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ABU SIMBEL

 5:55のフライトでアスワンからアブシンベルに向かった。アブシンベルは、アスワンの南約280kmの砂漠の真ん中だ。
 陸路で行くと砂漠の移動に4時間かかる。(安全面から、隊列で移動する。)
 
 飛行機が着陸する直前、空から神殿が見えた。
 アブシンベル神殿は、ユネスコによって水没の危機から救われたことで有名だが、1500以上の神殿は救えず水没してしまったのだそうだ。
 
 アブシンベル神殿の移動距離は、もとの場所から北西に約280m、高さ約60m。
 1つ20〜30トン、1000ものブロックに小分けして、岩山ごと移動させ組み合わせるという大がかりな作業だった。

 まずは10万トンの重みに耐えることのできるドームが建設され、そこに移設されたのだという。

↑アブ シンベル神殿に登る朝日
高さ33m。全部ラメセス2世。左から右へ、年齢を重ねていった姿。2体目の像は、1000年くらい前の地震で崩れ落ちた。
移設前と同じ姿を保つという目的のため、移設後も復元はされていない。

 神殿は、BC1250年頃造られた。
 神殿最奥部の至聖所(入口から47m)には、プタハ神、アメン・ラー神、ラメセス2世、ラー・ハラクティ神の4体の像が置かれており、1年に2日、2月22日と10月22日だけ朝日が射し込む。(闇の神だからプタハ神には日が当たらないようにできているのだそうだ。) ・・・が、移設によって、その日がズレてしまったらしい。

<大神殿>

<小神殿>
 小神殿は、ネフェルティティ王妃とヌビアの地方神ハトホルに捧げられた。
 私、結構寒かった(ヒートテック+ウールセーター
+ダウンベスト)のだけど、後ろの西洋人はTシャツ・・・。
どれだけ体のつくりが違うのかしらね?

ここでも内部は撮影禁止だったので、
外壁の写真以外、写真はない。
中には、大列柱室、至聖所などがあった。


↑ これは外壁に描かれたレリーフ、捕虜の描写。
他にも、ラメセス2世とヒッタイトとの戦いの様子や、
征服した民族の絵など、勇ましいものばかりだった。
エジプトの輝かしい繁栄の歴史がよく表れている。

アスワンの南1000kmは、ヌビアと呼ばれる広大な土地で、王妃ネフェルティティの故郷と言われている。
「ヌビア」・・・この響き、好きだ。「黒い人が住む」という意味らしい。

この神殿が発見されたのは1813年で、4分の3は砂に埋もれていたそうだ。
元々、神殿があった付近。今はナセル湖の下だ。 太陽を礼拝する22匹の猿のレリーフ
大神殿のてっぺんに監視小屋があり、見張りが立っていた。
↓こちらは「エジプト旅行情報 Osiris Express」様の「エジプト写真素材集」から借用した内部写真。↓

シャトルバスで再びアブシンベル空港へ。

遠くに見えるこれらの山はピラミッドではないのだろうか?

飛行機の窓の外。水墨画の世界のようだ。
 飛行機の格納庫は、さながら戦争中の日本の掩体壕(えんたい
ごう)のようだった。半地下だし、砂に埋もれて分かりにくい。
砂漠の真ん中をまっすぐに続く道


 

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