掩体壕(えんたいごう)



    ★ 掩体壕とは、旧日本軍が第二次世界大戦中に建築した戦闘機格納庫。空爆から戦闘機を守るためだったらしい。
 

  旧帝国海軍赤江飛行場(現在の宮崎空港)は、陸攻機の訓練飛行隊基地として発足したが、戦争末期は南九州最大の実戦基地(宮崎海軍航空隊基地)として使われた。
  
 小型機用掩体壕が3基、空港敷地のすぐ外側にあった。 大型機用掩体壕も付近に2基あるらしい。
 また、今は取り壊されたが、かつては日向市にも3基あったようだ。
 
入り口は飛行機の形にくり抜かれていた。キッチリと、上手に収められていたのね。
「立入禁止」の立札の後ろで焚き火している人がいて、現在の希望ヶ丘付近からも戦闘機が飛び立っていたとか、
この壕の周りにも、たくさんの爆弾が落とされたとか、親切にいろいろ説明して下さった。
また、壕の前は滑走路で、戦闘機は壕から直接飛び立っていたのだそうだ。

壕の内部、奥。尾翼の形に合わせて造られていた。

壕の後ろ姿

 少し小さなこの壕だけは、国か県か市かの管理地で、有刺鉄線が張り巡らされていた。

 
 こちらは弾薬庫。少し離れた畑の中にあった。この辺りもかつては飛行場だったということだ。

旧海軍赤江飛行場宮崎海軍航空隊跡地



   





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