王塚古墳/王塚装飾古墳館/竹原古墳/八幡塚古墳
 

    

    

<王塚古墳>
 我が国最古の装飾古墳。奈良県明日香村の高松塚古墳と共に国の特別史跡。6世紀の築造。
 この地方の大豪族「穂波の君」の墓らしいと言われている。

 横穴式石室の壁面全体に、5つの色彩(五色づかいは国内最多)で彩られた騎馬や双脚輪状文、わらび手文などの図文や星が描かれている。

 何と来週、一般公開(無料)なのだそうだ!一般公開は年に2回だけらしい。

 ここは、昭和9年の発見以来、崩壊の速度を速めていた。文化財保護の意識も低かった時代にあって、石炭採掘を迫る人々との確執もすさまじかったそうだ。が、地元のみなさんの熱い思いと努力により、この貴重な財産は守られた。今は完全な空調設備でコントロールされ、理想的に保存されている。





二塚2号墳



明寺原古墳

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<王塚装飾古墳館>
王塚古墳以外の装飾古墳の史料も多く、とても勉強になった。
ゆっくりマイペースで見学することができ、至福のひとときだった。
 

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<竹原古墳:国指定史跡>

 6世紀後半の円墳(高さ5m)。内部は複数の横穴式石室。
 壁画は、奥壁と後室入り口の両裾石の三ヶ所。
 奥壁上部に石棚あり。壁画を守るためなんだろうか? 

<隣の生活センターに掲げられていた 奥壁の壁画のレプリカ
 赤と黒のコントラストが絶妙。配置(構成)もおもしろいし。

 題材は、一対のさしば(権力のある人だけが使った)と波形文・船、馬と馬をひいた騎馬スタイルの人物、三角連続文、竜、弧月。
 
 波形文と船は、大陸への憧れ、あるいは郷愁?権力のシンボルなのかな?馬は、来世への乗り物と言われている。ひいてる人の身なりもなかなかいいようだ。→ズボンの裾をきれいに丸め、先の尖った靴を履いている。髪は「みずら」という髪型の上に冠を被っているのだそうだ。
 三角文は、おまじないと言われるが、この絵の、この部分にある理由は何なのだろう?(右のさしばの左側、船の横で縦に並んでいる。)

 絵全体の解釈には、四神思想や竜媒信仰、葬送儀礼の表現、騎馬民族到来の話など、諸説あるようだ。「題材は大陸的で、表現は日本的」なのだそうだ。
 (参考)
 * 四神思想
 裾石の絵は、右が朱雀(鳥)で、左が玄武(亀と蛇の合体物)。
 朱雀は南を守る神で、玄武は北を守る神。
 * 竜媒信仰
 水際にいるメス馬のところに竜が降りてきて、種付けすると駿馬が生まれるという信仰。

 この壁画、現代アートみたいな幾何学模様の多い装飾古墳の中にあって、ひときわ異彩を放っている。そしてこれを最後に、北九州から装飾古墳は消える。つまり、ここが装飾古墳の集大成ってことになるのかもしれない。

 古墳入り口。2重扉(光を防ぐためのようだ)の先に小部屋があり、もう1枚の小さなドアを開けて腰をかがめて中に入り、ガラス越しに見学した。写真撮影禁止。


<八幡塚古墳>
 山口川と黒丸川(意外にも小さかった。)に挟まれた丘陵地に築造された5世紀後半の古墳。径約35m、高さ6.5m、周溝あり。新幹線のすぐそばの傾斜地にあった。(←これが謎だ。地形が変わったのだろうか?)当時からのものか、後世のものか分からないが、崩れた葺石もあった。
 内部は南に開口した全長5.2mの竪穴系横口式石室。昭和47・51年の発掘調査の結果、石室からは鉄剣、鉄刀、鉄鏃(やじり)、鞍などの馬具が、墳丘裾からは円筒埴輪片が出土。犬鳴川流域では最大の円墳らしい。
 大きな木がたくさん生えていた。

 猿田彦命が祀られていた。
 



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