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Islamic Cairo & Old Cairo
Islamic Cairo
たくさんのモスクやミナレットがあった。街にしっくりと溶け込んでいた。
早朝、昼、夕方、夜・・・、大音響のアザーンが聞こえた。
スークや空港の片隅で、絨毯を敷き、ひざまづき、祈っている人がいた。
「ガーマ・ムハンマド・アリ」  75mの「モカッタムの丘」の一角にそびえる。
そこには、ルクソール神殿のオベリスクを持ち帰ったフランスからのお礼の贈り物の時計があった。

「ガーマ・ムハンマド・アリ」内部
中央のシャンデリアの重さは約1トン
「ガーマ・スルタン・ハサン」
ミナレットの高さは90m

木製のミンバル(説教檀)
石畳の中庭だが、ここも靴を脱いで入るよう言われた。

ポリス・ナショナル・ミュージアム
 モスクの建設には、ピラミッドや神殿、葬祭殿の石が再利用されたようだ。  ↑ ルクソール神殿のオベリスクは、現在パリのコンコルド広場に立っている。そのお礼としてフランスから贈られた時計がこれなのだが、これまで1度としてまともに動いたことがないのだそうだ。我々の訪問時も修理中だった。
Old Cairo
 2011年1月6日、地下鉄でカイロ発祥の地オールド・カイロを訪れた。ここはコプト教徒の町。コプト教では、1月7日がクリスマス・イブだということなので、この日はどうやらイブイブだったようだ。帰国後、知ったことだ。

 1月1日、アレクサンドリアのコプト教会で、24名が死亡・80名が負傷する自爆テロがあったので、アレキサンドリアの観光は控えたのだが、オールドカイロには何の警戒心もなく行ってしまった。これも後で知ったことだが、旅行会社などではオールドカイロの観光ツアーは取り止めたようだった。現在、エジプトのコプト教徒は人口の1割弱くらい。
聖キルギス女子修道院
コプト博物館
 ギリシャ正教 聖ジョージ教会(マル・キルギス教会) バビロンの要塞跡地
 ↓マル・キルギス駅。アンワル・アッ・サーダートム駅から4つ目の駅。この駅の目の前がオールドカイロだ。  ↓駅のすぐ裏手。きれいな駅舎とあまりに対照的だった。
 オールドカイロには、2歳児までを皆殺しにしたヘロデ王の追及を逃れてキリスト一家が隠れ住んだ地下道がある。一家は合計2年間、エジプトで潜伏生活をしていた。
教会の前でお花を売っていた親子
地下鉄の女性専用車両
安心して乗ることができた。
静かだし、煙草臭くもなかった。

しかし・・・いつも思う。「女性専用車両」は女性を痴漢から守っているのだろうか?
それとも一般市民の空間から、女性を排除しているのだろうか??
アタバ駅周辺のスーク
 この雑踏の中でHりんとはぐれてしまったのだが、誰に聞いてもみんな「見たよ。あっちに行ったよ。」などと適当なことを答えた。(指す方向がバラバラだった。) 中には地下鉄駅への行き方を教えてくれる人もいた。「そうじゃなくて、はぐれた息子に会いたいの!」と言ったが、「地下鉄にはたったの1ポンドで乗れるよ、すぐ帰れるよ。」などと親切そうに世話を焼いてくれた・・・。
 ショーウインドーの中の洋服には、珍しく定価の札が付いていた。値段交渉さえなければ、カイロももっと買い物しやすい街になる気がする。 本屋さん街

時計屋さん 
エジプシャンミュージアム
 収蔵数は20万点以上 創立者マリエット像↑(フランス人)
 ミイラを見た。5000年前の死体なのに、歯も骨も髪の毛も残っていた。トゥトアンクアムン(ツタンカーメン)の黄金のマスクや、カノプス壺、玉座、その他の宝飾品など、いくら時間があっても見飽きることはないだろう。他にもおびただしい数の石棺や木棺、フィギュア、スタチュー、宝飾品・・・・。

 ここには、1898年、サッカラの墳墓(紀元前2世紀頃)から発見された、航空機らしき木製の物体も保管されている。見ることはできなかったが、翼の反り具合が揚力の原理にかなっているんだそうだ。興味深い。
 それから、同じく1937年にサッカラで発見された直径60cmほどの弾車らしき物体もあるという。不思議がこれでもかと言うほどに詰まっているのがエジプシャンミュージアムなのかもしれない。 
 この博物館ができるまでは、列強国が発掘しては自国に持ち帰っていたらしい。マリエットの働きは大きい。
 入場前、カメラをクロークに預けなければならなかった。入場後もバッグの中身の厳重なチェックがあった。(しかし入場後、フラッシュがあっちこっちで光っていた!)

銃を提げた警官が多数いた。
水道橋
 14世紀前半築造。19世紀後半まで市民生活に利用されていた。
雨の降らないエジプトで、水がどんなに貴重なものだったかは想像に難くない。
アブディーン宮殿
 シタデルから北西に約2km、メータータクシーで移動した。エジプトで初めてメータータクシーに巡り会い、面倒な交渉がいらないと思い喜んで乗ったのだが、たったの2kmなのに25ポンド(約350円なので日本的には安いのだが・・・)。やっぱりツーリストプライスだった・・・・。うぐっ
 <宮殿>↑
 豪奢な生活でエジプト経済を破綻させたムハンマド・アリ朝のケディブ・イスマイール王の建築物(1863年)。以後、代々の王の住まい。1952年のナセル革命後は大統領官邸になっている。

 宮殿にカメラを向けると、守衛が中から吹っ飛んで来た・・・。内部見学したいと申し出たが、あっさり断られた。

 <宮殿博物館>→
 1936年、フォウアド王が個人の所有物保管用ホール、図書館、スイミングプールなどを増設。更に1998年、ホスニ・ムバラク大統領が、進物保管用に、ホール増設。この日博物館は、閉館日でもなく、開館時刻を過ぎていたにもかかわらず、なぜだか入場できなかった。
夕暮れの「カイロタワー」

 

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