ひとりひとりの思春期(第8時) 〜さまざまな性〜 (第5学年:保健

<ねらい>
○ 多様な性のあり方を知り、自分らしく生きる大切さに気付く。

<展開>
1 前時までの復習
・ 二次性徴、思春期、心の発達、とっておきのふれあい(性交)等について簡単に復習した。
・ とっておきのふれあいのために人間が考え出した避妊法についても、ここで少しだけ触れた。子供たちは、そんなにしてまでしなくても、性交しなけりゃいいんじゃないかと言っていた。100%の避妊なんてないことを思えば至って正論。だが、生殖以外の性については、言葉では語り尽くせない多義性・多様性があるわけだし、なんだかうまく語れない自分にもどかしさを感じた。(ここのところは、近いうちにもう一回考え合った方がいいかもしれない。)

2 さまざまな性を知る。
(1)同性愛(ホモセクシャル/ゲイ・レズビアン)

・ 性のあり方をセクシュアリテイということ、性的関心が向かう方向を性的指向といい、思春期に意識するようになる人が多いこと、そしてその性的指向は自然のうちに決められていくものであって、たとえ自分で変えたいと望んでも、変えられるものでもないことなどを話した。また、過去や現在の同性愛者への迫害や差別・異常視・嫌悪等について紹介(イランの男性同性愛者死刑の法律・ナチスドイツの同性愛者虐殺・自分の性的指向に悩む高校生の手記・同性愛者をバカにするテレビ番組の話・夢の島公園での事件等)し、差別がいかに不合理で非人間的なものか、いかに人権を損なう卑劣な行為であるかを確認した。そして、最近の国際会議や、デンマークやオランダ・スウェーデンやアメリカの一部の州などで法的にも同性愛者の人権が重んじられるようになってきていることなどを話した。(辞事典の改訂・府中青年の家事件の裁判についてはちょっと前に話しておいた。)
・ 同性に向かう愛については、多くの子供が十分理解できると答えた。実際、小学校高学年という今の時期、異性よりも気の合う同性との関係を重視している子供がほとんどである。(それは、性的関心とは異なる感情であろうが、そのことは敢えて追究はしなかった。)
・ 多くの子供たちにとって今は、自分の性的指向をまだ完全には意識できないでいる時期である。しかし近い将来、このクラスの中にも、自分の性的指向にはっきりと疑問を持つ子供が現れるかもしれない。その時〜そうした子供たちが、自分はマイノリティであると気付いた時〜のために、それは少しも変なことではないということを私はこの授業で是非とも伝えておきたかった。決して自分を否定するような感情を抱いてほしくないし、不安にも不幸にもなってほしくない。誰一人としてアイデンティティクライシスを起こしてほしくない。そうならないよう、少しでも力になりたいとの思いがあった。実際には、たった1時間の授業だけで、誰かの助けになるということはないだろうが、差別は醜いということを感じ取るだけでも、意味があった(に違いない)と感じる。

(2)インターセックス・トランスジェンダー・トランスセクシャル
・ここでは、胎児期の性の分化の概要や、インターセックスチルドレンやトランスジェンダーの性指定・再指定の様子を話した。また、当事者(橋本秀雄さん)がつづった書き物や記事等を紹介した。(内容までは紹介しきれなかったのが残念!)そして、私自身が日頃から感じている男女二分法への疑問を少しだけ話した。

3 まとめ
・異性愛でなくてはならないとか、男か女かどちらかでなくてはならないなんてことは決してなく、性は人権・プライバシーであり、他の人々が干渉しなくてよいことを、もう一度子供たちと確認した。そして、自分のセクシュアリティに自信を持って生きていってほしいことを伝えた。

<授業後の子供の感想>
・人をバカにする人が世の中にたくさんいると分かってびっくりした。どんな人を好きになってもかまわないと思う。
・ホモとかヘテロとか初めて知った。
・先生の読んだ本で、ホモセクシャルを無理して一生懸命直そうとしてる人がいたけど、私は直さなくていいと思う。別に同性愛でも全然おかしくない。なぜそういう差別をするの?と思った。
・テレビであったけど、置いちゃいけないところにいっぱい自転車が置いてあったら自分も置くけど、全然置いてなかったら自分も置かないってやっていた。それとおんなじでヘテロの人は多数派だから安心するのだと思う。
・いろんな性があるけど、差別は絶対したくない。
・違う国では、同性で結婚できる国もあることを知って「そうなんだ〜。いいんだ〜。」と思った。ぼくと○○くんがひっついていたら、「おまえらホモ〜。」とか言われた。最低!でもいい。無視するもん。自分は自分。今日は保健の勉強をして本当によかった。
・同性の結婚が認められている国があることは知っていたけど、同性愛だと殺される国もあるなんて知らなかった。ひどいと思う。
・男同士とか女同士とかが結婚すると赤ちゃんはどうやって産むのかな?
・ちょっと違う心を持っているだけで変に思われたり差別されたりすることを知った。自分とちょっと違うからと言って人を差別しては絶対にいけない。
・さまざまな性を認めない人に、なぜいけないのか聞いてみたい。
・私は性をかえたいと思う。女だとおむつみたいなナプキンをしないといけないし、胸も大きくなって邪魔だし、面倒くさいと思う。でも、手術して男になりたいわけじゃない。
・私は自分のことを「オレ」って言って、母に「あんた男?」って言われるのでトランスジェンダーってこと?と思った。
・「○○ちゃんと暮らしたい。」と母に言ったら、「夢があっていいねえ。」と言われた。
・まだ生まれてなくても赤ちゃんは赤ちゃん。IUDとか入れて生まれないようにするのはひど過ぎる。
・おかまやおなべを変だな〜って思っていたけど、別に変でもなんでもないことが分かった。人がどんな性を生きても、それは自由で、他の人がなんだかんだ言っていいなんてことないと分かった。
・ナチスドイツがユダヤ人や同性愛の人を差別したり殺したりして、とても人間のやることではないと思った。ものすごくこわいと思った。
・トランスジェンダーであってもなくても、人からバカにされるなんてひどいと思った。
・体は自然に発育するけど、心は自分で発達させないといけないと思った。
・性が人権だってことが、すごくよく分かった。
・男の人と暮らすとしたら、わがままで気持ちがよく分からないし、でもセックスできるから子供もたぶんだけどちゃんと産める。女の人と暮らすと気持ちがよく分かるけど、子供は産めない。だけど、将来○○さんたち4人で暮らしたいと思う。
・その人の気持ちを考えると、とってもつらい授業だった。やっぱり人は人の勝手で差別や悪口など言うべきではないと思う。ぼくは、言った覚えがないけど、もし言ったとしたらものすごく反省したい。


<授業を終えて>
・子供たちは素直だ。悩んでいる人の話に心から共感し、差別を憎むことができる。性教育の授業をすると、いつも必ず思うことだが、この授業をして本当によかったと思う。もしかしたら私の思い込みとか、無理解とか、人権の捉え違いとかあるかもしれないのだが、だからと言って尻込みしていては一歩も前に進めない。子供たちは何も知らないまま、社会に渦巻く差別を自然のうちに刷り込まれ、自己否定さえも受け入れ生きていくかもしれない。それを思えば、大人が語ろうとしない世の中のことをひとつでも多く語り、共生のための授業をこれからも投げかけていかなくては、と思う。
・ただ、子供たちの感想を読んでいると、どこか対岸の火事のような、自分と関わりのない話のような印象で語られることも多い。(もしかしたら私自身がそうした語りかけをしているのかもしれない。)読み取りの場面で、言語能力不足で見落としてしまう言葉や心情があったり、私の力不足で心の琴線に触れずじまいということもある。それがいつも心残りだ。
・本時では、多様な性の中に自分もいることに気付かせたかったのだが、そこまで話を進めることができなかった。また、うまく仕組めば、今悩んでいる人に手紙を書いてみるなどして、学習に拡がりを持たせることも可能だったと思う。インターセックスやトランスジェンダーについては、紹介だけで終わってしまい、考えを深めることができなかったのが残念。今後も機会を捉え、話していきたいと思う。

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