社会見学事前学習(5年)

 
 5年生の学級担任から社会見学の事前学習を依頼されたので、張り切って準備を整え授業した。
はじめは、社会見学で行く場所の紹介から。
そして、スライド(何と97枚!)を見せながら、
被爆遺跡や被爆の様子など
どんどん説明していった。

スライドだけだと消えていってしまうので、
周りに譜面台を立て、写真を約30枚選んで展示した。

そして、暇な時に写真に対する感想などを
付箋に書いて貼っておくよう伝えておいた。


本時(2時間)では説明が中心で、意見を聞き合ったり
交流したりする時間が持てなかったので、
付箋や、終末で書いた自己評価カードへの記述を
まとめたものを、事後に子どもたちに見せたいと思っている。



【説明内容】

世界遺産の原爆ドームが経年劣化で崩壊の危機にある
ことや、被爆前は当時の最先端の建物だったこと、
産業奨励館の役割など。


原爆投下地点や目標地点、原爆ドームとの位置関係、
明らかになっている投下の様子、など。


被爆建物のレストハウスについて

現在の地下室の様子や、爆心地付近での唯一の生存者
 野村英三さん(84歳で死去)のエピソードなど。

爆心地 島病院について。
出張のため院長は難を逃れたが、戦後も原爆については語ろうとしなかったそうだ。島病院は、3年後に同じ場所で開業している。


当時の繁華街 中島町について。

人口35万人のうち、14〜16万6000人が年内に死亡した。


原爆投下や被爆の様子








ここからは、
「熱戦」「爆風」「放射線」の被害について

火薬と放射線との違いや、黒い雨のこと、放射線を浴びたことによると思われる様々な病気のことなどを話した。




その後、広島赤十字病院や本川小学校のエピソードと
そこに遺されるガラスの突き刺さった壁などの遺跡や遺品の説明




被爆した墓石


広電の被爆電車


佐々木禎子さんのエピソード

平和記念資料館の展示物

リトルボーイ

8:15で止まった時計

ボロボロの衣服・溶けて曲がった瓶・・・・

しんちゃんの三輪車
(絵本を見せた。)

三位一体の遺品

黒焦げの弁当

被爆3時間後の御幸橋の様子と動員学徒について

動員学徒慰霊塔


ここで、特攻隊や回天、
沖縄のひめゆり部隊のことにも触れた。

朝鮮人犠牲者については、
韓国人原爆犠牲者慰霊碑の説明で触れた。



原爆供養塔

原爆死没者慰霊碑


嵐の中の母子像

祈りの像

教師と子どもの碑

平和観音像

原爆の子の像
(ここでは折り鶴からできた再生紙を見せた。)


峠三吉・中沢啓治の紹介
(原爆詩集 序の読み聞かせ)

ケロイドについて

敗戦までの死者数・負傷者数・被災者数

周南市(海軍燃料廠)・光市(光海軍工廠)
・下松市の空襲被害について

骨と皮になった兵士の写真

日本が苦しめたたくさんの国々を示す世界地図



ここまでで残り時間が20分くらいになった。
ずっと説明ばかりだったので、飽きはしないかと
初めは心配もしたが、皆長時間集中して
よく聴いてくれていた。



「戦争は過去のものか。」と問いかけると
すぐに「いや、違う。」との反応が返ってきた。

今も戦争をしているところがあることは、
皆よく知っているようだった。しかし、
日本が新たな戦争に繋がるかも知れない危うい道を
踏み出しつつあるとは想像もつかないようだった。

そこで、今着々と推し進められている
平和憲法を改正しようとする動きや、
武器輸出三原則が事実上廃止になったことなどについて、
解説した。

特定秘密保護法は、2014年12月10日に施行され、
決して自分達と無関係なことなどではない。



「戦争とは何なのだろう。」
「平和を守るにはどうすればいいのだろう。」


もちろん、すぐに答えが出るものではない。
が、いつも心に留め、自分なりに考えていってほしいと思う。



【授業の感想を書いている子どもたち↓】

ぎゅうぎゅう詰めで蒸し暑かったけど、真剣に頑張っていた。

この後、アニメ「はだしのゲン」の原爆投下場面だけを
約4分間見せた。


最後に、これまでに私がお呼びした被爆者の方々を紹介。



 
 亡くなった沼田鈴子さんには、現地でお世話になった。

 「アオギリのうた」(企画・制作/広島市)のCDジャケットを見せながら、沼田さんとアオギリの関係について、ほんのさわりだけ話した。

 南米の先住民に伝わるお話の読み聞かせをした。例え一羽が運べる水滴はひとしずくでも、もっといたらコップ一杯にだってプール一杯にだってなるかもしれないと言ったら、大きくうなずいてくれていた。


 隣の人と仲よく・・・そんな話もして授業を終えた。
 よくもまぁ、これだけ詰め込んだものだと我ながら思うが、
どうしても伝えたいことばかりだった。
 まぁ仕方ない・・・。

 授業の後、「みんなの社会見学について行きたいな。」と私が言うと、「いいじゃん。」「それがいい!」って言ってもらえたので嬉しかった。バスガイド、上手にやる自信ありますっ!退職したら、そういうのもできるかも?って思った。(自信過剰・・・)

 参観した先生方からは、ものすごい喋りだった、よくあれだけ喋れると思った、などと言われた。
付箋に書いて寄せられた子どもたちの感想


【原爆ドーム】
 窓ガラスが破壊されてとても大きな被害だったし、勤務中の人は全員死亡したのでかわいそうだ。
 外国人がせっかく設計したのにボロボロになった。
 まだ遺されているのもすごい。
 こんなふうに家が壊されたら怖い。
 原爆の中、耐えたのがすごい。


【しんちゃんの三輪車】
 悲しい。もうこんな悲しいこと、したくないしされたくない。

【嵐の中の母子像】 
 こんなにも慌てているんだと思った。

【被爆電車】
 被爆した電車が今でも走っているのですごい。

【被爆した墓石】
 威力がよく分かった。

【原爆の子の像】
 禎子さん達のために世界の人々がお金をだしたので、立派だと思った。
 戦争は二度と起きてほしくない。
 私達が平和を守っていきたい。もう二度と戦争は起こしたくない。

【原爆死没者慰霊碑】
 平和が続いたらいいなぁと強く思った。
 慰霊碑の真ん中から原爆ドームが見えた。一生戦争が起こらないようにしたいと思った。

【動員学徒慰霊塔】
 学生でも戦争に付き合わされていてかわいそうだ。

【レストハウス】
爆心地から170mしか離れていないのに地下で生きていた人はすごい奇跡だと思う。
中島町でたったひとつの建物なので大切にしたい。

【蝋人形】
人の皮膚が溶けて幽霊みたいになっているから怖い。
人の皮膚がどろどろになってかわいそうだ。
平和ってやっぱり大切だなあと改めて感じた。世界中が平和になってほしい。
熱くて苦しかったと思う。
被害がひどかったことがよく分かる。
戦争はこれからも起こしたくない。


【被爆した人の写真】
とても被害が大きかったのでびっくりした。
すごく悲しい。見ているだけで自分までつらくなる。
戦争のことがよく分かった。

【佐々木禎子さんの年表】
左足が紫色になり、眠れなくなるくらい苦しかったんだなということがよく分かった。
自分なら死にたくないし、ここまでしなくてもいいのにと思った。どんな理由があったとしても戦争はあってはいけない。いつまでも平和な国でありたい。
亡くなるまで毎日苦しんでいたのでかわいそうだ。

【全国への空襲(爆弾の投下)】
爆弾をいろいろな場所にばらまいている所が怖い。
戦争は絶対にしてほしくないし、原爆も落とされたくない。

【下松空襲】
死者が250名以上とはびっくりした。
今の下松とは思えなかった。

【ガラスの突き刺さった壁】
ガラスで壁がこんなことになるんなら、人間の体に刺さったらとても痛そう。
ガラスの力はとても強いと思った。

【キノコ雲】
キノコ雲を見るだけで、いろんな恐さが分かる。
イメージするだけで恐い。
こんな雲はもう見たくない。すごく恐い。
被害がとても広くてびっくりした。
黒い雨を降らせて恐い。実際に見た人はもっと恐いと思った。

【火球模型】
思っていたよりも被害がひどくてびっくりした。
こんなに大きかったなんて知らなかった。
原爆が爆発したのが空中だったことが分かった。
火球がたくさんの建物を覆っているのにびっくりした。


【爆心地】
3000〜4000度もあるのはひどいと思った。
島病院の中にいた人はかわいそうだ。
途中、5分間だけ休憩を入れた。その時に「書ける人は書いておいて。」と付箋を配った。休憩中は「にんげんをかえせ〜焼き場の少年」(制作・著作:原爆症認定集団訴訟支援全国連絡会、弁護団)のCDをかけた。1人で複数枚書いた児童もいた。
子どもたちの感想
 一つの爆弾でものすごい被害があったのが分かった。爆風を逃れても放射能で死んでしまったということが分かった。

 世界が平和になればいいと思った。原爆のすごさや被害がよく分かった。日本を戦争にしたくない。

 僕は戦争をする理由が分からない。山口県民の被爆による死者数が全国3位だったのもびっくりした。広島の人は何も悪いことをしていないのに勝手に原爆を落とされてかわいそうだ。僕達が大人になっても絶対に争いごとをしないでいきたい。小さな事からでも争いは起こるので、小さな事からなくしていきたい。

 原爆ですごく被害が起きたので、もう戦争を起こしたくない。

 原爆を受けた人はとても苦しかったと思う。1kmでも2kmでも離れたところでも被害が起こるのはびっくりした。身体が焼けたり皮膚が溶けたりするのはとても怖い。昔の人はすごく頑張ってきたことが分かった。

 10年後、自分が戦争に行かないといけなくなるかもしれないから、平和じゃないといけない。原爆で苦しむ人がいっぱいいるし、町がごちゃごちゃになるから戦争はしてはけない!
 
 たった一つの爆弾が2kmも3kmも届いてびっくりした。なぜ戦争をするのかなと思った。

 自分がもしその時に生まれていたらどうなっていたのかと思った。そう思うとすごく心が痛んだ。家族がみんな溶けてしまったら、どんなに友達や家族が悲しむだろうと思ったら悲しい。今日もここにいられることがどんなに幸せなのかと改めて思った。だからこれまで以上に友達や家族を大切にしたいと思う。

 たくさんの人が亡くなり、今も爆弾を上からばらまいている国があることが分かった。怖かった。初めに見た写真を見たら、(被爆前の町は)立派だったなと思った。

 戦争は残酷だということが分かった。今まで私は「はだしのゲン」やニュース番組くらいでしか戦争のことを知る機会はなかった。だけど今日、聞いたり写真を見たりして何万人もの人が亡くなったことを知って、戦争は怖いものだなと思った。だから亡くなった人たちのためにも戦争のような過ちを起こさないでほしい。

 戦争の怖さ、被害、その後がよく分かった。原爆で犠牲になった人はとても多くて驚いた。原爆の時の建物が残っていることはすごいと思う。

 戦争は命を奪う、嫌な思いをする、仲間がなくなる、被害が起こる、悲しい、関係ないのに巻き込まれることが分かった。

 今のような平和な国をつくっていきたい。過去に戦争に関わった人の命を無駄にせず、戦争をもう起こさせたくはない。原爆はものすごく悲惨なものだと思った。

 戦争のせいで、たくさんの人が亡くなってしまってかわいそうだ。戦争がどれだけひどいことか分かったので、私が大人になったら戦争を起こしたくないと思った。

 戦争は人々の命を奪ったりするので、やってはダメだということが分かった。

 戦争は人の命を奪うとっても危険でやってはいけないこと。命を奪ったら人生はもう元通りにはならない。

 予想以上だったのでびっくりした。
 戦争があったらどれだけ大変なことになるかが分かった。絶対に反対だ。巻き込まれた人には安らかに眠ってもらいたい。戦争は絶対に二度としてほしくない。

 昔の人の苦労がよく分かった。戦争が起こってほしくない。

 病気に罹った人も怖かったと思う。戦争のない平和な世の中にしたい。

 今は戦争は起こらないと思ったけど、いつ起こるか分からないことが分かった。平和な世の中が一番いいと思った。

 原爆で何人の人がどのように死んだのか、実感があまりなかったけど、どんな病気になったのか、民間人や兵士はどんな状態だったのかが分かったし、また戦争が起こる可能性もあるので、これまでに死んだ人達のためにも平和がやっぱりいいなと思った。

 社会見学では戦争のことをよく知って見学したい。

 被爆者はいろいろな病気になって苦しんでいたのでかわいそうだと思った。

 どんどん平和じゃなくなるかもしれないので、平和な国でいてほしい。
 
 戦争はとても危険で大勢の人が一瞬で死んでしまうことが分かった。絶対に戦争を起こしてはいけないことがよく分かった。

 広島の人はとても苦しかったと思う。まだ10代や20代の人もいて、本当だったらもっと生きていたと思う。

 生き残った人がいて良かった。ありがとうと言いたい。

 外国だけが悪いんじゃなくて、日本も悪いということが分かった。

 予想したよりもっとひどかった。話は怖かったけど、実際そういうことがあったから、戦争がどれだけ怖いか分かった。

 日本も周りの国を巻き込んで戦争をしたし、日本人もたくさん巻き込まれていたので、やっぱり戦争はしてはいけないと思った。外国に武器を渡したり、他の国の戦争を手伝ったりなんてことは絶対にやってはいけないと思う。

 自分に伝わってきた。戦争はしたくない。

 爆心から170mの地点で生き残るとはすごい奇跡だと思った。割れたガラスが刃物のようで、それが壁にも突き刺さっていて、すごい風だということが分かった。

 今のように平和を続けていく大切さを知った。もう戦争は起こしたくない。

 原爆は何もかもを壊してしまうことが分かった。

 私も戦争は反対だ。絶対にしてはいけないと改めて分かった。原爆ドームや資料館は行ったことがあるが、まだ小さかったのであまり分からなかった。だからもう一度行けて嬉しい。

 平和を大切にして戦争はしない。

 戦争の内容を僕はあまり知らなかったけど、この学習をして食料不足で亡くなった人や放射線を受けて亡くなった人もいることが分かった。戦争がなくなることを願いたい。

 戦争はいつ起こるか分からないし、今から起こるかもしれないと思った。戦争で亡くなるのはとても悲しいことがよく分かった。

 たくさんの人の命を奪っているので、絶対にやってはいけないと思った。下松市でもたくさん亡くなっていることが分かった。

 人間はとても残酷だと思った。このことを知って悲しくなった。今まで戦争は過去のことだと思っていたけど、今日のお話でいつあるか分からないということが分かった。戦争は絶対にいけない。

 もう戦争がないとは言い切れない。もっと平和にしていきたい。こんな悲しいことしたくない、させたくない。あんなに命を失ったのに。人は戦争のために生まれたんじゃない。

 戦争で苦しまない人はいない。自分が戦争のある時に行ったら、一秒でやられていたと思う。平和の大切さを改めて感じた。命を粗末にしてはいけないと思った。

 戦争はとても残酷なものだということが分かった。戦争はやりたくない。

 下松も空襲を受けたことは知らなかった。不発弾もあることはとても怖い。

 広島だけでなく、他の県でも犠牲になっていることが分かった。中学生でも参加させられていてかわいそうだ。

 (今まで知っていたより)もっと悲惨に思った。

 これから戦争がもう起こらないようになれたらいい。もう苦しむ人を増やしたくない。

 この世の中の戦争をなくしたいと思う。

 戦争は人と人との殺し合い。得るものより失うものの方が多く、たくさんの人々が辛く悲しみ、若い人までみんな死んで、見るのが辛かった。見るものを(事前に)確認しておくことで、覚悟のようなものができた。

 山口から近い広島が、こんなにすごい被害を受けていたと知った。山口県の人もたくさん亡くなっていることを初めて知った。また戦争をして何がいいのかと思った。

 社会見学に行く前にこの学習ができて良かった。昔戦争があったけど、もうないというわけじゃないので、これからも平和を大切にしていきたい。社会見学に生かしたい。

 10年後にもし戦争があったら行かないといけない。戦後のことも知ることができた。

 感想を読むと、子ども達のみずみずしい感性に訴えかける授業にはなったと思い、満足した。戦争が人ごとなんかではないということが伝わったのなら嬉しい。

 5年生の担任ではないし授業も受け持っていないので、この時間を逃したらもう後がない・・・そんな焦りもあって、詰め込むだけ詰め込んだのだが、2時間で説明するには97枚のスライドは限界ギリギリだった。早口で喋りまくったので時間を過ごすことなく終わることができたが、分かりにくいところもあっただろうとは思う・・・。

 またいつかチャンスがあれば、あれも話したい、これも話したい・・・、そんな内容がまだまだたくさんある。

 家で「今日はこんな勉強をしたよ。」と話してくれたら嬉しいな。去年担任した子達の兄弟もいたな。教師って楽しいな・・・と思う。


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