萩 〜 志士旧宅 & 商人の家
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萩は、慶長9年(1604)に毛利輝元が萩城を築いてから、
13代260年にわたって栄えた36万石の城下町。
今でも街のあちこちにたくさんの遺産、遺物がある。




高杉晋作旧宅



こぢんまりとした家だった。
座敷には、晋作の写真や書き物な
どが展示されていた。

庭には、
「西へ行く 人をしたひて 
東行く 心の底そ 神や知るらん」
と書かれた句碑や、産湯の井戸が
あった。

「動けば雷電の如く
発すれば風雨の如し」
これは、伊藤博文による晋作評だ。
下関にその句碑がある。
高杉家の前の道は菊屋横町と呼ばれ、
「日本の道100選」にも選ばれている。
高杉家の庭の鎮守堂



青木周弼
旧宅


 青木周弼は、藩医で蘭学者。明治2年に明治天皇の大典医にもなった人。

 明倫館に学び、その才能を買われて青木研蔵の養子となり、ドイツ留学を機に外交官に転じ、山県有朋、松方正義内閣で外務大臣を務めた。

 家の中には、遺物に交じって、大河ドラマ(香取クン主演「新撰組」)のパネルもたくさん飾られていた。
 この家には、子孫(?)が普通に生活しておられた。


木戸孝允
旧宅





前原一誠
旧宅



 吉田松陰は前原一誠を、「智あり、勇あり、誠実人過ぐ。」と評価している。



野田家





田中義一
 誕生地




旧梨羽家書院





口羽家住宅





旧祖式家長屋





厚狭毛利家
萩屋敷長屋




安政3年(1856)築。
国の重要文化財。

萩に残る武家屋敷の中では
最大らしい。

横一列に各部屋が並び、蒔
絵を施した輿入れ時の豪華
な籠など、道具類が展示さ
れている。

旧児玉家長屋





旧毛利家別邸表門



14代藩主・毛利元徳が鎌倉材木座に建てた表門。
昭和49(1974)年、現在地に移築された。
桁行10.9メートル、梁間3.8メートル、棟高5.2メートル。
屋根の両端に鴟尾(しび)を乗せた桟瓦葺寄棟造。
門の左側に潜門。両脇には内側に向かって覗格子の土間が付属する。


小川家
長屋門



 入母屋造り、桟瓦葺き平屋建て。中央付近に幅2間の通路がある。


旧周布家
長屋門



 長州藩の永代家老益田家の分家で家老職の周布家の表門。
平屋建て本瓦葺き。下見板張り、白漆喰の江戸時代中期の代
表的な武家屋敷長屋。


中の総門




問田益田氏旧宅土塀







商人の家


旧久保田家





菊屋家住宅





梅屋七兵衛旧宅



立派な庭だった。
 梅屋七兵衛は、長崎でオランダ人やイギリス人と掛け合って、
長州藩に鉄砲1000丁を工面した働きが認められ、28歳で苗
字帯刀が許された町人だ。後に大阪で商売をしたり、お茶を学
んだりしたらしい。長崎奉行をまんまと騙した、ニセの通行手形
も飾られていた。
茶室。三代目までは、ここでお茶を教えていたそうだ。


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