私達の平和を考える〜生ましめんかな〜(5年:道徳)
 広島校外学習(班別自主学習)の後、学年発表会を設け、自主学習で訪れたところを紹介し合った。その時、郵政局に行ったチームは、職員の方からもらった詩、「生ましめんかな」(栗原貞子・作)を紹介したのだが、表記や言い回しの難しい部分があり、発表会の中だけでは詩を十分味わうことができなかった。そこで、道徳の時間に、もう一度みんなで読み深めることにした。
 この詩がどんなシチュエーションで生まれたかは子ども達にも十分理解できたようだったが、死んでいく人の気持ちや、新しい命を見守る人の気持ち、命のこと、話者の心までは掘り下げることができず、発問のまずさを反省した。また、小グループなどでの話合いにもっていけばよかったと、学習形態についても深く反省・・・。せっかくの素材なのに、しゃんとしない授業となってしまった。 

こわれたビルデイングの地下室の夜であった。
原子爆弾の負傷者たちは
ローソク一本ない暗い地下室を
うずめていっぱいだった。
生まぐさい血の臭い、死臭、汗くさい人いきれ、うめき声
その中から不思議な声がきこえて来た
「赤ん坊が生まれる」と云うのだ。
この地獄のような地下室で今、若い女が
産気づいているのだ。
マッチ一本ないくらがりでどうしたらいいのだろう。
人々は自分の痛みを忘れて気づかった。
と、「私が産婆です、私が生ませましょう」と云ったのは
さっきまでうめいていた重傷者だ。
かくてくらがりの地獄の底で新しい生命は生まれた。
かくてあかつきをまたず産婆は血まみれのまま死んだ
生ましめんかな
生ましめんかな
我が命捨つとも

郵政局資料より
 
<子ども達の感想>

・自分は死んでもいいから赤ちゃんを救いたいと思った産婆さんはすごく優しい。
・真っ暗な中、お母さんと産婆さんが必死でがんばって生まれた命だから、生まれることができて赤ちゃんもとっても嬉しいと思う。
・お母さんも産婆さんも安心して死んだ。その他の人たちも、自分たちのけがも痛いけど、赤ちゃんを気遣いながら死んでいった人もいたと思う。
・マッチ1本ないところで産婆さんがいたのはとてもラッキーだったけど、その産婆さんはとっても大変だったと思う。なぜなら、暗くて光がないところで仕事をするのはやったことがないと思うし、血や汗などで手が滑ったと思う。お母さんは、とても嬉しかったと思う。
・自分のことは気にせず、人を助けるということが、自分にできるかどうか分からない。
・ひとりでも命が生まれてぼくはよかったと思う。命は希望なんだと思う。
・地獄のような真っ暗な中で生まれた赤ちゃんはかわいそうだけど、みんなを元気づけたと思う。
・自分が血まみれで死にそうなのに、人を気遣える人がいるんだと思った。
・赤ちゃんが生まれそうな時に原爆が落ちて、お母さんも赤ちゃんもとってもかわいそうだ。血まみれの身体で赤ちゃんを産むのはとっても大変だと思う。死ぬ命より生まれる命の方が多い方がいいと思う。
・けが人がいっぱい集まってうめき声をあげている中で、赤ちゃんが生まれたら、絶対びっくりすると思う。すごいことだと思う。
・産婆さんの勇気を見習いたいと思う。原爆が、戦争さえこの世になかったら、まだたくさん人生があったのに、戦争のせいで一瞬にして人生がなくなったのでとっても悲しい。戦争さえなければみんな幸せなのに。
・国のリーダーは、自分は安全なところにいて、人をたくさん死なせている。人の苦しみが分からないといけない。
・赤ちゃんは、産婆さんが命がけで助けてくれたことを分かっているかもしれない。産婆さんに会いたいと思う。
・日本が戦争を始めなかったらこんな悲惨なことは起こらなかった。
・そのとき生まれた人は産婆さんの生まれかわりと思う。バトンタッチのように。自分がもう死ぬという時に最後まで仕事をした人。責任感がある。産婆さん、お母さん、栗原さん、みんな知らない人同士だけど、つながっている。悲しいつながりだけど。
・途方にくれていた人に希望を与えたと思う。残った命を振り絞って、己が命捨つとも他の命を助けるのはすごい。産婆さんは生きる確率をどう思っていたのだろう。その勇気は世界一だ。
・地下室にいた人たちも、死にたくない人がたくさんいたと思う。戦争は人を地獄に突き落とす。
・産婆さんがいなかったらその子は死んでいたかもしれない。自分が大けがしていても、子どもの命の方が大事で、自分は命が助からなくても子どもは助かると思って働いたと思う。

     

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