萩〜吉田松陰
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<松陰誕生地>


生家跡
 





<松下村塾>

松下村塾・幽囚ノ旧宅



松下村塾は、吉田松陰が叔父玉木文之進の後を継ぎ、
約2年半にわたって開いていた私塾。ここに、80人もの
塾生・門下生が学び、高杉晋作、久坂玄瑞、伊藤博文など
多くの逸材を輩出した。
いつ見ても、とっても小さ
い松下村塾
8畳と10畳半の部屋と
土間だけの簡素な平屋だ
 こちらは、野山獄への投
 獄の後、松陰が幽閉され
 た三畳半の部屋がある
 旧宅
 いつも気になる吉田松陰歴史館(20の場面を等身大の蝋人形で再現して
 いる)の館外アナウンス・・・やっぱり昔のまんまだった!
 
 「吉田松陰との出会いがあなたの人生を変えるかもしれない、あなたが
 男性ならよりよい将来が、女性なら素晴らしい男性との出会いがあるかも
 しれない」っていう内容・・・夫に、「ね、ここんとこよく聞いてみて。 どう?」
 って聞いてみたが、無反応(平気)だった!



< 投 獄 >


野山獄
岩倉獄







野山獄は武士、岩倉獄は庶民を収容した獄。
海外渡航失敗の後、吉田松陰は岩倉獄へ。
金子重之助は岩倉獄に投ぜられた。






松陰記念館




 













 私が一番興味深かった展示物。
 1869年撮影の写真、「松陰先生改葬日」
 松陰刑死の10年後、弟子たちが遺骨を若林村に改葬した時のもの。
 
羽織やタキシードの人もいるが、 シャベルを持ち、
一部は地べたに座り込み、 表情もそれぞれ感慨深げ。
 ここでちょっとポーズを付け、写真を撮る・・・。
 松陰の人徳が忍ばれる。

前庭の銅像群
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留魂録
 2008,2,23




吉田松陰が江戸伝馬町獄で刑死する前々日から
前日の夕暮れまでに書いた遺言書(写し)。全16章

「身はたとひ武蔵の野辺に朽ぬとも留置かまし大和魂」
何と誇り高く、格調高い遺書なのだろう。



旅人 松陰
 松陰は船に乗ったり歩いたりして、あちこちを旅していた。 




 旅することは、愛国心の表れだと思うし、また、
旅するからこそ郷土をより深く愛せるのだと思う。



松陰神社




   ←「孝行竹」

 この竹は、横にはびこらず、
親の周りにだけ竹の子が出
る竹なのだそうだ。
 明治23年(1890)、松蔭の
没後31年で建立された。
 本殿は昭和30年(1955)の
建立。
松陰が処刑直前に書いた遺書留魂録や、久坂の手紙などが展示してある「吉田松陰遺墨展示館」は、すぐそば。


松陰のお墓はこちら →「志士の墓


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