私達の平和を考える〜ヒロシマ校外学習記〜(5年:総合的な学習)

8:00
 学校出発
9:30
 平和公園到着
〜11:20
 班別自主学習1 平和資料館と平和公園見学
   
・ 平和公園内にある戦争遺跡やモニュメントを、班ごとに見学した。
・ 原爆の子の像は、どの班も真っ先に見学。
・ 折り鶴を供え、鐘を鳴らしたり、黒御影石に刻まれている「誓いの言葉」をしおりに書き写したりして過ごした。
・ 道徳や総合の時間に学んだことを思い出して口にする子も多かった。
〜11:45
 昼食
〜12:30

<語り部 沼田鈴子さんのお話>
 
・ ビデオも観て、事前学習を積み重ねていたので、子どもたちは身近な人に再会したような感覚だったのだと思う。
・ お話も、終始真剣な態度で聴くことができた。
・ ただ、あの時間帯、被爆アオギリの前での聞き取りは最悪のロケーションだ。
・ お弁当やおやつを周囲でがやがや食べてる人が多く、せっかくのお話が所々聞こえにくかった。

〜15:15

 班別自主学習2 市内探訪
・ 事前に立てた計画に従って、班ごとに市内の遺跡等の見学に行った。
・ どこまで歩いて何番の電車に乗るかなど、十分な下準備をしていたので、ほとんどの班が効率よく行動することができた。
・ 予定していた時間と多少のズレはあったが、大幅な変更はなかった。
・ 助け合って行動できたし、実り多い時間だったと思う。

<ルート>
被爆ユーカリとマルバヤナギ・第5師団地下司令部壕跡・大本営跡・逓信病院と郵政局・旧帝国銀行(アンデルセン)・爆心地
広電元変電所・被爆電車・御幸橋・広島赤十字原爆病院・旧日本銀行・袋町小学校平和資料館・本通・爆心地
本川小学校・相生橋・旧帝国銀行(アンデルセン)・袋町小学校平和資料館
峠三吉の墓・西応寺・平和会館・YMCA・町の中の被爆者の絵
幟町小学校・幟町中学校・鉄砲町・旧日本銀行
 
<藤井純子さんのお話・地下壕跡にて>
   


17:00

 
 学校到着

〜子どもたちの感想〜

<沼田鈴子さんの話を聴いて>

・ ぼくは、戦争はいろいろな人の心に傷をつけ、人々を苦しめたということが、よく分かった。沼田さんは結婚相手をなくし、生きていく自信をなくしたのに、アオギリを見て生きていく自信を取り戻したのがすごいと思った。ぼくは、世界に平和が来てほしい。イラクの戦争もなくなってほしい。
・ 原爆にあって助かっても、放射能で無事だった人も死んでいった。助かったとしても、原爆の差別で最悪なことも起きてるから、被害者はとてもつらいと思う。もし、日本がハワイ州を攻めたりしなかったらこんなことにならなかった。沼田さんの話を聞いて、分からないことが分かった。

・ 麻酔もしないで足をノコギリで切るのは、とても痛くてつらかっただろう。木も、人間と同じケロイドになるということを初めて知った。
・ アオギリをずっと見ていたら、声が聞こえてきた。核兵器を使うのは許せない。人間を苦しめ、傷付けるのが許せない。放射能を含んだ雨、それを浴びて死んでいく人々・・、もうそんな光景を見たくない。今、海で水爆の実験が行われている。そんなものをもって何がいいのだろう。いままで日本は朝鮮の人々を拉致して、無理やり働かせ、事件を繰り返し、国を奪い家や人々もみな殺し、赤ちゃんも殺して、いろいろひどかったけど、日本も反省しないといけない。
・ 戦争は、いろんな人が反対しているのに、一部の人が勝手に始めて、何にもしてない人まで殺される。どうして話合いで解決できないのか。いつ爆発するのか分からないのに、兵器を作って人を殺していく。沼田さんは、ぼくたちに戦争の恐ろしさを伝え、けんかをしてはいけない、それが大きくなって戦争になると教えてくれた。そして、生きていられる喜びを伝えたいんだと思う。だから、みんなの前で、自分の経験を話して、他の人にも知ってもらい、その人たちが戦争を起こさないようにと自分のつらい過去を振り返っているのだと思う。沼田さんだけではない。他の語り部もそうだと思う。話さない人は過去を思い出すのが恐いんだと思う。みんなが戦争に反対すれば、戦争はなくなる。核はなくなりはしないけど、これ以上作らないでほしい。そして、話を聞いたぼくたちが戦争を起こしてはいけないと思う。
・ 私は聞いていてとてもかなしかった。アオギリはあと何年生きれるんだろう?また会いたい。沼田さんを信じてくれる人はアオギリのほかにも、まだまだいると思う。
・ 私は一生、戦争をしたくない。沼田さんのお話の中には大事なことがぎっしり詰まっていた。
・ 被爆者たちは差別を受けたりしてつらそうだけど、けんめいに話をされているのはすごいと思った。
・ 私は、戦争をしないで平和を祈っている。私の学校で起こっているケンカも、戦争と同じだ。沼田さんもそのことを言っておられた。沼田さんは、アオギリにも命があり、鉛筆にも命があるとおっしゃった。私は鉛筆も大切に使い、友達とのケンカもやめようと思った。命は1つしかない。
・ アオギリは沼田さんの命の恩人だ。
・ 戦争はみんなを苦しめて、みんなの希望を奪っている。戦争は、大切な物を奪って憎しみしか生まない。兵器と戦争をなくして、幸せな世界を作りたい。
・ お話をしてもらって、原爆について今まで以上に分かった。沼田さんとアオギリの関係はすごいと思った。友達と仲よくし、全ての命を大切にし、恐ろしい戦争をもう起こさないようにし、平和を大切にしていきたい。
・ 戦争は二度としてはいけないということを、世界の人に知ってもらいたい。
・ 戦争の事が今までより実感できた。
・ 広島は70年間くらい草木が生えないと言われていたのに、今は大都市になっていることがすごいなと思う。
・ 軍隊に入るのはいや。だからもう二度と戦争は起きてほしくない。死ななくていい人がたくさん死ぬから。
・ 戦争は何でするんだろう。争いをして、幸せな人たちを不幸にして楽しいのだろうか。沼田さんも、せっかく幸せになれたのに、原爆と言う恐ろしい爆弾のせいで幸せな人生も失った。現実じゃないようで現実の話だ。沼田さんはその地獄からはい出した事がすごくすごいと思った。足は無くなったけど、がんばって戦争の事を伝えてこれるのはすごいと思う。ぼくは、たまたま生まれる年が違っただけで、また戦争が起こるかもしれないけど、ぼくは沼田さんみたいにみんなに伝えられると思う。
・ 最初に沼田さんを見た時は、足が片方ないというのが嘘と思えるぐらい元気だった。車いすに乗って動き回ったり話したりするのはとても大変だと思う。沼田さんがみんなに戦争のことを知ってほしいのがよく分かった。
・ 戦争はしてはいけない、原爆や核兵器は決して作ってはいけないということが分かった。アオギリはりっぱな木だ。戦争中も生きていて、戦争が終わって芽をつけてきて本当にすごい木だ。水もないのにどうやって生きてきたんだろう。原爆を作れといった人がにくい。原爆を作った人がにくい。


<資料館を見学して>
・ 平和記念資料館の中を見て私はとてもこわくなった。ガラスは原爆でとけて形がわからなくなって固まっていた。原爆でツメが黒くなりはがれた物もあった。
・ 私は、西館の方を詳しく見た。ろう人形を見た時、ちょっと気持ち悪くなったけど、勉強だから見た。
・ しんちゃんの三輪車は思っていたよりも小さくて、こげた弁当は真っ黒だった。
・ トタン板が布のように、しわくちゃになっていたり、鉄のとびらが爆風でゆがんでいたり・・・。本当にとても恐ろしい様子が心に焼き付いた。


<平和公園>
・ 佐々木禎子さんの像を見たら、鶴がとてもいっぱいあったのでびっくりした。そこに鐘があってそこにも鶴がついていた。この像を子どもがみんな協力して作ったこともすごいと思った。峠三吉さんの詩もかざってあった。とても印象深い詩だ。
・ みんなも、さだこさんのことを大切にしているんだなと思った。この間、5万羽も燃やされてしまったのに、たくさんあってびっくりした。平和の火は、広島の人たちが台風の日も大切に消えないようにしているのですごいと思った。佐々木さんにはもっと生きてほしかった。でも、りっぱな像が建って佐々木さんは嬉しいと思う。


<フィールドワーク>
・ 袋町小学校資料館には、「まさこーいきているかーわたしは・・・ここにいるぞーたけしーわたしはここだ」など、いっぱい伝言が書いてあった。もう消えかけていた。
・ 広電本社・車庫では、お話を聞いて電車にも乗せてもらった。650型の四両が今も走っていて、その中の1両は八月中に復旧したそうだ。それも人に力をあたえてくれた物の1つという事が分かった。
・ 袋町小学校で一番よく焼けてしまったのが左右にあった校舎だそうだ。そこにも鶴がかざってあった。原爆後の片づけなどは残された人でやって、とても悲しい思いをしたそうだ。私も聞いていてとても悲しくなった。
・ 広電本社で戦争前からずっと使っている建物も見せてもらった。来年から走らせないなどとうわさされている650型の4両は、今からもまだ走らせるそうだ。
・ 今日いろいろなことを知った。だいぶ前からいろいろ調べていたけど、やっぱり思っていたよりすごかった。
・ 地下司令部壕跡は、自分が思っていたものより広かった。
・ 第5師団地下司令室司令部跡の藤井さんは、日本がまた戦争をするかもしれないから心配だと言っていた。ぼくは、これからも、ずーっと戦争をしてほしくないと思う。
・ アンデルセンはベーカリーって感じではなく、レストランみたいだった。
・ 袋町小資料館で、おじさんに案内してもらった。「袋町小は爆心地から450メートルで月曜日だった。1年生と2年生は疎開せずに残った。200人ぐらいいた。」などといろいろ話してもらった。
・ 旧日銀のプレートには、各銀行が窓口を設け、8月8日から業務を開始したと書いてあった。
・ 3000℃〜4000℃もあるなんてびっくりしたし、そういう所だったから人が蒸発とかするんだなと思った。
・ 原爆ドームは、写真とかでは見ていたけど、本物は、やっぱり迫力があった。そこには「永久に保存する」と書いてあったから、それもびっくり。それほど大切にされていて、原爆のおそろしさが分かる物。原爆ドームはその代表的な物だから大切にするんだね・・・。
・ 平和が一番。もう58年前の悲しい出来事を繰り返さないように、平和を主張していって戦争なんてものをこの世からなくしてほしいと心から思った。


この後、各班で行った自主学習の発表報告会を開いた。

・ 写真は、発表報告会の後、縮小した資料を持ち寄り、雲霞紙(うんがし)2枚分にまとめたもの。
・ 中央に広島市内地図を配し、探索した場所を写真入りで解説。
・ その周りに貼ったツル型のカードに、自分たちの感想を書き込んでいる。

・ この掲示物は、地域の文化祭の「小学生の部」で特賞をもらった。(トロフィーと賞状をget!)

平成15年10月22日

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