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ASWAN

ルクソールから200km南の町。気候も人々の気質も違っていた。
UNFINISHED OBELISK
18・19王朝(B.C.1570〜1185)の石切り場

 町外れの砂漠の中に、花崗岩の石切場があった。(アスワン市内からタクシーで10ポンド)
 道を挟んだ反対側には、ムスリムの墓地が広がっていた。

 こちらは長さ42mで、完成していればエジプト最大のオベリスクになっていたという。先の方にヒビが入ってしまったので放置されたという説もある。→
アギルキア島へ
 フィラエ島は、イシス神がホルス神を産んだと伝えられる島。そこに建築されたイシス神殿には出産シーンのレリーフなどがある。神殿は、アスワンハイダムの建設による水没を避け、現在のアギルキア島へ移設された。

 渡し船のアハマッド25歳。幼い頃父を亡くし、学校を続けることができなかったと言っていた。英語は大変流暢だった。アメリカナイズされた発音だったのでとても分かりやすかった。兄弟が多いので、たくさん働き、母を助けたいと言っていた。エンジンは知り合いからの借り物だが、船は自分の所有なのだそうだ。渡し船は120ポンドでものすごく高かったが、好青年だったので良かった。

 イシス神殿があった元の場所。柱が立っていた。
 アスワンハイダム:幅3600m、高さ111m。夜、このダム上の道を走行する時は、互いにセンターライン寄りのウインカーを点滅させるというルールがあるみたいだった。  多いときは、岸壁に付いた黒のラインまでダムの水は上がるそうだ。
           こちらはナセル湖畔のヌビア人集落↓
ロータスの形のアスワンモニュメント
イシス神殿
イシス神殿は「ナイルの真珠」と呼ばれている。
 イシスは太陽神ラーのやしゃご。魔法の女神。兄の豊穣神オシリスと結婚し、ここでホルス神を産んだ。
 トラヤヌス帝(A.C.53〜117)のキオスク。皇帝一族が参拝する際の船着場だった。14の柱で構成されている。
ここでもコプト教徒による破壊や、十字架の落書きが見られた。
1980年代の落書きもあった。
 もしかして落書き?と思ったが・・・ベスという妊産婦や子どもの守護神なのだそうだ。
ナイロメーター:狭い水路の奥には階段があった。
カブラシャ神殿・・・ローマ時代に完成された。
今度はこちらの船でカブラシャ神殿へ  イシス神殿と同じく、アスワンハイダム建設による水没を免れた神殿
ここは、ヌビアの神々に捧げられた神殿

これもナイロメーター
まるで仏教遺跡みたいだ。 灼熱の太陽に晒され、表面からぽろぽろと砂になっていく岩石

 床の窪み。柱の跡なのかな?それとも移設の際についた跡?

ここにも。
先史時代の壁画 頭には太陽を戴いていた。

ゾウやキリンなど様々な動物が描かれていた。
きれいだ!
屋根のない屋上より列柱を臨む。 空がどこまでも青く続いていた。
ヌビアの神マンドゥリス(メル・ウェル)。身体はタカ
ケルタッシのキオスク↓

愛と喜びの女神「ハトホル」・・ホルス神の母。牝牛の耳を持っている。
古代エジプトにはたくさんの神がいた。たくさんの神がいたという点でヒンドゥー教と似ている。
きっと庶民にはそれぞれ好みの神がいたのだろう。
街角のモスク
町にはいろんなモスクがあった。
夜はライトアップされていた。
人々・・・
ラクダの骨でネックレスを作っていた。 「いい匂いだよ。」と言って、ペパーミントの花を摘んでくれた。
香辛料や染料の店 夜のスーク
スークで聞こえた変な日本語 → 「山田花子!japanese comedian」 「見るだけタダ」 「山元山」 「さらばじゃ」

足踏みミシン

煙草を吸いながら荷物を運んでくれたホテルマン



 

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