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いのちの授業3 〜 この命の輝きを 〜

(6年:総合的な学習)
 
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資料と、以前の実践はこちら → http://yoshiko2.web.fc2.com/inoti.html
10分間の朝学時間に資料だけ与え、感想を書かせた。
何の説明もしなかったが、子ども達は黙々と資料を読み、原稿用紙に鉛筆を走らせていた。
心に響くものがあったのだと思う。

↓ 初発の感想 ↓
・生きているって素晴らしいと思う。なぜなら、つまんないとか、人生おもしろくないとか言ってても、
生きている限り好きな物を食べたり、大好きな人とおしゃべりしたりできる。だから私はそれ以上幸
せなことはないと思った。だから「死のう」とか思っている人は、病気で今にも死にそうなのに頑張っ
て生きている人に失礼だと思う。私はあと何十年も生きてゆけるんだから、残りの命を大好きな物を
食べて大好きなことをしたり、大好きな人とおしゃべりしたりして、残りの命を悔いなく幸せに生きて
ゆきたい。

・改めて私は幸せなんだなあと思った。それなのに「持久走や縄跳びがいやだ。」なんて毎日のよう
に言っている自分が情けない。普通に何不自由なくこうして暮らせている事が、どれだけ幸せな事か、
この資料を読んで良く分かった。羽純さん達のように、生きたくても生きられない人は、この世にたく
さんいるのに、まだ全然生きていける人が自分から死のうとする人、自分のストレス発散のために無
差別に人を殺す人、もっと命を大切にするべきだ。

・命を大切にしたい。大切な人を亡くしても一生懸命がんばりたい。

・命はとっても大切にしなきゃいけない。それに他人の命も大切にしないといけない。ぼくは大切な人
を亡くしたことはない。でも佐江子さんの日記を読んで、大切な人の死は本当に悲しいんだなと思った。

・二年生くらいの時、祖父が肺炎で亡くなった。その頃はまだ死というものを完全には理解できていな
かった。誰かが死ぬということに関心がなかった。「この命の輝きを」の資料や日野原さんの事などを
知って、初めて死を考えるようになった。

・佐江子さんが手術の直前に書いた詩の「大切な人を亡くした時、自分は強くなる」というのは、すごい
なぁと思った。本当に大切な人を亡くしたから、こういう詩が書けるんだなぁと思った。「心臓病の子ども
を守る会」のお母さんからの手紙は、自分が心臓病に罹ってなくても、その苦しさをよく分からせてくれ
た。羽純さんの遺言では、まだ20歳なのに、まだ未来があるのに心臓病で亡くなるなんてとても気の
毒だった。幸せの実感を教えてもらった。

・どんな病気にかかっていても差別してはいけない。

・見た目では分からなくても、もしかしたらそういう人や、そういう子ども達がいるんだなということを、い
つも忘れないで下さい。」私はこの一文を見て、「この人は強そうじゃないから入れない。」とか、見た目
だけで判断するのは絶対によくないと思った。

・佐江子さんが手術前に書いた日記の意味がよく分かる。おばあちゃんが病気で亡くなった時、お母さ
んはとても悲しそうだった。それは大切な人を亡くした悲しみだった。心臓病の子どもをいじめたり、差別
をしたりしてはいけない。それが人間だと思う。

・病気の人は、いつ死ぬか分からないから時間を大切にしようって普段から思っているかもしれないけど、
元気な人はなかなか死について考えにくいと思う。でも私は今、病気にもならず元気に暮らせていたり、
家にいて暇だなと思えたりするのは、とても幸せなことなのかなと思った。

・私は大切な人を亡くしたことがある。だから佐江子さんの気持ちがよく分かる。

・羽純さんが手術の直前に書いた詩は、ずっと覚えておきたい。「エルマおばあさん」の話のように、羽純
さんも自分の死を受け入れていたのだと思う。



わずか10分の自習タイムだったが、皆集中して原稿用紙に向かっていた。
人の死が周囲に与える悲しみに共感したり、死に直面した人の気持ちを想像したりできた子どもが多かった。
普段、生のエネルギーに満ちた子ども達だが、死は、一人の例外もなく、誰の元にも平等に訪れる。
様々な死を知ったり、死について考えたりすることは、今ある生への感謝と喜びを我々に教えてくれていると言えるだろう。

この単元の学習を通して、生きる喜びに満ちた生き方をしたいと考える子どもが、一人でも多く育ってほしいと思う。
次回は、みんなの感想文を読み合って、それぞれの持つ「生」のイメージや希望・期待について話し合う。
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