2002年5月〜2003年3月のyoshikoの日記です

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* 2003年3月26日(水)*
修了式だった。一年間がとうとう終わった・・・。

* 2003年3月25日(火)*
最後のお楽しみ会だった。手紙もくれて、とっても心に残る1日だった。手紙を読むと、涙が出てきて、もうちょっとで大泣きしそうだった。ところで・・・今日は、焼きそば・トンカツ・フルーツポンチ・アイスクリーム・ハンバーグetc・・・子供たちが作ったものは全種類食べ、給食も残さず食べた私・・・、体重計に乗るのが怖い・・・。

* 2003年3月24日(月)*
○○テレビに、子供たちが制作したビデオを持って行った。なんと、少しだけ手を加えて放映して下さるという・・・。(◎◎;)

* 2003年3月23日(日)*
ぽろぽろ泣きながら、最後の学年便りを書いた。悲しい!

* 2003年3月22日(土)*
家族4人で秋芳洞に行った。約1qの道のりを歩きながら、石筍や石柱が連なる自然の神秘を楽しんだ。何でも、石筍が3p伸びるのには400〜500年もかかるらしく、気の遠くなるような長い年月が、そこには積み重ねられていた。その後、エレベーターで80メートル上の日本最大のカルスト台地・秋吉台へ。数日前に山焼きをしたばかりだったので、コゲた臭いが少し残っていた。昔は荷馬車や2頭立ての馬もいた記憶があるんだけど、今日は1頭だけが働いていた。ドリーネやラピエ、ウバーレ、ポリエなど、いろんな地形を観賞した。秋芳洞内は気温17度で心地よかったんだけど、秋吉台は風が強くて寒く、夏みかんソフトを食べた頃には随分体が冷えてきた。タクシーで元の場所(駐車場)に戻って、今度はサファリランドへ。飼育員の命令をとってもよく聞くゾウがいて、いっぱい触ったし、口の中まで見せてもらえてラッキーだった。ここでは猛獣を見たり、ウシやカンガルーにえさをあげたりして、のんびり過ごした。併設の遊園地では、久し振りにジェットコースターやお化け屋敷に入って叫んだ。(スッキリ) 帰りには、天宿温泉に寄ったんだけど、塩素の強い温泉はもうコリゴリだ。私の場合、全身で一番弱い所は顔らしく、塩素に負けて、ヒリヒリした。(┯_┯)

* 2003年3月21日(金)*
家にこもって指導要録を仕上げた。やった〜!終わったー! \(#^0^#)/。こんなに早く仕上がったのは、長い教師生活で初かもしれないっ(^^)。

* 2003年3月20日(木)*
Kenさんに習うのが最後だった。カナダに帰るとばっかり思ってたら、山口市に引っ越すんだそうで、そんなことならこのままT市にいてくれればいいのに・・・と、残念だった(;。;)。

* 2003年3月19日(水)*
卒業式だった。子供たちがとてもよく頑張ってくれたので満足だ。夜は宴会でとことん食べた。

* 2003年3月18日(火)*
卒業式の準備できりきり舞い。夜は美容院へ行き、アップにした。

* 2003年3月15日(土)*
高森のかま風呂に行った。人が少なくて、とってものんびりできた。

* 2003年3月14日(金)*
お別れ集会だった。5年生の出し物、「走れ6年生!」(「走れメロス」のパロディ)は大好評で、深〜い充実感を味わうことができた(^^)。考えるのは早過ぎるとは思うけど、来年になったらこの子達も巣立つんだな〜などと、しみじみ思った。教職員の出し物「世界にひとつだけの花」では、ところどころ歌や振りを間違えたんだけど、とっても目立つアクションの校長の隣だったので、たぶん誰にも気付かれなかったと思う。放課後は、6年生の特訓(卒業式の練習)を見に行った。担任がすごい迫力で指導していて、子供たちもとっても上手になっていた。

* 2003年3月13日(木)*
卒業式の予行練習だった。5年生は歌も呼びかけも上手にできたので、一安心だ。あまり長い時間ではなかったのだが、立ちっぱなしだったのと緊張感で、ものすごく疲れた・・・。夜は英会話教室に行った。

* 2003年3月12日(水)*
謝恩会だった。紅茶とサンドイッチをご馳走になった。お皿に大盛りだったので食べきれないんじゃないかと思ったが、意外にすんなりお腹に入った。σ(^^)

* 2003年3月11日(火)*
卒業式で歌う歌が、今になってもう一曲増えてしまった!あんまりだ!

* 2003年3月10日(月)*
月曜日はどっぷり疲れる・・・。卒業式まであと1週間、今日は放課後も体育館で歌の練習をした。

* 2003年3月8日(土)・9日(日)*
家にこもって通知表を付けた。

* 2003年3月7日(金)*
放課後、教職員の出し物の練習。我ながら手話が巧くなった気がする(^^)。

* 2003年3月6日(木)*
アル・パチーノの「インソムニア」を鑑賞。アラスカの景色が綺麗だったのと、アル・パチーノが渋くて魅力的だったので評価B。

* 2003年3月5日(水)*
6年生を送る会で発表する教職員の出し物(手話付きの歌)の練習をした。

* 2003年3月4日(火)*
今日も練習。少しだけ歌がうまくなった。夜、メル・ギブソンの「サイン」を鑑賞。テーマはともかく、あまりに単純なストーリーで、評価E。メル・ギブソンなのにこれ?と、ちょっと不思議だった。

* 2003年3月3日(月)*
卒業式&お別れ集会の練習が始まった。目まぐるしい忙しさ! トイレに行く暇さえなかった!

* 2003年2月28日(金)*
お華に行った。ちょっと誉められた。とっても嬉しかった。

* 2003年2月27日(木)*
花粉症で1日中苦しんだ。英会話に行っても鼻づまりで頭もぼんやりだった・・・。

* 2003年2月25日(火)*
今年度何回目のお楽しみ会だろう? バスケやってサッカーやって、ゲームやってクイズやって劇やって・・・etc 一日中遊び通した。コントも観客の反応を見ながらできるようになってきて、かなりの腕前。あと一ヶ月でお別れと思うと胸が締め付けられる。

* 2003年2月24日(月)*
午前中は、総合的な学習で近所を歩き回った。郷土のよさを見つけCMにまとめるという活動で、劇を取り入れたりインタビューしたりレポートしたり、どの班も趣向を凝らしていた。午後は出張。4月には合併して新しい市が発足するので、研修の方もちょっとややこしくなりそうだ。

* 2003年2月23日(日)*
また湯野温泉へ。今日は紅葉館という旅館のお風呂に入った。露天風呂からの眺めもよくて綺麗なお風呂だったんだけど、塩素臭がきつくてちょっと残念。

* 2003年2月22日(土)*
湯野温泉に行った。ひなびた所なんだけど、今日は泊まり客が多くて結構混雑していた。夜はMOVIX周南にて「戦場のピアニスト」を観賞。ユダヤ人迫害の様子がリアルに描かれていて、ため息の連続だった・・・。ヒトラーが民衆を変えたのではなく、民衆がヒトラーを支えたんだと確認した思いだ。主人公は優れた才能を持っていたからこそ、善意と幸運が重なって生き延びることができたけど、それはほんとに特殊な例で、我々は彼が助かったことに喜んでるだけじゃいけないと思った。憎しみは醜い。

* 2003年2月20日(木)*
一日入学だった。5年生の子供たちは、最高学年になるんだという自覚をしっかり持ち、とてもよく頑張ってくれた。夜は英会話教室へ。先生のKenさんは、もうすぐカナダに帰るらしい・・・。

* 2003年2月19日(水)*
「先生、6年生の担任になって。」って言われてとっても嬉しかった。

* 2003年2月16日(日)*
レンタルビデオショップで、24歳になった教え子とばったり会った。結婚までしていて、ものすごくびっくりした。

* 2003年2月15日(土)*
教育相談・臨床教育研究会の研修会に行った。今日は高機能自閉症アスペルガー症候群についてと、フォーカシングを研修した。特に、意識と無意識の間にあるフェルトセンスに視点を当て、クライアント自らの気付きを引き出すフォーカシングは、カウンセラーとしてだけでなく、一クライアントでもある自分を見つめるためにもとっても興味深く、もっと知りたいと思った。その後、先月委託した品物の売れ残りを引き取りにリサイクルブティックへ。何と、たったの1点しか売れていなかった!が〜〜ん!もう少し置いてみたら?と勧められたので、値段を下げてもう1ヶ月置いてもらうことにした。だけど、いくら置いても売れないかもしれない・・・(┯_┯)。午後はものすご〜く久し振りに17歳の長男とショッピングを楽しんだ。来年は大学生なので、嫌でも別居しなければならなくなる。もう一生一緒に暮らすこともないかもしれない。残された1年間を大切にしたいとしみじみ思った。

* 2003年2月14日(金)*
今年度最後の参観日でディベートを披露した。論題に向かって子供たちはとっても真剣に討議し、これまでの学びの集大成ができた気がした。終わってからは讃え合う言葉が次々に飛び交い、どの子も満足そうだった。これまでで一番いいディベートだったと思う。来年度のPTA役員も決まり、とうとう今年度が終わりゆく実感が湧いて来た。「性のお話をいっぱい聞かせてくれてありがとうございます。」と言って、ともチョコをくれた子がおり、それもとっても嬉しかった。夜、お華に行くと、むか〜しから顔見知りだった人がいて、1時間しゃべりまくった。先生の指導も分かりやすいし、お華に行くのがとっても楽しみになってきた。

* 2003年2月13日(木)*
英会話教室に行った。不思議な事に先週ほど情けない気持ちにはならなかった。来期(4月から)も今のクラスで頑張ってみようと思った。

* 2003年2月12日(水)*
児童朝礼のクラブ発表で英語劇を発表した。始業前からぐったり疲れた・・・。夜、「バイオハザード」を鑑賞。ミラ・ジョヴォヴィッチがとってもキュートだった。

* 2003年2月11日(火)*
オープンと同時に滑り始めた。途中から雨がどんどん降ってきたが、お構いなし。体力の限界を感じるまで、とことん滑った。

* 2003年2月10日(月)*
2年ぶりに家族4人でスキーに行くことになった。例によって、夜出て車に泊まった。(^^)v  

* 2003年2月9日(日)*
通勤時に気になってしょうがなかった脇道に行ってみた。どこに繋がっているんだろうと、ずっとずっと気になっていた。で、驚いた。行っても行っても家がある。スーパ-も病院もない、ものすごい山の中なのに。人間ってなんてたくましいのかと思った。ずーっと行くと鶴の来る八代に着いたので、ナベヅルを見て帰った。今12羽らしい。監視所の掃除をし、エサをまき、新聞を発行し続けている八代小学校の子供たち、スゴイな〜と改めて思った。・・・杉林の近くを通ったせいか(?)、今年も花粉症になった!(悲)

* 2003年2月8日(土)*
午後、英会話教室に行った。今日のディスカッションはゲイの人権の話だと思って楽しみにしてたんだけど、提示された資料はゲイと間違われて困ってる人の話で、ちょっとがっかりした。ホモ嫌悪の思想はまだまだ根強い。それにしても、ちっとも英語がうまくならない私・・・言いたいことがスラスラ言葉に出せるようになりたい! 夜は、レンタルでシルベスター・スタローンの「D-TOX」を鑑賞。話があまりに出来過ぎてるのと、大量殺人の動機が曖昧だったので、評価D。

* 2003年2月6日(木)*
夜、英会話教室に行った。先週休まなけりゃよかった・・・(^^ゞ

* 2003年2月5日(水)*
朝、バリバリの凍結路を時速20qで学校へ。学校(かなりの山間部!)は一日中吹雪だった!明日、行けるのだろうか?夜は、荷宮和子さんの「アダルトチルドレンと少女漫画〜人並みにやってこれた女の子達へ〜」の第3章「性別にかかわる現実」と第4章「性にかかわる現実」を読んだ。フェミニストが求める理想と男性保守主義者が求める現実がしばしば一致してしまうという指摘には、思い当たることが多いだけに、大いに納得。真反対の主張が同じ結果を引き出すなんて、なんて不思議な因縁なのだろう。

* 2003年2月3日(月)*
豆まきをした。その後、荷宮和子さんの「アダルトチルドレンと少女漫画〜人並みにやってこれた女の子達へ〜」の第1章「女の子・元女の子にとっての現実」と第2章「母親を取り巻く現実」を読んで思った。あ〜、そうだったのだ、私は保守化する前の少女漫画を読んできた、だからこんなにも、もの悲しいのだわーと。少女であることがマイノリティだった(と、はっきり位置づけられていたと思われる)時代に少女時代を送り、男社会という欺瞞に満ちたマジョリティを眺めてきた、それがとっても貴重な体験だったと、元女の子で今母親やってる私としては妙に納得した。それにしてもこの著者、完全なる非おたく(?)を装いながらも、なんでこんなにもたくさんの少女漫画を知っているのだろう??

* 2003年2月2日(日)*
なんでこんなに眠れるのか不思議になるくらい眠った。睡眠時間が起きてる時間を大幅に上回った!

* 2003年2月1日(土)*
ベネッセコーポレーション顧問の宇田津一郎さんの講演「今後の入試展望と保護者の心構え」を聴きに行った。私としては最近の入試傾向とか、大学統廃合の動向とか知りたかったんだけど、今日の話の大半は自慢話で、うげっとなった!

* 2003年1月31日(金)*
闘病の一週間だった。来週は健康で、ばりばり働くぞー!夜、神渡良平さんの「マザー・テレサへの旅路〜祈りと愛に触れた日々」の「はじめに」と「第1章カルカッタにて」を読んだ。「地上最悪の居住環境」と酷評されるカルカッタのスラムにあって、その厳しい現実に潰されることなく、人々の心と現実を変えていったマザー・テレサの強さに改めてびっくり。彼女こそ、人々が待ち望んでいた神そのものだったのだと思った。

* 2003年1月30日(木)*
悲しい出来事4連発。その1・・・朝、路面がバリバリに凍結。時速20qで学校まで行った。滑って谷底に落ちやしないかと、とってもとっても恐かった。なんで私はこんなにまでして山奥の学校に通ってるのかと悲しくなった。その2・・・学校から大急ぎで帰宅し、次男を連れて病院に行った。が、木曜午後は当然休診!が〜ん!(-_-;) その3・・・次男の中学校の地区委員を決めるじゃんけんで負けてしまった。夕方5時半からの交通当番が毎月巡ってくるらしい・・・・(┯_┯)  その4・・・熱は下がったものの、何だかぼんやりするので、皆勤記録更新中だった英会話教室を初めて休んだ。とっても残念。やっぱりトシには勝てないってこと?悲!

* 2003年1月29日(水)*
熱が下がらず学校を休んだ。寒地1年目の教員は大風邪をひくというジンクスを破ることができなかった・・・(┯_┯)。次男と二人でずーっと眠って過ごした。抗生物質のせいか胃腸も弱ってきた感じだ。早く学校に行きたい!

* 2003年1月28日(火)*
次男の看病を夫と交代し、出勤したが、喉が痛くて声が出ない。体の節々も痛み、熱もどんどん上がってきた。どうやら次男のインフルエンザが移った模様。午後から出張だったが免除してもらい、病院に行った後、家で静養した。こんなに簡単に移ってしまうなんて・・・!絶不調の1日だった。夜、熱にうなされながら、フランシス・バウムリ編著「正しいオトコのやり方」のChapter2、3、4を読んだ。Chapter2の「ぼくらのセクシュアリティー」は、オープン・リレーションを望みながらも自分の意識の中にあるダブルスタンダードに気付き傷つくオトコの話。Chapter3の「ぼくらの愛さずにはいられない女性」とChapter4の「ぼくらの果たすべき義務」は、フェミニストに追いつめられたオトコたちの勝手で胡散臭い被害論で、根は一緒のはずの男性解放論とフェミニズムがそんなに違ってていいものかと疑問に思った。

* 2003年1月27日(月)*
次男がいきなり発熱。1日年休を取り看病した。こんな高熱、彼にとっては生まれて初めての経験。薬を飲んでも長くは下がらず苦しんだ。看病の合間に読んだのは、フランシス・バウムリ編著の「正しいオトコのやり方」のChapter1「ぼくら自身の発見」。女以上に傷ついてる(と言うか、女が傷つかざるを得ない不平等社会だからこそ傷ついている)オトコたちのナマの声が聞こえてきて興味深かった。大多数のオトコたちが女性を支配することで自分自身の不安から逃避しているであろうことを思えば、一見弱々しく見えても葛藤を持って生きる彼らの方がよっぽど人間らしいと感じた。

* 2003年1月26日(日)*
すこたん企画 伊藤悟さんの「”性的マイノリティ”の教材化試論」を読んだ。確かに今の学校教育の中では、男性か女性に分類されない人たちのことを学ぶ機会は全くないし、それどころか、無意識のうちに我々は彼らを侮辱し続けている。彼が言うように、常に人権感覚を磨きマイノリティを身近に感じていなければ、誰でも簡単に権力に迎合し差別する側へと回ってしまうだろう。ぼんやり生きてたんじゃ全然ダメ、性的マイノリティに限らないけど人権の意識化・教材化は我々の使命なんだと改めて思った。

* 2003年1月25日(土)*
レンタルで「ラストUボート」を鑑賞した。命を捨てることが正義だとする日本人中佐と、部下の命を最優先するドイツ人艦長が好対照で、日本人中佐の融通の利かなさだとか律儀さが、とっても哀れだった。

* 2003年1月24日(金)*
通勤中、スリップした。ハンドルをどっちに切っても収まらず、タイヤと氷の擦れる音が異様に響いて生きた心地がしなかった。前方の交差点に数台の車が止まっており、「あれにぶつからなくっちゃ止まらないってこと〜?」と恐怖を覚えた。先頭の車のドライバーの顔がどんどん近づいてきて、私に向けてる視線がはっきり分かった。「あ〜〜ごめんなさい〜〜っ!」と思ったところで車が停止。心臓がバクバクと音を立てて鳴っていた。もう二度とこんな体験はしたくない。
夕方は新しい先生のもとに、お華のお稽古に行った。いろんな年代の人が来ていてとても刺激になった。夜はT市で新年会。いろんなカクテルを味見した。お料理も珍味で、楽しめた。

* 2003年1月23日(木)*
英会話教室に行った。悲しかったのは、アイコンタクトで話すように言われても、どうしてもテキストに目が行ってしまうこと。ほっとしたのは、ネイティブでもスペルを間違うことが分かったこと。そんなの当たり前なんだけど、今まで余裕がなくてちっとも気付かなかった。

* 2003年1月22日(水)*
インフルエンザが猛威をふるっている。次男の中学校では、今度は登校時刻を一時間繰り下げるそうだ。

* 2003年1月21日(火)*
辛島貴子さんの「私たちのインド」を読んだ。2年8ヶ月のインド滞在中に知ったこと・感じたことを、驚きと共に綴ったドキュメンタリーで、その内容は私にとっても驚愕の連続だった。インドの日常は、あまりに私達の日常とかけ離れている。だけど、貴重な(特殊な)体験ができた著者が羨ましくもあった。

* 2003年1月20日(月)*
次男の中学校はインフルエンザの影響で部活が全面休止になったらしい。お年玉付き年賀はがきは今年も4等だけだった・・・。

* 2003年1月19日(日)*
のどかな湯野温泉郷の芳山園でお風呂に入った。塩素臭くなく、硫黄のにおいのするとってもいいお湯で、生き返った。

* 2003年1月18日(土)*
非暴力的危機介入(CPI)の研修会に行った。今日は主に「防衛的レベル〜暴力行為が起こったときの対処法」や、「事後のセラピー的介入法」について研修した。不測の事態に陥った時教師が取るべき行動のポイントが何だか少しずつ見えてきた。役立てることができるかもしれないなって、少し自信がついてきた。

* 2003年1月17日(金)*
あっという間の一週間だった。

* 2003年1月16日(木)*
参観日だった。性教育の授業をした。性教育の授業は、性に関する知識を与えるだけでなく、生き方を考え自己決定能力を育む授業でなければ意味がないと思う。そこのところがうまくいったかどうか、不安だ。授業の様子はこちらです。読んでね〜(^^)  夜は英会話に行った。先週の挫折が嘘みたいだ。絶好調!

* 2003年1月12日(月)*
今日も戦争物。メル・ギブソン主演の「ワンス・アンド・フォーエバー」を鑑賞した。戦闘シーンが大部分を占めていて、残酷なシーンの繰り返しだった。他国に攻め入り殺戮することを、決して美化なんかしてはならないと思った。戦場で、激戦の末生き残った兵士たちにインタビューするレポーターやカメラマンの姿も、ものすごく醜いものだった。どんな大義名分を掲げようとも、殺戮は殺戮。見たこともない人間同士が憎み合い殺し合うなんて、愚か過ぎて寒気がした。今後、北ヴェトナムの立場で描かれた映画がもしあったら、是非観てみたいと思う。

* 2003年1月11日(日)*
リサイクルブティックにバッグ9つとブーツ3足・コート2着にジャケット2着・セーターにパンツetc・・・たくさんかき集めて持って行った。売れればその7割を受け取ることができるらしい。値段も遠慮しながら自分で付けた。どうか売れますように。夜は、この頃気になる潜水艦物「U-571」を鑑賞。2回目だったんだけど、随分内容を忘れていたので新鮮な気持ちで楽しめた。

* 2003年1月10日(土)*
S市に英語を習いに行った。今日のthemeはThe Dreamで、デジャヴはほんとにあるのかとか、どんな夢をよく見るかとか、楽しいdiscussionだった。木曜日に行ってる英会話教室と違って日本人ばかりせいか通じない悲しみも自己嫌悪も感じることなく、リラックスモードだった。次回はどんなテーマで話し合いたいか聞かれたので、同性愛をテーマにしてもらった。なんだか燃えてきたぞー! 夜はレンタルでモーガン・フリ−マン主演の「スパイダー/コレクター2」を鑑賞。単調な筋書きではあったが、子役も含め俳優が演技派揃いで楽しめた。

* 2003年1月9日(金)*
書き初め大会だった。みんないい作品を残そうと真剣だった。昼休みには今日も氷遊びをしようと楽しみにしていたみたいだったが、プールの氷が完全に溶けてしまっていて残念そうだった。

* 2003年1月8日(木)*
プールの水がすっかり凍っていた!子供たちは大喜びで、冷たい氷を割ったり投げたり大騒ぎ。子供ってほんとにみずみずしい。夜は久し振りに英会話教室へ。今日は初めてのallディスカッションで、カナダ人のKenは情け容赦なく早口で機関銃の如く英語を私に浴びせかける!不可解な単語が出てくるとそこに耳がこだわってしまい次の言葉を聞き落としてしまう自分の力不足がとってもとっても情けなかった。語彙は貧弱だし、レスポンスが鈍くて、はっきり言って落第生。悲しいよぅ〜〜〜〜!!(┯_┯) 来週までに立ち直れるだろうか・・・自信ナシ。

* 2003年1月8日(水)*
始業式だった。体育館は底冷えしていて、冷凍庫の中のようだった!背が伸びてた子がたくさんいた。放課後、歯医者に行った。時々冷たい物が凍みるので、知覚過敏に違いないと勝手に思い込んでいたのだが、なんと虫歯だった。麻酔を打たれて唇がビリンビリンになった。(悲)

* 2003年1月7日(火)*
長男も次男も冬休みの宿題が終わってないので焦っている模様。いよいよ明日から新学期。

* 2003年1月6日(月)*
明け方、3本立てで学校の夢を見た!仕事再開が相当プレッシャーらしい・・。学校に行くと雪が積もっていて、気温も氷点下3度!3学期の寒さがとても不安だ・・・。夜、長男の誕生会をした。ケーキは嫌だの何だのと言っていたが、バースデーソングを歌うととても嬉しそうだった。

* 2003年1月5日(日)*
MOVIX周南にて「Kー19」を鑑賞。アメリカ人がロシア人を演じることに最初はかなりの違和感を感じたが、話にぐんぐん引き込まれ、そんな気持ちもすぐに消えた。ハリソン・フォードも憎まれ役だった(かなり憎たらしかった!)けどそれなりの名演。音楽も心に染み込む深い味わいで、世界平和のはかなさだとか、壊滅と紙一重の人類のはかなさ、ちっぽけな人間の働きの偉大さ等が、リアルに表れた作品だった。遠い昔なんかじゃない実話であることが観客には大きなインパクトだと思うけど、この作品を旧ソ連の人たちはいったいどんな気持ちで観るのだろう?アメリカの愛国者たちはどんな気持ちになるんだろう??(「だから世界はアメリカに任せとけ」とでも思うのだろうか?) ここが日本だから、何の物議も醸さず2番スクリーンなわけ?(ローカルネタで恐縮ですが、MOVIXでは2番は中スクリーンなのです)・・等々思いながら、どっちにしても、これが私の冬休み一押し作品となった。久し振りに泣けた映画。オススメですっ!

* 2003年1月4日(土)*
「アリ」を鑑賞。所々に実写が出てきて、事実に即した内容なんだと窺わせる展開だった。人種差別と向き合う場面も所々に描かれており、ちょっと前まで人種差別は日常の出来事だったのだと思い知らされた。また、アリたちが、「アンクル・トム」に親愛の情すら持っていなかったことも初めて分かり、自分の無知がよく分かった。

* 2003年1月3日(金)*
レンタルでシルベスタ・スタローンの「ドリヴン」を鑑賞。主人公の、仕事や人間関係から逃げ出したい気持ちや、ベストを求める気持ちには共感できたんだけど、私に純粋さがないためか、現実味のない展開が目についた。評価C。その後、「ロック・ネス」を鑑賞。ネス湖の怪物の話なんだけど、ストーリーもCGも中途半端で評価D。

* 2003年1月2日(木)*
今日もまた福袋。開店と同時に毎年買ってるK市美粧堂の福袋を買った。CHANELのアイライナーもGUCCIの香水もChristianDiorの口紅も、いっぱいいっぱい入っていて大満足だった!

* 2003年1月1日(水)*
今日も福袋を買った。毎年毎年買い過ぎてしまう私・・・。午後は母方祖父のもとへ。95歳だが目も耳も丈夫で矍鑠としており感心した。その後、父の実家で宴会。親戚の子供たちも年々大きくなるので、なかなかの出費。夜はY温泉へ。塩素臭がきつくてきつくて、味わいが今ひとつだった。1年ぶりに実家に一晩だけ泊まった。

* 2002年12月31日(火)*
福袋を買った。お正月と違ってお店には人も少なく、ゆっくり選べたので満足した。夜は親戚一同で初詣に行くはずだったが、私だけ爆睡してしまい行けなかった。なんでこんなに眠るんだか・・・。

* 2002年12月30日(月)*
夫の実家に行った。夜は湯田温泉の「温泉の森」でのんびりした。湯田温泉には久し振りに入ったが、相変わらずまったりとしたいいお湯だった。電気のお風呂では、ビリビリして腕が浸けられず、各指の関節がひきつる感じだった!

* 2002年12月28日(土)・29日(日)*
28日夜9時前、大阪(USJ)に向け走り始めた。岡山SAで爆睡し、目覚めたのが翌7時。寝過ぎちゃったよぉ〜と後悔したが、USJへの道はガラガラで、駐車場にもすんなり入れ、ちょっと意外だった。それから勇んで入園。アトラクションはどこもストーリー性があり、火薬もふんだんに使ってあって、映画の世界が楽しめた。特に「ウォーターワールド」(水上バイクやボートを使ったスタントショー)は、今夏、シドニーのシーワールドで見たスタントショー(世界最高の水上スタントショーというふれこみだった)より、上を行ってるんじゃないかと思った。ナビゲーターのお姉さんたちもみんなとっても生き生きしていて、「ターミネーター2」の「あやのこうじれいか」さんなんて、真似したくてもできないだろうけど、あのパワフルなキャラ、私もあやかりたいっと思った!絶叫マシンもなく、落ち着いたたたずまいのテーマパークだった。帰りは仮眠も爆睡もせず、さっさと帰った。足が膨張して靴が入らなくなるほど歩いたが、いっぱい食べたのできっと体重増えてるな。当分体重計には乗らないことにしよう・・・。

* 2002年12月27日(金)*
カラオケで歌いまくった。絶好調だった!夜、寒空の下、路上で寝ている酔っぱらいを発見。もうちょっとで轢きそうだった!泥酔していて、声を掛けても無反応。警察に電話すると間もなくパトカーが二台来て連れて行った。あそこまで酔うなんて悲惨という他ない。

* 2002年12月25日(水)*
テアトル徳山で「ピーターパン2」を鑑賞。いつまでも子供のピーターパンに、「変わったね。」って言われた大人のウェンディ。私だったら自分の老化が悲しくなる所だけど、まっすぐピーターパンを見つめて「何も変わっちゃいないわ。」って答えたウェンディが、何だかとってもかっこよかった。私も今日でまたひとつ年を取ったんだけど、自分の変化に誇りを持って生きていたいものだと思った。(なかなかそんなわけにはいかないんだけど・・・。(^^ゞ  

* 2002年12月24日(火)*
終業式だった。午後は教職員の不祥事に関わる研修。不祥事の度に研修を繰り返し、それでもまた不祥事が起こる。いくら研修を繰り返しても取り戻せない重大な人格的欠陥がそれを許す環境に支えられて存在することに、そろそろ気付かなくっちゃならないと思う。勿論私もその環境を形成してしまった一員。それを真摯に受け止め反省してる。放課後は初めてのまつ毛パーマに行った。ずっと目を閉じていたので何が施されたのか分からないんだけど、とってもとってもクリンクリンになった!

* 2002年12月22日(日)*
広島性教協の例会にお邪魔した。去年活動を開始し着実な成果を収めている「シェルターin広島ネット」の世話人、高雄きくえさんのお話を聴き、自尊心を育てる教育の重要性を再確認した。ドメスティック・バイオレンスは自尊心のないカップルによってのみ引き起こされる共依存の人間関係だ。シェルターはその名の通り一時的な避難所に過ぎないわけだし、変えるべきは人間の意識でしかない。それは子供の教育に携わる我々が、何を置いても達成しなければならない最初で最大のテーマなんだと思った。

* 2002年12月21日(土)*
髪の色をちょっと変えた。午後は英会話教室へ。巧い言い回しが見つからなくて悲しい気分・・・。

* 2002年12月20日(金)*
保護者会第3日目。伝えねばならないことは全て伝え、これでやっと責任を果たした。夜は職場の忘年会。フク三昧で大満足。ヒレ酒も美味だった。

* 2002年12月19日(木)*
2学期も、残すところあと2日!長い長い2学期だった・・・。夜は英会話教室へ。先輩方があまりにお上手なので、I feel helplessなんだけど、来年も頑張って通おうと思った。

* 2002年12月18日(水)*
保護者会第1日目。2学期の様子や成長について、3分の1の保護者と話した。保護者会が3日もあると、時間に追われることもなく、余裕を持って話せるのでありがたい。放課後は、幹事の3人であさっての忘年会の景品を買いに行った。バカバカしいのからゴージャスなのまで、たくさん買い物をして楽しかった。

* 2002年12月17日(火)*
湯澤直美さんの「暴力と男性支配〜判例にみる家族の権力構造〜」を読んだ。女性への暴力がジェンダーの固定観念により生み出されてきたことや、DVの社会的認知はまだ高くなんてないことが、判例や各種統計資料によく表れていた。家庭が女性の自立をどれだけ阻む装置であったかということにも、我々はもっと気付くべきだと思った。女性への暴力に反対する証のホワイトリボンについては、今までちっとも知らなかった。ホワイトリボンを胸に付けてる男性がいたら、是非(×2)お目にかかってみたい。いったいどんな人が付けているんだろう?

* 2002年12月16日(月)*
学年通信や「新年の誓い」の用紙を印刷。これで冬休みの準備が整った。夜は精神科医 阿部輝夫さん(1944年生まれ♂)の「セックスレス・カウンセリング」を読んだ。1997年刊の第2刷の本なんだけど、現代の書物とは思えない前近代的な表現が随所にあり、ちょっと幻滅。男とはこうあるべき・女とはこうでなければならないといった、これまでの社会を代表する価値観が著者の心中に最初からあって、そこからセラピーを始めているに過ぎないと感じた。精神科医のカウンセリングって、もっと一人一人の人間の悩みに寄り添ったものであるべきなんじゃないだろうか??(よかったら、2002年6月5日のyoshikoの日記を参照してね・・・この本読まなきゃよかった・・・。)

* 2002年12月15日(日)*
MOVIX周南で「マイノリティ・リポート」を鑑賞した。CGがとってもかっこよくて、さっすがスピルバーグと思ったが、描かれていたのは、マイノリティレポートが抹殺されたりこれから起こることが罰せられたりといった徹底的な管理社会で、近未来が楽しみなようで怖くもあった。

* 2002年12月14日(土)*
英会話教室の忘年会に行った。お料理もおいしくて、最高に楽しかった。先輩達に親近感が湧いた。

* 2002年12月13日(金)*
職場の忘年会用のクリスマスカードを作った。年賀状もプリントアウトした。

* 2002年12月12日(木)*
子供たちと地元のケーブルテレビを見学した。とっても家族的な経営で、今まで見てきた中で一番ほのぼのとするテレビ局だった。夜は英会話教室へ。今日で3回目だが、新しいクラスにもちょっとだけ慣れてきた。通知表もつけ終わったので、あさってのクラスの飲み会に参加することにした。楽しみ楽しみ(^o^)。

* 2002年12月11日(水)*
教え子達の成人式会場に掲示するメッセージを作成した。

* 2002年12月10日(火)*
劇団めぐみ座の「ベニスの商人」を鑑賞した。やっぱりシェイクスピアって清々しい。

* 2002年12月9日(月)*
小雪が舞い始めた。

* 2002年12月7日(土)・8日(日)*
家にこもり、通知表をつけた。

* 2002年12月6日(金)*
筋ジスのため29歳で亡くなった福嶋あき江さん著「二十歳 もっと生きたい」の第一部を読んだ。病気のためにわずか9歳で親元を離れねばならなかった彼女が、人間としての尊厳を守るために、幼いながらにどれだけの葛藤を味わって生きてきたかを知り、胸が詰まった。こうやって自分が生きた証をしたため、世に問う姿に頭が下がる。

* 2002年12月5日(木)*
餅つきをした。老人クラブにPTA、たくさんの人々の協力で無事に終わった。お餅は全校の子供たちと教職員、お手伝いして下さったみなさんに配った。今、ものすご〜っく腰が痛い・・・(@_@;)

* 2002年12月4日(水)*
子供たちとモチ米を4俵研いだ。明日、餅つきをする。

* 2002年12月2日(月)*
生まれて初めて天体望遠鏡で土星を観測した!短い時間で土星がどんどん移動するので追っかけては見、見ては追っかけ・・・。夜空って何て素敵なんだろう!\(^^)/

* 2002年12月1日(日)*
T市美術博物館で「ミレー、コローとバルビゾン派から印象派まで〜村内美術館コレクション」を鑑賞した。宗教画全盛の時代にあって、ロマンと写実に徹した風景画は、どれだけ革新的だったことだろう。生へのエナジーを感じる作品群だった。その後、地域交流センターのフリーマーケットへ。ベンチコート200円、ダッフルコート500円。これだからフリーマーケットは大好きだ。いっぱい買い物して、ものすごーく楽しかった。(^o^)

* 2002年11月30日(土)*
朝、次男の突き指を診てもらいにN整形外科へ。泡やレーザーで治療し、薬をもらった。午後は長男の三者面談。これまで秘めていたほんとの志望校を、初めて本人の口から先生に明かした。ついにやる気になったのかしら?? その後、長男とK皮膚科へ。つい先月、背中に上皮包腫ができ切除したばかりだったので随分心配したが、今度のはただのニキビだったみたいで、安心した。

* 2002年11月29日(金)*
校内マラソン大会だった。みんなすごい頑張りで、感動的だった!ほとんどの子供が自己最高を更新した。

* 2002年11月28日(木)*
新しいクラスの英会話に行った。あまりにみなさんお上手なので、ビックリ(^_^;)!来週も頑張るぞ〜〜〜!

* 2002年11月27日(水)*
文化祭の時使った段ボールと、総合で収穫したもみ殻とわらで、焼き芋をした。短い時間だったが芯までホクホク。子供たちも大喜びだった。明日彼らの日記を読むのが楽しみだ。午後は次男の中学校の授業を10分足らずだが参観し、ダッシュで出張先のT市立S小学校へ。算数の授業を見た後、研究協議&受指導。算数も結構奥が深いと思えるようになってきた。始まったばかりの少人数指導を、しっかり軌道に乗せなければならない責任を感じる。今日は、参観日にも研究会にも両方行けて、とってもラッキーだった(^o^)。

* 2002年11月26日(火)*
市小研視聴覚部会だった。会場校だったので朝から気ぜわしく、大したことはしていないのにぐったり疲れた・・・。放課後はお華に行って、これまたぐったり。センスと理解力が欲しい!

* 2002年11月25日(月)*
教育研修所情報教育部 粟屋智志さんの講義「ウェブページ作成における基礎知識」を聴いた。主に情報モラルや著作権等に関する問題の話だった。特に著作権については例外規定が大変多く、グレーゾーンたっぷりで、何回聴いても分かりにくい・・・。(^^ゞ

* 2002年11月24日(日)*
ここのところ、懸賞が絶好調。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるようだ。

* 2002年11月23日(土)*
落ち葉をかき集めて、たき火をした。

* 2002年11月22日(金)*
参観日だった。授業の様子はwork(〜道徳「少数派でも大丈夫!」〜)を見てね(^^)。

* 2002年11月20日(水)*
ぐったり疲れた文化祭。我がクラスの出し物は「注文の多い5年○組」、入場したお客さんに、いろんなゲームをさせたり、お化け屋敷で怖がらせたりするというもの。何度も学級会を開いて話し合ったし、準備にも随分時間をかけただけに、同じ人が何度も来たり、「面白い」と言ってくれたりしたのを、みんなとても喜んでいた。今、地面に吸い込まれそうな脱力感を感じる・・・。

* 2002年11月19日(火)*
高城響さんの「『やおい』にむらがる少女たち」を読んだ。高城さんによると、女という自己の性への嫌悪によって、少女たちは美少年愛に向かうのだという。そして彼女らは、ジェンダーを乗り越えようとしているように見えて、実は極めてまともにジェンダーに縛られているのだという・・・。う〜む・・・。σ(^^)

* 2002年11月18日(月)*
夜、内藤和子さんの講演「7ヵ国語で話そう」を聴きに行った。「文字は音の近似値」という言葉には、特に元気づけられた。最初に音があって、音でコミュニケーションしていたものを文字にする時、どの音にも近い中間の音が選ばれた、というような話だった。発音に間違いなんてないし、聞こうとする気持ちがあれば必ず話せる等々、最後まで興味深く聴くことができた。

* 2002年11月17日(日)*
きれいな紅葉を見ながら「むいかいち温泉 ゆ・ら・ら」(島根県)に行き、大きな露天風呂でのんびりした。その後、目も眩むばかりの高さ(94メートルあり、西日本一らしい)のアーチ橋、深谷大橋(国定公園:ここに橋を渡そうと最初に思った人ってスゴイと思う)を通って寂地峡へ。遊歩道を散策するくらいのつもりで行ったのだが、あれはまさしく登山!絶景だが、人一人通れる幅のものすごく急な坂道や階段をひたすら登る。(明日は絶対筋肉痛!) 帰り道も分かり難く、人影もなく、ここで暗くなったらどうしよう・・・と寂しくなった。(それで寂地峡っていう名前なのかしら??) 駐車場を出てからも、これまた不安。人はいないし、案内板はないし、ケータイも繋がらないし、カーナビまで急に黙り込む(山奥だと無口になるみたいだ)し、何だかとっても心細い一日だった。

* 2002年11月16日(土)*
新南陽まで英語を習いに行った。言語の習得も大事だけど、何を置いても人間磨きが一番なんだなぁと、いつもしみじみ思う。夜は「おおかわ」でフグを食べた。前食べた時より骨っぽかったが、雑炊も味が染み込んでいたし、お刺身もコリッとしていておいしかった。また行きたいな〜。カラオケでは、喉の老化を感じたが、古い歌もいっぱい歌えて楽しかった。やっぱカラオケは同年代の人と行くに限る!

* 2002年11月15日(金)*
とっても名残惜しかったが、金曜日のクラス(英会話)は今日で最後だった。

* 2002年11月14日(木)*
業間時間も昼休みもその他の休み時間も、ずーっとPCに釘付け。2階にあるサーバー機と1階の感染機との間を行ったり来たりした。どうやらKlezの亜種らしいことが分かったので、トレンドマイクロのHPからKlez駆除ツールをDLし実行すると、あっさり解決。こんなに簡単なことだったのに、なんで3日間もジタバタしたんだろう・・・。(某電機店にTELして新しいウィルスバスターの見積もりまで取ってしまった私!)午後の授業では、昨日に引き続き、学校の周りのスーパーやJAに、余っている段ボールをもらいに子供たちと出掛けた。来週の文化祭で大仕掛けを作る予定。なんだか燃えてきたぞ〜(^o^)。

* 2002年11月13日(水)*
避難訓練だった。消防車の放水訓練も見せてもらい、何だか得した気分。でも、そんな明るい気分も職員室に帰ればどこへやら・・・。今日も朝からウィルス騒動・・・。もうぐったり。いったいどんな人がウィルスを作ってるんだろう?この頃ウィルス関連のジョークソフトもいっぱいあるけど、あれも許せんなぁ・・・。ブツブツ・・。

* 2002年11月12日(火)*
市教委の学校訪問で家庭科の授業をした。(workの「家庭科」を見てね♪) 朝から職員室のPCのウィルス騒動ですったもんだしていたので、私の気分も落ち着かなかったが、無事に終わり、ほっとした。

* 2002年11月11日(月)*
段林和江さんの「つぶせ!強姦神話」を読んだ。これまで数多くの裁判によって、被害女性たちがいかに多くの血と涙を流したかがよーく分かり、が〜んと来た。これまでの裁判は被害者の人権と性的自由を守るためではなく、男性優位社会の秩序(女の貞操)を守るために行われてきている。性のダブルスタンダードを、公平であるべき司法の場にまで持ち込み、人権と性的自由が踏みにじられた強姦被害者を、裁判で更におとしめるという、この理不尽さ!被害者の抵抗がいかほどであったかで、相手への蔑視から生まれる性暴力への制裁が免除されるなんて、考えただけで身震いがする!

* 2002年11月10日(日)*
国際理解推進リーダー養成講座で、青年海外協力協会(JOCA)九州支部長の丸田隆弘さんの話を聴いた。丸田さんによると、真の国際人とは自国を誇れる人なのだという。そういえば、この前会ったオーストラリア人のリオンさんも、ネパール人のシュレスタさんも、ものすごく自国への愛着を語っていたな〜。私的には、これまで愛国心って言葉には妙な拒絶反応があったのだが、国を愛すってほんとはとっても素敵なことなのよね〜と、今更ながらちょっと嬉しい気分になった。

* 2002年11月9日(土)*
非暴力的危機介入法のワークショップに行った。大人への反感を強めている子供たちにどんな対応をしていくか、ビデオを観たりロールプレイをしたりしてトレーニング。演じるうちに、権威に反発する子供の気持ちにすっかり同化していく自分が分かった。気持ちは子供なのに、なんで私は教師なんかしてるんだろう??午後は、リフォーム展示会へ。素敵なキッチンをいろいろ見て、ますますリフォームしたくなった。

* 2002年11月8日(金)*
英会話教室に行った。年配の方が目を輝かせ意欲的に学ぶ姿にいつも感心する。(*^_^*)

* 2002年11月7日(木)*
ビヤネール多美子さんの「増え続ける女性への性的暴力の背景と対策」を読んだ。なぜ男達は暴力という最悪の手段を使ってまで女性への支配を強めようとするのか、また、女であるというだけで、なぜに我々は命を脅かされるほどに見下されなければならないのか、愚か過ぎて怒りと虚しさでいっぱいになった!厳しい法律で規制しても人々の人権意識の進化が追いつかないというスウェーデンの現状報告ももどかしい。我々教師は新しい差別者を絶対に生み出してはならないと思った。

* 2002年11月6日(水)*
アイルランド人のジョセフさんが学校を訪れた。9頭身くらいのスレンダーな長身と、私の顔の3分の2くらいのちい〜〜ちゃい顔の持ち主で、同じ地球に住んでいるとは思えない、あまりの美しさに圧倒された!

* 2002年11月5日(火)*
ビヤネール多美子さんの「児童ポルノとペドファイルをめぐって」を読んだ。タイでは児童売買春で逮捕されるのはペドファイル(小児性愛者)たちではなく、子供たちの方だという。搾取される子供を取り締まっても犯罪が消えるわけもないのに!人の一生を台無しにした者を不問にするとは、策略と言わずして何と言うのだろう??3月31日は、「性的虐待に遭った世界の子どもたちの日」なのだそうだ。数百万とも言われる被害に遭った子供たちには、一日も早く幸せになってほしい。もうこれ以上、加害者は(もちろん被害者も)一人だって生まれてほしくない。

* 2002年11月4日(月)*
健康パークでのんびりお湯に浸かり、足底療法と韓国式あかすりマッサージをした。足底療法は痛いの何のって。この辺りで最も痛いマッサージ屋さんと言ってよいと思う。あかすりでは、人並み以上に垢が出たみたいで、「イッパイデルネー」と言われてちょっと恥ずかしかった。(日本語があまり上手でない人だったので、もしかしたら誰にでも言ってるのかもしれない・・・が、それは都合のいい解釈かもしれない・・・(^^ゞ)私が、知ってる限りの韓国語を話すと、とっても喜んで誉めてくれた。数年前韓国に行った時には、ほとんど私の韓国語は通じなかったんだけど、あの時もっと鼻にかけた発音で言ってたら、もしかしたら通じたかもしれないなと、お姉さんの発音を聞いて思った。(これも都合のよい解釈かも・・・) それにしても、全裸で足を広げるなんてお産以来の体験で、何とも微妙な気分・・・。完璧見られたのよね〜、恥ずかしー。だけど全身とってもツルピカになって、と〜〜〜っても嬉しかった。

* 2002年11月3日(日)*
文化祭のバザーに行った。バザーとなると、どうしても燃えてしまう私。

* 2002年11月2日(土)*
次男の中学校の文化祭に行った。オープニングで次男が挨拶したのを見損ねて、とっても残念だった。クラス別の合唱コンクールでは、各クラスの底力or雰囲気が見えて面白かった。ふと、自分が中学生の時の文化祭で、クラスのみんなと歌った時のことを思い出した。時は一瞬のうちに過ぎゆくのに、思い出はずっとずっと心にとどまるのがなんだか不思議だ。もしかしたら次男にも永遠に心に残る思い出ができたかもしれない。

* 2002年11月1日(金)*
夜、英会話教室に行った。眠くて眠くて倒れそうだった!( -.-)

* 2002年10月30日(水)*
ものの1時間で、炊飯・試食に片づけ完了。半年かけて育てたのに、あっという間だった。原始時代、お米の栽培により定住生活が可能となった話をもう一度子供たちにした。子供たちは、自分たちの田んぼが狭すぎた、ものすごく広くしないと十分な量は穫れないと口々に言った。お米は1年に一回しか穫れず全て手作業であったことや原始時代でも冷害があったこと、ゼロからの開墾であったこと、獣に荒らされることもあったこと、人間同士の争いもあったこと等々、大昔の様子や苦労を想像し合い、無事に実ったありがたさをかみしめた。

* 2002年10月29日(火)*
4時間かけて、脱穀・もみすりをした。(「work」の「総合的な学習」を参照して下さいね。)

* 2002年10月28日(月)*
市コン研実技講習で講師をした。無事に終わって、やっと肩の荷が下りた。

* 2002年10月27日(日)*
柳井のお菓子祭りに行った。試食もいっぱい、お買い得もいっぱいだった。帰りには、白壁の町の重要文化財国森家を見学。300年前の商家の知恵がいたるところに見受けられ、歴史を伝える意義深さを感じた。

* 2002年10月26日(土)*
出勤日だった。午前中は、地域の方に、竹とんぼやヨーヨー・こま・ストーンペイント・わら細工etcを習い、午後はPTAバザーでフランクフルトを焼いたり売ったりした。初めての売り子経験で面白かった。ただ、若いお父さんに、敬語抜きで話しかけられた時には卒倒しそうになった!確かに教師もただのおばさんではあるが・・・・^_^;)

* 2002年10月25日(金)*
ネパール人のシュレスクさんから手紙が届いた。日本の発展を見て人間にできないことはないと感じたとの事。日頃、世界に目を向けることなどあまりなく、自分たちの生活の豊かさを認識することもない子供たちなのだが、手紙を読んで話し合うことによって、無駄の多い自分たちの生活を少しだけ反省することができた。午後は市教研理科部会の秋季研修会で、3年生の授業を参観・協議した。それにしても、なんで理科部会には男性会員がこんなに多いのか?音楽部会は女性だらけだったみたいだし、校務分掌の性の偏り、なんとかならないのか?こうしたことも、学校の中に無意識に存在する「隠れたカリキュラム」に大いに加担しているはず。夜は英会話教室へ。クラスを変わる決意がいよいよ固まった!

* 2002年10月24日(木)*
5年2組(隣のクラス)の研究授業だった。先月刈り取った稲を、割り箸やすり鉢等を使って手作業で脱穀・もみすり。春から半年がかりで育ててきた稲が玄米に姿を変えた。お米の量はわずかだったが、大変な時間がかかった。これを売っても数百円分にしかならないと言う。なんて理不尽なのか・・・。うちのクラスの子供たちは、今日は最後の取材活動へ。F精米店に行った子供たちは、籾殻を一俵もらってきて大喜び。また、今月初めにO自然の家で打ったそば粉がこの店で精製されていることを知って驚いていた。農協へ行った子供たちは、もみすりをする機械や道具に思う存分触らせてもらい、これまた大喜び。P精米所を訪れた子供たちは、中国での脱穀・もみすりを教えてもらってきた。地域の人々に大切にされ、伸び伸びと活動できて、何よりだった。

* 2002年10月23日(水)*
校内研修で4年生の総合を参観した。明日はいよいよ5年生の番だ。

* 2002年10月22日(火)*
ネパール人のシュレスクさんが、クラスを訪れて下さった。国王に会う時と同じ最上級の正装で、凛とした出で立ちだった。自分の国や職業に大変な誇りを持っていて、日本人にはあまりない厳しさとナショナリズムを感じた。

* 2002年10月21日(月)*
大学の時の同級生から電話があった。学部も違ったし、あまり親しくもなかったのに私のことを覚えていてくれて、とっても嬉しかった♪~♪ d(⌒o⌒)b ♪~♪。

* 2002年10月20日(日)*
T市コンピュータ教育研究会実技講習のプレゼン&テキスト資料を作った。私にしては、まあまあの出来で、満足満足(*^_^*)

* 2002年10月19日(土)*
朝、山口県小学校教育研究会算数部の学習会に行った。文系の人間で算数にあまり関わりのない生活を送っていた私だったが、T・T(ティームティーチング)のあり方とか、少人数指導の取り入れ方等についてじっくり考えるよい機会になった。小数や分数の概念形成の指導についても、いろんな人の話が聴けて、とても面白かった。午後は、S市のN先生(初対面)のもとへ英会話のレッスンに。習う人の人数が少ないので、金曜日に行っている英会話教室よりたくさん話すことができ、充実感が味わえた。夕方は美容院でうたた寝。なんだか目まぐるしく過ぎた1日だった。(^^)

* 2002年10月18日(金)*
10年前に一緒に働いていた人たちと飲んだ。10年も経ったというのに、不思議なくらいみんな歳を取っていなかった。十年の歳月が一気に消えて、あの頃のままの気持ちで語り合った。素敵な夜だった。

* 2002年10月16日(水)*
次男の誕生会をした。最後のお産から、今日で14年が経過した。子供たちが幼い頃は、毎日ふらふらだったけど、子育てできてほんとに幸せだったと思う。今では、サークル活動をしたり習い事をしたりする時間の余裕も生まれてきた。自分の体験が授業や教育相談等にも生かせていると感じる。子供たちに心から感謝している。成長してくれてほんとにありがとう。

* 2002年10月13日(日)*
暴飲暴食をした・・・。反省

* 2002年10月12日(土)*
朝、長男の抜糸に行った。身体の表面から出ている部分だけを切り取って終了。あまりに簡単でびっくりした。残った糸は体内に残しておいても大丈夫らしい・・・。午後は鹿野町の石船温泉へ。小さい湯殿だが、掛け流しの新鮮なお湯で消毒臭もなく、身体の芯から暖まった。=^-^=♪お風呂上がりに食べた”わさび羊羹”は、甘過ぎもせず、白羊羹の風味でほんのりわさびの香り。おいしかった。おススメです(^^) その後、岩崎惣左右衛門さんが掘ったことで有名な潮音洞へ。周囲はきれいに整備され、冷たい清水がせせらぎ、心落ち着く空間だった。

* 2002年10月11日(金)*
学校近くの農協と、歩いて10分くらいの精米所を見学した。流通のしくみも分かったし、地元の産業を守るためにたくさんの人が苦労しておられることもよく分かり、なかなかの収穫だった。夜は英会話教室へ。12月からひとつ上のクラスに行こうかどうしようか悩んでいる。挫折したら意味がないけど、今より負荷が大きい方が成長できる気がする・・・。寝る前、石原里紗著「さよなら専業主婦」の第3章を読む。専業主婦になることが女にとって最高の幸せだと思い込んでいる人への非難と警告の論だったが、言葉があまりに過激で、現実にたくさんの敵ができてしまったのもうなずける。石原里紗を非難するHPもいまだ数多い。なぜ多くの女たちがそうならざるを得ないのかという、社会に巣くう不均衡さの問題を敢えて追究せず、女性”自ら”が専業主婦を望む不可解さを女性個人の問題としてのみ扱った点で、他のフェミニストとは全然違う、単純で気楽で失敗型のアプローチだと思った。

* 2002年10月10日(木)*
胃腸科に行った。胃カメラを飲まされるんじゃないかとビクビクしたが、セーフだった。微熱が続いていて本調子ではないものの、順調に回復している模様。

* 2002年10月8日(火)*
病気になると、いろんな人が心配して声を掛けて下さる。それがとっても嬉しい。ヾ(^v^)k もうちょっと治らないでいたい気分だ。

* 2002年10月7日(月)*
学校で”劇団すぎのこ”の「救え!緑の星を」を鑑賞した。子供たちがごみ問題について考えるきっかけになる、問題提起型の人形劇だった。夜、石原里紗さんの「さよなら専業主婦」の序章・第1章・第2章を読んだ。「ふざけるな専業主婦」と「くたばれ!専業主婦」に続く専業主婦攻撃第3弾の本だが、軽いノリでさらさら読めるものの、専業主婦でいることが、まるで個人の不見識によるものであるかのような書きぶりには、ちょっと閉口。なぜこの日本には無職の成人女性が1800万人もいるのか、女性が社会に受け入れられない(=社会が女性を拒絶する)”からくり”に目を向けることなく個人攻撃しても埒は明かないんじゃないかと思った。専業主婦とそうでない女という二極に女を分断するやり方にも賛成できない。

* 2002年10月6日(日)*
前夜からの我慢できない胃の痛みで休日診療所に駆け込んだ。ストレスによる十二指腸潰瘍らしい・・・。ストレスを減らすように言われたが、どうやったら減らせると言うのだろう?カウンセリングでも受けたい気分だ(┯_┯) 

* 2002年10月5日(土)*
背中にコリコリしたおできができたため、長男を皮膚科に連れて行ったところ、すぐに切除することになった。麻酔をかけて患部にメスを入れ、切れ味抜群のはさみでシャキッシャキッとおでき(袋状になっていて中に脂肪のようなものがたまっていた!)を切り、釣り針みたいな針と糸で縫合。正味5分。初めから終わりまでしっかり見学し、ドクターのあまりの手際のよさと判断の速さに感心した。

* 2002年10月4日(金)*
5時に目が覚めた。子供たちは夜の間あんなに騒いだのに超元気。朝の集いや掃除・朝食等をさらりと済ませてウォークラリーへ。ウォークラリーと言ってもほとんど登山。途中、目隠しで木の間をロープ伝いに歩いたり、崖登りをしたりするコーナーもあり、相当体力を使ったはずだが、子供はみんな疲れ知らずで感心する。私はと言えば更にグロッキーに・・・。その後のうどん・そば打ち体験では、思わずうたた寝をしてしまった・・・(^^ゞ出来上がったうどんやそばは、とってもこりこりしていて歯ごたえがあった(よく言えばだが)。そして退所式。さすがにこの頃になると子供たちの顔にも疲労の色が。また3キロの山道をテクテク歩いてバス停に戻った。下り坂なのに、歩いても歩いてもバス停は見えず、ここで疲労は決定的に。バスでは爆睡した。前夜(3日)の宴会を早めに切り上げたにもかかわらず、いつになく疲れた宿泊学習だった。夜、英会話教室へ行ったが、眠くて眠くてほとんど頭に入らなかった・・・。

* 2002年10月3日(木)*
バスを降り、細くて急な登り坂を3キロ歩いてO自然の家に行った。途中の川で膝上まで水に浸かりながら大騒ぎで歩くなどしたせいか、たどり着くまでに相当グロッキーに・・・。入所式・オリエンテーションの後、焼き杉細工・草木染め・竹とんぼ作り等の活動を経て、野外炊事。カレーはどんな作り方をしてもそれなりにおいしく仕上がるのでありがたい。子供たちも「おいしい、おいしい。」と大喜びだった。そして夜はキャンプファイヤー。スタンツは、劇あり、コントあり、クイズあり、歌あり、物まねありの盛りだくさんで、とても楽しめた。分火の集いでは、各自のトーチに灯った光がつながって大きな光の輪になり、素敵だった。大自然の中にあるO自然の家では、お風呂も薪で時間をかけて焚く。3つの五右衛門風呂は、熱過ぎたりぬる過ぎたりいろいろだったが、苦労して焚いただけに、お湯に入れる喜びを感じることができた。夜はほとんど大騒ぎ。きっといつまでも心に残る、甘くて懐かしい思い出となったのではないかと思う。

* 2002年10月2日(水)*
朝、不審な人物が我が家の欄窓にぶら下がり、侵入しようとしているのを近所の○さんが目撃。夕方それを○さんから聞いたのですぐに警察に連絡し、来てもらった。欄窓にくっきりと手袋痕が残っており侵入未遂の形跡がありあり。ぞっとした。今後は必ず鍵をしっかり閉めてから外出しようと心に誓った。欄窓を開けたまま外出していて私の不注意だったのに、何も盗られてなくて、本当によかった。目撃して下さった○さんのお陰だ。親身になって現場検証し調書を取って下さった警察の方にも感謝している。とってもありがたかった。

* 2002年10月1日(火)*
就学時健診だった。あまりに幼くて痛々しくもあった。なぜ年長児たちは年々幼くなっていくんだろう?夜は、弁護士角田由紀子さんの「女性にとって性的自由・自立とは」を読んだ。性的自由と精神的自由との関係について、とても分かりやすく説明してあり、大いに納得した。法律婚をしていようといまいと、風俗店で働いていようといまいと、女性には皆、基本的な人権の一部としての性的自由(自分の性的行為を自分自身で選択する自由)があるはずだし、もうこれ以上男性の都合や希望により分断(素人と玄人、産む女と快楽の女・・・etc)されてはならないと思う。女性の視点が欠落した理不尽な裁判や法律への疑問を堂々と訴える角田さんに尊敬を覚える。

* 2002年9月30日(月)*
国語科の学習で郵便局に行った。身近な人や出来事を取材して番組にまとめ、TV放送するという表現単元。局員さんには仕事中にもかかわらず、とても親切にしていただきありがたかった。ちょっと気になるのは、教科書ではこうした表現単元が増える一方で、言語事項の習熟に当てる時間や文学作品等に読み浸る時間が減ってきていること・・・。ほんとにこれでいいんだろうか??気になる・・。

* 2002年9月29日(日)*
前任校の運動会に行った。たったの半年経っただけなのに、そこで働いていたのがものすごく昔のことのような気がした。子供たちも見違えるほど成長していて、とってもHappyな気分になった。♪♪♪♪

* 2002年9月28日(土)*
東京・強姦救援センター連続講座の第一回「ポルノは女への暴力だ」のテープ起こしを読んだ。社会の中に、女性への人権侵害を許容し助長するものが、こんなにもはびこっていることに怒りと悲しみを感じる。女性がその人格を無視されず安全に生きるためには、性差別を日々強化するポルノへの批判の目をちゃんと持たなければならない。何でも心理学者が言うには、ポルノを見た後、男は女に対して攻撃的になるそうな・・。そしてポルノ産業は、映画とCDを併せた売り上げを上回っているらしい・・・。女を支配することで男らしさを確信する男が大量生産されているとしたら、これほど恐ろしいことはない! 夜、新しい冷蔵庫が来た。「ドアが開いています。」とかいろいろ注意された。よくしゃべる冷蔵庫だ。飲み会に行くのも忘れて待ってた冷蔵庫、今度は長持ちしますように。(今夜は楽しみにしてた焼き肉の飲み会だったのに、電話かかるまで忘れてた私・・^_^;

* 2002年9月27日(金)*
この一ヶ月で壊れたモノ。テレビ・ボイラー・シャワートイレ、そして今日冷蔵庫・・・。なんで次々壊れるんだか・・・悲(;>_<;) 

* 2002年9月26日(木)*
朝、校庭に造ったミニ田んぼとバケツ稲の稲刈りをした。なんでこんなになったんだろうと不思議になるくらいたくさんの稲穂が実っていて、とても感動的だった。放課後は、2回目の打ち合わせにT市立O自然の家へ。自分の立てた計画の至らなさがよく見えてきて、ちょっと焦りを感じた。それにしてもO自然の家は遠い!

* 2002年9月25日(水)*
お楽しみ会をした。みんな芸達者でびっくりする。

* 2002年9月24日(火)*
永源山公園の裏山にハツカネズミのタクローを連れて行き、バイバイした(┯_┯)。10日前には1,5頭身だったが、今は3頭身くらいになっていて、相変わらずのすばしこさで走り去っていった・・・。

* 2002年9月23日(月)*
フランスの女性解放団体「ショワジール」著、中山真彦訳の「訴える女たち」を読んだ。侮蔑と暴力とによって奪われた人間の尊厳を取り戻すための裁判が、こんなにも敵意に満ちた視線と妨害の中で行われなければならなかったことに怒りを感じる。そして、裁判から20年以上も経った今でも、有史以来続いた男性中心の文化はさしたる変化も見せていないことに焦りと虚しさを感じる。団結なくして未来を向いて生きていくことなどできないのだと思った。

* 2002年9月22日(日)*
運動会だった。後半雨がぱらついて閉会式はテントの中で行ったのだが、PTA種目以外のプログラムを全て終えることができたのでよかった。高学年のダンスも今まで練習した中で一番いい出来で、これまで何度も失敗した3段タワーも完璧だった。夜は宴会。ネパールの民族衣装で参加した。ものすごく食べて、お腹がぱんぱんになった。

* 2002年9月20日(金)*
運動会の準備をした。運動場が見違えるほどきれいになった。

* 2002年9月19日(木)*
子供たちと学校近くの城跡に行った。地元の人々の気持ちが隅々にまで行き届いていて、掃除も完璧、お地蔵様の佇まいも完璧!そこには子供の頃かいだ懐かしい香りが漂っていた。夜はWindows98機の再インストール。ものすごく簡単で拍子抜けした。こんなことなら悩んでないでさっさとすればよかった。古いPCだが、とってもシャキシャキ動くようになった。

* 2002年9月18日(水)*
体育を4時間もやってぐったり。日焼けして肌がヒリヒリする。

* 2002年9月17日(火)*
運動会前の最後の一週間が始まった。ダンスがまだ仕上がっていない。

* 2002年9月16日(月)*
長男にあげたWindows98機の再インストールを決意した。

* 2002年9月15日(日)*
自治会の清掃作業日だった。これが私にとってほとんど唯一の地域情報収集日。近所に若い人が引っ越してきたこと(これまで近所に私より若い人は皆無だった!)や、隣駅の駅舎が取り壊されるかもしれないことなど初めて知り、ちょっとびっくりした。

* 2002年9月14日(土)*
ジェニーン・ロス著 斉藤学訳「愛の依存症 食べ過ぎてしまう女たち」を読んだ。彼女たちは自分が今以上に傷つかないために食べ、痩せ続けるために太る。生きている実感を感じるためにひたすら食べる。それが愛の枯渇であることに自ら気付き、子供時代の苦しみを清算し、同じ病に苦しむ人を救うために立ち上がった著者に、心から敬意を感じる。

* 2002年9月13日(金)*
やっと一週間が終わった。毎日外で運動会の練習、ものすごくハードだった。週番やトイレの掃除当番、水やり当番も一気に廻ってきて、時間不足であっぷあっぷだった。

* 2002年9月12日(木)*
学校から、1,5頭身のかわいい子ネズミ(ハツカネズミかも?)を持って帰った。校舎内にいたのを子供たちがたまたま見つけ、捕獲したもの。毛玉みたいでおとなしくて、と〜〜ってもかわいい。今日はとりあえず、パン粉と水とレタスをあげてみた。

* 2002年9月11日(水)*
運動会の練習で毎日ぐったり・・・来週まで体力がもつか心配だ。一雨来ると違うかもしれない。

* 2002年9月9日(月)*
春に植えた田んぼの稲を刈った。そんなに長い時間働いたわけでもないのに太腿が痛くなった。1枚の田を作るのにお金が7万円くらいかかるけど、売っても6万円位にしかならないことなど初めて知り、命を支える農業なのにこんなことでいいのかと憤りを感じた。田植え前から今日の稲刈りまで、老人会のみなさんには大変お世話になった。私も老人になった時に、何か子供たちの役に立つようなことができるだろうかと、ふと思った。

* 2002年9月8日(日)*
お弁当の時間まで次男の運動会を見学、その後、長男の高校の文化祭に行き、また中学に戻って次男の競技を観戦した。面倒くさがり屋の次男が運動会では団体戦も個人競技も笑顔で頑張っていたし、「燃えてないんだ。」なんて言ってた長男も、他のクラスと違った面白い出し物で会場を沸かせていて、何だか2人の成長を感じた1日だった。

* 2002年9月7日(土)*
Nonviolent Crisis Intervention(非暴力的危機介入法)のワークショップに行き、ボディランゲージの大切さや、サポート的スタンスの取り方、パーソナルスペースの見極め方などを学んだ。これって子育てとそっくりだと思った。私にも、子供を産み育てる中で知らず知らずのうちにスキルとして会得できたものがあって、それが仕事にも生きてるのかもしれないと思うと、ちょっと嬉しかった。

* 2002年9月6日(金)*
参観日だった。長い1週間がやっと終わった。長期の休み明けが月曜日というのは、ほんとに疲れる。夜は英語教室へ。知ってるはずのことを少しずつ思い出してる段階で、まだまだ上達には程遠い。

* 2002年9月5日(木)*
毎年ネパールの学校に学用品を届けている先生の話を聞いた。遠くの国のお話を聞くのはいつも楽しい。サリーも着せてもらって嬉しかった。ネパールのほとんどの人々は公用語であるネパール語と自分の民族の言葉・そして英語の3つの言語が話せるそうで、小学校低学年の子供でも英語は随分しゃべれるらしい。また、何時間も歩いて学校に来る子供の話や、一日に最低1回は停電するという電気の話、車はあっても道がないので役に立たない話、ヒンドゥー教の神様の話、トイレの使い方等々、珍しい話に子供たちも目を輝かせて聞き入っていた。

* 2002年9月3日(火)*
運動会の練習が始まった。

* 2002年9月2日(月)*
始業式だった。歯がど〜しても痛くて、午後、年休をもらって歯科へ。またまた1時間以上もに及ぶ長い時間口を開けっ放し。太い注射も2本されたし、心も体もグロッキーだ。今日もご飯が食べられず、お腹空きまくり状態だった。頬も何だか腫れてきた。この先いったいどうなっちゃうんだろう・・・(T.T) 

* 2002年9月1日(日)*
いつも行く歯科医院が土日休診のため我慢していたが、痛みはますます激しく我慢の限界!夜10時、息子の友達のお父さん(歯科医)に電話し病院を開けてもらった。歯の根元に炎症を起こしているそうで、レントゲンの後ガリガリ長い間歯を削り、鎮痛剤と消炎剤をもらって帰宅した。治療中も痛くて痛くてもうぐったり・・・。だけど時間が経って随分楽になった。明日元気で働けそうだ。

* 2002年8月31日(土)*
電車に乗り遅れそうになる夢を見て汗まみれで起床。何だか熱もあるみたいだ。奥歯周辺の歯茎が痛くて物が噛めず、3食とも食べず終い。昨日食べ過ぎたからダイエットになっていいかもしれない。

* 2002年8月30日(金)*
朝風呂を浴び、朝ご飯もいっぱいおかわりをして(^^ゞ、帰路についた。途中、仙崎駅のみすゞ館に立ち寄り、金子みすゞの作品に触れた。みすゞの詩はいつ読んでも心が和む。来年4月にはみすゞ記念館が新築オープンするそうなので、そちらにも是非行きたいと思う。

* 2002年8月29日(木)*
長門市の湯本温泉に行った。子供たちを置いて行く温泉もいいもんだ。長門市には、唐の都長安を追われた楊貴妃を、玄宗皇帝の側近陳玄礼が船で日本に逃がしたという伝説が残っており、楊貴妃のお墓や由来書、彼女の死を知った玄宗皇帝が贈ったという釈迦如来・阿弥陀如来もあるみたいだ・・・。私たちが泊まった宿には、長安郊外の温泉宮華清池の「貴妃湯」と「太子湯」を再現したというお風呂があり、入浴すると何だかゴージャスな気分に。お湯は透明でぬるっとしており、疲れたお肌がちょっとだけ甦った気がした!?

* 2002年8月28日(水)*
午前中、職員会議だった。とうとう2学期が始動してしまった・・・。午後はT市△△自然の家へ、10月の宿泊学習の下見&打ち合わせに。T市△△自然の家は、ものすご〜く山の中の閉校になった学校を利用してできた施設で、木造の懐かしい佇まい。手作りのログハウスや五右衛門風呂・釜風呂もあって、泊まるのがとっても楽しみだ。夜は2学期のスタートを励まし合う飲み会。久し振りにこってりした中華料理を食べてお腹がいっぱいになった。

* 2002年8月27日(火)*
T市コンピュータ教育の研修会だった。次回の講師は遂に私の番・・・。うまくいくか心配だ。

* 2002年8月26日(月)*
梨狩りに行った。食べ過ぎてお腹が痛くなった。昨日買った黒酢はメイク落としにも効き目があるみたいだ。クレンジングを使わなくてもツルッと落ちてびっくりした。

* 2002年8月25日(日)*
美容と健康のために(?)純玄米黒酢を買った。薄めても薄めても、ものすごく飲みにくい。

* 2002年8月24日(土)*
短い方のレポートを一つ仕上げた!

* 2002年8月23日(金)*
講座もとうとう最終日。半分くらいしか身に付かなかったんじゃないかと憂いも感じるが、何はともあれ終わった終わった(喜)\(^_^)/! これから月末必着のレポートに取りかかる。もしかしたら講習以上に苦しむかも・・・ちょっと心配・・・。帰りに県立図書館に寄ると、同じ講習を受けてた人が多数いて、同じようなこと考えてるのね〜って、親近感が深まった。夜は英会話教室へ。クラスの雰囲気にも少し慣れてきて、楽な気持ちで臨めるようになってきた。

* 2002年8月22日(木)*
司書教諭養成講座第4日目。いろいろな図書分類法やNDC十進記号法の階層構造等について学んだ。ふ〜っ。講習も残すところ、あと一日となった!

* 2002年8月21日(水)*
司書教諭養成講座第3日目。ややこし過ぎる「日本目録規則」に従って図書目録を実際に作った。が、あまりの規則の多さにお手上げ状態!T(;_;)T 講師は「数をこなせば分かるようになる。」と、のたもうたが、分かるようになる前にギブアップするに違いない。(泣)

* 2002年8月20日(火)*
司書教諭養成講座第2日目。幸いにも昨日ほどの眠気には見舞われなかったが、固い椅子に一日中座っていてお尻が痛くなった。今日は図書目録の細かい規則を学び、思想や文化を継承するための先人の努力に感心した。

* 2002年8月19日(月)*
深夜2時前、オーストラリアより帰国した。日本はものすごく暑いのかと覚悟していたが、思ったより涼しくてホッとした。朝は7時前に家を出て山口市まで出張。我ながら何てハードなスケジュール!┗(;´Д‘)┛ 講義の間中、眠くて眠くて全身から力が抜けていく・・・。時計を見ても一向に針は進まず、ものすごくグロッキーな1日だった。今日の出張(司書教諭養成講座)で分かったことは、司書教諭の仕事の重要性。これまでの私は司書と言う仕事に実は随分マイナーなイメージを持っていたのだが、今日学ぶことができたお陰で司書教諭が情報センター管理人として学校経営の要ともなり得る重要な役なのだと分かった。乗りかかった船、もうじたばた騒いでも始まらない(?_?)。真面目に一週間勉強したい。(ほんとは相当嫌だったのよね・・。)(^^ゞ

* 2002年8月12日(月)*
8月2日に起きた山口県教員の不祥事を受け、「不祥事根絶のために」という臨時の職員会議が開かれた。学校現場に構造的な性差別がないか、無意識で日常的なセクハラ行為が存在しないかを再点検するチャンスだったのに、結局は加害者個人の資質論みたいなところに話が進み、少し物足りなかった。被害女性の人権擁護や精神的ケアについての疑問や意見も投げかけたが、そこに課題性を感じる人がいなくて話が続かず、どこか現実味のない幕切れだった。だけど、一人一人の教員が、自らのセクシュアリティに目を向けるきっかけにはなったのだと信じたい。さて、明日から6日間オーストラリアでのんびりします。ゲストブックのレスができなくてすみません(m_m)。来週お会いしますまで、皆様お元気で。管理人不在期間も含め、今後とも「yoshikoの部屋」をよろしくお願い申し上げます。(^o^)/~~~

* 2002年8月11日(日)*
次男の将棋の相手でぐったり疲れた1日。夜は英会話教室の飲み会でビアガーデンへ。いろいろな世代の人たちと楽しく交流することができた。話して分かったのは、みんな大変な意欲をもって英会話を学んでいるということ、そして希望をかなえるため、着実に努力しているということ。60代の方たちの真摯な取組みを見ていると、人生はずっと学習の連続なのだとつくづく思う。とっても刺激的な夜だった。

* 2002年8月10日(土)*
深夜0時半よりMOVIX周南にて「メン・イン・ブラック2」を鑑賞。真夜中の映画もいいもんだ(^^)。お客は数人で、映画館が広々していた。

* 2002年8月9日(金)*
日直だった。来校者も少なく、のんびりとした一日だった。夜は英会話教室へ。学生時代にもっともっとよ〜っく勉強しておけばよかった・・・。あの頃は心の隅に、学校英語はほんとに役に立つんだろうかという疑問をいつも抱えていた。きっと役に立たないだろうと感じていた。だけど、学校で学んだことを、今少しずつ思い出している。昔の学校英語も捨てたもんじゃない。後悔先に立たず!f(^ー^;

* 2002年8月8日(木)*
来週から旅行に出かけるため、早くもフリーマーケット休業宣言(^_^;)。まだ一品も売れてないと言うのに・・・^_^;

* 2002年8月7日(水)*
不要品を整理し、フリーマーケットを始めた。yoshikoこだわりの品々を集めたフリーマーケットMilkyWayはこちらです。よろしかったら・・・(=^0^=)

* 2002年8月6日(火)*
バンダムの「レジョネア〜戦場の狼たち〜」を鑑賞。大作の序章みたいなストーリーで筋書きそのものはちっとも面白くなかったが、バンダムの筋肉美に免じて評価B。∠(~-~)_∩∫(後ろ姿のオールヌード出ています!きれいですっ。)

* 2002年8月5日(月)*
午前中は総合スポーツセンターで視聴覚教育の研修会。学校HPを作成するに当たっての運用規定の作成等々について理解することができた。が、学校HPを作成する意義が今ひとつピンと来ない。誰に、何を知らせるために、誰がいつ更新するのか、よ〜っく考えて取り組まなければ管理はままならないだろう。午後は保健センターで理科教育の研修会。今更ながら、小学校3年生まで理科の授業がないことに、大きな疑問を感じた。

* 2002年8月4日(日)*
逸見政孝さんの「ガン再発す」を読んだ。家族を失う苦しみがひしひしと伝わってきて悲しかった。自分自身と向き合う彼の偉大さにも改めて感動した。

* 2002年8月3日(土)*
「過酷な世界の天使たち」を読んだ。大人の醜さ・汚さ・愚かさが、子供の犠牲によって贖われている。日本では当たり前のように教育を受けることができる、それがこんなにもありがたいものなのかと心が痛かった。今、世界に生まれる子供の10人のうち9人までもが開発途上国で育つのだと言う。偶然にも先進国に生まれたというだけで安穏と暮らす自分を情けなく思う。

* 2002年8月2日(金)*
「落窪物語」を読んでしくしく泣いた。これほどの大作が作者不詳とは不思議な気がする。夜は初めての英会話教室へ。自己紹介の時はどきどきしたが、次第に落ち着き楽しく過ごせた。レッスンの流れが非常にスムーズで、構造的なのには感心した。むか〜し習った文法などが少しずつ脳裏に甦ってきた。

* 2002年8月1日(木)*
登校日だった。全校朝礼・草取り・学活と、その後校内研修。暑くて身体全体が溶けてしまいそうだった。

* 2002年7月31日(水)*
今日もとっても暑い1日。朝から夕方まで、冷房のない学校のメディアルームでハイパーキューブJrの研修。私にとってハイパーキューブJrはこれまで接したことのないソフトだったが、スズキ教育ソフトから来た講師の方の懇切丁寧な説明のお陰で、よく分かるようになった。

* 2002年7月30日(火)*
室積海水浴場に行ったのだが、次男の友達も一緒だったため、次男から水着になるなとのキツイお達し。が〜〜ん!・・で、延々待つこと数時間。泳ぎもしないのにぐったり疲れた午後だった。その友達は今晩うちに泊まるらしい(^_^;)スイカを食べて花火をして、夏の夜を楽しんだ。

* 2002年7月29日(月)*
広島県吉和村のリゾート「魅惑の里」に行き、温泉に浸かった。緑がいっぱいで食べ物もおいしく、これは穴場!ケビンやオートキャンプ場・釣り場などもあり、子供連れでもゆっくり楽しめそう。お湯は無色透明無臭で、身体がほっかりした。

* 2002年7月28日(日)*
海で泳いだ。まだ7月なのに、クラゲがいっぱいだった。M海水浴場は急に深くなるので大好き。沖に出たり戻ったりしてたくさん泳いだ。
* 2002年7月27日(土)*
去年の教え子が3人うちに遊びに来た。彼らは少しも変わりなく、まるで時間が遡ったかのように感じた。家でピアノを弾いたり、マクドナルドで食事したり、近くのショップで買い物したりして、楽しく過ごした。私は子供たちからパワーをもらって生きているんだと改めて感じた。

* 2002年7月26日(金)*
海に行った。風が強く、波も高くてエキサイティングだった。知らない間に遠くに流されていたり、泳いでも泳いでも目的地に着けなかったり、濁った水の中に潜っていて向きが分からなくなったり・・・。強風でビーチパラソルを立てることもできない悪条件だったけど、とっても楽しい午後だった。(ますます日焼けしてしまった!) 夜、花火をした。

* 2002年7月25日(木)*
一日中停電のため、自家発電機の轟音の中での校内研修だった。評価規準の作成に向け、一歩だけ歩み出した。夜、去年の教え子から嬉しい電話。あさって電車に乗ってうちまで遊びに来ると言う。とっても楽しみだヾ(^v^)k。

* 2002年7月24日(水)*
朱雀成子さんの「ハムレットを読み直す〜ガートルードの母性とセクシュアリティ」を読んだ。セクシュアリティを捨てないで生きたことで観客からずっと悪者扱いされてきたガートルードが何だか気の毒。しかもシェイクスピアは、ガートルードにハムレットを溺愛し拘束する母親像をも与えており、せっかくの”新しい女性”像が、何だか色褪せて見えるのも残念(これは私の見方が観念的なだけだけど)。で、肝心なのは、ガートルードがこうした人物に描かれたのは、シェイクスピアが男性だからと筆者が結論づけてるってことで、そこのとこが、とーっても発展性のない論だった。

*2002年7月23日(火)*
「スターリングラード」を鑑賞、評価A。ナルシスティックな欲望の愚かさや階級闘争の果てしなさ、一人でいることの無力さ・はかなさが胸に染み込む映画だった。

* 2002年7月22日(月)*
学校の水泳教室で25メートルを目指す子供たちの指導をした。気温も水温も高く、水の中はとっても気持ちよかった。夜、「和泉式部日記」を読み、大人の駆け引きたっぷりの贈答歌に何だか胸が詰まった。

* 2002年7月21日(日)*
ハンドリラクゼイションに行き、あまりの気持ちよさに眠ってしまった。足裏のツボは知っていたが、手にもツボがあるとは知らなかった。深夜、ジェット・リーの「キス・オブ・ザ・ドラゴン」を鑑賞。ストーリーはシンプルだが、「ロミオ・マスト・ダイ」よりジェット・リーが洗練されててアクションもかっこよかった。

* 2002年7月20日(土)*
体中の筋肉がキシキシと痛む悲惨な一日。背中も肩も足も腕も、ものすごく痛いよぉ(;>_<;)

* 2002年7月19日(金)*
終業式だった。明日からいよいよ夏休み!あんなに忙しかった1学期なのに、なんだか遠い過去のように思えてきた。午後は教体連体育大会のソフトタッチバレーボールの試合で惜しくも準優勝。勝てるはずの試合を落として、と〜〜っても情けなかった。日頃の無精が祟って今体中が筋肉痛・・・。夜は、打ち上げで、がつがつ食べて、おなかいっぱいになった。

* 2002年7月18日(木)*
保護者会だった。1時間ちょっとの間に30人近くの保護者と個別に話したので、ぐったり疲れた。

* 2002年7月12日(金)*
今度こそはと思いながらも、やっぱり今回も締め切りぎりぎりになってしまった。(通知表のことです。)

* 2002年7月11日(木)*
T市民館に出張だった。秋の研修会で講師をすることになってしまった!

* 2002年7月10日(水)*
暑くて暑くて身体ねちゃねちゃだったので、放課後、一人で泳いだ。サッパリした。誰にも見つからず、ラッキーだった。\(^^\)

* 2002年7月9日(火)*
少し雨が降ったが水泳決行。来週の水泳記録会の練習をした。子供たちがみんな一生懸命泳ぐので感心した。

* 2002年7月8日(月)*
水泳をしてると大雨になったが、水温が28℃もあり、とっても気持ちよかった。子供たちに笑われてしまうくらいいっぱい泳いでしまった私。

* 2002年7月7日(日)*
夏休みの家族旅行の内金を払った。今度は絶対に中止になりませんように(祈)

* 2002年7月5日(金)*
N旅行のMさんが学校に来て陳謝。何と、観劇&ランチクルーズのチケットが取れないために夏休みの職員旅行が中止になってしまった!うっそぉぉー!?

* 2002年7月4日(木)*
紙芝居の会があった。子供文化研究所の方が、戦争体験を紙芝居で語って下さった。

* 2002年7月3日(水)*
外で給食を食べた。清々しいと言うより、暑くて大変だった・・・。午後からはクリーン作戦で学校の周辺のごみ拾い。大量のごみに、子供たちもビックリしていた。

* 2002年7月2日(火)*
旅行会社にお目当てのツアーの残席状況を問い合わせるも、最少催行人員が集まらず中止になったとのこと。そういうの、なんだか最近多い気がする(^o^;) 。

* 2002年7月1日(月)*
8月から英会話教室に行くことにした。

* 2002年6月30日(日)*
息子二人のパスポートの期限が切れるので、写真を撮りに行った。当たり前と言えば当たり前だが、5年間でこんなに変わるのかとビックリした。

* 2002年6月29日(土)*
在庫がないとの連絡が来たものの、その後はすっかり音沙汰ナシ・・・待てど暮らせどパソコンは来ない・・・・(涙)。それで弾みがついてしまって(?)、前から欲しかった某ブランドのバッグを遂に注文。気分は一気に絶好調(^^)V!

* 2002年6月28日(金)*
「とはずがたり」を読んだ。運命に翻弄されながらも希望を見続ける二条の姿に、人間の根元的な強さを見た思いだ。

* 2002年6月27日(木)*
天気がやっと回復し、久し振りの水泳だった。私は脂肪のお陰で寒くなかったが、子供たちは随分寒がっていたのが好対照だった^_^;

* 2002年6月26日(水)*
爆走してきたT大生の車に当てられ、バンパが4o破損!ガッビ〜ンとショックだった☆<( ̄□ ̄;)>。

* 2002年6月25日(火)*
雨のため、昨日に引き続き水泳が中止になった。ガク

* 2002年6月24日(月)*
ノートパソコンを注文した。いつ来るか、わくわくドキドキだ。

* 2002年6月22日(土)*
西鶴の「好色五人女」を読んだ。自分らしく生きるために、死ぬしかなかった彼女たちの選択が哀しい。

* 2002年6月21日(金)*
近松の「女殺油地獄」「曾根崎心中」「鑓の権三重帷子」を読んだ。近松がどれほどの人気作家だったか想像に難くない、いかにも現代風の作品で、私にとっては同情も共感も今一つ。昔は「曾根崎心中」大好きだったんだけど、私も年を取ったということか・・・(¨;)

* 2002年6月20日(木)*
近松門左衛門の「心中天網島」を読んだ。生きるエネルギーを死に向けることしかできなかった二人を哀れと思う以上に、二人を縛り従わせた社会システムの理不尽さ(男社会の身勝手さ)を嘆かずにはいられない。

* 2002年6月19日(水)*
保護者のボランティアを迎え、遺伝子組み換えについて学んだ。少々難しい内容ではあったが、子供たちは大きなジレンマを感じることができた。総合的な学習の体験と、うまく結びつけたい。

* 2002年6月18日(火)*
K小に出張。各校のコンピュータ教育の様子について情報交換した。

* 2002年6月17日(月)*
予想通り筋肉痛に。でも、平日の心地よさも満喫したし、遠くまでドライブもできて、とっても楽しい振り替え休日だった。

* 2002年6月16日(日)*
日曜参観日だった。総合的な学習で英会話の授業をした後、砂埃舞う運動場で親子ふれあいドッジボール。初めは保護者も手加減していたが、だんだん壮絶な闘いに。なかなか面白かった。

* 2002年6月15日(土)*
なんでこんな暑い時に暑い所で熱いことするのだか・・・、今日も休日恒例炎天下の野外ランチを決行した。ものすご〜〜〜っく暑かった!

* 2002年6月13日(木)*
プール開きだった。水温も高く、とっても気持ちよかった。

* 2002年6月12日(水)*
お楽しみ会をした。子供たちも場慣れしてきて、劇やコントもリラックスしてできるようになった。企画・運営もスムースで、成長を感じる。その後、市内I小学校へ出張。授業を見て、研究協議&広島女子大助教授の藤井浩樹さんの指導を受けた。学校のよさは、認め合い磨き合う友達がいて、伸び合う実感が持てることだ。どんな学習にも仲間作りは欠かせない。それを再確認したひとときだった。

* 2002年6月11日(火)*
社会科学習(水産業)の取材で、子供たちと学校そばのスーパーマーケットに行った。魚屋さんは、とっても威勢がよくてユニークで忙しそうだった。午後は、スポーツテスト第2日目。蒸し暑い体育館で、反復横跳びや上体起こし・長座体前屈などの記録を測定した。

* 2002年6月10日(月)*
炎天下、スポーツテスト第1日目。昔と違って、遊びの中で、跳んだり投げたり走ったりという体験があまりないせいか、記録もあと一歩だった。

* 2002年6月9日(日)*
庭で、今期初のバーベキューをした。暑くて暑くて大変だった(^^ゞ。午後、深見史さんの「産の中間総括」を読み、子を産んでも産みきれていないという筆者の叫びに心が痛くなる。女の自由を奪うことによってのみ維持される父系制は、もはや破綻するしかないのではないか。女たちが誰にも邪魔されず、ありのままの自分を認めて伸びやかに生きてゆける日が早く来るよう、私も思いっきり(できるだけ)アグレッシブに生きていたいと思った。

* 2002年6月8日(土)*
阿部輝夫さんの「性を拒む女たち」を読んだ。たくさんの症例が紹介してあり、患者たちの苦しみがよく分かったのだが、何だか他人のプライバシーを情け容赦なく暴く感じがしたのと、筆者が男としての視点をあちこちに漂わせてるのがちょっと気になった。

* 2002年6月7日(金)*
避難訓練だった。万一に備え、準備だけはきちんとしておかなくっちゃと思った。

* 2002年6月5日(水)*
精神科医 阿部輝夫さんの「ヒトから性を奪う現代社会」と「性を怖がる男たち」を読んだ。性が生きるためのエネルギーであり、人が生まれてから死ぬまで性と共にあることは自明だが、裸の王様然としている男が減ったからって、それが何?女さえ見れば発情し、女の前では強くなければならないなんて強迫は、人類にとって少しも建設的ではないし、現代の男女の力関係を嘆いても、嘆いてもらえるほど女性は強くも恵まれてもいない。病気の説明以外の部分は、結局の所、男として生きてきた筆者の、男の価値論みたいな内容だった。

* 2002年6月4日(火)*
5・6校時の総合の時間にオーストラリア人のレオンさんと遊んだ。オーストラリアでは南十字星をとても大切にしていること・オーストラリアは7つの地方に分かれ、その一つは日本の6つ分に相当する広さであること・レオンさんの家があるブリズベンの川では、たまにイルカを見ることができること・レオンさんの親戚が経営する農場は徳山市より広いこと、等々、レオンさんの話はとてもおもしろく、子供たちは終始目を輝かせて話に聞き入っていた。その後、歌やダンスを披露したり、ゲームをしたりして過ごした。とってもハッピーな午後だった。

* 2002年6月3日(月)*
H校長の通夜に行った。ほんの数週間前まで元気だった人が、もうこの世にいないなんて、とても信じられない。

* 2002年6月2日(日)*
オードリー・ヘップバーンを撮り続けたボブ・ウィロビーの写真展に行った。確かに彼女はキュートで清楚・気高くかわいかったが、それは観客が求めた彼女の一部分に過ぎない気がして、ちょっと残念だった。史上初の百万ドル女優の妊婦姿なんて、どう間違ったって出てくるはずもないのだろう(^^ゞ。午後は、ぐるーぷ・闘うおんなの「リブの産声 便所からの解放」を読み、ショックを受けた。性差別が制度化されているこの世の中では、男に存在を許されるのは、主婦や妻・母などの女役割を担う女だけ・・・それ故、私も適齢期には結婚し、自ら欲して子供も産んだ。しかし、女の性の捉え方は、数十年経ても少しも変わってなどいない。一人の女の中でさえ、今でもその性は分断され値踏みされ続けている。母でなければ便所だという著者らの見解は、悲しいながらも極めて正しい。きっと、部分としてしか認められない苛立ちを乗り越えるために、私も必死で生きているのだと思う。男になりたいのでも、男並みの特権が欲しいのでもない。人間として不当に軽視されず、当たり前に生きるために、素直に自分を見つめ、闘っていかなければならないのだと思った。
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