ふるさとに帰れない 〜 第一次 第4/5時 〜 (5年:道徳)

11/08/2003

  差別を見抜く子に! そして、差別を許さない子に!


<前後の流れ>


 
1 「ありんちゃんと森の動物たち」「ふるさとに帰れないありさん」(別府市溝部氏制作)を読み聞かせ、感想や疑問を交流した。
2 ハンセン病の症状や、らい予防法に関わる歴史(成立と廃止、国賠訴訟)、差別の実態を学んだ。
3 証言(ハンセン病国賠西日本訴訟本尋問)や手紙(日野弘毅さんの小泉首相への手紙)を読み合い、感想や疑問を交流した。
4 <本時>
5 「ありたちのさいばん」を読み聞かせ、ハンセン病国賠訴訟裁判の概要を学んだ。


菊池恵楓園(熊本県)の太田國男さんを迎える準備をしよう
 ・ビデオ「九州・沖縄アンコールアワー 心をつないだ電子メール」視聴
 ・集会準備


学年集会をしよう


学んだこと、分かったこと、知らせたいことを発信しよう
・前時までの学習で、子ども達は、らい予防法のもとで行われた強制隔離や強制作業、堕胎、断種、偽名等の事実について学んでいる。
・また、家族やふるさととのきずなも捨て療養所に行くしかなかった患者の気持ちや、そうせざるを得なかった家族の気持ち、隔離されなかった人の気持ちなどについても、自分なりの理解を深めてきている。
・ここまでの主な反応は、「どうしてこんなひどいことが起こったのだろう。」「私が生まれてからもまだ法律は生きていたなんて信じられない。」「薬がもうできているのに、家でも使えるようになぜならなかったんだろう。」等であった。



本時(4/5時)の記録
 <ねらい>
 Tさんの人生を知ることを通して、今でも回復者が自由に生きることができない事実をつかみ、自分にできることを考える。

 <準備>
・療養所内小学校の写真(岩波写真文庫「離された園」より)
・寮父の談話、T氏の話(CD)、納骨堂の写真
・ワークシート

● 活動1

 Tさんが通った療養所内小学校の授業中の写真(教師は白衣にマスク姿)を提示し、気付きを述べ合った。
 また、多くの教師たちは子どもとは手も触れず、答案や作文は消毒箱に入れてから手にし、職員室への立ち入りも禁止していたことなどを知らせた。
 写真を見て、教師の姿の違い(白衣・マスク)に子ども達はすぐに気付いたが、教師までもが接触を避けていた事実がとてもショックだったようだった。前時までに、らい菌は感染力の弱い菌であることを学んでいたので、「教師失格」「普通の服を着ても白衣を着てもおんなじなのに。」「決めつけてるだけ。」「勘違いしている。」などの発言があった。「ぼくがハンセン病でもぼくのホッチキス使える?」と私に聞いてきた子もいた。「初めは給食当番かと思った。」「ハンセン病の勉強と関係ない写真かと思った。ハンセン病に結びつかなかった。」「先生とは思わなかった。」という意見もあった。
 写真には写っていないゴム長靴や、消毒箱で消毒していたこと、職員室は立ち入り禁止だったことなども説明し、そこにいる子ども(Tさん)の気持ちや、教師の気持ち、親の気持ち等を想像させた。また、寮父の談話(親に帰省を拒否された子どもの話)を紹介し、教師ばかりではなく、世の中全体がいかにTさんたちを苦しめてきたか伝えた。


<子どもの反応>
ア 子ども時代のTさんの気持ち
・自分だったら、とっても悲しい。
・先生に、簡単にはうつらないことを知らせたい。
・自分だったらうつしてやりたい。なった人の気持ちが分かるかもしれない。
・Tさんは、家族が迎えに来ることを信じて我慢している。
・外に出たら恐いから出たくはないけど、療養所にいたくもないし長生きもしたくない。
・自殺した人の気持ちが分かる。
・なった自分が憎いかもしれない。自分のせいじゃないのに、家族の人生までくるったのがつらいと思う。
・一生はいたくない。自分が死ぬ前に親に会いたい。

イ 先生の気持ち
・菌がうつるのがいや。
・白衣を着たくない先生もいたけど、ルールだからといって、いいなりの先生が多かったんじゃないか。お金のために。
・ルールを決めた人は、ただの嫌がらせだったと思う。無責任だ。
・日本の政策の間違いがばれたら困るから、患者をいつまでも差別したのだと思う。

ウ 親・兄弟姉妹の気持ち
・子どもを返してほしい。離れたくない。早く治してあげたい。
・子どもがどんな生活をしているのか心配。差別もなく平和に暮らしてほしい。外国に行きたい。
・無事に帰ってほしいけど、差別のせいで帰ってきても楽しい思い出ができないかもしれない。
・近所や親戚の人にもかわいがってもらえないし、苦しい思いをさせたくないから、迎えてやれない。
・また消毒や差別をされると悲しい。
・死ぬ気で子どもを連れて帰りたい。
・子どもは連れて行かれたし、苦しい。子どももひとりで苦しむのはかわいそうだから、一緒に死んでもいいという気持ちになっていると思う。

 (親や兄弟姉妹の気持ちは想像しにくいようだったので、これまで使ってきた紙芝居をもう一度見せたり、ワークシートにある証言を示したりして思考や発言を促した。)

● 活動2

 統計資料によって全国の療養所で行われた強制作業や堕胎、断種等の差別の実態を確認すると共に、ワークシートによって回復者たちの闘いの歴史を振り返った。(既習事項の振り返り)
 

● 活動3

 納骨堂の写真(T氏撮影)を提示し、今も全国の療養所で2万3000の遺骨が引き取り手もないまま眠っていることを伝えた。(「もういいかい お骨になっても まあだだよ」の詩も提示)
 また、Tさんの話を吹き込んだCDを聞かせることによって、らい予防法廃止後も、回復者は病気が完治しているにもかかわらず生活がほとんど変わらない事実に気付かせた。

 Tさんの入所が、自分たちと同じ小学5年生だったことを知り、子ども達はびっくりしていた。改めて隔離された年月の長さを感じ取ったようだった。また、お母さんが刃物を持ち出した話の部分では、皆、身体を硬くして聞き入っていた。後で聞くと、自分のことのように恐かったと言っていた。


<子どもの反応>
・誰だって先祖代々の墓に入りたい。・差別されたくない。
・家族でさえ、お骨を引き取ってくれないなんて、私だったら耐えられない。
・後遺症を見られたくないし、50年も療養所にいたから、外に出れない気持ちは分かる。
・ハンセン病だったからと言って差別する人がいたら絶対に許さない。
・世界中の人を説得したい。
・Tさんのお母さんは、苦しい思いするよりは、一緒に天国に行った方がいいと思ったと思う。
・今でも兄弟にさえ言えないのはあんまりだ。
 

● 活動4

 気付きや感想、疑問、自分はどうありたいか等、小グループで話し合った。また、話合いの結果を全体の場で発表し合わせた。

<子どもの反応>
・どれだけ差別がひどかったか、知らない人がどれだけ多いかを思い知った。
・集会を開いて、知らない人に教えるといい。
・年を取った人の価値観は、もう変わらないかもしれないけど、子どもや若い人にはぼくたちで正しいことを伝えたい。
・裁判のこととか、もっともっと詳しく知りたい。知れる限りのことをいっぱい知って、差別をなくしていきたい。
・差別しない味方もたくさんいるけど、敵もたくさんいる。私たちが少しでも力になれたらいい。
・40年、50年と自分の時間を取られた人がすごくかわいそうだ。
・ハンセン病だけじゃなく、いろんな差別があることを知ることが大事だ。
・差別する人に今のこの気持ちを教えたい。
・学校の全校朝会の時に、みんなに教える。
・今も苦しんでいる一人一人の人を、一人一人救っていきたい。
・どうしたら差別がなくなるのか。
・訴えていきたい。
・いい加減な思いこみで人を差別してはいけないことがよく分かった。全ての病気がなくなるといい。
・相手のことを考える想像力がないとだめだ。何でも人の言うとおりに簡単に決めつけてはいけない。
・誰だって、風邪もひくし怪我もする。ハンセン病の人たちも、病気になっただけだ。
・平和学習ととっても似ている。身近なところから訴えていこうと沼田鈴子さんが言ったことがよく分かる。
・とっても将来に役立つ勉強だ。
・選挙で忙しいかもしれないけど、総理がテレビで訴えるといい。
・Tさんや回復者の生きる希望がなかったら、今もハンセン病の差別はあったと思う。

 最後に、疑問はTさんに尋ねることができることを伝え、授業を終えた。
<授業を終えて>
・どうしても気になった、子どもの意見がある。「うつらない病気だとみんなが知れば、差別は起こらない。」というものだ。子どもたちの素直な意見だが、それは決して真実ではないだろう。うつらなくても差別はあるし、自分の安全(うつらないということ)と引き替えでしか差別をしないというのなら、それはやっぱり差別なのだ。しかし、どのように投げかければ子ども達がそれに気付くのか・・・。気持ちは焦るが有効な手立てが思い浮かばない。心にひっかかりを感じたままの終末となった。明日、太田さんを訪問する。何かヒントが得られるといいなと思う。

・もう一つ、どうしても気になる子どもの意見、それは、「かわいそう」という意見だ。ふるさとに帰れなくてかわいそう、お墓に入れなくてかわいそう、隔離されてかわいそう・・・・、子ども達は、今回もいろんな「かわいそう」を表現したが、それは一見共感しているようでいて、実は他者性だけを強調する、傲慢な言葉だと感じる。自分と相手を完全に切り離し、別の存在と感じるがゆえの発言だと思う。自分が特効薬のある現代に生まれたのも、病者への差別を体験せずに育ったのも、ただの偶然に過ぎないし、Tさんがらい菌に感染したのも偶然だ。私はTさんだったかもしれないし、Tさんは私だったかもしれないのだ。どこか遠い立場で語られる「かわいそう。」という言葉に、どうもひっかかりを感じた。

・入所時からハンセン病でなかった人達のことについて、触れそびれてしまった。(申し訳ないことに多数派の悲劇だけを見ていた) このことは第一次で是非とも触れておくべきことだった。月曜日に補足したい。

・Tさんには大変お世話になった。私のわがまま(次から次に出すお願い)に、ひとつひとつ丁寧に付き合って下さった。その懐の深さに、自分の至らなさを感じることも多かった。

・きょうこ先生には、紙芝居を使わせていただいた。私の申し出を快諾して下さり、お忙しい中、写真を撮り直しても下さった。感謝している。

・弁護士の国宗さんと菊池恵楓園の太田さんは、回復者の声を提供して下さった。裁判などの場でたくさんの方がそれぞれの体験を語って下さったお陰で、私達は学ぶことができる。ありがたいと思う。

・今日は、太田さんからいただいたビデオ「心をつないだ電子メール」を涙ぼろぼろで鑑賞した。太田さんの強さ、寛大さ、聡明さetc、どれも卓越している。太田さんと知り合えたこと、心から嬉しく思う。ビデオは月曜日に子どもたちにも見せるつもりだ。

・スキや不足がいっぱいの、ひよっこみたいな実践だが、この学習をきっかけに、自分の生き方を問い直す子が育てばいいなと、ちょっと期待している。
COPYRIGHT BY Yoshiko 2003
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