長く続いた戦争と人々の暮らし(6年:社会科)


本学級の子ども達は、これまで、戦争の背景と経過、大陸での加害の歴史などを学んできている。
また、学童集団疎開や学徒動員等によって、大人だけでなく子ども達も戦争に参加させられていった様子なども学んできた。

今回は、第二次世界大戦末期、空襲や沖縄戦などによって、日本国内でどのような被害が生じたかを知ることを通して、
戦争についての考えを深めるための授業をした。
第5時
1 岩国空襲のパネルを見る。
2 沖縄戦で多くの民間人が亡くなった資料を見る。
3 峠三吉の詩を読む。


子どもの感想
 
 手榴弾による集団自決を見て、悲しいと思った。どうしてこんなにも多くの民間人が死ななくてはいけないのか。
 死んでいる人の所で、まだ死んでいない人がいないか見張るのはひどいと思う。死んだ人はとてもかわいそうだけど、まだ生きている人を殺さなくていいと思う。
子どもも血まみれになって、とてもかわいそうで、戦争は怖いなぁと思った。それに小さい子どもでさえも殺してしまって、本当にひどいと思った。
 私は去年、広島の原爆資料館に行って戦争の怖さを知った。でも、他の県でも私たちが住んでいる所でもひどいことがあったのを知ってショックだ。人の命を奪って、何かいいのか。
 どれだけ沖縄の人達はひどい目に遭わされていたのか。身内を殺された人はどれだけショックだったか。
 家族がみんな亡くなって孤児になり、かわいそうだ。
 いろんな人の命がなくなってしまっているのに、悲しくないのだろうか。
 もう戦争が終わることが分かっていたのに、まだ殺さなくてもいいと思った。
 子どもも大人もみんな殺されて、子どもはまだまだ今から大人になって、楽しいこともあったと思うのに、人の命を奪って、それでもいいのかと思った。
 峠三吉の詩「ちいさい子」を読んで、作者の強い思いが感じられた。この「ちいさい子」は、母も父もいなくて寂しいだろう。
 生きている人がいないか見張るというのは、生きていたらみんな殺すということだ。やらないとやられる、それが戦争なのか?
 戦争協力はいけない。なぜ戦争をするのか。なぜ勝敗にこだわるのか。なぜそんなに多数の人が殺されなければならないのか。なぜ人が人を死に追い込むのか。
 ニヤリと笑いながら人を殺したと聞いて、そんなに人を殺すのが楽しいのかと思った。戦争をして人々が死んで、よいことはないのに、なんでするのか。
 「ニヤリ」と笑って爆弾を落とした人はひどいと思った。被害者の気持ちが分からないのか。15日に終戦の条約を結ぶのに、前日に落とすのは裏切りではないのか。
 笑いながら命あるものを殺すなんて人間じゃないと思った。戦争は人の身も心も傷付ける残酷なものだと思った。
 なんであんなふうに簡単に人が殺せるんだろう。人の悲しみを分かってほしい。突然狙われたらびっくりしただろうな。怖かっただろうな。
 たくさんの人が想像できないほどの大きな被害を受けて苦しんだんだと分かった。
 戦争中は本当につらかったんだなぁと思った。子どもも大人も関係なしに殺されていくなんて、その人の人生をどう思っているのか。自分の国を守るため、多くの人を殺す戦争は嫌だと思った。
 私たちと同じ年くらいの子もたくさん死んだと知って、悲しく思った。
とても情緒的、感傷的な感想が多かったのは仕方ないし、そうあるべきだと思うのだが、
前時までにやってきたエネルギー面の検討だとか、大陸での加害性などと結びつけて考えていない感想ばかりで、
学習を統合していく発問が出せなかったことを深く反省した。

次時では、敗戦時小学校6年生だった岩国市の森脇さんを講師に迎え、その体験と、日本が現在抱えている課題について語っていただく。



    

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