* 2004年3月28日(日)*
 英会話教室のクラスメイトと一緒に、錦帯橋にお花見に行った。気温がぐんぐん上がって絶好の行楽日和。木によってまちまちだったが、見頃の桜も多く、オードブルもおいしかったし、キャッシーともたくさん話せたし、と〜っても楽しかった(@^0^@)
 夜、MOVIX周南にて「マスター・アンド・コマンダー」を鑑賞。夫のリクエストに従うと、どうもいかん。心情描写や登場人物それぞれの背景なんかが分かりにくくて、すごく物足りなかった。原作も読んでないしね。これが楽しめる人って、ラッセル・クロウの大ファンか、英雄物or帆船好きか、大航海時代好きの人くらいなんじゃないのかな?オチもあまりにも単純・・。予告編を見て想像してた内容と全然違ってたし・・。あの予告編、誤解を誘う作りだ!
 気分を取り直すためってわけでもないが、帰りに、金龍で好物のやみつきラーメンを食べた。(深夜にこういうことすると太るのよね・・) もっとにんにくを入れたかったが、明日出勤なのでぷんぷん臭うと恥ずかしいから控えておいた。次こそは、にんにく入れるぞ〜。

* 2004年3月27日(土)*
 長男にバイオリンを教えて下さっている先生と食事した。長男のことをとっても誉めて下さって、ものすごく嬉しかった。子どもって、いろんな人と出会い、お世話になりながら育つし、いろんなことを吸収し、認めていただくからこそ成長できるんだなって思った。今日が最後のレッスンだったんだけど、ほんとにいい経験をさせていただいて、息子も心の財産が増えたと思う。

* 2004年3月26日(金)*
 次男の入学説明会に行った。午後は学校に行き、事務処理をした。夕方はお華に行った。疲れがどっと出て、またもや歯が痛み始めた。治ってなかったのね〜(T-T) アイスがいけなかったんだろうか・・。

* 2004年3月25日(木)*
 5年生の子どもたちと過ごす最後の1日だった。数名の子たちが手紙をくれた。読んでいると泣き出してしまいそうだった。

* 2004年3月24日(水)*
 1時間目から5時間目まで、サッカーやったり、けいどろやったり、ドッジボールやったりして、ずっと遊び通した。お天気もよく、汗まみれになった。

* 2004年3月23日(火)*
 宮沢賢治の「注文の多い料理店」をグループごとにアレンジして、劇の発表会をした。

* 2004年3月22日(月)*
 新入児の胸に飾る花の準備をした。これがこのメンバーでする最後の仕事なのかと思うと、もの悲しかった。

* 2004年3月21日(日)*
 自治会の公園掃除と総会に出席した。市長選挙が近いために、地元の市会議員が市政の説明に来たりしていて、何だかんだと長引いて、ちょっと疲れた。話長過ぎ!午後からは、長男が書いた書類に目を通して最終チェック。何でも自分で決めちゃう長男にしては珍しく、不安だったみたいだ。振り込み用紙もたんまりあった。まだまだ出費は終わりそうにない・・。夜、TVで「アナザヘブン」を鑑賞。脳味噌のお化けはともかく、なんかこういう空しい愛って好きだわ。

* 2004年3月20日(土)*
 長男に、初めてのスーツを買いに行った。最初試着した時は相当似合わないような気がしたが、何着か着るうちに見慣れてきて、ちょっとお兄さんに見えてきた・・・。奮発してブランドスーツにしたョ。次男は朝からだるいらしかったので、念のため病院に連れて行った。卒業してからも連日、部活に顔を出したりしてたから、疲れがたまったんだと思ってたんだけど、どうやら風邪らしい。小さい頃はすぐに熱が出ていたけど、こんなに強くなったのね〜って、ちょっと感心したりもした。病院の帰り、高校で着る学生服とか、夏のズボン等を買った。2人の衣装代で、今日はすごい出費だった!

* 2004年3月19日(金)*
 やっと1週間が終わった。通知表も要録も終わったので、明日とあさっては、息子たちと一緒にのんびり過ごしたい。

* 2004年3月18日(木)*
 勤務校の卒業式だった。去年教えた子たちだったので、相当早い時間からウルウルきた。巣立ちっていいな。夜、飲み会だった。夜会巻きにチャイナドレスで行くと、「似合い過ぎてる。」「マダム・ヤンみたい。」などと言われたぞ〜。(ё。-)・・☆  歯が痛くなったらいけないので最初は少しガマンしていたが、やっぱりムリで、カクテルを飲んだら歯がズキンズキンきた。寝る前、痛み止めを飲んで寝たが、翌朝起きたらやっぱり痛かった。悲惨!

* 2004年3月17日(水)*
 抗生剤をお医者さんに言われた通りに飲んだが、昨日よりも痛い。ズキズキするようになった!痛み止めを飲むと、すーっと楽になるけど、何時間かするとまた波のように痛みが押し寄せて来る!(涙)。以前読んだ山崎章郎の「病院で死ぬということ」をまざまざと思い出した。ガンで弱っていく人の話〜痛みに耐えかねて痛み止めを使うけど、効き目がなくなっていくって話なんだけど、日頃痛みもなく暮らすことの幸福さをありがたく思った1日だった。
 夜、美容院に行って髪をアップ(夜会巻き)にしたよん。

* 2004年3月16日(火)*
 激しい痛みではないんだけど、歯茎がぼわ〜んと痛むので歯科に行った。疲労で免疫力が落ちているらしい。トシを感じるゾ(T-T)。
 今日は次男の合格発表だった。まだまだ赤ちゃんみたいに幼いんだけど、今春から高校生になります!(^^)V

* 2004年3月14日(日)*
 入学手続きのため、長男は大学へ。これまで箱入り息子(?)で世間知らずに育ってきたが、一人で出掛けるのにも、もう(やっとと言うべきか)すっかり慣れたみたいだ。アパートの本契約も済ませ、晴々とした顔で帰ってきた。生協や保険、PC購入&講習の申し込み書とかをたくさんたくさんもらって来たので、結構見るのが大変だった。まだまだお金はかかりそう・・・(^^;;;

* 2004年3月12日(金)*
 次男の卒業式だった。改築中の体育館が完成しなかったので、文化祭に引き続き卒業式もスターピアの大ホール。体育館に比べて、空調も椅子も照明も快適だったので、私としては大満足。ステージのスクリーンには、証書をもらう子どもたちの顔が大きく映し出され、答辞を読む子の表情もよく見えたし、とっても感動的だった。式の前に上映されたビデオもとってもよかった。中学校でお世話になったのはたったの3年間なのに、1年生の頃はどの子もとても幼くて、あんなにも成長したのかと不思議な気がした。式が終わると、お食事会等をパスして勤務校へとんぼ返り。放課後は、長男の学費や敷金の送金で、とってもバタバタした1日だった。ふ〜(^o^;)

* 2004年3月11日(木)*
 長男と大学周辺にアパートを探しに行った。駅も大学も近い場所で、長男の気に入る物件が見つかったので、一安心。

* 2004年3月10日(水)*
 長男が受験した某国立大学の合格発表日だった。お陰様で合格しました!

* 2004年3月9日(火)*
 謝恩会だった。去年担任した子たちが、もう卒業だなんて・・・。今日は、次男の高校入試だった。笑顔で帰って来たので、ちょっと安心した。

* 2004年3月8日(月)*
 集会の練習と卒業式の練習で、1日があっと言う間に過ぎた。

* 2004年3月7日(日)*
 カタールの衛星テレビ局、アルジャジーラが制作した「劣化ウラン弾の嵐」を鑑賞した。人類も地球上に住む全ての生き物も皆、運命は共にある。自分達で生み出し使用した兵器で、じわじわと破滅に向かっているとは、人間って何てバカなのだろう。こんなにも多くの子どもたちを殺しておいて、それでも劣化ウラン弾は製造され、取引され、これからも使用される。この暴走を止めるために必要なものとは、いったい何なのだろう。

* 2004年3月6日(土)*
 昼前、太田さんをプラットホームで見送った。またお会いできますように(祈)。春休みだけの1ヶ月限定なんだけど、長男がバイオリンを習い始めた。とっても楽しそうだ。私も弾けるようになりたいなぁ。

* 2004年3月5日(金)*
 熊本県の菊池恵楓園から太田国男さん来訪。旧T市内24校の校長・教頭・PTA会長・副会長を対象に、「心を啓く(ひらく)」という演題でご講演いただいた。ご自身の体験に加え、ハンセン病差別の歴史や世界人権宣言の内容等も分かりやすく解説して下さって、太田さんの見識の広さ、懐の深さ、キャパシティの広さを改めて感じた。懇親会の後は、ごく内輪で二次会をした。とっても楽しかった。(^^)V

* 2004年3月4日(木)*
 卒業式の練習や「6年生を送る会」の練習で、子どもも大人も大忙し・・・。こんな状態で、ちゃんと完成するのだろうか・・・?夜は、英会話教室に行った。昼間の疲れがどっと出て、目を開けていられないほどだったけど、最後まで何とか勉強した。それにしても、知らない単語が多過ぎるっ!(T-T)

* 2004年3月2日(火)*
 長男またもや朝帰り!!(◎◎;) 友達と語り明かしたらしい??ほんまかいな?(;¬_¬)

* 2004年3月1日(月)*
 長男が高校を卒業した。卒業式では、卒業生の歌が素晴らしく、感動的だった。直前が在校生の歌だったので、卒業生たちがどんなに頑張って歌ったかがよく分かった。教室でも最後にみんなで歌ってくれた。多くの子どもが泣いていた。先生のお話の最中、屋上でアピール抜群のホイッスルの音がして、窓の外を見ると桜吹雪が散り始めた。間もなく、HRを抜け出してた子(先生たちは探し回ってた!)が教室に帰ってきて、「どうだった?」って得意顔。みんなから大拍手で迎えられた。なんて素敵なキャラなんだろう。長男は真面目だけが取り柄の地味なタイプなんだけど、こんなに素敵な子たちに囲まれて、幸せな3年間だったに違いないと思った。

* 2004年2月29日(日)*
 正午から夕方4時までカラオケで歌いまくった。その後、ショッピングで歩き回り、ぐったり疲れた。

* 2004年2月27日(金)*
 ジュニアヘルスの研修会で、山大の友定先生のお話を久し振りに聴いた。夜はお華に行った。今日のは完璧!先生に誉められてと〜〜っても嬉しかった。

* 2004年2月26日(木)*
 5・6年の合同練習第1回目。5年生は何となく緊張の面持ちだった。夕方、本日発売の新機種にケータイを換えたよん。薄くて軽くて液晶もきれいで、とっても気に入った。夜は英会話教室に。言い方が分からなかったけど、取りあえず話してみると、意外にうまくいった。σ(^^)

* 2004年2月25日(水)*
 やっぱり気になるので「千年の恋 ひかる源氏物語」の後半を観た。天海祐希がだんだん男性に見えてきたゾ!背が高くて顔も小さく、声も渋くてかっこいいではないの!着ている物も粋だったし、踊りも上手で、きりっとしてた。吉永小百合やかたせ梨乃は、さすがの貫禄で演技もバッチリだったし、常磐貴子もそれなりに頑張っていたんだけど、またまた松田聖子が出てきてそらぞらしく歌うのにはがっくり。道長の死ぬ場面とか、なくてもいい場面も結構多く、全体的にバランスの悪い(構成が変な)映画だと思った。評価E!

* 2004年2月24日(火)*
 長男が国立大学の受験に出発した。これでもう受験勉強しなくて済むと言って喜んでた。気楽な受験生(^^ゞ 今日は、夫に結婚記念日のプレゼントをもらったので、ちょっとHappyだった(^^)。

* 2004年2月23日(月)*
 「千年の恋 ひかる源氏物語」を半分だけ鑑賞した。見始めてちょっとしたところで、ウぇっぷ・・と、お腹いっぱいに。こんな駆け足の源氏物語なんて・・!それに、歌う松田聖子まで出る寄せ鍋状態で、完璧なるミスキャスト!森光子は清少納言を演じきれてないし、竹下景子も六条の御息所と言うにはちょっと・・。それに、いくら美しくても天海祐希のひかる源氏ではラブシーンがとっても変だ!

* 2004年2月22日(日)*
 メグ・ライアンとヒュー・ジャックマンの「ニューヨークの恋人」を観た。メグ・ライアンは、はまり役だったけど、やっぱヒュー・ジャックマンはワイルド路線でガンガンいくべきだと思う。ワイルドじゃないヒュー・ジャックマンなんて、魅力半減。世紀の恋愛も、ただのコメディに仕上がってて、ちょっと空しいような・・。

* 2004年2月21日(土)*
 「アジアの子ども買春と日本」の第1章「アジアの子ども買春根絶を!!」を読んだ。あまりに凄まじくて言葉にならない。今日も何百万人もの子どもたちが、恥知らずな獣の毒牙にかかり、心身に深い傷を負わされ苦しんでいる。4歳の子どもまでもが性産業で搾取され(享楽の道具として消費され)、命を縮めている。露見してもわずかな保釈金で加害者たちは人生を取り戻し、子どもだけが全てを奪われる。こんなことがいつまでも続いていいはずがない!(怒)
 夜は、「ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還」を鑑賞した。CGはド迫力&ものすごく繊細&きれいだったので、長時間のわりにはちっとも眠くはならなかったんだけど、ストーリーがきれいさっぱり、この上なく単純だった・・。音楽も私的にはもう1歩。それに、アラゴルンには最後までカリスマでいてほしかったんだけど、しゃべるたびに、普通の人に見えてきて、そこがちょっと残念だった。

* 2004年2月20日(金)*
 長男が某大学に合格したので、ケーキとお刺身でお祝いした。

* 2004年2月19日(木)*
 1日入学だった。5年生は、新入児を教室まで連れて行ったり、交通教室でお手本(?)を見せたりした。ぎりぎりまで演出を工夫した劇もどうにか成功し、出演した子たちも嬉しそうだった。放課後は、バドミントンをしてぐったり・・お肉も邪魔だし、持続力もまるでなし・・・・。(涙) 夜は英会話教室へ。記憶力がなくても語彙を増やせる方法ってないのかなぁ・・。帰りに、来月の宴会場をちょっと下見した。

* 2004年2月18日(水)*
 そろそろ来るかなと予想して、花粉症の薬を病院にもらいに行った。

* 2004年2月17日(火)*
 卒業式に向けて学年合同音楽が始まった。午後はなわとび大会だった。放課後、あさっての1日入学の時にする劇の練習をした。体調や虫の居所の悪い子が何人かいて、1日が超ハードだった。

* 2004年2月16日(月)*
 ロン・オグレディ 著「アジアの子どもと買春」を第6章まで読んだ。財力を誇示し、善人ぶって(ニセの孤児救済の施設までつくって)子どもを買うペドファイル(小児性愛者)たちに、ムカムカし通しだ・・。子どもたちの心身に一生立ち直れないほどの傷を負わせ、若年死に追い込んでもなお子どもを買い続ける組織集団、何て残虐で卑劣で傲慢で貪欲で恥知らずなのだろう。この世にこれ以上の不条理があるだろうか? ロン・オグレディの文体も強烈。以前、フラン・P・ホスケンの「女子割礼」を読んだ時も、著者の強烈な怒りがストレートに伝わってきて、ものすごく辛かったのだけど、この怒りを一刻も早く、一人でも多くの人と共有しなければと思う。

* 2004年2月15日(日)*
 山口椿 著「中国拷問残酷物語」を読んだ。拷問と言うよりは猟奇とか変態って言葉がピッタリの衝動殺人の物語だった・・・。ふ〜(-_-;)

* 2004年2月14日(土)*
 バイオリンを買った。音、まるで出ず。・・演奏できるようになるのだろうか?
 産経新聞社会部 著「アジアの子供たちは、今」の第1部「カンボジアから」を読んだ。わずか4年弱とは言え、ポル・ポト政権時代に国民の3分の1近い人々が亡くなったなんて、何て異常な事態なのだろう。医者や教師もほとんどが処刑され、35万人もの人達が難民となったそうだ。こんな中でたくましく生きてきた子どもと大人たちに、心から拍手を贈りたい。日本はカンボジアのために貢献できることが、もっとあるんじゃないだろうか。

* 2004年2月13日(金)*
 参観日で音楽の授業をした。卒業式までに、もっと張りのある歌声に仕上げたい!夕方はお華に行き、夜は、工藤律子著「ストリートチルドレン」を読んだ。2万人を超すメキシコシティのストリートチルドレンが、どのようにして増えていったのか、子どもたちが大人社会の荒廃にどう影響されたのかがよく分かった。また、国の経済環境がどんなに変わろうとも、貧しい者が決して豊かに暮らせない社会の仕組みについても復習できた。子どもが運営するNGOや、フェアトレードの考え方については、知らなかっただけにびっくりしたが、明るい見通しもあることが分かって少し安心した。
 今日は、教え子からバレンタインチョコやお手紙をもらったよ。ものすご〜く甘くておいしかった。(o^_^o)

* 2004年2月12日(木)*
 英会話教室に行った。語彙が限られまくって成長できない私・・・(T-T) 
 深夜、長男帰宅。1泊だけだったけど、一人で旅してちょっと自信を付けたみたいだった。

* 2004年2月11日(水)*
 長男が某大学の受験に旅立った。

* 2004年2月10日(火)*
 しばらく会えなかったN君宅を家庭訪問。元気そうで嬉しかった。

* 2004年2月9日(月)*
 涙ぼろぼろで「勇気ある母親になりたい〜メキシコの幼きシングルマザーの闘い」(工藤律子・文 篠田有史・写真)を読んだ。女だというだけで、どうして我々はこんなにもさげすまれなければならないのだろう。心安らぐ場であるべき家庭内でさえ、少女たちはなぜにここまで見下され、傷つけられ、こんなにまで苦しまなければならないのだろう。この本は、卑劣で心ない大人の犠牲になった少女たちが、ひとりの人間として、母親として、やっとの思いで輝き始める様子を伝えており、10年以上ストリートチルドレンを取材してきた女性らしい視点のルポだった。NGO=愛することを教える大人たちがどんなに重要な役割を果たしてきたかもよく分かったし、少女たちが我々に投げかけてくれているものが何なのかも、少し分かった気がする。

* 2004年2月8日(日)*
 K市のCUCINA(クチーナ)で地中海料理のディナーを食べた。お腹を空かせて行ったのだけど、なかなかのボリュームで、5皿目くらいでお腹いっぱいになった。店内のあちこちにイタリアの写真が飾ってあり、旅した時のことを思い出して懐かしかった。

* 2004年2月7日(土)*
 盛田隆二の「ストリート・チルドレン」を読んだ。300年間にわたる一族の軌跡を描いた小説で、時間の展開が早いし、登場人物がたくさんだし、おんなじ名前の別人も出てくるので、ぼんやり読んでたら家系がよく分からなくなってくる作品だった。実はこの本、路上生活する少年たちのことが知りたくて、ネットで検索して買った本なの。今後ネットで本を買う時は、書評をちゃんとチェックして買います!

* 2004年2月6日(金)*
 「ストリートチルドレン・イン・ネパール」をUPしたよん。みなさん、見てね〜。
今日は司書教諭研修会に行った。同じ市内なのにこんなにも格差があっていいものなのだろうか?月曜日に校長にしっかり復伝したい。そして訴えたい。「図書費もらって下さい!学校司書雇って下さい!蔵書管理ソフト買って下さい!コンピューター買って下さい〜っ!」

* 2004年2月5日(木)*
 こういう場合、犯人は現場の様子を確認に来るものなんだろうか?それとも二度と訪れない?いずれにしても警戒を怠らず、大人がしっかり子どもたちを守らなければならない。今日も警察は張り込みし、市の防犯パトロールの車も来ていて、ちょっと頼もしかった。
 夜は英会話教室に行った。英語を学ぶ以上、外国人に日本の文化をちゃんと伝えられるようにならないとだめなんだと思った。ほんとに私は何も知らない。今年の恵方がどっちの方角かとか、豆のまき方だとか、今日聞いて初めて知った。

* 2004年2月4日(水)*
 事件があった。未遂で本当によかった。年端もいかぬ子を狙う卑劣な犯人が、早く捕まりますように!!警察の機動力には、ちょっと感心した。

* 2004年2月3日(火)*
 夜、豆まきをして、極太の巻き寿司を1本ずつ食べた。「こんなに食べられるかなぁ。」ってかわいく心配してたら、「かーさん、食べるに決まってるじゃん!」と長男。完璧に見抜かれている!(^^ゞ)来年も再来年も、ずっとずっと一緒に豆まきして、一緒に極太巻き寿司食べたいって思った。(T-T) ・・いよいよ今春から長男と別居する。

* 2004年2月2日(月)*
 学校安全サテライトセミナーで、危機管理についてのお話を聴いた。
 さてさて、「脳死を考える〜低体温療法とバチスタ手術〜」をUPしたよん。見てね〜σ(^^)

* 2004年2月1日(日)*
 毎月第一日曜日に開かれるフリーマーケットに、ウキウキして行った。掘り出し物はあったんだけど、うまく値切れず損した気分。次こそは頑張るゾ〜p(*^-^*)q ♪ 午後は次男と、バドミントンしてテニスしてバレーしてマラソンして、ヘロヘロになった。

* 2004年1月31日(土)*
 やっと土曜日・・・。雪でものすごく汚れていた車を、気合いを入れてピカピカにした。

* 2004年1月30日(金)*
 「ストリートチルドレン・inネパール」の吉田さんから送っていただいたビデオを観た。年端もいかぬ子どもたちが、ゴミの中のプラスティックを集めながら、身を寄せ合って生きていた。本来なら社会から保障されるべき人権を、子ども自身が必死に守って生きていた。貧しい国と富める国、世界の中で、なぜこんなにも格差があるのだろう。なぜ我々は毎日を漫然と過ごすことができるのだろう。いつも思う。なんにも知らずに生きていることは大きな罪だ。

* 2004年1月29日(木)*
 英会話教室に行った。3チーム対抗のゲームだったので、つい燃えてしまった(^o^;)

* 2004年1月27日(火)*
 次男(中3)の人生初の受験だった。
 学校で子どもたちと一緒にビデオ(NHKスペシャル)を観たので、その感想をちょっとだけUPした。ヘ(*^0^*)ノ

* 2004年1月26日(月)*
 廊下の水道凍結3日目!(土日を入れると5日目だけどね(^o^;)。給食も掃除もとっても不便だ。子どもの話によると、凍結防止でお湯を出しててお湯が凍った家とか、洗濯機の水栓が凍結で使えなくなってバスタブで洗濯してる家とかもあるみたいだ。

* 2004年1月25日(日)*
 プーラン・デヴィの自叙伝「女盗賊プーラン(下)」を読んだ。踏まれても、なじられても、辱められても立ち向かう、そんな強さは私にはないんだけど、人間らしく生きるために戦い続けたプーランって、ほんとにすごい人だと思った。亡くなってしまってとっても残念だ。
 夜は「医療を考える会」から送っていただいたビデオを鑑賞。数年前の映像だが、低体温療法やパチスタ手術など、医療が進歩している様子がよく分かった。今はどうなのか、とっても知りたい。アメリカの臓器摘出現場の風景はすごくショッキングだった。人間の尊厳はどんな風に守られるべきなのだろう。

* 2004年1月24日(土)*
 長男が抜糸した。センター試験にドンぴしゃで、本人も大変だったと思うけど、まあ治ってよかったよかったσ(^^)

* 2004年1月23日(金)*
 脳死を考える授業をUPした。みなさーん、見てね〜〜〜〜っ!

* 2004年1月22日(木)*
 自宅周辺は降ってないのに、勤務地は大雪だった。体育館や廊下は冷凍庫のようだった。

* 2004年1月21日(水)*
 日帰りドックに行った。バリウムで、今お腹がゴニョゴニョする。体脂肪率がUPしてたので、ちょっとショックだった。今後、甘い物を制限します!

* 2004年1月20日(火)*
 市教研家庭科部会の推進委員会で、研究のまとめをした。これで1年間がやっと終わった! 明日は人間ドックなので今晩9時以降は飲食禁止だ。そう思うと無性に何かが食べたくなる!今日はなるべく早く寝よっと。

* 2004年1月19日(月)*
 放課後、前任校に行った。同僚や校舎はもちろんの事、草も木も空気も土も、とっても懐かしかった。駐車場で、20年来の知り合いにもばったり会った。時の経つのも忘れておしゃべりした。

* 2004年1月18日(日)*
 長男のセンター試験2日目。今日で苦手な国語を二度と勉強しなくて済むと言って、喜んで出て行った!?
 今日は1日どこへも行かず、ひたすら読書。2001年に暗殺されたインドの国会議員(ノーベル平和賞の候補にもなった)、プーラン・デヴィの自叙伝「女盗賊プーラン(上)」を読んだ。貧しいとはどういうことなのか(プーランは文盲だ)、カーストという身分差別が何なのか、インドの女性がどんな立場で生きてきたのか、胸が苦しくなりながらも、粛々と読んだ。世界はよくならなければならない。そうでなければプーランたちの犠牲は、生と死は、無駄になってしまうじゃないか・・・、そんなことを感じた。
 

* 2004年1月17日(土)*
 朝、センター試験に行く長男を見送った。私としては、火打石で切り火でもして送り出したい気分だったが、長男は結構平常心。後ろ姿がとっても頼もしかった。

* 2004年1月16日(金)*
 今日も監査対策で、書類の整理。どうしても見つけられない書類があり、ヘロヘロになった。明日、長男はいよいよセンター試験。手術痕はまだ痛むらしいが、乗り切ってほしい。お天気が悪くなりませんように。

* 2004年1月15日(木)*
 お上から監査のお達しがあり、大騒動で書類の整理をした。ややこしくてややこしくて、ぐったり疲れた。怖くて確認できなかったのだが、通勤時、十中八九、鳩を轢殺・・・(≧≦) ごめんなさい・・・。

* 2004年1月14日(水)*
 消毒の時、長男の切除跡を初めて見た。なんてごっつい糸!ぎゅぎゅっとしっかり縫ってあった。

* 2004年1月13日(火)*
 麻酔をかけて、おできを切除。取れた肉塊は、長男がビンに入れて病院から持って帰り、私にも見せてくれた。お、大きい・・・!(◎◎;) 長男を病院まで連れて行った夫は、術後、ベッドの血を見て卒倒しそうになったらしい!

* 2004年1月12日(月)祝*
 長男に、またもやおできが!休日診療所の門を叩き、応急治療をした。たくさん出血して相当痛かったらしい。

* 2004年1月11日(日)*
 田中四郎の「やわらかなアラブ学」を読んだ。ほんとにやわらかくてスイスイ読めた。こんなふうに教えてもらうと、異文化も身近に感じる。アラブが女性に厳しい、かなりのオトコ社会ってこともよく分かった。
 さて、2羽ともメスのはずの我が家の烏骨鶏、1羽の頭が赤くなってきた。これってトサカ?でも長くない。次男は「個性なんじゃないの?」って言ってるが、あんなに赤いんだもの、オスに違いない!早くヒヨコが生まれないかな〜♪o(^0^o)♪

* 2004年1月10日(土)*
 仕事部屋に「臓器売買」をUPした。見てね〜(^^)

* 2004年1月9日(金)*
 給食も始まり(食いしん坊だからこれは重要(^^))、3学期がいよいよ本格始動した。

* 2004年1月8日(木)*
 三学期第1日目。ちゃんと務まるか心配だったけど、あっという間に感覚が戻った!今日は「臓器売買」について授業した。夜は、久し振りに英会話教室に行った。

* 2004年1月7日(水)*
 今年の七草粥は、素材厳選・テクニック万全・味も完璧だった!(自己満足よ・・(^^ゞ)

* 2004年1月6日(火)*
 次男と長時間バドミントンをして、手がビリンビリンになった!が、私の今年の目標は「筋肉作り」ゆえ、痛がってなどいられないっ!? 腕立て伏せもしっかりやって、身体を鍛えた。もうフラフラだ。鍛えるのも楽じゃない。ε=(・o・*)。 
 今日は、内海夏子の「ドキュメント女子割礼」の第2章「女子割礼はなぜ生まれたのか」と第3章「なぜ今も続いているのか」を読んだ。集団による性的抑圧(受動性の確保)という暴力は、いかにも前近代的な響きだが、政治と特定の利益団体との癒着が解決を阻んでいるなんて、あまりにも近代的。それに医者までもが割礼に加担しているなんて、怒りが込み上げてくる。著者は、男性のセクシュアリティの都合や男性中心の社会を存続させるための手段だと論じているが、こうした視点はこれまでアフリカ内部になかったのだろうか?少しずつでも廃絶に向けて動き出していることが、何よりの救いだ。1日も早く女子割礼がなくなりますように。

* 2004年1月5日(月)*
 内海夏子の「ドキュメント女子割礼」の第1章「アフリカで見て聞いた女子割礼」を読んだ。(3日連続第1章ばっかり読んでる私・・(^^ゞ) 読んでて力が抜けた。著者は、男優位の社会の中で女のジェンダーとセクシュアリティをコントロールするためだと書いているが、宗教とも関係ないのに、なんでこんなにも多くの国(アフリカの約28ヵ国)に女子割礼が存在するのだろう?(宗教が教える男性の割礼とは全く違う!) 21世紀の今でも、エジプトでは、結婚前の女なら誰でもしなければならない常識なんだとか。(2000年のエジプト人口健康統計調査では、既婚女性の97%が受けているそうだ。)シエラレオネでは伝統的な社会集団への加入儀式として行われ、親たちは一人前の女性として社会に受け入れられるようにするために積極的に娘たちに割礼させるらしい。WHOの推定では、全世界で毎年200万人近い少女が割礼を受けているという。読んでてほんとにくらくらするドキュメントだ。ここでは、痛みや感染症、大量出血、トラウマ等々、たくさんの弊害も報告されている。少女たちを救う方法は、ほんとにないのだろうか。  

* 2004年1月4日(日)*
 山田盟子の「従軍慰安婦〜兵備機密にされた女たちの秘史」の第1部第1章「女を乗せた馬車」を読んだ。満州での日本人の蛮行には目を覆いたくなる。ここでも女はただの補給物資扱い。昨日読んだ「ワイルド・スワン」と重なり合って虚しかった。

* 2004年1月3日(土)*
 初詣した。開運せんべいや五角(合格)鉛筆を買った。
 夜、ユン・チアン著、土屋京子訳の「ワイルド・スワン」の第1章「三寸金蓮」を読んだ。今まで満州の歴史も蒋介石のことも、学校で習った以外に何ら知らなかった私も、これを読んでちょっとだけ分かってきたような・・。纏足の作り方もリアルかつグロテスクで、読んでいて息苦しかった。名もなく地位もなく、この時期の女性はただの商品に過ぎない。性差別に苦しむ女性の歴史を知ることは、私のマイノリティ性の確認なのよねって思った。

* 2004年1月2日(金)*
 MOVIX周南にて「ラスト・サムライ」を再度鑑賞。1度目より細かい所もよく見えて、味わい深く観ることができたんだけど、政治的背景だとか主人公の心情描写だとかはどう見ても省略され過ぎているので、やっぱり物足りなさが残った。惜しいなあ。官軍や天皇の心までも動かした勝元の死も、私には結構父権的で独りよがりなものに映った。1度目よりもかなりクール!?(^^)。だけど、役者の演技は絶品。外国人の評価が知りたい。

* 2004年1月1日(木)*
 午前中は福袋を買いにお店巡り。両手に持ちきれないほど買って、とってもhappyだった。午後は親戚の家へ。当たり前のことだけど、毎年毎年、みんなどんどん年を取っていく。あと何年こうして集まれるのだろうと、ふと思った。親戚宅からの帰りにも、また福袋購入。財布が、ものすごく軽くなった!

* 2003年12月31日(水)*
 次男といろんな話をしながら、おせち料理をせっせと作った。もうこれで完璧!

* 2003年12月30日(火)* 
 「病院で死ぬということ〜For patients,nurses,doctors and all other people」の「シベリア」と「希望」を読んだ。延命治療とは、なんと罪深いものなのか。また、豊かなはずの日本の医療が、いかに淋しい人たちを生み出し続けてきたことか。死を他人に牛耳られるなんてことが、ほんとにあっていいものなのだろうか?

* 2003年12月29日(月)*
 大学時代の友達に会った。卒業してからは共通の友達の結婚式以来だ。大学時代なんてたったの4年間だし、学部も違ってそんなに親しくもなかったんだけど、すごく懐かしかった。離れていても、お互いの人生を尊重し合い、分かり合えてるんだと感じることができた。年月が過ぎるのは、何て早いのだろう。私のことを忘れないでいてくれて、とっても嬉しかった。夜、電気の傘を拭いていて、どさっと電気が落下!すんでのところで粉々になるところだった。ふ〜(^^ゞ

* 2003年12月28日(日)*
 冬休み4日目。毎日が夢のように過ぎていく。夕方、お華に行き、お正月用に若松・胡蝶蘭・南天・菊・葉牡丹を生けた。

* 2003年12月27日(土)*
 山崎章郎の「病院で死ぬということ〜For patients,nurses,doctors and all other people」の「ある男の死」「密室」「脅迫」を読んだ。こんな風に患者の生と死にきちんと向き合ってくれる医師がいる(なかなかいない)んだな、と初めて感じた。仕事に忙殺されながらも、著作を通して告発と問題提起をしている著者に、感謝と尊敬を感じる。私もきっと病院で死ぬことになるんだろうが、人生の終末期に周囲の人々にどんな風に意思を伝えることができるのか、真剣に考えておきたいと思った。

* 2003年12月26日(金)*
 しばらく前から積読状態だった、夏暁虹の「纏足をほどいた女たち」の序文(ほんの12ページ)と、山田盟子の「従軍慰安婦〜兵備機密にされた女たちの秘史」のプロローグ(ほんの2ページ!)を読んだだけで、へとへとになった。女に生まれたというだけで一生を奪われた人々がこんなにもたくさんいる。その生の声を読むのはあまりに苦しい。

* 2003年12月25日(木)*
 誕生日だった。夜、英会話教室でバースディソングを歌ってもらって、とってもとっても嬉しかった。仲間っていいな!今日はクリスマスなので、プレゼントを交換したり、おしゃべりしたり、食べたり飲んだり歌ったりして過ごした。来年こそは、英語うまくなりたいっ!帰りに駅前のツリーを見て帰った。昔に比べて随分規模が小さくなったけど、ずっとやっててほしいな。23日のツリーまつりで見た時より、周囲が明るくないぶん、とっても綺麗だった。深夜、夫が発熱。とってもキツそうだった。うつりたくない。うつさないでくれ〜〜〜!

* 2003年12月24日(水)*
 終業式だった。辛いこともあったけど、どうにか乗り切り安心している。終わった〜っ! 夜、家族に誕生会をしてもらった。大きなケーキをたっぷり食べた。もうこれ以上、年取りたくないなぁ・・・。

* 2003年12月23日(火)*
 徳山の「charrys」にクリスマスディナーを食べに行った。ものすごくにぎやかな団体客がいたせいか、お料理が出てくるタイミングはよくなかったが、量は十分で、お腹いっぱいになった。(その上デザートは、大きなケーキと大きなアイスクリームとフルーツだった。嬉!) 今日はツリーまつりもやっていて、街角にはサンタさんがいっぱい繰り出していた。夜店も人出もいっぱいだった。もうクリスマスなんだなぁ〜。光陰矢の如し。悔いのない毎日を送りたいものだ。

* 2003年12月22日(月)*
 本日のお楽しみ会の様子をUPしたので、よかったら見てね〜ヘ(*^0^*)ノ  
 夜、MOVIX周南で「ラストサムライ」を鑑賞した。冷静に考えると、妙な場面(明治初期に家族みんなでちゃぶ台でご飯食べてるところとか〜ふとK19の艦内でコサックダンスしてるシーンを思い出した〜)も多々あったし、天皇の師だった勝元が何でそこまで遠ざけられるのかなど、描写不足で分かりにくい場面も多かったんだけど、明治維新の矛盾やひずみを昔気質のサムライが一身に背負わされて近代化から切り捨てられて行くさまがよく描かれていてもの悲しかった。主役のトム・クルーズより、熱演の謙さんの方にとっぷり感情移入して鑑賞した。でも、なんで勝元は故郷に帰り、部下まで死なせる必要があったのだろうか?赤穂浪士のように、素直に散る手もあったのに。勝元の甥(たか=小雪の子)は、この後どんな人生を歩むのだろうか?死にしか結び付かないアイデンティティの崩壊を、西洋人は理解できるのだろうか?・・・等々、疑問もいっぱいだ。それにしても渡辺謙、かっこよすぎ!パーフェクト!真田広之が演じても、あそこまではできないんじゃないだろうか? ド迫力の目力に感動した。周囲の役者もみんな素敵だった。

* 2003年12月20日(土)*
 朝起きると窓の外は雪化粧。長男も次男も大喜びで、そりで滑ったり雪だるまを作ったり自転車に乗ったりして遊んだ。その後、私にとっては初めてのバリカン体験。初めて次男の頭をバリカンで刈った。ギザギザになったところは、長男に整えてもらった。午後は、今度の英会話教室のクリスマス会に持っていくプレゼントを買いに。仕事もすっかり終わって冬休みを待つばかりとなり、とってもリラックスできた1日だった(^o^)。

* 2003年12月19日(金)*
 今日も1時間早く出勤した。今日はホンモノ! 行く手のヤマは真っ白だった。雪がビュンビュン前から降ってきて、視界悪し。でも、ライトに照らされるととっても綺麗だった。その後、体調は絶不調に・・。睡眠不足か疲れかストレスか、それとも早朝雪の中のゴミ出しゆえ?はたまたあの胃薬が強力なせいだろうか?? 昼前には頭はがんがん、胸はムカムカ・・。何だかこの頃調子悪いわぁ・・・。大好きな給食が初めて一口も食べれなかった。(悲!) 一回くらいじゃ痩せないだろうけど、普段栄養取り過ぎだから、まぁいいか・・・。午後は、保護者会第2日目。これで全部の保護者とお話しでき、ちょっと安心した。3学期は短いから、もしかしたらこれが最後の懇談だった人もいたはず。期待に応えることができてたんだろうか? 保護者会が終わると早々に帰宅し、家で眠った。今、ちょっとスッキリしている。それにしても、ひ弱な私・・・。

* 2003年12月18日(木)*
 前夕、氷雨が降ったので、今日は絶対道が凍ってると予想して、いつもより1時間早く家を出た。普段の半分の速度で恐る恐る運転したが、幸いにも杞憂に終わった。あ〜、よかった〜。午後からは保護者会でたくさんの保護者としゃべり、夜は英会話教室でたくさんのクラスメイトと話し、何だか気分がとってもスッキリした。来週クリスマス会をすることになった。楽しみだな〜(^o^)

* 2003年12月17日(水)*
 ちょっとだけだけど、もちつきと家庭科学習第四次の子どもの感想をUPした。昨日もらった薬が効いたみたいで、胃痛はすっかりおさまった。

* 2003年12月16日(火)*
 早朝の通勤路でスリップした。ハンドル・ブレーキが全く効かず、ものすごく怖かった。対向車が来てなくて幸いだった。土曜日の暴飲暴食のせいかもしれない(?)が、数日来胃が痛く、今日も1日、あまりに痛んだので、夕方病院に行った。穴が空いてるだろうと言われ、ちょっとショックだった。

* 2003年12月15日(月)*
 先日行った家庭科学習をUPした。

* 2003年12月13日(土)*
 冬用タイヤに履き替えた。これでもういつ雪が降っても大丈夫! 今日は久し振りに食欲を感じたので、夜はJ-OXで食べまくった! 年賀状も印刷した。

* 2003年12月12日(金)*
今朝はマスコミの車もいっさい見当たらず、静かな朝だった。少しずつ、日常が取り戻されていくのかもしれない。CRTは今日で終了。夕方お別れした時、いよいよ私達だけの闘いが始まったんだと思った。

* 2003年12月11日(木)*
 事件から一夜明けた。眠れなかった子や食欲のない子、事件が頭から片時も離れないでいる子を呼んで、午前中いっぱい個人カウンセリングやグループカウンセリングを行った。悲しみは言葉にすることで和らぐのだとCRTのスタッフから教えていただいたので、今の気持ちをしっかり語らせるよう努めた。ほんとに、いろいろな思いを胸に秘め、頑張って学校に来てくれたのだと嬉しくもあった。他のクラスには、保護者からの要請でCRTにカウンセリングしてもらった子もいたようだ。CRTは昨日から金曜日までの3日間、24時間体制でサポートを引き受けてくれている。何て心強いチームなのだろう。夕方、下校に付き添った後、トラウマやPTSD等について学ぶ研修会をした。

* 2003年12月10日(水)*
 勤務校の児童が大変な事件の被害者になってしまい、動揺している。彼の短い一生を思うと、悔しくて涙が込み上げてくる。我々にとっても、他の子供たちにとっても、あまりに重過ぎる、悲し過ぎる出来事だった。ただ、すぐにCRT(クライシス・レスポンス・チーム:精神科医や臨床心理士で構成されている)が駆けつけ、我々に適切なアドバイスを与えてくれた事は、不幸中の幸いだったかもしれない。情け容赦ないマスコミも、情けも容赦もあるマスコミも、早朝から続々と取材に現れたが、CRTのみなさんが応対してくれたお陰で我々はどれだけ救われたか分からない。しかし、仲間の死によるショックは増幅されこそすれ、軽減される要素など何一つない。ほんとにつらい1日だった。特に、近所に住んでいる子や、一緒にスポ少をやっている子、登校前に自宅にまでマスコミが来た子、インタビューを受けた子、昨日一緒に遊んだという子達は、大きなショックを受けていた。悲しみに沈む日を短くしようとは思わないが、子供たちと一緒に、必ずや乗り越えていかなければならないのだと強く思った。子供たちの下校に付き添った後、職員室で連絡会。その後もほとんどの教職員は帰宅せず、苦しい夜を過ごした。弔問も相次いだ。

* 2003年12月8日(月)*
 中華料理店で女性職員のお食事会だった。飲む気満々で臨んだが、気合いの入ってたのは私一人だけ・・・。泣く泣くウーロン茶で盛り上がった。(T-T)

* 2003年12月6日(土)*
 皓星社ブックレット13 寺島萬里子写真集 「病癒えても〜ハンセン病 強制隔離90年から人権回復へ」を読んだ。ここに紹介されている人々はみんな高齢だ。もう時間がないのに、彼らの人権はいまだに取り戻されず、強制隔離がなくなった今も社会からの隔離はまだ終わってなどいない。私にできるのは、子供たちに伝えていくこと・・・隔離がなくなる日まで、ずっと伝えていきたいと思った。

* 2003年12月5日(金)*
 次男(中3)の進学説明会と学級懇談に行った。次男もそろそろやる気を出してくれる頃だと思う・・・・(?) いつもより少し早く帰れたので、今日は長男(高3)とも、進路についての話がゆっくりできた。予想以上に自分の未来への見通しを持っていて、ちょっと安心した。もういよいよ私のもとから飛び立って行くんだなって、しみじみ思った。これまで私の子供になってくれててほんとに嬉しい。さて、今日は、私達の総合学習が、毎日新聞の山口版と九州版に載ったので、お近くの方は是非見てね〜(^^)

* 2003年12月4日(木)*
 夜、英会話教室に行った。今日から新しいクラス。ちょっと新鮮な気分だった。ぼーっとしてないでどんどん発言し、いっぱい学び取っていきたいものだ。(それがなかなか出来ないんだけどね・・・(T-T)

* 2003年12月3日(水)*
 午前中いっぱい、ゲストティーチャー4人を迎え、家庭科の授業をした。気を遣って身体使って、激疲!午後からは老人クラブやPTAのみなさんと、餅つき・・・船頭多くして 船 山に登る! (=^_^;=)  夜はPTA懇親会・・・おいしいお鍋で、とことんしゃべった・・・。長い1日だった・・・ふ〜(^^ゞ

* 2003年12月2日(火)*
 校内マラソン大会だった。例年より随分暑く、いい記録は出ないのではないかと心配したが、みんなよく頑張ってくれた。ほとんどの子のタイムがUPしていた(^^)。午後は、明日のもちつきの準備でモチ米洗い。70Kgのモチ米をせっせとといだ。

* 2003年11月30日(日)*
 野平俊水の「韓国人の日本偽史」の第1章を読みかけて、ウェップとなった。日本と韓国はかけがえのない隣人たり得ないのだろうか?韓国人をバカにしたような記述が多くて、ゲンナリした。

* 2003年11月29日(土)*
 英会話教室の忘年会だった。キャッシーとダンの姿がなかったのが残念だったが、飲んで歌って騒いで楽しかった。

* 2003年11月28日(金)*
 熊本県庁から電話があり、菊池恵楓園のみなさんへ送った励ましの寄せ書きを、啓発のための資料展で展示させてほしいとの事。早速子供たちに伝えると、みんなとても嬉しがっていた。 夕方、保健センターで次の授業の打ち合わせ。ゲストティーチャーに栄養士さん4名を迎え、来週家庭科の授業(調理実習)をする。自分たちで育てたお米を食べるので、子供たちもやる気満々。実習が楽しみだ。夜、お華に行った。今日は落ち着いて生けることができたので、我ながらなかなかの出来だった!お正月花も頑張るぞ〜〜っ p(#^▽゚)q

* 2003年11月27日(木)*
 ここのところ、FGMをテーマに書かれたノンフィクション、「ファウジーヤの叫び」を読んでいる。命までかけて女性器をそぎ落とす慣習は、ただ、夫となる男のためだけにあるらしい。鎮痛剤も麻酔も使われず、ナイフは消毒さえされない。身の危険を避けようとする少女ファウジーヤが、異国ですら犯罪者扱いされるなんて、社会はなぜにこんなに無力なのだろう。信仰深いということは、差別に気付かず生きれるということなんだろうか?

* 2003年11月26日(水)*
 ゲストティーチャー(栄養士2名)を迎え、家庭科の授業をした。

* 2003年11月25日(火)*
 太田さんへのお礼の寄せ書きと、菊池恵楓園のみなさんへの励ましの寄せ書きをした。子供たちの心が届きますように。

* 2003年11月23日(日)*
 MOVIX周南で「マトリックスレボリューションズ」を鑑賞した。アクションシーンはザイオンの攻防シーンと、スミスとのちょっとしたカンフーだけで目新しいとこがなかったし、ナイオビはかっこよかったけどモーフィアスは脇役に徹し、トリニティーを失ってもあんまり悲しんでるシーンがなかったし・・・何だか物足りないまま終わってしまった・・・。ストーリーにひと工夫あれば、それも気にならなかったかもしれないけど・・・。

* 2003年11月22日(土)夜*
 S市「ギャルソン」で、7種類のボジョレー・ヌーヴォー&フランス料理に舌鼓を打った。料理はきれいでおいしくて、ヌーヴォーはまろやかで新酒とは思えぬコクがあり、おまけにほのかに舌に残る淡い刺激。1893年以来の出来と言うだけあって、フルーティながらも奥行きのある深〜い味だった。ぐいぐい飲んだので、帰る頃にはもう真っ赤!とっても幸せな気分になった。(^^)

* 2003年11月22日(土)昼*
 朝、太田さんが宿泊したホテルへ。一緒に駅に行って見送った。ほんとに貴重な経験だった。お寝坊さんの同学年のA教諭、タッチの差で発車に間に合わず!せっかく子供の感想文とか持参していたが、今度郵送するそうだ。水曜日はジュニアヘルスの授業がある(家庭科をする)ので、味噌や煮干し、昆布や椎茸を買って帰った。なんだか妙に疲れて昼間から爆睡した。夜は20日に解禁になったボジョレー・ヌーヴォーを某レストランに味見に行く。どんなだったかお知らせしますので、お楽しみに!(^o^)/~~~

* 2003年11月21日(金)*
 朝、教頭の迎えでホテルから太田さん来校。出迎え役の2人の児童、ちょっと緊張しながらも、太田さんを校長室や集会会場へバッチリ誘導。他の子たちも、太田さんと会えてとても嬉しそうだった。集会では、太田さんと親しくなるためのゲームをし、お話を聴いた。その後給食を一緒に食べ、午後は授業を見ていただいた。集会の様子はこちら、授業の様子はこちらにUPしたので、みなさん、見てね〜♪ d(⌒o⌒)b♪ 
 授業後は、太田さんと一緒に、錦帯橋へ。奥さんが太田さんに見せてあげたいと言っておられたところだが、遂に一緒に訪れることがなかったのだそうだ。河川敷に車をとめ、歩いて橋を渡った。お餅が焼けるのを見てこの形の橋を発想した話や、槍倒し松のことなど、太田さんは興味を持って聞いて下さった。(ガイドになった気分♪) 橋は架け替え工事中で、少し景色は悪かったが、満足していただけたみたいで嬉しかった。吉香公園に歩いて行き、ちょっと距離があったがシロヘビ神社にも寄った。太田さんは作り物じゃないかと言っておられたが、蛇がちゃんと動いてくれたのでよかった。その後、ロープウェイに乗って城山へ。なかなかの眺めだった。今日は何年分か歩いたと言っておられた。私も運動になった。その後、喫茶店でA教諭も交えて少し話し、夕食会場「J-OX」へ。広島の復活教会の牧師さんご一家や聖マリア教会の信徒さんも一緒に会食。みんなでステーキを食べた。「ロケーション21」がつぶれたので、いいステーキハウスを探してたんだけど、ここはお値段も手頃で感じよかった。教会のこととか、いろんな話が聴けたし、ビンゴゲームでパンをゲットすることもできたし、とっても楽しかった。

* 2003年11月20日(木)*
 新幹線駅に太田国男さんを迎えに行った。ほんとにここまで来て下さったんだ〜と感激した。教会(太田さんは牧師さんなので)の婦人会の方もお迎えに来ておられた。すぐにホテルにチェックインし、部屋も確認。その後、聖マリア教会に連れて行ってもらって牧師さんや役員の方にお会いした。温かくて優しくて、私の全てを肯定してもらえる安心感があった。療養所の始まりも、ハンセン病に対する差別の歴史も、らい菌のことも、いろんなお話が聴けてとても勉強になった。明日は子供たちといよいよ対面する。

* 2003年11月19日(水)*
 わくわくワールド集会で、私達のクラスは「からくり屋敷」をやった。低学年にも大人気で、入り口はずーっと行列だった。お客さんに楽しんでもらえて本当によかった。子供たちの苦労もこれで報われた。さて、「ふるさとに帰れない〜私達の課題〜」をUPしました。見てね〜(^^)

* 2003年11月18日(火)*
 1日中、明日の「わくわくワールド集会」の準備をした。

* 2003年11月17日(月)*
 今度学校に来てくれる、養護学校のNくんのビデオを、子供たちと一緒に見た。多くの子供達は、養護学校の存在すら知らなかった。触れ合って語り合う必要性を強く感じた。午後は出張でS中学校へ。Y県立大学の先生と、保健婦さん、T中央病院小児科のU先生の話を聴いた。身体を大切にできる子をいっぱい育てたいと思った。

* 2003年11月16日(日)*
 朝、自治会の清掃作業だった。ふ〜(^o^;) 午後は、隔離政策を推し進めた第1人者、光田健輔(「救らいの父」と呼ばれ、防府市の名誉市民となっている。文化勲章まで受章している!)の銅像を見に、防府市に行った。詳しい話はこちらを見てね〜(o^_^o)

* 2003年11月15日(土)*
 息子2人のインフルエンザ予防注射に行った。2回する理由を聞いたら、効果があるかどうか分からないとの事だった。結局の所、うがい手洗い睡眠食事・・当たり前の生活が一番いいってことなのかもしれない・・・(^^) 今日は平和学習第5弾をUPした。みなさん、見てねヘ(*^0^*)ノ

* 2003年11月14日(金)*
 お華に行った。公民館祭りに出展する大作が仕上がっており、端整でいて力強い、そのあまりの迫力にびっくりした。夜、「阿部智子さんの人生」をUPした。みなさん、見てね(^^)

* 2003年11月13日(木)*
 中途半端になっていた平和学習に、心新たに取り組んだ。校外学習の後だし、ハンセン病に関わる差別についても学んでいるので、前より少しはピンと来る感じだった。夜、英会話教室に行った。キャッシーはダンの風邪がうつったみたいで、体調悪そうだった。

* 2003年11月12日(水)*
 豊後高田市(大分県)の田染中学校に行った。ハンセン病の回復者で、熊本国賠訴訟をたたかった、阿部智子さん(菊池恵楓園)がゲストティーチャーの授業を見せてもらった。涙も鼻水もぼろぼろだった。私も早く授業がしたいと痛烈に思った。授業者の財前さんが言った「女だから授業ができた。」という言葉にはとっても共感。私自身、マイノリティ(女)として生きていることが、とっても私の職業生活に生かされている(授業に生かされてる)と常々感じているので。(財前さんは、産む性だからという意味でおっしゃったみたいだったんだけど・・(^^ゞ) 豊後高田市は、お寺も石仏もいっぱいの、とってものどかな所だった。それにとっても懐かしい香りがした。(昼食をとったお店は、昔の給食を再現したメニューもあるらしかった。)またゆっくりと訪ねてみたい。きょうこさん、にわとりさん、お世話になりました(^^)

* 2003年11月11日(火)*
 放課後、月末にする家庭科の授業の打ち合わせに保健婦さんが来校。さっすが健康のスペシャリストだと感じる場面があり、一緒に授業できることを嬉しく思った。

* 2003年11月10日(月)*
 あさって、菊池恵楓園の阿部智子さんをゲストティーチャーに迎えた提案授業(田染中学校)を見に行くことになった!山田泉さんや別府のきょうこさんにもお会いできるし、とってもhappy ヾ(^v^) 今日は太田さんからもお電話を頂戴し、太田さんを迎える授業の内容もだいたい決まった。

* 2003年11月9日(日)*
 熊本県の菊池恵楓園に行き、太田国男さんにお会いした。73才で私の両親よりも年上だが、よっぽど若い感性を持った、みずみずしい方だった。学校に来て下さる時の打ち合わせも少しした。ほんとに貴重なひとときだった。

* 2003年11月8日(土)*
 菊池恵楓園に15年間勤めた医師 由布雅夫さんの「菊池恵楓園からの訴え」を読んだ。由布さんは良心の人だ。そして彼と逆のスタンスで働く人たちは既得権にあぐらをかく、情けない、しかし普通の人々なのだと思う。前回の授業で私は、入所時からハンセン病でなかった人達のことについて、ちっとも触れなかったんだけど(申し訳ないことに多数派の悲劇だけを見ていた)、このことは第一次で是非とも触れておくべきことだった。偽名と匿名の違いについても、初めてその事情の違いを意識することができた。2001年現在、実名に戻った人は、まだ半数だという。私達の社会は、法が変わってもまだ差別をよしとしているということなのだ。啓発のみが社会を変える、語らなければ何も始まらない、そう思った。

* 2003年11月7日(金)*
 臨時職員会議で、学校訪問の受指導について上意下達の伝達があった。我々は向上心を持って謙虚に努力しなくちゃいけないけど、管理職も教員みんながやる気になって、いい子がいっぱい育つよう気を配るべきだ。話し合わない会議なんて会議じゃないし、見解の相違を確認することすらできない。これって毎日の授業にも言えることなんだけどね・・・(^^)。 夜、おとといの授業の様子をUPした。

* 2003年11月6日(木)*
 英会話教室に行った。もう、下手で下手でたまらん!ものすごく上手な先輩から、「階段を上るように、ある日ぐんと上手になるんだ。」って言われたけど、水平線をどこまでも泳いでるって感じだ。(T-T)

* 2003年11月5日(水)*
 事務所の学校訪問だった。ハンセン病に関わる差別について考える授業をした。たくさんの方に援助してもらって今日の授業ができたこと、とてもありがたく思う。午後の校内研修は、平和学習の報告会だった・・・同学年のA教諭の話があまりにうまく、感動して泣いてしまった・・・<(T◇T)>

* 2003年11月4日(火)*
 読書感想画コンクールの県審査だった。県下全域から集まったものすごい量の絵を、せっせと並べて運んで集めて整理して梱包した。朝から立ち通しで、足が棒になった。

* 2003年11月3日(月)*
 遠藤比呂通の「らい予防法の法律上の問題」を読んで、怒りがふつふつと湧いた。必要もない隔離と断種を強制した張本人の光田健輔が、なぜ「らいの父」なのか、理解できない。彼がなぜ、良心を持った一人の医者として曇りのない目で患者を見つめることができなかったのか、また、あれほどまでに強烈なパターナリズムがどこで彼に植え付けられたのか、疑問も更に深くなった。防府駅には銅像も建ち、資料館もあるらしい。彼を讃える人が今もいるということなのだろう。近いうちに見に行きたいと思う。

* 2003年11月2日(日)*
 市美展に行った。夜はトム・ハンクスの「プライベート・ライアン」を観た。ストーリーがあまりに「ティアーズ・オブ・ザ・サン」と似ていることに初めて気付き、びっくりした。

* 2003年11月1日(土)*
 車検に車を持って行った。少し待ってたら、すぐに終わった。こんなに簡単に済むのに、なんで何万円もかかるのだろう?? その後、こてこての豚骨だしの天○で、ニンニク臭漂う「やみつきラーメン」に、更ににんにくをつぶして入れて食べてみた。激ウマだった!

* 2003年10月31日(金)*
 すごい文集が完成した!子ども達の素直な感想を読んでいると、泣けてくる。夜、久田恵の「ニッポン貧困最前線」を読んだ。物が溢れている日本で、孤独な人はますます孤独に追い込まれている。努力しなくちゃ自分の心も人の心も分からなくなるんだなって思った。福祉事務所やケースワーカーの仕事も、ちょっとだけ分かったような気がした・・。

* 2003年10月30日(木)*
 読書感想画支部審査で1日立ち通しだった。ぐったり〜。たくさんの絵を見たので、目も肥えた気がする。とことん絵に取り組める子を育ててないなと、反省もした。放課後は、文集(広島見学旅行)の印刷。明日が製本予定なのにまだ半分しか刷れず・・。夜は英会話教室へ。なんでみんな、あんなに上手なんだろう?言い回しを考えながら恐る恐る話す自分がとっても情けない。

* 2003年10月29日(水)*
 ハノイに住むティアンさんから、お願いしていたアオザイが届いた! な〜んてきれいなライン。な〜んてすてきな肌触り。オーダーメイドだから当たり前なんだけど、身体にバチッとフィットして、ものすごく気に入った。ばんざ〜い\(*^^*)/

* 2003年10月28日(火)*
 次男はここのところ毎日カノジョと長電話。ちょっと前まで反抗期でプリプリしていたのに、現金な人・・・(;¬_¬) 今日は 遠野はるひさんの「基地の女たち」を読んだ。基地の町のすぐそばで育ったにもかかわらず、米軍のアジア侵略に連動して買春地域がつくられてきたなんてこと、今まで全く考えずに生きてきた自分が、とってもうかつで間抜けに思える・・。米兵と連れだって歩く日本女性の姿も、今まで自由恋愛だとばかり思い込んでいた。アメリカの軍事支配を支えるために利用され自国にドルをもたらすのは、どこでも(タイでもフィリピンでも香港でも日本でも)一番貧しい女たちなのだ。米兵から基地買春を引き継ぎ観光買春に勤しむ日本の企業戦士たちの姿も、とっても傲慢だ。軍事的あるいは経済的に侵略する男たちが、現地の貧しい女を搾取し、それに助けられて暮らす良民たち・・・この構図から抜け出さなくっちゃ、アジアに幸せは来ない!

* 2003年10月27日(月)*
 MOVIX周南にて、ブルース・ウィリスとモニカ・ベルッチの「ティアーズ・オブ・ザ・サン」を鑑賞。戦争は、男ジェンダーの極致だ。厚顔無恥で自分さえ強ければよく、他人を思いやる想像力のかけらもない(期待されない)。正義の戦いと銘打ちながら、私情の許されない絶対命令に背いた者だけが人間らしい心を取り戻すとは、何たる皮肉。反乱軍の兵士に向けられた「それでも人間か」という言葉は、組織に飲み込まれ原住民を見殺しにしようとしたアメリカ軍兵士にもそのまま言えることではなかったのか。リーダー(ウォーターズ大尉=ブルース・ウィリス)に良心があったからこそ、こんな展開(難民の救出劇)になったわけだけど(・・・そこのところの描写が不十分で説得力はなかったが)、「人間扱いされなかった」と自分の過去を振り返る黒人兵士の言葉の中にだけ、真実(マイノリティの苦しみと連帯感、明確な人間愛)が見えた気がした。ラストは、指導者を得た難民の喜びと、去っていくアメリカ軍兵士の後ろ姿だが、これもちょっと納得できないような・・・。人間は、闘うことでしか幸せになれないわけじゃないはず。人間愛と堕落が混在した、すごく悲しい映画だった。音楽はvery goodだった。今日は、岡山県の長島愛生園(日本で最初にできた国立ハンセン病療養所=かつての強制隔離施設)の見学の予約をした。しっかり勉強して臨みたい。

* 2003年10月26日(日)*
 沖浦和光・徳永進編「ハンセン病〜排除・差別・隔離の歴史」の中の、「はじめに〜いま、何が問われているのか〜」(沖浦和光・著)と「隔離の中の医療」(徳永進・著)、「ハンセン病者の歴史と歴史家の役割」(生瀬克己・著)、「ハンセン病と近現代日本」(藤野豊・著)を読んだ。ハンセン病なるがゆえに課せられた苦しみの歴史が詳しく解説されており、我々日本人の歪んだナショナリズムがこの悲劇の本質にあることがよく分かった。それにしても、世界中の人が知っていた事実を日本人だけが誤認し、誤った政策を見逃していた(=差別を認め存続、助長させていた)とは、なんてひどい話なのだろう。


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