古墳27
チブサン古墳
 
 東西方向に造られた、全長45mの前方後円墳。使われた石は、全て阿蘇の溶岩で、石屋形も阿蘇の凝灰岩。
 鍵を開けてもらってガラス越しに内部を見学することができた。(撮影禁止。)後室奥壁に沿って家屋形石棺が、”でん”と置かれていた。古代人1人を埋葬したにしては、意外に大きな石棺だった。副葬品が多かったということのようだ。盗掘に遭っているので何が配されていたのか今となっては分からない。色褪せてはいたが、ベンガラの赤、粘土の白、黒鉛の黒が見て取れた。何と独創的で面白い絵なのだろう。何を表しているのだろう。
 石棺手前にもともと壁はなく、発見時、奥の壁も1枚無くなっていたそうだ。無くなった1枚には、最も貴重な絵が描かれていたのではないかと博物館職員は言っていた。墓を飾るのは、古代エジプト人が墓に「死者の書」や彩色壁画を遺したのと同じ心理なんだろうと思った。
本物の写真(の写真)
展示用レプリカ
←外側の閉塞石
西南戦争時の弾痕がある。

↓内側の閉塞石


1992年の調査では、周溝や埴輪も発見された。
屋外の展示施設
<古墳上に置かれていた石人>
泣いている顔なのかな?それとも埋葬された死体の顔?
敵を寄せ付けない守り神?首のない理由は?
オブサン古墳
 
 「熊本県の歴史散歩」には「連続三角文など見学できる」と書いてあるが、何と、装飾はすっかり消滅してしまっていた。千年以上変わらず遺されてきた物が、10年ちょっとで失われてしまったということになる。

 ここにはチブサン古墳より大きな石が使われている。
 参道がいやに広い。安産信仰があるので、参道左右の墳丘が女性の両足を表しているのではないかとのことだった。

蓋石は1枚岩


後室上部

前室側面


←前室袖石
  落書きのような線があった。

ここも施錠した方が良いのではないかと思った。
でないと、もっと荒らされるかもしれない。
墳丘は、妊婦のお腹なんだだそうだ。  平野部に向かってがばっと足を開き、実りを生み出しているようにも見える。
方保田東原(かとうだひがしばる)遺跡<国指定史跡>
 弥生時代後期から古墳時代前期(3〜4世紀)の集落遺跡。
 国内最大級の巴形銅器や、国内唯一の石包丁形鉄器、奈良時代の墨書土器が出土した。

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