インド(ムンバイ)

 

アウランガバード空港で出会った日本人の若者と、サイタクルズ空港から市街地までのタクシーをシェアした。
日本でのこと、インドでのこと、いろんな話が聞けて面白かった。

道路はものすごいラッシュで、2時間近くかかって、やっとムンバイ市街に到着。

空港同様に市街地も、2年前に比べ随分きれいになっていた。
しかし、飛行機からは、巨大化したスラムがはっきりと見えていた・・・

彼らはどんなふうに締め出されたのだろう?更なる日陰の密集地に。

そう言えば、以前バンコックに行った時も、ちょうどAPEC首脳会議が開かれていて、
スラムをVIPに見せないようチャオプラヤー川には巨大な横断幕が張られていたっけ・・・。

きれいで豊かなムンバイと、その日食べることで精一杯の人々のいるムンバイ、
どちらも同じムンバイ・・・。
地下鉄敷設の工事をしていた。
地下鉄ができるとラッシュも減るだろうし、便利になるよね。
建物もあちこちで化粧直し中
チャーチゲート駅。
イギリス人のF.W. スティーヴンスの設計
たぶんこれが最高裁判所だったような・・・。
インド門やタジマハールホテルの見学後、プリンス・オブ・ウェールズ博物館(正式名称チャトラパティ シヴァージ マハラージ ヴァストゥ サングラハラヤ)に行った。1905年にウェールズ皇太子ジョージ5世のインド訪問を記念して創立された博物館だ。日本語のガイドテープ付きで、確か300Rsだったと思う。水は持ち込み禁止で、入り口で捨てないといけないので、無理して飲んだ。(・-・)

以前ムンバイで水族館に行った時、あまりにもたいしたこと無い展示だったので、今回あまり期待しないようにしていたんだけど、インド各地の遺跡の出土品など、それはそれは素晴らしい展示だった。何千年もに渡る、人類の信仰、英知、精神生活、善意・・、そんな諸々が詰まった展示だった。ジャイナ教に関わる展示も、相当興味深かった。

展示物だけでなく、建物も圧巻。インド・サラセン様式や、15・16世紀の西インド様式などが折衷された、贅沢な建物。

博物館隣のギャラリーにも、現代アート作品が数々展示されていて楽しめた。(インドで現代アートに出会うとは!そんなイメージ、私にはなかったもので驚いた。)

博物館の中で、たくさんの高校生に声を掛けられたが、不思議だったのは必ず第一声は「Where are you from?」だったこと。英語を学び始めたばかりだったのだろうか??私からも「日本のこと、何か知ってる?」などと尋ねてみたが、知っていると答えた子はただの1人もいなかった。日本って、ほんとに極東なんだなと思った。


電車の中。天井の扇風機の数に驚いた。 「LADIES ONLY」の車両
 インドでは、男女は何かと区別されているので、日本みた
いに痴漢対策の女性車両じゃないんだろうなと思った。
 電車は、乗降口を開けたままで
走った。

 駅に着くと、「降りる人が先」なん
ていうルールはないらしく、大勢が
我先にと、ドヤドヤ乗り込んできた。


 インド女性、バッグと靴は、思い
思いの物を持っていた。民族的な
色合いはなく、インターナショナル
な物ばかりだった。
 チャーチゲート駅から、この電車に乗って、グラント・
ロードに行った。片道4.Rs。そこで道を聞きながら、
ガンディー博物館(マニ・バヴァン)へ向かった。

 初め、タクシーで行こうとしたんだけど、ドライバー
が博物館を知らず、地図も読めないので電車で行くこ
とにした。(分かってるって言ったくせに、別の博物館
に連れて行き、言い訳ばかりするので、さっさと降り
た。結果的にタダ乗りしてしまった。)
  
 「インド建国の父」であり、お札にもなってるというの
に、ガンディーのことを知っている人にはなかなか会え
なかった。駅の職員も、街角の人々も、ガンディー博物
館の存在を知らなかった。だけど、警察で聞くなどして
やっとたどり着いた。
 そうそう、警察は随分と忙し
そうだった。道を聞くために
キョロキョロしながら警察署
に入ったのだが・・・、
奥の部屋からいろんな人
(逮捕された人)が次から次
へと退室してきた。

ガンディーの、そしてインドのシンボル、チャルカ。
国旗の中央に描かれている絵もチャルカだ。

 若い頃からの写真や資料
が盛りだくさんだった。

来館記念。
ガンディーと2ショット

1階の図書室には、ガンディー関連
の書籍が天井まで積まれていた。

ここは、入場無料だった。
あなたの善意だけどうぞと言われた。
ガンディーの寝台  粗末な衣服を身にまとい、「非暴力 不服従」を貫いた。
「非暴力 不服従」は、夫婦ゲンカからヒントを得たらしい。
 ガンディーの一生が、ジオラマで説明されていた。
 
 私はここで涙ウルウルだった。ガンディーとは、
何てストイックで革新的、そして献身的でありな
がら攻撃的なのか。

 「かくすれば かくなることと知りつつも
  やむにやまれぬ 大和魂」・・・そんな魂が、
ガンディーを突き動かしたのだと思った。
 彼の行動の原動力は、怒りのエネルギーなの
だと思った。
 
「明日死ぬかのように生きろ。永劫永らえるかのように学べ」
マハトマ・ガンディー

  


ムンバイの下町

バスの乗り方も、電車と同じ。 プラットホームで靴磨きの仕事をしている人もいた。
列も作らず、押し合いながらドヤドヤと乗り込む。




ピンクの2階建てバス
猿神ハヌマーン
街角の神様 駐車車両。こんな停め方、ちょっと理解できない。(^^ゞ
水飲み場
40℃以上になると、暑さでたくさんの人が死ぬそうだ。
パーン(噛み煙草)の屋台
いろんな香辛料を調合し、「キンマ」の
葉っぱで巻いてペロリと食べていた。


 日本人が見て、インドで面白いと思うであろう商売の1つに「体重を量る」ってのがある。露店にあるのは体重計1つ。
 インド人はふくよかな方が好まれるらしいので、「太ったかな?」「増えたかな?」ってワクワクしながら体重計に乗るのだろうか?

 それと、私が乗ったタクシーのダッシュボードには、自分(運転手)の好きな神様のフィギュアが必ず飾ってあった。

 もう1つ、面白いと思ったのは、「SUBWAY」。地下鉄かと思ったが、地下道(歩道)だった。こっちこそ元祖に違いない。

 おっ!まだまだあった。インド面白発見。

1  インド人は「Thank you」を言わない。言われても喜ばない。衣類など、買い物した時も「Thank you」なんて一言も言わず、商品を包んでバーンと投げてきたりするので、私はちょっとムッとしていた。ヒンドゥー教ではダルマ(自分のするべき仕事)が決まっていて、黙々とこなすだけなので、それをしたからと言って感謝したりされたりする意味も感じないのではないかと思った。
2  インド人は「No problem」が口癖。ホテルやプライベート・カー、道端などで、何か尋ねたり要求したりしても、いつも「No problem」
 こちらとしては、知らないなら知らない、できないならできないってハッキリ言ってもらった方が、とっても助かるのだが。
3  インド人が、首を縦に振ったらNOで、横に振ったらYES。非常に紛らわしい。デリーのドライバー、丁寧に承諾したのかと思ったら、ハッキリ断ってたんだな、これが。
4  高級レストランでは洋楽もかかっていたけど、街ではほとんどが陽気なインディアンミュージック。コピー品みたいなCDもたくさん売られていて、若い人も買っていた。日本人の演歌とは違う感じなんだと思った。
5  インド人は宵っ張り・・・夜の10時にレセプションから内線電話あり。明日は何時にチェックアウトするかとか、タクシー使うかとか、そんな用事だったけど、日本じゃ、かけない時間だと思った。レストランなども、夜になってから営業を始めるところが多い。年中暑いから、夜中に活動するのかな?昼間道端で寝ている人も多かった。
6  サリーの下には下着を着けているのか否か?サリーを見るたび気になっていたのだが、どうやら我々と同じらしい。スーパーでは、日本と変わらない生理用品が売られていた。
7  報道によると、インドのゲストハウスでは最近「No Sex Here!」という張り紙が張り出されることが多くなったようだ。(見たわけじゃないけど)



  

チャーチゲート駅にて

 インドは核兵器を保有し、シリコンバレーをも凌駕するほどのハイテクノロジーを持つ国だが、未だ児童福祉を達成できずにいる。

人通りの多い駅で、誰に踏まれるか分からないのに、爆睡していた。
夜、生きるための仕事を何かしているのだろうか?
人通りが少ない場所では、安心して眠れないのだろうか?
この子達は、一生、学校にも行けず、字も読めず、貧しいままに生きていくのだろうか。



ハジ・アリ廟

   海に浮かぶ霊廟。
   ムンバイ出身の富豪ハジ・アリが、メッカ巡礼(ハッジ)から帰った後、全財産を貧者に寄付し、海岸で溺死するまで瞑想したと言われている。
   ムスリムだけでなく、ヒンドゥー教徒も多く訪れる。

海は真っ黒に汚れていた。 海岸に打ち寄せられたゴミを拾って生活する人々
大波打ち寄せ、手すりもない、こんなにも長い参道を歩く勇気ナシ。
少しだけ歩いてみたが、台風並の強風で、足元もツルツル滑って海に落ちそうだった!

が、キャーキャー言ってるのは私だけ・・・。何と連れのYさんは、行ったのですよ! 
「私、行けそうな気がする。」なんて言い、一人で歩いてモスクまで。
びしょ濡れになって戻って来たが、その勇気、すご過ぎる。


大きなリュックを背負っていたせいか、あるいは外国人だからなのか、参道入り口で厳重なボディーチェックを受けた。



マハー・ラクシュミ寺院

 
この町で一番古いヒンドゥー寺院に行った。ここでも厳重なボディーチェック。
リュックの中の、ポーチの中まで調べられた。寺院内では写真撮影も禁止だった。

 

街には銅像がたくさんあった

アーユルヴェーダ初体験

 22歳のお姉さん(左)にマッ
サージしてもらった。5歳の子ど
もがいて、お母さんは35歳だと
言っていた。
 確か幼児婚は今ではもう法律
で禁止されたんじゃなかったか
と思うのだが、現在でもインドの
3分の1の地域では、結婚平均
年齢は15歳以下だと言う。
 このベッドの上でパンツ一
丁になった。オイルを付けて
ハードにギューギュー揉ま
れまくった!

 インドでは破格(超高額)の
800.Rsなり。翌日帰国だし、
値切るのも面倒だったので、
この値段支払った。
 ヒンドゥーの神様。
 日本の神棚に似ている。

 鳥居に似たゲートも、
あちこちで見かけた。

 神道のルーツ、インドなのかも
しれないと思った。
 

この日の食事

  下痢の翌日だったので、インターナショナルな食事を心がけた。
 ジュースとコーヒー、
トースト2枚に、好きな
エッグ料理がついて
80.Rs
コーヒーとプディングで150.Rs  食べきれない量のライスとベジタブルマサラ、
スープとミネラルウォーターと税金で、
430.Rsくらいだった。
香辛料も別皿でたっぷり付いてきた。
お米は粘り気のないインディアカ米だが
マサラとピッタリだった。

 

<追記>    〜12月4日 渡航情報(スポット情報)より〜

 9月13日

デリー市内で連続爆弾テロ(121名死傷)
10月1日 北東部トリプラ州アガルタラで連続爆弾テロ(76名負傷)
10月30日 北東部アッサム州グワハティで連続爆弾テロ(342名死傷)
11月26日 午後9時30分頃(現地時間)、ムンバイのホテル、レストラン、駅等十数か所で、無差別銃撃や爆弾(手榴弾)によるテロ事件が発生。183名が死亡、294名が負傷(29日、連邦政府発表)。また、テロリストはホテル2か所及びユダヤ人施設等を占拠し、人質多数を取って長時間立て籠もった。日本人2名が死傷。
12月3日 チャトラパティ・シヴァジ・ターミナス(CST)駅構内荷物保管所で爆薬が発見され、警察により処理された。





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