熊襲穴



ヤマトタケルノミコト(第12代景行天皇の皇子)の熊襲征伐の舞台になった場所。


 

こんな階段を上って行った。

熊襲穴入り口
 かがんで通った。こんな狭い所に入るのかと思うと、ちょっと恐怖感が湧いた。が、入り口を抜けると広々とした空間が広がった。

 この奥に、もっと広い洞窟があったが、今は崩れて入れなくなったそうだ。
 洞窟の壁面全体が、原色 水彩のアートに彩られていた。鹿児島出身の前衛画家の作品なのだそうだ。観光的には面白いかもしれないが、歴史的価値(伝説)の生まれた時代をそのまま保存するべきなんじゃないかと、おぼろに思った。
 「熊襲」も「蝦夷」も蔑称だと言われている。思ってみれば「”邪”馬台国」も「”卑”弥呼」もそうなのだが、権力者が自分の勝手な印象でそんなふうに名付けるとは、人間のみみっちさを感じる。
 ともかくこの穴で、熊襲(曽ヒト)の長 クマソタケル(川上タケル)に女装して近付いた〜酒宴にはべった〜小碓命(おうすのみこと)は、クマソタケルを討つことに成功し、熊襲はヤマト朝廷に従うこととなった。そして小碓命は、以後、ヤマトタケルと名乗ることとなった。・・・という伝説の残る穴。






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