インド・・・第1日目

 

 やって来た、インド!
    1度来ただけじゃ、どうしても納得できなかった国、インド。

    デリーの空港に降り立っただけで興奮した。
    両替を終え、いよいよ街へ。
    「おーっし、アグレッシヴに行くぞ〜〜〜っ。」と気合いを入れた。
    空港で会った日本人のお兄さん2人連れにも、「負けないでね。無事で帰ってね。」と声を掛けて別れた。
    


    ・・・・・が、何か違う・・・・。
    にわかには信じ難かったが、インドは変身していた。
    明らかに変わっていた。

    群がって来る人の姿がない。手を伸ばし、スーツケースや服を引っ張る人の姿がない。
    へ?何これ?みんなどこに行ったの?
    空港エリアへのリクシャの乗り入れが禁止されたのでリクシャワーラーがいないのは分かるけど、
    じゃあ、タクシードライバーは?
    子ども達は?
    赤ちゃんを抱いた母親の姿もない。

    彼らは抑圧され、更なる暗闇に追い込まれたのだろうか?
    排除され隠蔽され、ますます貧しくなったのだろうか?
    
    ともかく、空港周辺からは貧しい人の姿がゴッソリ消えていた。
    とんでもないほどの喧噪が消えていた。
    たった2年でこれほど様変わりするとは。

    これがデリーの第一印象だった。
    ほこりっぽく、どんよりした街の空気だけが2年前と同じだった。
    

  


    

ここで、この日のドライバー、ビカーズ(23歳)と初対面  →
 最初に向かったのは、デリーから車で約3時間の街ブリンダーヴァン。
 通行税を所々で払いながら、信号もないまっすぐな道をひたすら走った。

 時々ビカーズがアクビをしたり、目をトロ〜ンとさせたりするので、もうヒヤヒヤだった。
 起床は朝の6時半だと言っていた。我々と会ったのは午前3時半なので、
徹夜後の長時間勤務ということになる。それって想定外だ・・・恐過ぎ・・・・。



ブリンダーヴァン(ヴァラダヴァン)〜ウッタル・プラデシュ州〜

 ブリンダーヴァン(ヴァラダヴァン)は、インドで人気の高い両性具有のクリシュナ神(ヴィシュヌ神の8番目の化身)が、幼少期から青年期まで育った聖地だ。
 
 ヴァラナシみたいに沐浴が盛んで、細い路地が入り組んでいる、昔ながらの街だった。

ガンジス河の支流、ヤムナー川

船に乗り込む、朝の巡礼の人々

いたずらっ子のクリシュナ神は、川で泳いでいた牛飼いの娘達(ゴービー)の衣服を隠してしまい、「返してほし
ければ裸で取りにおいで。」と言ったんだとか。他にもクリシュナ神には、お茶目なエピソードがいろいろある。

ブリンダーヴァンで一番古い寺院は、5500年も前のもので、川のすぐそばに建っていた。
さすがに建物は建て替えられていたが、当時からあるという古木は今も大切にされていた。

 いかにもイスラム色の強いドームを持つヒンドゥ寺院。
 
 この人が当地の我々のガイド。ずっと裸足だった。
 寺院や、寺院と寺院の間などでは我々も靴を脱ぎ、
裸足で歩き回った。

 牛や猿の糞尿などを踏みつけて、足裏も指の間も
ベタベタになったが、最後に井戸を使わせてもらって、
足を洗うことができた。

 街の中心の庭園。ジャングルにも見えるが、ここの木は
地下に広がり、地上では大きくならないそうだ。
 この庭園の周りに9つのヒンドゥ寺院が建てられた(一族
ごとに寄進した)のが街の始まり。
 
 猿がたくさんいた。サングラスは奪われるから外すように
とガイドに言われた。猿と目が合わないように極力注意した。


 庭園内に、足先を階段井戸に向けた小さな足形
が2つ並んでいた。
 
 ここの窪みに溜まっていた黄色い汁を、ガイドから
額や胸につけられた。「あぐ〜〜〜、コレお猿のオシ
ッコなんじゃないの〜?」と絶叫しそうになったが、さ
すがの私も、それを言うのはあまりに失礼と考え、
ぐっと我慢した。


寄進者の名前の刻まれたプレート。全世界から寄進が集まり、今も増え続けているそうだ。
額にかかわらず名前は刻まれるらしい。寄付するように催促されたが断った。

階段井戸。水は黄土色に濁っていた。

笛を吹いている黒い肌のクリシュナ神。
右は恋人ラダ(人妻なのよね)。

寺院の塀に、クリシュナ神の物語が描かれていた。

アユタヤみたいな赤い砂岩の遺跡
 ブリンダーヴァンの街角で、自転車に乗った1人の白人女性とすれ違った。
 ガイドは「彼女はとても有名なんだ。」と言っていたが、その時は白人だから珍しいという意味なのかなと思ったぐらいだった。

 帰国後、知ったことだが、ブリンダーヴァンにはデーヴァダーシー(「神の女奴隷」:物乞いや身売りを強要されて働く女性)のための避難所があるらしい。
 もしかして、彼女がその活動家のMohini Giriさんだったのかもしれないと思った。

 女は誰かの妻として生きるしかない・・・そういうインドだからこそ、女達は今もって色とりどりのサリーで着飾り、アクセサリーを身に付けるのだろうか。
 夫をほったらかしにして旅行し、自分のためのオシャレを楽しんでいる自分は何て自由なのだろうと思う。

 そう言えば、女性ドライバーの姿を、旅行中、ただの1人も見なかった。ドライバーに聞くと、いるにはいるとの事ではあったが。
 列車の車両も男女は別だった。
 
 インドの女性の地位について猛烈に知りたくなったので、帰国後すぐにアマゾンで「インド女性学入門」を注文した。早く読みたいな。



 ブリンダーヴァンでは、「サドゥー」をたくさんたくさん見た。インタビューしたいくらいだった。仙人そのものだった。長い髪の毛とあごひげ、上半身裸で、腰には白やオレンジのルンギー(腰巻)。かっこよ過ぎる。人生を達観しているのだろう。きっと火事にも地震にも動じない。(たぶん) 私があんまり感動するものだから、連れのYさんに「連れて帰ったら?」なんて言われた・・・。
 
 帰国後調べたところによると・・・・日本人のサドゥーもいるらしい!
 また、サドゥーにはいくつもの宗派があるそうだ。「だからブリンダーヴァンにいっぱいいたのか〜」と、納得。やっぱり彼らはただの風来坊なんかじゃないのね。
 それに、ヨーガを生み出したのも、サドゥーの一人だったらしい。 

マトゥラー

    次なる目的地はマトゥラー。ゴパーラ・クリシュナ神の誕生地だ。
 マトゥラーでは、ホーリー・ゲートからサイクルリクシャに乗った。
 坂道をオバサン2人乗せてこぐのは大変だったと思う。

 templo Jai Guru Dev visto da estrada

マトゥラーの中心部は、カメラ持ち込み禁止だった。
 巨大で美しい階段井戸があったけど、写真に残せず残念!
 マトゥラーのヒンドゥー寺院は、ブリンダーヴァンと同じく、笛を吹くクリシュナと牧女ラーダーが主神だ。(生誕地だからね。)バグワット・バワンでは、大勢のインド人が開門を待っていた。中に入りたくはあったが、あの大行列に並ぶ元気なし。寺院周辺のショップで買い物を楽しんだ。  2人で夢中で買い物していると、「もう40分も経った。いい加減にしろ。」とリクシャワーラーがキレ気味に急かしてきたゾ。
 帰路では「バクシーシ、バクシーシ」と連発。乗車賃は10Rsで手を打ったのに、チップは20Rsじゃ足りないとケチを付けてきた。

       マトゥラーはクリシュナ神の聖地だが、かつては仏教も栄え、価値ある仏教美術も数多く残されている。
        せっかく立ち寄ったんだから、もうちょっとゆっくりすればよかったなぁ・・・。




スィーカンドラ

    アグラの北西10qのスィーカンドラに行った。赤と白の幾何学模様が青空に映える美しい廟だった。
    4基のミナレットの、白さも高さもデザインも絶妙!
スィーカンドラは、13歳で即位したムガル朝第3代君主アクバル
大帝の廟。1613年の建造
南楼門

 



アグラ・フォート

 アグラ・フォートは、アグラに都を移したアクバル大帝の居城。周囲2.5km、この地方で産出するという赤砂岩で造られた巨大な城塞だ。

アマール・シン門

濠に囲まれている。
シャハンギール宮殿と四分庭園
赤い建物に白いチャトリ(小塔)と庭園がよく映える。
アクバルが息子のシャハンギールのために建てた。
アクバル門
謁見の間。柱が2本ずつあり重厚な造り。 謁見の間の前の棺
 アウラングゼーブは、父帝シャー・ジャハンを亡くなるまでの
8年間、この城の塔に幽閉し、自分の兄弟やその子ども達をも
処刑し、第6代皇帝の座についた。

 その後、異教商人への差別関税設置、ヒンドゥー寺院の建設
・修築禁止、祭礼廃止、寺院破壊、宗教教育の禁止などを行い、
ヒンドゥー聖地巡礼税と、ジズヤ(異教徒人頭税)を復活させた。

ファテーブル・スィークリー

アグラの南西約40キロにある、ムガル帝国の都城。1571年、第三代皇帝アクバルが建造した。
ファテーブル・スィークリーとは、「勝利の都」の意味。イスラム様式とヒンドゥー様式が混交している。

赤砂岩と黄砂岩・白大理石が使用されている。

たくさんの墓石
秘密の地下トンネル入り口・・・通路は40kmもの長さだそうだ。 ここから美しいタジ・マハールが見えたらしい。
モスク地区の先には宮殿地区があった。
モスク地区の正門、 ブランド門(勝利の門)の内側









食事

 
元々肉食だが、今回の旅ではベジタリアンで数日過ごした。
お肉なんて口にしなくても、十分だなと感じた。

 

トイレ

 
異国では、これまでずーっとウエットティッシュばかり使ってきたが、遂に私もシャワーデビュー!
シャワーが付いているトイレは、今回しっかり活用した。・・・え?川の水じゃないのかって?
いーの、いーの。お股の酸性度点検済みだもんね〜。

(詳しくは、「ミャンマー川水シャワーでビビるの巻」を参照して下さい。)

シャワーはウエットティッシュより気持ちよく、1度使うと、もう紙には戻りたくないって感じ。

洗い桶のみ備えてある蛇口だけの所は、さすがにまだ使いこなせない。
手の使い方が下手なんだよね。チャレンジしたけど、靴まで濡れてしまった。

それと、野ション・・・今回ドライバーに勧められたが・・・これをクリアする決意はまだ固まらない・・・・。
ガソリンスタンド ドライブイン レストラン


                                                           
 

出会った人々

 田中四郎の「やわらかなアラブ学」で、相手に抵抗しない気持ちを表す時にアラブ人は腕を組むというくだりがあった。
ここに写っているインド少年達はアラブ人ではないが、ペルシャから渡ってきたイスラム文化が現代インドに根付いていても不思議じゃない。
もしかして、彼らは私に敵意はないってことを表してくれてるのかなぁと思った。(見当はずれかも???)


 長い1日を終え、ホテルへ。
 以前ムンバイに泊まった時、運転手がホテルを知らず、道で誰かに聞いても(深夜なのにたくさん出歩いてた)、みんな「no problem」って言ってデタラメを教えるので、私も困った経験があった。だから今回は、予約したホテルの分は、住所も地図もバッチリ用意しておいた。お陰で、迷うことなくドンピシャで到着した。ただし、その前に1軒、予約もしてないホテルに連れて行かれて荷物まで降ろされ、こっちに泊まった方がいいって言われたんだけどね・・・・。(;^ω^)




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