2001年7月〜2002年5月の yoshikoの日記です
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*2002年5月31日(金)*
K小学校(前々任校)とO小学校(前任校)とK町教育委員会(前所轄庁)に行った。会話が弾み、去るときはとても名残惜しかった。いい人達に囲まれて、幸せな十数年間だったと改めて思った。かつて担任した子供達にもたくさん会った。担任したのはわずか1年間だったけど、これからもこの絆が切れることは決してないのだと思った。

*2002年5月30日(木)*
AETのリオンさんに会いにS中に行った。リオンさんが変な日本語をたくさん知っているので大笑いしながら次回の英語学習の打ち合わせ。私の知らないゲームも教えてもらって収穫いっぱいのひとときだった。

*2002年5月29日(水)*
学校に、いきなりレントゲン車が来たので焦った。Tシャツがなかったので奇怪なエプロン姿で胸部撮影(*v.v)。恥ずかし・・・。 血圧も測定し、学校医からアドバイスを受けた。今回は、もっと食べなさいとは言われなかったので安心した。

*2002年5月28日(火)*
「オエー、オエー!」と叫びながら胃カメラを飲んだ。お産の時もそうだったけど、人間、リラックスが肝要だと悟った。それにしても胃に突っ込むあの機械、もっと細く小さくならないものなのか・・、数年前よりきっと細くなってると期待して臨んだが、ちっとも変わらない太さだった。ありがたかったのは、検査の間中看護士さんが優しく背中をさすって下さったこと。胃は、ぐりぐりのぐにょぐにょだったけど、背中だけは温かく、とっても嬉しかった。結果は「治療の必要なし」。もうずーっと当分飲みたくない。

*2002年5月27日(月)*
胸部レントゲン撮影の日だったが、レントゲン車が学校に来る途中交通事故に遭い、撮影延期となった。

*2002年5月25日(土)*
転勤によって「総合的な学びを創る研究会」をやむなく卒業してしまったため、今年度よりE研究会に加えてもらった。今日はその総会で田布施町へ。E研究会は、県内各地に会員を持つ大きな会で、新採2年目の人から退職校長まで年齢層も幅広い。定例会で自信を持って発表できるよう、実践をしっかり積んでいきたい。

*2002年5月24日(金)*
6年生は修学旅行、1〜4年生は遠足で、学校には5年生だけだった。体育館も運動場も1日中使い放題。思いっきり羽を伸ばした1日だった。

*2002年5月23日(木)*
ケーブルテレビの方から、前日の田植えの様子を編集したビデオを見せていただいた。またまた1日4回、毎日放映するらしい。一言で言いますと、よしりん完全に3枚目!チョー恥かしいビデオだった。(涙)

*2002年5月22日(水)*
保護者所有の田を借りて、生まれて初めて田植えをした。人差し指と中指の間に3〜4本の苗を挟み、ぬるりとした土の中にそうっと押し込む。「元気に育ってちょうだいね。」なんて声を掛けながら(^^)。校庭に作った田にも、早く田植えがしたいな。除草や肥料まき・中干し・消毒等の作業も頑張りたい。そして感動いっぱいの実りの秋を迎えたい。

*2002年5月21日(火)*
バス遠足だった(広島)。原爆資料館ではやっぱりショック☆ ヒロシマやナガサキに地獄のような被害をもたらした悪魔の兵器が、世界中に何万発もあるなんて、考えただけでも身震いする。資料館の壁一面に貼られた核実験への抗議文や、プルトニウム大量保有への抗議の署名を集める人たちの姿を見て、平和を願う気持ちの原点としてのヒロシマの意義・平和運動のリーダーとしてのヒロシマの力強さを感じずにはいられなかった。その後、子供も我々教師も初体験の自由行動。ハプニング続発で、とってもファンタスティック!兎にも角にも全員で無事に帰れたのが何よりだった。・・・疲れた・・・。

*2002年5月18日(土)*
次男の試合を見に行った。大事な所で粘りが足りず、惜敗した。(--)

*2002年5月17日(金)*
1,2時間目にバス遠足の最終打ち合わせをした。今日になってもまだ自由行動のルートを変更する班があり、ちょっと不安になった。5年生で自由行動という初の試み、うまくいくだろうか・・・。3時間目は航空写真。全校児童と人文字を作り、長い時間じーっと立ってセスナ機が何度も旋回するのを待った。昼休みには、近所の農家の方に100年がかりで仕込んだという田んぼの土をいただいた。その土を校庭に掘った穴(昨日までの雨で水浸しになっていた)に入れ、足で代掻。よく肥えた土は、雨水と混ざってぐちょぐちょのべちゃべちゃで、子供たちは大喜びだった。夜、広島大学名誉教授の大槻和夫さんの「教育基本法ってなに」という講演を聴きに行った。教育産業に教育の一部を委ねようとする現在の行政の動きに不安を感じる。無償の普通教育を謳った教基法の理念を、公僕である我々は深く理解し、真に平等な公教育のために努力していかなければならない。

*2002年5月16日(木)*
参観日&学年PTAだった。学年PTAでは、学年経営に関する自分の考えをしっかり語ることができたし、保護者の学校に対する期待等も聞けて、充実したひとときだった。本時の流れと子供の反応のみの簡単な記録だが、授業の模様を久々に仕事部屋にアップした。

*2002年5月15日(水)*
十数年振りにお華を習い始めた。子育てもやっと一段落し、自分の時間が持てるようになったことがとっても嬉しい。

*2002年5月14日(火)*
心電図と血液検査だった。毎度のことながら、試験管の中に吹き出る自分の血を見てぞ〜っとした。検査のために絶食してたので、検査が終わるとお弁当をガツガツ・・こんなに食べて給食大丈夫かしらと思ったが、お昼が来るとちゃんと空腹に(^^ゞ。食欲だけは衰えない私・・・(ToT)。

*2002年5月12日(日)*
佐藤光房さんの「遺された親たち」を読んだ。交通事故で愛児を奪われて苦しむ遺族の姿が切な過ぎるけど、遺族一人一人の血を吐くような叫びによって、少しずつだが確実に社会は変わってきている。あまりに尊い犠牲だと思った。

*2002年5月11日(土)*
英語教育の勉強会に行った。自分の夢を叶えるために弛まぬ努力をしているAETの皆さんに、いつもながら敬意を感じずにはいられない。今日学んだこと=Respect the individual. そして、Don’t teach, do!

*2002年5月10日(金)*
時間休をもらい、次男の参観授業に行った。次男は「来なくていいよ。」と言ってたのに、何だかとっても嬉しそうだった。

*2002年5月9日(木)*
歯科検診だった。

*2002年5月8日(水)*
聴力測定と体重測定だった。

*2002年5月7日(火)*
バケツ稲の種まきをした。大きく育ってくれるといいんだけど・・。

*2002年5月5日(日)*
道の駅の朝市を楽しんだ後、石見銀山に向かった。あんな山奥で、よくあんな地味な茶色の鉱石を見つけたものだと感心した。500以上もの坑道とともに貴重な文化財もたくさん残されており、中でも一人一人の動作・表情が全部違う500体の羅漢像はとってもかわいらしく、石室と共に大切に守ってきた地元の人の努力が伝わってきた。その後、仁摩サンドミュージアムで世界最大の1年計砂時計を見る。直径0,84ミリのノズルから1年がかりで落ちる砂の量は1トンだそうで、室温で砂時計の中の圧が変化しないようコンピュータ制御されているらしい。その他のたくさんの砂時計も、どれもなかなかの芸術品で、見ていてちっとも飽きなかった。次に訪れたのは断魚渓。飛び散るしぶきに轟音、すごかった。岩上を裸足で歩き、急流をまたいだのがと〜っても面白かった。ここは穴場!夏に、もう一度是非行きたい。その後、鳴滝温泉にてのんびりした。露天風呂もいい湯加減だった。帰宅後は、MOVIX周南で「スパイダーマン」を鑑賞。朝から夜までさんざん遊び、ゴールデンウィークを満喫した1日だった。

*2002年5月4日(土)*
深夜、ふらりと家を出て島根県瑞穂町まで走り、暑い暑い車中で眠った。

*2002年5月2日(木)*
市小研総会だった。昔の知り合いが数名いた以外は、知らない人ばかりで、ちょっと心細かった。( -_-)o 

*2002年5月1日(水)*
バリウムを飲んだ。バナナ味って噂だったが、石灰風味だった・・・うぇ〜っぷ(゜―☆)。

*2002年4月30日(火)*
今年度初めての参観日で家庭科の授業をした。その後のPTA総会ではまた新任者の挨拶。夜はPTA懇親会で大いに語る。何だか毎日があっという間に終わっていく。

*2002年4月29日(月)*
MOVIX周南にて「ロード・オブ・ザ・リング」を鑑賞した。完結してないのが残念。続編見なくっちゃ。

*2002年4月28日(日)*
朝食後、近隣の露天風呂に出かけた。某露天風呂では、あがる直前まで家族と塀越しに話していたので安心し、帰りに男風呂をがばっと開けると、そこに知らないおじさんが・・・(^^ゞ。また、某露天風呂では、誰もいないと思って夢中で泳いでいると、息継ぎで顔を上げた途端に年輩の女性と目が合い慄然とした(恥)。次男の部活があったので、あまりゆっくりはできなかったが、温泉三昧の楽しい2日間だった。(^^)

*2002年4月27日(土)*
夕方まで長男の試合を観戦。大声で声援したかったが周囲に気兼ねして静かにしていたので、ちょっとフラストレーションを感じた(^^ゞ。試合後、家族4人で広島県の湯来温泉へ。昭和の佇まいを残した小さな温泉宿に泊まった。お湯は無色透明でさらっとしており、皮膚炎や胃腸疾患に効能があるらしい。水車小屋のある露天風呂で身体の芯まで温まり、のんびりとした気分に浸った。夜、上野千鶴子さんの「女性にとっての性の解放」と「女のかしこさ」を読み、抑圧だらけの道を歩んできた自分が、とても不憫になった。

*2002年4月26日(金)*
本年度初のお楽しみ会をした。ドッジボールにポートボール・野球にサッカー・柔道・ゲームにクイズ・寸劇と、半日遊びまくった。午後は家庭訪問最終日。全ての家をまわりきり、やっと安心した。家庭訪問を取りやめる学校が近年増えているが、家庭環境を知ることはとても重要。授業時数を確保するため、なかなかきついスケジュールだったけど、親の教育的関心や取組みもよく分かったし、成果の上がった5日間だった。

*2002年4月25日(木)*
調理実習をした。初めてガスこんろを扱うという子供もいて、なかなかエキサイティングなひとときだった。家庭訪問はやっと4日目。子供達が下校して5分以内に出発しなければならないので、そろそろグロッキー。今日は昨日よりも件数が多かった上に移動距離も長く、道には迷うし、暑過ぎるし、大変だった。

*2002年4月24日(水)*
家庭訪問3日目。件数は少なかったが、移動距離が長かったのでちょっと疲れた。雨が降らなくてよかった・・。(昨日は大雨だった。)帰宅後、田嶋陽子さんの「だからなんなのさ!」の第2章を読んだ。「女で受け身の人ほど他人の価値観を気にし、他人の価値観を内面化して生きてしまう」って指摘には耳がイタタ。田嶋さんにはいつも気付かされる。私はまだちっとも自分の生を生きてないんだなぁって。(;-_-;)

*2002年4月23日(火)*
家庭訪問第2日目。今日は市街地から離れた家にも廻り、少しだけ周辺の地理が分かってきた( ̄―+ ̄)。

*2002年4月22日(月)*
家庭訪問第1日目。住宅地を中心に廻った。訪問件数が少なかったのでいつもより早めに帰宅。せっせと家を磨いた後、田嶋陽子さんの「だからなんなのさ!」の第1章を読む。我々が飯炊き女だってハッキリ言ってくれた田嶋さんに心から感謝したい。結婚制度が差別の制度化だってことに、私はいい年になるまで気付かなかった。(・・・と言うより気付こうとしなかった。)「○○さんの奥さん」とか、「○○さんのお母さん」としてだけでなく、プライドを持って自分らしく生きていきたいと思う。

*2002年4月21日(日)*
「FINAL FANTASY」と「トゥームレイダー」を鑑賞した。「トゥームレイダー」では、アンジェリーナ・ジョリーがかっこいいのなんのって!やっぱ女も筋肉よねぇって惚れ惚れした。(^^)

*2002年4月20日(土)*
5月に行く見学旅行の下見に広島へ行った。子供たちが自由時間に立ち寄る予定の場所をとことん巡り、今まで知らなかったことが随分わかるようになった(^^)V。

*2002年4月17日(水)*
「新しい先生紹介」ということで、ケーブルテレビが取材に来た。名前や趣味・学校の印象など、当たり障りのないことをしゃべっただけだが、1日4回、週に3日放映すると言われ、ビックリ!これで地元の人にもすっかり顔を覚えられてしまうらしい・・。うぅぅ☆⌒(>。≪)

*2002年4月15日(月)*
身体測定だった。成長期だというのに、世の中で創り出された固定的イメージにすっかり支配され、どの子も体重増加をとても気にしていた。(人のことは言えないが・・・(^^ゞ)。自分の成長を素直に喜ぶ子がごくわずかだったのが、ちょっと残念だった・・。

*2002年4月13日(土)*
スペースワールドに行った。土曜日だと言うのに来場者がとても少なく、どのアトラクションにも待ち時間なしで乗ることができた。こんなの初めて! 経営大丈夫なんだろうか・・・。短時間で全アトラクションを制覇した後は、美東町の湯の口温泉へ。無色のまったりしたお湯で、のんびり過ごした。夜、玖珂町の「山賊」へ。仕事のことをすっかり忘れ、リフレッシュした1日だった。.:♪*:・’(*⌒―⌒*)))

*2002年4月12日(金)*
学校近くのスーパーマーケットに見学に行った。野菜や果物の産地を調べたり、品物を仕入れる時の注意をお店の人にインタビューしたりした。子供たちは大興奮。世界中から食物が集まってきていることにとても驚いていた。

*2002年4月11日(木)*
旅行会社のMさんと、バス遠足の打ち合わせ。原爆資料館を見学した後に自由行動の時間を設け、路面電車体験を盛り込むことにした。

*2002年4月10日(水)*
学級事務をしていて気が付いた。今年は名前に「子」の付く子がたったの1人。個性的な名前が多くて感心する。

*2002年4月9日(火)*
入学式だった。桜はもうすっかり散ってしまったが、チューリップ他たくさんの花が飾られ、なかなか綺麗だった。入学式後、教室で初授業。この日を待ち焦がれていたせいだろうか、絶好調だった!

*2002年4月8日(月)*
新任式&始業式だった。結構大きい体育館で、新任式ではちょっと緊張。始業式の後、教室で子供たちと初対面。素直でかわいい子供ばかりで安心した。

*2002年4月7日(日)*
「休んでないなぁ・・・。」なんてぼやきながら、今日もいそいそと学校へ。どんな子供たちなんだろう・・、期待で胸がいっぱいになる。

*2002年4月6日(土)*
教室を掃除し、花を飾った。新しい出会いをどんなふうに演出しようか、ちょっと思案中。

*2002年4月5日(金)*
午前中、職員会議。午後、職員室の古いレーザープリンタのドライバをインストールしようとして、myPCがクラッシュ。無謀だった・・。2時間格闘して改善されず、がっくりしていたが、PC_shopに持って行くと、あっさり解決。助かった。

*2002年4月4日(木)*
午前中、職員会議。新教育課程編成の工夫や苦労が見え、とても勉強になった。久し振りの○年生の担任になった。(始業式まで秘密なのよん。) 午後は挨拶回り。幼稚園や保育園、中学校・高校、PTAや子供会の役員さん宅等、18軒を巡った。夜、歓迎会。イヤと言うほど食べたが、二次会では遠慮して(!)歌わず踊らず、私らしくない1年の幕開けとなった(^^ゞ。

*2002年4月3日(水)*
企画委員会だった。福祉教育や国際理解教育など、面白そうな予定がたくさんあり、期待がみなぎってきた。午後は、転勤の挨拶状を仕上げた。3日前まで一緒に働いていた人達なのに、今度はいつ会えるか分からないなんて、なんだか胸が詰まった。

*2002年4月2日(火)*
午前中、T市の着任式だった。午後、新任校へ。昨年度の職員の平均年齢は42才だったそうで、ベテランが多いのにはびっくりした。事務手続きを終え、校舎内を見学。清々しい空気の中、私の新しい生活が始まる(^^)。

*2002年3月31日(日)*
昨日と別の道を通って新任校へ行ってみた。桜は満開、菜の花は咲き乱れ、素敵な道中だった。午後は、MOVIX周南で「ブラックホーク・ダウン」を鑑賞。ソマリアが、あんなにもインフラ高い国だったなんて、ちっとも知らなかった。武器を作ったり売ったり買ったりすることを止めなければ、平和なんて来るはずもない。味方の兵士も敵の兵士も、命の重さに変わりはないのに、あれほど無惨に殺し合うなんて、勝っても負けても戦争は惨めだ。

*2002年3月30日(土)*
福沢恵子さんの「オフィスのジェンダー革命」を読んだ。将来のオフィスは選択的トランス・ジェンダーの時代になるだろうという単純な結論で、ジェンダーの縛りからちっとも脱しておらず、何の目新しさもなかったので、相当がくっときた。午後は、新任校への道のりと時間を測定。遠い遠いと思っていたが、意外に近かったので安心した。

*2002年3月29日(金)*
9:40より職員とのお別れ式。泣かないと宣言していたのに、早くもここで声が詰まる。10:00より体育館で児童とのお別れ式。別れの挨拶を述べ、花束をもらい、校歌を歌い、全校児童が作るアーチをくぐって退場した。4年間の思い出が一気に蘇り、拍手の中でまた落涙。11:00より挨拶回り。その後、会いに来て下さった保護者とのお別れをし、夕刻宴会へ。踊って歌って食べて飲んで、最高に楽しいひとときだった。O小での4年間が遂に終わってしまった。

*2002年3月27日(水)*
日直だった。O小での最後の勤務となった。上靴も持ち帰ったので、私の持ち物はすっかりなくなった。あさって離任式。泣かずにキリッと去ってゆきたい。

*2002年3月26日(火)*
修了式だった。タイムカプセルを埋めた場所をみんなでもう1度見に行き、一人一人と握手して別れた(涙)。
夜は「U-571」を鑑賞。戦争やアメリカ海軍を美化し過ぎてる感じもしたが、はらはらドキドキ楽しめた。


*2002年3月25日(月)*
学年末保護者会だった。通知表を渡し、懇談した。いよいよ明日で1年が終わる。

*2002年3月24日(日)*
長男と、長男の友達の3人で「バトル・ロワイヤル」を鑑賞。聞きしに勝るエグイ映画。ビートたけしがマンガチックだし、心象描写がどうしようもなく大雑把(出る人多過ぎ)。テロップもあまりに妙で素人っぽさが漂っていた。たけし以外の役者はみんなよく頑張っていた(15才には見えないが・・)んだけど、やっぱR15でよかったと思った。評価D。

*2002年3月23日(土)*
昨日のドッジボールがたたって筋肉痛。体中が痛い(>_<)。

*2002年3月22日(金)*
別れを惜しんで「お楽しみ会」をした。1日中遊びっ放し。午後、校庭の隅に深い深い穴を掘り、タイムカプセルを埋めた。いつもクールなN君が、「すごくいい思い出ができた。ずっと覚えておきたい。」と言ってくれたのが嬉しかった。

*2002年3月21日(木)*
風が強く、黄砂で空が真っ黄色な1日だった。

*2002年3月20日(水)*
特別養護老人ホーム天王園に行き、合唱・合奏・手遊び歌を披露した。涙を流して喜んで下さるお年寄りを見て、子供たちも涙ぐんでいた。

*2002年3月19日(火)*
卒業式だった。かつて担任した障害児の2人も元気に巣立って行った。

*2002年3月18日(月)*
外で給食を食べた。風が強くて海苔が舞い上がり、大変だったが楽しかった(^o^)。夜、卒業式バージョンに髪をセットした。

*2002年3月17日(日)*
自治会の清掃作業&総会だった。午後、学校に行って文集を印刷。あと1週間余りで1年が終わるんだなあ・・・としみじみ思った(淋)。
*2002年3月16日(土)*
卒業式の予行練習だった。卒業式に教師だけで歌を歌うなんて初体験だ。総勢9名の少人数なので歌声が響き渡るか心配だが、気持ちよく歌いたい。(*^^*)

*2002年3月15日(金)*
6年生が2日間学級閉鎖した後、5年生が2日間学級閉鎖だったので、卒業式の準備・練習が大幅に遅れ、本日、初の合同練習(卒業生と在校生)だった。掲示物も今日完成。6年生卒業まで、あと3日!

*2002年3月13日(水)*
卒業式の準備でてんてこ舞いの1日だった。ε=( ̄。 ̄;)フゥ

*2002年3月12日(火)*
田嶋陽子さんの「愛をいう名の支配」のエピローグとあとがきを読んだ。男社会のアンデンティティしか持たない私たちが、「らしさ」を拒絶することが本当にできるのか疑問だが、「女らしさを演じれば演じるほど、女全体の価値を落としていく」という田嶋さんの考えには全く同感。女が人間らしさを取り戻すために(ただでふんだんに使える資源として搾取され続けないために)、我々は性役割を見直し自立しなければならないのだと思った。

*2002年3月11日(月)*
2年と5年は十数名が欠席し、2日間の学級閉鎖となった。我が3年は欠席2名。今日も給食を他の学年の分までモリモリ食べた。

*2002年3月9日(土)*
MOVIX周南にて、ジョージ・クルーニーとブラッド・ピットの「オーシャン11」を鑑賞。ジョージ・クルーニーがとってもかっこよかったが、ブラピの方は控えめで、ぱっとしない感じ。元々清楚なのでよっぽどワイルドに演じないと個性が見えてこないのかも・・・。女(ジュリア・ロバーツ)を物扱いしてるストーリーもちょっとヤな感じだったが、ジョージ・クルーニーのかっこよさに免じて、評価B。

*2002年3月8日(金)*
5年生は9名が欠席し、午後放課になった。

*2002年3月7日(木)*
竹内久美子さんの「BC!な話」の第2章を読んだ。抵抗することによって女は「腕のよいレイプ犯」を選んでるとか、売春は競争力の強い精子を得るためだとか、見方がすごーっく単純で一面的。動物行動学だけで人間の多面性が解明できるはずもない。

*2002年3月6日(水)*
6年生は登校した9名のうち3名が発熱により早退し、残り6名! 明日から2日間学級閉鎖になった。

*2002年3月5日(火)*
6年生は24人のうち11人が欠席し、午後放課になった。夜、上野千鶴子さん&小倉千加子さん&富岡多恵子さんの対談集「男流文学論」の吉行淳之介評を読んだ。3人によるメッタ斬り状態(徹底した批判)で吉行がちょっと気の毒な気もしたが、彼の作品を読んで感じた違和感が何だったのか、私にもハッキリ分かって心がスッキリした。

*2002年3月4日(月)*
1日遅れの雛祭りパーティーをした。

*2002年3月3日(日)*
シンシア・S・スミス著、あわやのぶこ訳の「Why Women Shouldn‘t Marry」の序章と第1章を読んだ。これまで女たちは自分が世間の不適格者になることを恐れ、延々と結婚という制度に追い立てられてきたわけだけど、スミスさんが言うには、裸の王様たる男が結婚において貢献することは何もなく、女の知性と才能を貶めてまで結婚すべきでない、とのこと。おもしろくて痛快な章だった。家庭内でどれだけ両性が不平等か、どんなに細々とでも私達が声を上げなければ何にも始まらないのだと思った。

*2002年3月2日(土)*
車椅子サッカーの選手のみなさんが来校。電動車椅子を操りながら競技するサッカーを初めて見た。かつて白馬で、片足で滑るスキーヤーを見た時の衝撃が蘇った。夜は久し振りに宴会に参加。しゃべりまくってスッキリした。

*2002年3月1日(金)*
常岡晃さんの「フランス文学におけるフェミニズムの諸相」を読んだ。今更ながらボーヴォワールの偉大さには感動する。これまでの私は男性との関係において自ら主体と客体とを逆転させ、第二の性に甘んじて生きてきた。せめてこれからは自分らしくのびのびと生きていきたい、今心からそう思う。

*2002年2月28日(木)*
今日は当たり日!朝、「こういうのって、どうせダメなのよね〜」と諦め半分で臨んだあみだくじで、映画の招待券をget。夕方には、当分前に会員になった教育関係のサイトから思いがけないプレゼント(どうやら入会記念らしい)。ラッキー\(^^\)(/^^)/

*2002年2月27日(水)*
「アダルト・チルドレンと家族」の第2章「家族という危険地帯」を読んだ。興味深かったのは「必要とされる必要」につき動かされて生きる共依存(コ・ディペンデンス)についての解説で、自分を直視することに耐えられない人間が相手を利用し支配しているという共依存の本質を、社会全体で見えなくしてしまっているという指摘。日本の社会的風土は共依存に無批判であるばかりか、近年まで(ひょっとすると現代も)、しおらしいとか奥ゆかしいとかいう誉め言葉(?)で女性の自立を邪魔し共依存を支えてきた。もう騙されちゃあいけない!(--)

*2002年2月26日(火)*
中野重人さんの「学力低下論とゆとり教育」の第1章「火を吹く学力低下論」を読んだ。(読みかけの本を更に増やしてしまってる私・・・^_^;)中野さんも述べているように、短大も含め若者の50%近くが大学生となる現在、数%しか大学に行かなかった昔に比べて大学生の学力が低下したと嘆いても、あまり比較にはならないだろう。学力低下論により文科省の方針がふらつきを見せたことで、現場にはかなりの混乱が生じたが、よりよい教育を求めて教育課程を具体的に検討する責務が我々にはあるのだし、これまでにも増して確固たる信念で努めなければ、教育はますます混乱すると感じた。

*2002年2月25日(月)*
参観日だった。理科の「磁石の極の性質」の授業をした。

*2002年2月24日(日)*
斎藤学さんの「アダルト・チルドレンと家族」の第1章「家族に心を傷つけられた子どもたち」を読んだ。無力な子供たちが信頼と安心を学ぶべき家庭の中で傷付けられ、そのトラウマが人生を支配し続けるなんて、やり切れない気分だ。

*2002年2月23日(土)*
朝、模様替えをした。いらない本もたくさん捨てた。少し部屋が広くなった。午後は、元監察医の上野正彦さんの「死体は生きている」を読んだ。死体を通して見えてくる人間の生への愛着を感じた。

*2002年2月22日(金)*
車椅子サッカーの選手のお話を聴いた。日常生活全般に介助が必要な障害を持ちつつもサッカーを心の拠として楽しんでおられる姿に、並々ならぬ強さを感じた。

*2002年2月21日(木)*
竹内久美子さんの「BC!な話」の第1章「精子競争・あなたの知らない世界」を読んだ。所々に変なバイアスは感じたものの、おもしろくっておもしろくって引き込まれた。何でも、精子の数は毎回かなり(平均で3倍近く)の違いがあり、それを決める三大要因は、前の射精からの経過時間と、パートナーとの共有時間の割合、パートナーの体重なんだそうだ。浮気の場合は精子の数が多いだけでなく、泳ぐ速度等、質も違うらしい。また、カリブ海に住むブルーヘッドという魚は、括約筋が精管の出口にあり、メスの身体の大きさに応じて精子の数を調整しているという。ラットは、他のオスの精子の進入を防ぐため、放出された精子の一部が膣の入り口付近で固まって栓を形成するんだそうだ。知らなかったことがいっぱい分かり、何だか嬉しい気分♪

*2002年2月20日(水)*
一日入学だった。絵を描かせたり読み聞かせをしたりした。ほんに子供と言うものは素直でかわいい。ところで本日遂に花粉症発症!。・°°・(>_<)・°°・

*2002年2月19日(火)*
久し振りに雪が降った。{{(T-T)}}さむっ

*2002年2月18日(月)*
ぐるーぷアミの「男たちの生む 生まない」を読んだ。両性が対等なパートナーシップを育てない限り、日本の出生率はまだまだ下がる。出生率の低迷は、男達が自分の都合を最優先に、女性を犠牲にして生き延びてきたツケなのだ。

*2002年2月17日(日)*
泣いて泣いて泣き濡れて「犠牲(サクリファイス)」を読み終えた。本を読んでこんなに泣いたのも久し振りだ。家族はいのちを共有し、脳死の身体でも対話できることがよく理解できたし、脳死を人の死とすることの問題点もよく分かった。死んだ息子洋二郎の魂の救済のために自分が再生しなければならないという柳田さんの決意も胸を締め付ける。私といくつも年の違わない洋二郎が悩み苦しんだ12年間、私は安穏とただ生きていたのを申し訳なく思う。絶望と挫折の中のひたむきさ・・、彼が書き遺した多くの言葉に敬意を感じずにはいられない。

*2002年2月16日(土)*
なわとび大会だった。3分間に跳んだ数や、引っ掛からずにどれだけ跳び続けることができるかを競い合った。実力はあるのに思わぬミスをする女の子たちを見て、女の子の成功恐怖の言説〜性差別の強い社会では女子は自己否定観が強く、自分は成功しないと思っているという言説〜を思い出した。午後は「総合的な学びを創る研究会」の学習会へ。1年間の研究のまとめと来年度の研究の指針や視点を話し合った。今年度の研究の様子はworkのページにまとめたので、よろしかったらご覧になってねっ(^^)。

*2002年2月15日(金)*
各校の研修主任が集まって、町教研の研究紀要の編集をした。睡魔と闘いつつ校正作業に勤しんだ。

*2002年2月13日(水)*
夕方、次男が発熱。一生懸命看病した。私自身の記憶の中に手厚く看病してもらった記憶があるからこそ、私もまた人を看病してあげることができるのよね、と、ふと思う。大切にされた子だけが人を大切にする術を学び、虐待する親の多くがかつて虐待に苦しんだ子であったというのも、どこか輪廻を感じる・・・。私達は子供の「今」と接するけれど、未来にも責任を負うのだと改めて思った。

*2002年2月12日(火)*
柳田邦男さんの「犠牲(サクリファイス)〜わが息子・脳死の11日〜」を読んでいる。父親の務めとしてこの追悼記を書いたという柳田さんの心情は察するにあまりあるが、それ以上に、心優しい息子洋二郎が友もなく、自死の道しか選べなかったその境遇が、あまりにも悲しい。人はいったい何のために生き続けねばならないのか、そして、人の死(人としての死)とはいったい何なのだろう。

*2002年2月11日(月)*
熱が下がっていつものフルパワーに。午前は、大阪水上隣保館・児童養護施設遙学園寮長 中井良次さんの講演「性産業に巻き込まれる子どもたち」を聴いた。養護施設の子供たちとの壮絶なせめぎ合いの様子を知ると同時に、自己決定能力を育てることの意味について考えることができた。面白かったのは「いまどきの子ども許容度チェック」。「エッチな深夜番組を見る小学校6年生男子」とか「テレクラに電話をかける女子中学生」などといった25項目について、「許せる」「どちらとも言えない」「許せない」のどれかにチェックし採点する。私の診断結果は「子供たちにはウケても、学校の職員の間では絶対に浮いた存在」との事(^o^;) 。この項目に「エロ本を生産し大もうけする印刷会社」とか「女性蔑視の写真広告をつるす電車」「女に全ての家事を押しつける男」「小学生を買春するオヤジ」とか入れて知り合いの意識をチェックしてみたい気もした。午後の前半は高校LHRの模擬授業「援助交際YES?NO?」に参加。援助交際のリスクが子供同士の話合いによって浮かび上がることもあるだろうが、授業というからには教師の側からの適切な資料提示(脅しやお節介でない冷静な視点の援助)が不可欠なのではないかと思った(なかったのが残念)。その後、パネルディスカッションを途中まで聴いて帰途に就いた。発熱に苦しみはしたものの、突発的で思い出深い岡山での2日間だった。

*2002年2月10日(日)*
岩国市にできた新しい体育館で、次男の試合を観戦した。またもや熱くなり、声を限りに応援した(フロアには全然聞こえなかったらしいが・・・)。帰宅後、翌日ある性教協岡山セミナーに向け慌ただしく出発。岡山は新幹線で1時間少々の距離だが、日常の雑事から逃れ一人でのんびりしたかったので、「明日行けば?」という夫の声を聞かずに家を飛び出した。何だか人生初のプチ家出の気分。だが、せっかく一人を楽しむはずだったその夜、何と、数十年振りの発熱に苦しむ!身体がぽっぽと熱く、喉はからから、ベッドの上で右を向いても左を見てもただ苦しい状態が数時間。やっと薬が効いてきたのは深夜だった。

*2002年2月9日(土)*
山口性教協の定例会に行き、島田令子さん(山口県警ヤングテレホン相談員)の「電話相談・面接を通しての現状と課題」というお話を聴いた。エネルギーのない非行(引きこもり・不登校等)や、思春期問題を抱えたままの中年たちの話を聴いているうちに、まるで私のことを言われているような気分に。私はまだ本当の自分を生きていないと思った。

*2002年2月7日(木)*
早乙女勝元さんの「アウシュビッツからの手紙」を買った。あまりに残酷で、薄い本だが休み休みでないと読み進められそうもない。

*2002年2月6日(水)*
同和教育の研修をした(校内研修)。また来年から教科書は変わるけれど、今の6年生の教科書にどんな記述がしてあるか読み合って、協議した。

*2002年2月5日(火)*
「性器も元気(男の子編)」の授業をした。不思議そうな顔をして聞き入っている子や、どことなく空々しい態度を装う子もいたが、ほとんどの子供たちが、思ったことや身近な大人に言われたこと等を面白そうにばんばん発表し(含 女の子)、大変盛り上がった。*^-^*。知っていれば何でもないことを、知らないばっかりに悩んでしまう、なんてことがないように、これからも明るく楽しく性教育に取り組みたい。

*2002年2月4日(月)*
「オートローラースライダー」(商品名)を買った。腕立て伏せの体勢で、ハンドルの付いたローラーを持って押す。腹筋に相当効く模様。ムキになってやったので明日は筋肉痛かも・・・(^o^;)。夜、原田瑠美子さんの「バイアグラと男のセクシュアリティ」を読んだ。バイアグラはEDの治療薬として認可されたにも関わらず、保険は適用外らしい。そのためかどうかは分からないが、せっかく申請から半年という驚異的なスピードで認可されたのに(ちなみに低用量ピルは申請から9年!)、相変わらず個人輸入で手に入れようとする男性が多いとのこと。しかもEDを自覚しながらも、医師に相談した人はたったの4%。これっていったいどういうことなのか・・・!仕事の発注を取るために、バイアグラを手みやげに取引先を回るという笑えない実話も紹介されていた(怒!)。(--メ)★☆★

*2002年2月3日(日)*
次男の試合を観戦した。エキサイティングだった! ふと気が付けば、回りの誰よりも大きな声で応援していた私・・・(*v.v)。。。試合の合間に金井淑子さんの「民法改正と夫婦別姓のゆくえ」を読み、「別姓」が姓を変えずに婚姻届が出せるシステムである以上、結局は個人主義の名を借りた家族主義に過ぎないことに、初めて気付く。別姓が実現したところで戦後的家父長制からすぐさま自由になるべくもない・・、道のりはまだまだ長い。午後は、元ペルー/ケニア大使の青木盛久氏の講演を聴きに徳山市市民館へ。普通の人が普通の家庭の中(一夫多妻)でHIVに感染し、国民の平均寿命が10年単位で短くなっているという。しかも冷戦終結によって欧米からの援助はどんどん減り、経済の悪化と政治の腐敗・汚職等、凄まじいらしい。現地の人と同じ目線で働くNGOの方に頭が下がる。その後、青年海外協力隊員OB会の荒瀬澄枝さんのワークショップへ。貧しい国の実状を理解し、自分との関わりを考える様々な手法や課題を教わった。
夜、下の息子と豆まきをした(^^)。

*2002年2月2日(土)*
北九州予備校の三宅剛さんの講演を聴きに行くつもりだったのにすっかり忘れ、NET三昧の午後だった。夜は、田嶋陽子さんの「愛という名の支配」第4章「抑圧のファミリーチェーンをどう断ち切るか」を読んで、ちょっと涙が・・。「家庭こそ父権性的メンタリティを純粋培養している悪の温床だ」という指摘に納得しながらも、家庭を少しも民主化できないでいる自分が悲しい。「差別の構造がよく分かり、少し楽になったら、それを応用して思いっきり自分の人生を生きてください」という言葉に、まだまだ少しも楽になんかなっていないものの、ちょっとだけ元気をもらった気がした。

*2002年2月1日(金)*
長い一週間だった・・。

*2002年1月31日(木)*
ジェンダーについて考える授業(道徳)の記録をアップした。

*2002年1月30日(水)*
次男が受けた模試の結果の説明を聞いた。

*2002年1月29日(火)*
学習発表会が終わって虚脱状態。まだ火曜だと言うのに、重い倦怠を感じる。

*2002年1月28日(月)*
一昨日の学習発表会の感想を記したお手紙を、数名の保護者からいただいた。できなかったことは多々あるが、感動してもらえたんだから満足だ。これで来年も頑張れると思った。
自動登録リンク集をレンタルした。皆様、よかったらご登録下さいませm(_ _)m。

*2002年1月27日(日)*
次男の試合(バレーボール)を観戦し大興奮!自分でプレイしたくてたまらなくなった。会場では、小中学校時代の同級生に久し振りに会って話もできたし、試合の合間に本も読んだし、なかなか充実した半日だった。読んだ本は、安冨俊雄さんの「スポーツとフェミニズム〜身体の解放とスポーツ〜」。フェミニストを名のる男性にちょくちょく感じる不思議な違和感…著者は、男性としての利権はそのままに、男性を基準にして女性を語っているに過ぎないと思った。その後、川崎医療福祉大学の佐々木正美さんの講演を聴きに山口市へ。LD児や自閉症児に接する時の留意点など、分かりやすく教えていただき、ためになった。

*2002年1月26日(土)*
学習発表会だった。子供たちは意外に緊張して、日頃と違う雰囲気だったが、お客さんにはなかなかの好評だった。午後はIT研究会でEXCELの研修。EXCELの裏技を知ることができ、とっても楽しい研修会だった。

*2002年1月25日(金)*
いよいよ明日は学習発表会。いつもだったら前日に最も盛り上がり、最高の出来に達するのだが、今回はそれがない・・・。 明日、大丈夫なんだろうか・・・。(憂)

*2002年1月24日(木)*
冬の体育の定番、長縄跳びを始めた。・・・燃える!

*2002年1月23日(水)*
ジェンダーについて考える授業をした。子供たちは純真だ。なぜこんなバイアスが生まれたのか、不思議でたまらないという反応だった。私が見落としていた「違い」にも疑問の声をあげてくる、その感性を嬉しく思った。しかし子供自身も気付かぬうちに、ジェンダーバイアスは再生産され、脈々と伝えられているのもまた事実。その無意識の加害者性に目を向け、生き方を考える、もっと掘り下げた授業をしなければならないと思った。(この授業の様子は近日中にアップする予定です。お楽しみにぃ〜(^^)V)

*2002年1月22日(火)*
久し振りに寒い1日だった。運動場で体育をしたら、頬が凍り付きそうだった。

*2002年1月20日(日)*
伏見憲明さんの「スーパーラヴ」の第2章「恋のイエローカード」を読み、私も何だか恋愛通になった気分だ。ここまで冷静に他人の情念を分析できる伏見さんって、すごい特技の持ち主だと思う。女もゲイも誇りを持って生きなきゃならない。(^^)V 第3章の「ゲイ感覚でいこう!!」には、大笑いしてしまった。日常生活をこんなにエンジョイできる彼の感性を見習いたい。身構えず、楽な気持ちで、楽しく生きていきたいと思った。

*2002年1月19日(土)*
伏見憲明さんの「スーパーラヴ」の第1章を読んだ。ゲイを生き抜いてきた彼だからこそ見える、男社会の矛盾に鋭く切り込んだ評論で、小倉千加子さんのアイドル評に優るとも劣らない面白さだった。

*2002年1月18日(金)*
上野千鶴子さん(文)と高畑早苗さん(絵)のコラボレイション、「あ・な・た・た・ち〜自我からの癒し〜」を読んだ。友人を描いた絵は、高畑さんのセルフポートレートでもあるそうな。「あなた」の中に散在している「わたし」を見るという発想に、そこはかとない人間愛を感じる。現代にあっては、コンテンポラリアン(同時代人)意識は教育の基本観念ともなり得る重要な意識だと思った。

*2002年1月17日(木)*
ポルノについて考える授業をした。ポルノを目にしたことがある子供は28人中20人、ポルノを見ている男性を目撃したことがある子供も過半数に上った。ここまでおおっぴらにされるポルノ文化に怒りを禁じ得ない。ポルノは、女性への差別意識に支えられた傲慢な男性社会の産物だ。見て見ぬふりをせずに積極的に撃退する義務が私にもあるのだと思った。

*2002年1月16日(水)*
小倉千加子さんの「アイドル時代の神話」の後半を読み、日常社会へのあまりに深く鋭い洞察に驚いた。「結婚している女の中には、結婚しないままでは攻撃から身を守る防衛壁が薄過ぎると自覚している女が結構いる」なんて、まるで見透かされてるみたいだし、「アイドル崇拝はネオ・フェティシズムであり、フェミニズムの思想なしには解読できない」なんて、私なんかには思いつきもしない視点だと感心した。

*2002年1月15日(火)*
午後、町教研の部会だった。年度末に向け着々とまとめの作業が済んでいく。夜は小倉千加子さんの「アイドル時代の神話」を半分読み、この世がいかに男社会かを再確認。アイドル同様、「桃太郎」や「浦島太郎」の分析もおもしろかった。女の価値を切り下げ女を見下すことが男らしさの自己形成の第一歩だという指摘にはすっかり納得したが、未来を生きる子供たちには、差別によらない自己形成を期待したい。私も、女性蔑視の情報や言動にはきちんと批判の声をあげ、自分の性に自信を持って生きていきたいと思った。

*2002年1月14日(月)*
テリー伊藤さんの「お笑い北朝鮮」を読んだ。読んで分かったタイトルのパラドックス。この本、平和に浸りきって隣人を知ろうともしない私たち日本人への警告の書だった。

*2002年1月13日(日)*
次男が走る駅伝の応援に行った。障害物が多かったせいか、自転車でがんがん飛ばしたが追いつけず、汗まみれ&へとへとになった。午後は徳山市美術博物館で「ブルターニュの海と空展」(カンペール美術館所蔵)を鑑賞。多くは、漁民やキリスト教信者の姿を描いた風俗画で、写真を利用したり、時や空間を越えた対象物を組み合わせていたりして、斬新な印象だった。

*2002年1月12日(土)*
久し振りに「ローマの休日」を鑑賞、評価B。昔観た時はそんなにインパクトはなかったのだけれど、束縛と抑圧から逃れられずにいる自分が哀れなのと、登場人物の世離れした純真さが心に響き、何だか泣けた。ローマの名所も随所に盛り込まれていて楽しめた。

*2002年1月11日(金)*
庭で焚き火をした。火の粉が夜空に舞い上がり、とってもきれいだった。

*2002年1月10日(木)*
「完全自殺マニュアル」の続き、「C手首・頸動脈切り」を読み、ぞっとした。体から力が抜けてく感じだ。

*2002年1月9日(水)*
鶴見済さんの「完全自殺マニュアル」の「@クスリ」「A首吊り」「B飛び降り」を読んだ。何をするにも事前学習は重要だと妙に感心した。

*2002年1月8日(火)*
始業式だった。

*2002年1月7日(月)*
実家の両親と姪2人が来た。誰も気付かなかったみたいだが、私は久々にシンデレラ気分だった。

*2002年1月6日(日)*
ジェームズ・フィン・ガーナー著、デーブ・スペクター訳の「政治的に正しいおとぎ話」を読んだ。作者が前書きで「全く偏見のない意義ある文学の旅の途中にいる」と書いてる割には、自らの固定的な考えで原作を歪曲した作品で、あまりの皮肉と偏見(女性差別や容貌差別・年齢差別等々)にげんなりした。あとがきで、彼がいかにフェミニストとPC派(Politically Correct派=違いを尊重し、少数派に敬意を払おうとする人達)を嫌った人かがよく分かり、読まなきゃよかったと反省した。

*2002年1月5日(土)*
期待して観た「猿の惑星」、評価C。前作の方が面白かった・・・。

*2002年1月4日(金)*
凧揚げをした。

*2002年1月3日(木)*
旅行や帰省で読めずにいたメールをガンガン読んだ。

*2002年1月2日(水)*
毎年買ってるM堂の福袋が早くも売り切れててとっても残念だった。・・が、それにもめげず、いろんなお店でいっぱい買った(^^)V。車の中が福袋だらけになった。

*2002年1月1日(火)*
親戚の家に行った。姪や甥やいとこの子供たちが随分大きくなっていてビックリした。

*2001年12月30日(日)*
夫の実家に行った。

*2001年12月29日(土)*
時差ぼけ状態で1日過ごした。

*2001年12月27日(木)・28日(金)*
ローマからパリへ、そして日本へ帰ってきた。旅行の様子は「yoshikoの旅日記」にまとめたので、よかったらご覧になって下さいませ§^。^§(「about me」のページから入れます。)

*2001年12月26日(水)*
列車でフィレンツェとピサに行った。

*2001年12月25日(火)*
車でローマを観光した。ごみと落書きがいっぱいなのが残念だったが、物価も安く食べ物もおいしくて、とても居心地のよい空間だった。

*2001年12月24日(月)*
観光バスでナポリ・ポンペイに行った。

*2001年12月23日(日)*
午前3時半起床。イタリアに向けて出発した。飛行機の中で中野さんのエッセー「偽天国」を読んだが、辛酸を舐めた経験がないようで、あまりのノー天気さにガックリした。

*2001年12月22日(土)*
旅行の準備をした。

*2001年12月21日(金)*
終業式だった。

*2001年12月20日(木)*
保護者会2日目。これで2学期は終業式を残すのみとなった。夜は忘年会へ(ちょっと食べ過ぎたかも?)。帰ってから「パール・ハーバー」を鑑賞、評価A。長編だったが、飽きることなく楽しめた。

*2001年12月19日(水)*
保護者会だった。夜は、田嶋陽子さんの「愛という名の支配」の第3章を読み、女が男社会に適応するために愛をおねだりしているという指摘や、男のペットになった女たちが女性差別を再生産しているという指摘に大いに納得。誰にも頼らない、指図も受けない、ドレイに甘んじない、自分だけの人生を歩んでいきたいと思った(できないから辛いんだけど)。

*2001年12月18日(火)*
田嶋陽子さんの「愛という名の支配」の第2章「女はドレイになるようにつくられた」を読んだ。結婚制度とは、男がドレイを終生一人ずつ持てる制度であると言う。同じ時代を生きながらも、女だけがガレー船の船底に押し込められているという喩えは言い得て妙、私達の現実をよく表している。船底のドレイ達は、たまに甲板に出て闘うことはあっても、一緒に闘ったんだから平等なんて勘違いをしてはいけない。日常をしっかり見つめ、変えていかなければ私達は船底のドレイのままだ。家庭内の性別役割分担が決して平等な分担でないことを、女なら誰でも知っている。幼い頃から数々の神話をたたき込まれ、自分を小さく小さく削って生きることしか許されなかった私達の現実を、未来を生きる女の子たちに決して伝えたくないと思った。

*2001年12月17日(月)*
今日も入院した子のお見舞いに行った。祈ることしかできないけど、どんなにゆっくりでもいいから元通りになってほしい。夜は田嶋陽子さんの「愛という名の支配」第1章を読んだ。自分の過去を冷静に振り返りアイデンティティの在処を分析する、田嶋さんらしいクールさだ。愛という切り札を手に、親に依存するしか生きる術のない無力な子供をいじめ続ける親は、この世に五万といる。大人は、子供時代の気持ちを忘れない努力が必要なんじゃないだろうか。

*2001年12月16日(日)*
南北朝鮮の対立と友情を描いた韓国映画「JSA」を鑑賞、評価A。愛国心とは何か、人間の良心とは何か、信頼とは何か・・、考えさせられる映画だった。不信と憎しみに囚われた生き方だけはしたくないと思った。夕方、入院した子供のお見舞いに行った。

*2001年12月15日(土)*
入院した子供のお見舞いに行った。お母さんの心配と苦しみが痛いほど伝わってきた。

*2001年12月14日(金)*
年賀状を書いた。

*2001年12月13日(木)*
行動する女たちの会 編「ポルノウォッチング〜メディアの中の女の性〜」を読み、女をおとしめ続ける日本のメディアに怒りが炸裂!他意がなくても差別は差別。日本社会がいかに女をモノ扱いしポルノを許容し続けてきた社会かを、我々はしっかり知る必要がある。

*2001年12月12日(水)*
忘年会用のクリスマスプレゼントを買った。

*2001年12月10日(月)*
島田晴雄さんの「家族と暮らしをとりまく経済学」を読んだ。人間の暮らしが数字合わせ(経済の合理性)だけでうまくいくのなら、とっくに住みよく心豊かな世の中が来ている。経済学者というのは、かくも短絡的なのかと不思議に思った。

*2001年12月9日(日)*
上野千鶴子さんの「女遊び」を読んだ。「子を持って知る親の恩」ではなく「子を持って忘れる子の心」とはまさしく名言。母性が自分の期待する子供像を求めるあまり、他の異質性を許容しないとしたら、それはタダのエゴイストだ。謙虚で純真な気持ちを忘れず生きていたいと思った。また、抑圧的な男権社会に同化してしまっては自分たちが批判したはずの当の社会体制をカリカチュアライズし再現することになるという指摘に、いつまでもアウトサイダーを降りない勇気をもらった気がした。女は社会の中で期待されない分、体当たりで生きてゆけるじゃないかと思った。

*2001年12月8日(土)*
校内マラソン大会だった。夕方のジョギングは息子たちと走ったが、息子たちは息切れひとつしてないのに、私ひとりがゼーハー言ってむなしかった・・(--)。冬休みの旅行は念願のイタリアに決定!今から楽しみだ。

*2001年12月7日(金)*
八代小に出張だった。窓の外から聞こえるけたたましいツルの声に、さっすが八代(本州唯一のナベヅルの渡来地)と感動した。

*2001年12月6日(木)*
私にしては珍しく、3日続けてジョギングした。

*2001年12月5日(水)*
木村敏さんと上野さんの対談「性の境界領域へ〜現代の病理とナルシシズム〜」を読んだ。自分によって愛されたいBPD(ボーダーライン・パーソナリティ・ディスオーダー)や、自分を愛し過ぎてるNPD(ナルシスティック・パーソナリティ・ディスオーダー)、身近にもたくさんいそうな「ボーダーライン・ノーマル」という用語について、ちょっとだけ理解できた。自己を客体化しながら生きている女性だからこそできること、この世の中にたくさんあるんじゃないだろうか。

*2001年12月4日(火)*
駅伝に出ないかと、せっかく言ってもらえたのに、「ハイ出ます!」とすぐに言えない自分が悲しい。決められた距離を走り切る自信、まるでナシ。年々体力が落ちてるとはっきり感じる・・・(T-T)。

*2001年12月3日(月)*
卒業したTちゃん(障害がある)のお母さんに会った。Tちゃんは他者からの援助を誰よりも必要としているのに、今の私は何の力にもなれないでいることを、とても申し訳なく思った。

*2001年12月2日(日)*
勤務校の校区の廃品回収だった。小山のように積み上げられた廃品の量に毎年ビックリさせられる。夜は、梅棹忠夫さんと上野さんの対談「女と文明」を読み、梅棹さんが20年近く前に唱えた「妻無用論」を知った。家事労働は収入のない女性が家庭内における主婦権を確立するために生み出した偽装労働だから妻は無用なのだと言う。また、女性は男性より社会への適応力があるとのこと。どれだけ生活が電化されても家事労働がちっとも減らないのは事実だが、女性自ら生み出したなんてちょっと納得できない。この人、果たしてフェミニストなんだろうか?

*2001年12月1日(土)*
やっと週末。ストレスからか、スーツ4着衝動買いした(^^;) 。夜は、田中優子さんと上野千鶴子さんの対談「遊女と地女」を読み、地女にもなれなかった少女たちが、女「である」ことに依存せず、遊女の虚構性を演じてのし上がっていくかっこよさにうっとりした。だけどインフラが高くない社会だったからこそ加工された女っぷりに価値が置かれたんじゃないかとふと思い、地女のままで勝負できる自分でいたいと思った。

*2001年11月30日(金)*
今日も午後から出張。町教研評議員会で1年間の研修の反省を話し合った。

*2001年11月29日(木)*
午後から出張、昨日の研究授業の様子を盛り込んだ資料を配布した。これで肩の荷が下りた気分だ。今日まで目まぐるしい忙しさだった・・。夕方は長男の高校の懇談会(三者懇談)に。高校に行くたびに、勉強に追いまくられて灰色だった自分の高校時代を思い出す。あれから20年、時代と共に生徒の姿は変わってきたけれど、進学をターゲットにして全てが動く進学校の体質は少しも変わっていない。

*2001年11月28日(水)*
研究授業が終わった。6年生を迎え、3年生がこれまで調べてきたことを凍える体育館で発表した。評判は上々!まだ週の半ばだが完全燃焼した気分。σ(^^)

*2001年11月27日(火)*
8月にアメリカからやって来たばかりのエイミーさんを迎え、ゲームをしたり歌を歌ったり質問し合ったりして過ごした。前のAETもそうだったけど、エイミーさんも故郷に恋人を残して日本に来ているそうだ。自分の人生を最優先にする生き方に、いつも感心させられる。髪型や服装も質素でお化粧もしない彼女に、彼女と正反対の虚飾まみれの私の姿があぶり出される気がした。英語は心配していた割にはうまくいき、ちょっと自信が蘇ってきた。

*2001年11月26日(月)*
町内教務主任と研修主任の合同研修会だった。来年度からの総合的な学習の時間の評価について、防府教育事務所の吉鶴先生から指導を受けた。

*2001年11月25日(日)*
免許証の更新に山口市の交通センターに行った。ものすごい混雑だった。夜は永島利明さんの「性差別の撤廃と教育」を読み、教育の場での性差別やステレオタイプの蔓延に憤りを感じた。また、憲法で両性平等(筆者は「男女平等」という言葉も家父長時代の産物だと指摘している)の規定を持たないアメリカで、教育法修正9章や婦人教育公正法等が制定されるに至った経緯を知り、憲法で平等が規定されながらもここまで差別が横行している日本の現実を悲しく思った。

*2001年11月24日(土)*
海の幸を求めて境港水産市場に行った。早朝からすごい賑わいで圧倒された。人混みをかき分けてどうにかエビや蟹の買い物を済ませ、「水木しげるロード」へ。通りのあちこちに妖怪がいっぱい。郵便局も公衆電話もプリクラも妖怪だらけだった。それから大山(だいせん)のふもとの「とっとり花回廊」へ。きれいな花と、雪を被った大山を眺めながら長い回廊を早足で歩いた(ちょっとは運動になったかも)。そして4時間かけて山口県に帰って来た。11月とは思えないポカポカ陽気に恵まれ、おいしい物もとことん食べた幸せな2日間だった。

*2001年11月23日(金)*
山陰方面に旅行した。「しまね海洋館アクアス」では、珍しい白イルカのショーを見て、イルカのあまりの賢さにビックリした。松山ではものすごいラッシュに巻き込まれ、あわや晩ご飯抜きかと心配したが、何とか目的地(境港)に到着し、蟹をたらふく食べることができた。刺身に天麩羅にしゃぶしゃぶに雑炊に・・etc、いやと言うほど蟹三昧。夜はアイスクリームやコーヒー・お菓子等、あきれるほどの暴飲暴食をして、また自己嫌悪になった・・・^_^;。

*2001年11月22日(木)*
来週のふれあい集会(わら細工・ホバークラフト・竹とんぼ・ハーブティー・ダンスなどのクラスが設けられる)の打ち合わせに、K中のAETのエイミーさんに会いに行った(私は英語教室の担当)。予想外のことだったが、エイミーさんは日本語が全く分からず、英語だけしか通じない。いつもなら英語と日本語のチャンポンで話せるのに、そうもいかず、四苦八苦。自由に英語が操れるようになりた〜〜〜〜いっ!!!

*2001年11月21日(水)*
参観日だった。山口市から商品検査センターの研究員さんをお招きし、発色剤の検出や着色料の染め出し実験を見せていただいた。夜は約30分で流れ星を4個発見。獅子座流星群は見損ねたが、今日の4個に感動した(;^_^A。

*2001年11月20日(火)*
上野千鶴子さんの「ミッドナイト・コール」を読んだ(2/3&あとがきのみ)。軽いノリのナルシスティックで平凡なエッセイで、気力が失せて完読ならず!

*2001年11月18日(日)*
自治会で公園の掃除をした。その後、セルフサービスのGSで二度目の給油体験。簡単で早くてとっても面白かった(*^―^*)♪。

*2001年11月17日(土)*
「かみかみっこ、ばんざい」という授業(学活)をした。「卑弥呼の歯が、いーぜ」を合い言葉に、できるだけ30回噛んで食事しようと話し合った。(注:「ひ」=肥満防止、「み」=味覚の発達、「こ」=言葉がはっきり、「の」=脳の発達、「は」=歯の病気予防、「が」=ガン予防、「い」=胃腸快調、「ぜ」=全力が出せる)。Coopの方からも、授業に協力して下さるとの電話が入り、いよいよ気分が発表モードに切り替わった。

*2001年11月16日(金)*
保護司&里親会理事の佐伯さんの講演を聴いた。子育てには忍耐が大事だと再確認した。

*2001年11月15日(木)*
1q走った。(@Д@; 

*2001年11月14日(水)*
研究授業のオリエンテーションだった。ひとやま越えてほっとした。

*2001年11月13日(火)*
給食センターから栄養士さんを招き、お話を聴いた。仕入先や残菜の始末・仕事上の苦労など初めて知ることが多く、あっと言う間に時が過ぎた。

*2001年11月12日(月)*
久し振りに運動場を5周走った。老化は足から訪れると実感した(-“-;A。

*2001年11月11日(日)*
一番ヶ瀬康子さんの「『生活大国』の家族」を読んだ。1980年まで政府によって唱えられていた日本型福祉社会論が福祉政策をいかに遅らせてきたかがよく分かり、ム〜っときた。福祉の遅れは、女性に介護等の負担を強いる男性優位社会の一側面だ。

*2001年11月10日(土)*
手賀沼せっけんを初めて買った。日本一汚いと言われた手賀沼をきれいにするため、市民が出資した工場で廃食油をリサイクルして作られている。合成洗剤に頼りきった、簡単で危険な生活を反省したいと思った。

*2001年11月9日(金)*
精神科医、町沢静夫さんの「子どもたちはなぜキレやすくなったのか〜心をコントロールできない子どもたち〜」を読んだ。生き方のモデルとなる大人がいなければ、子供たちは閉塞感ばかりを募らせ、希望を忘れて生きるしかないだろう。子供の問題は、大人自身が生み出す大人社会の問題だ。

*2001年11月8日(木)*
セルフサービスのガソリンスタンドで給油を初体験した。

*2001年11月7日(水)*
小鳥小屋の巣箱の中で3羽の死体を発見した。首が取れていたり足が折れていたりひどい状態だった。他のインコはどこに行ったのか・・。

*2001年11月6日(火)*
11羽いたインコが一晩で3羽に・・。床には2羽の死体。飼育係の子供とお墓に葬った。小鳥の小屋に何が起こったんだろう。

*2001年11月5日(月)*
「クリーン大作戦」だった。片道30分の道のりを、ごみを拾いながら子供たちと歩いた。タバコやお菓子の袋・空き缶・ビンなどが、たんまり集まった。中身そのままの粉ミルクの缶にはちょっとビックリ。「なんで捨てるんだろうねぇ。」と言いながら、みんなでせっせと拾った。今は、拾っても拾っても綺麗にならない街だけど、捨てない子供がたくさん育つんだから、未来は暗くないと思った。

*2001年11月4日(日)*
トム・ハンクスの「キャストアウェイ」、評価B。絶望の淵にあっても、そこから心の支えを求めて生きようとする人間の強さ・尊さを感じた。

*2001年11月3日(土)*
2年前に随分話題になった「買ってはいけない」を読んだ。日本のお手軽尊重文化にウゲ〜っとなった。何を食べ、何を使って生きていったらいいんだろう??子供たちは大丈夫なんだろうか・・・。

*2001年11月2日(金)*
「狐の嫁入り」(地元のお祭り)だった。朝から雨だったので中止かと思ったが、バッチリ開催されたので、ちょっと感動した。

*2001年11月1日(木)*
船瀬俊介さんの「続々どうしても化粧したいあなたに」を読んだ。「指定成分」が安全上問題とされる成分のことだったとは知らなかった無知な私。スッピンで学校に行く勇気はないけど、なるべくお化粧しないで生活しようと思った。

*2001年10月31日(水)*
同和教育研修会に参加し、被差別部落在住の講師の講演を聴いた。「みんな、おんなじなんだ。」と言う熱いメッセージがヒシヒシと伝わってきた。学ぼうとする意欲・変わろうとする意欲が、人や社会をよくしていく。自分は違うと思い込み、それを確認して安心したり優越感を持ったりする、そんな心貧しい人間にはなりたくないと思った。夜は車検に出してた車を引き取りに車屋さんへ。1日軽を乗り回し、軽でスピードを出すと危ないことがよ〜っく分かったσ(^_^;)

*2001年10月30日(火)*
就学時健診で知能検査を担当した。

*2001年10月29日(月)*
自閉症やアスペルガー・ADHDやLD児に詳しい山口大学教育学部教授の木谷秀勝さんの講演を聴いた。環境や心理の問題か、発達障害なのか、見極めが難しいこともあるが、アプローチを誤らないようにしないといけないなと思った。また、今やって無駄なこともあれば、無駄なようでも10年後に成果の現れるものもあると言われ、いつも必死になるばかりじゃなく、開き直りも大切だと思った。

*2001年10月28日(日)*
「ザ・セル」を鑑賞、評価A。どんな凶悪な犯罪者にも、報われなかった悲しい過去がある。人の心が救えるようになる日が私にも来るんだろうかと、ふと思った。

*2001年10月27日(土)*
「ハンニバル」を鑑賞、評価C。役者の存在感はなかなかだったけど、「羊たちの沈黙」や「ボーンコレクター」の方がワクワクした。「すごくキモイ」という評判に、期待し過ぎてたのかもしれない。

*2001年10月26日(金)*
食品卸売り問屋に見学に行った。

*2001年10月25日(木)*
日高敏隆さんの「動物にとって家族とは何か」を読んだ。母親が自分の利己的な欲望から子供を育てているという説明はとても分かりやすく、近年までさんざん言われてきた母性愛なんて神話を持ち出すより、よほど納得できる指摘だった。

*2001年10月24日(水)*
玉井収介さんの「自閉児のコミュニケーション」を読んだ。情感の表出が苦手で、自分の領域と相手の領域の区別を理解できない彼らは、他者と会話することが極めて難しい。しかし内面には言葉の体系を間違いなく持っている。それがいろいろな例を引いて説明されていた。私も、自閉症児にコミュニケーションスキルを身に付けさせようと必死で過ごした時期がある。その1年間がまるで昨日のことのように思い起こされた。自閉症児自身が必要としない伝達のスキルを、相当なストレスと引き替えにしてまでなぜ押しつけるのか、そんな思いと闘いながらの1年間だった。(足跡は「yoshikoの仕事部屋」にありますのよ〜ん。σ(^_^)

*2001年10月23日(火)*
柳井方面に社会見学に行った。最初は果子乃季(山口県で44店舗を経営するお菓子屋さん)工場でお菓子作りを見学。先月からアメリカ産のイチゴが入荷しなくなったためオーストラリア産に切り替えたそうで、あのテロはここにも影を落としていたのかと少し驚いた。長さ30メートルもある大きな機械(1時間に5000個製造するらしい)を見たり、この道45年の熟練の職人さんや、フランスで10年以上修行し、歌も得意でCDデビューしたという人の姿も見た。当然と言えば当然だが、普通の人だった!
次は柳井白壁の町を散策。実を言うと、こうやって観光地として整備される前は、時代に取り残された古い町っていうイメージを持っていた私だったが、ゆっくり歩くと住む人たちの努力が伝わってきて、文化を継承することのかっこよさを感じた。
次は平生町歴史民族資料館へ。山口県で回天基地があったのは徳山沖の大津島だけかと思っていたが、ここからもたくさんの若者が海に消えたことを知り驚いた。本物の人間魚雷を保有しているのも、東京の靖国神社と当地だけだという。開戦時には、ここから10人の人達が潜水艦で真珠湾に入ったそうだ。知らなかった・・・。
最後はイズミ夢townへ。先日町内のスーパーに見学に行ったばかりだったせいか、子供たちがお客さんや働いている人たちにバンバン質問していて、たくましさを感じた。暑くて疲れはしたが、とっても楽しい1日だった。

*2001年10月22日(月)*
城忠彰さんの「法律からみたジェンダー」を読んだ。家事・育児等の家族的な責任も果たしながら、自らの就業意欲も満たしていく、女性たちのそんな当たり前の願望が、社会全体の課題として認識される日が日本にも来るんだろうか。国連人権委員会への「個人通報」や、女子差別撤廃委員会に提出された日本政府報告への「反論書」など、差別を受けた女性の救済に国際機関を利用する手もあるということを初めて知った。

*2001年10月21日(日)*
来月の研究授業が気になりながらもちっとも捗らず、家でひっそり過ごした。

*2001年10月20日(土)*
参観日だった。授業の後のPTAバザー、ずっと前から楽しみにしてたのに、ダッシュの直前急用が・・・。用事が終わって行ってみたが手遅れだった・・ガックリ・・。

*2001年10月19日(金)*
今日は鉄棒の足かけ後ろ回りを披露。ものすごく久し振りだったが、ちゃんとできたので安心した。

*2001年10月18日(木)*
「先生お手本見せて〜」という声に負け、今日は走り幅跳びに挑戦。疲れた・・。ものすごく分かりやすいところに、も一つ掲示板を設置しました。

*2001年10月17日(水)*
分かりにく〜〜い所に新しい掲示板を設置した。見つけた人はカキコしてね〜。.:♪*:・'(*⌒―⌒*)))

*2001年10月16日(火)*
道徳で初めてディベートをした。3年生でも充分イケてる。

*2001年10月15日(月)*
「フォームは私が一番いいわね。」などと言いながら、今日も障害走に勤しんだ(タイムじゃ子供に勝てない\(^^;)!)。身体が少し軽くなってきた気がする。

*2001年10月14日(日)*
柴田和枝さんの「ことばの中の女と男」を読んだ。1995年の文化庁文化部国語課の調査によると、大人では年長者ほど言葉に男女の違いがあった方がよいと考えているそうな。子供を対象とした調査はないけれど、そう言えば我がクラスでも、国語の教科書に出ていた「〜かしら。」という男の子の発言に、多くの子供たちが疑問を示していたのを思い出した。荒っぽい言葉を遣う男の子達は、自分が男であるというアイデンティティに突き動かされて遣ってるのかも。

*2001年10月13日(土)*
髪を切った。

*2001年10月12日(金)*
昔読んだ井出裕久さんの「過労死」を、改めて読んだ。NHK放送文化研究所の調査(1990年)によると、共働き男女の家事労働時間は男性27分に対して女性4時間15分、妻は「主婦」として(・・この「主婦」って言葉、女性を性役割に押し込める響きに溢れている。某新聞に「無職」じゃなく「主婦」と載るのをいつも疑問に思う・・。)、およそ平日は家事労働を一手に引き受けており、共働き家庭にも「男は仕事、女は家庭」という分業が成り立っていることを示している。このことは、過労死した人々の家族からの聞き取り調査によっても明らか。働き過ぎる「普通の」サラリーマンが共有している仕事に対する意識や姿勢は、この性別役割分業意識によって支えられ、正当化されている。この社会に性別役割分業意識がいかに深く浸透しているかは言うまでもないが、自発的に働き過ぎる夫たちと、夫の長時間労働を黙認する妻たちで構成するこの社会は、家庭が即物的で情緒的紐帯に乏しい「いれもの」であったとしても、それを拒もうとしない社会だったと言えるだろう。(それだからこそ日本の発展があった。)しかし、これからは違うと信じたい。心身ともに健康に生きる権利は誰しも持っている。私たちが、与えられた選択肢の中からではなく自分で生き方・幸福を自由に主体的に選べる、そんな子供たちをたくさん育てることができるかできないか、どんな日本になるかはここにかかってる。

*2001年10月11日(木)*
7名ずつのグループで、それぞれの計画に従ってスーパーマーケット・薬局・ケーキ屋さん・コンビニの見学に行った。お店の奥まで入れてもらったり、お土産をもらったりして、子供たちは大喜びだった。監督のため各お店間を何往復もした私は、案の定、足が棒になった・・(^^;; 。放課後は、陸上記録会に向けての練習で更に体力消耗。結構疲れていたというのに、目の前にハードルがあると跳ばずにはいられない私・・。

*2001年10月10日(水)*
道徳で、戦争について考える授業(第一次)を行った。新聞を見せ合ったり、アフガニスタンやアメリカについて知っていることを述べ合ったりした。

*2001年10月9日(火)*
25/1201の懸賞に当たった!やったー"\(^-^)/

*2001年10月8日(月)*
庭で焼き芋をした。焚き火ってほんとに楽しい。午後はジャン・レノの「クレムゾン・リバー」を鑑賞、評価C。フランス映画らしいボワンとした終わり方だった(^^;; 。

*2001年10月7日(日)*
高崎宗司さんの「『従軍慰安婦』問題と『反韓感情』」(19993年)を読んだ。悪事を悪事と認め、素直に謝ることがなぜそんなに難しいのか、日本政府と一部の識者がなぜそこまで傲慢になれるのか、情けなくなった。

*2001年10月6日(土)*
松崎百合子さんの「アジアから日本を問う」を読んだ。日本が合法的に受け入れている外国人労働者の大半は、興行ビザで入国するアジアの女性たちで、その数は延べ100万人にも上るという。そして彼女たちの多くは男性へのサービス労働を強制され、今でも(1998年現在)搾取されているという。そこには民間のプロモーターが管理し日本政府が許可するという構造的な搾取の図式が成立しているにも拘わらず、取り締まりでは業者や店のオーナーは逮捕を免れ、彼女たちが罰を受ける。歌手やダンサーとして厳しいレッスンを受け、誇りを持って来日した人々に、家族や企業の矛盾を自力で解決できない日本の社会が、甘えまくっている!

*2001年10月5日(金)*
落合恵子さんの「ブレーキング・サイレンス」を読んだ。意識しようと意識すまいと、女はいつもさらし者。品定めされ悪意のある言葉でけなされる。同じことをしても男なら「シャープ」(肯定的評価)で女なら「やり過ぎ」(人格込みの完全否定)。日常的にさらされるこの苦しさ・不愉快さを、心の痛みを伴いながら想像できる男が、この世に幾人いることだろう。セクハラやレイプ等の被害者となった場合でも、あたかも共犯者のごとく罪の意識にさいなまれ、それ以上に傷付くことを恐れて沈黙し続ける女性たち・・・落合恵子さんは、そんな女性たちの気持ちを確かな言葉で代弁してくれている。こういう本、男は読まないよねえ・・。

*2001年10月4日(木)*
昨日の国語の授業の様子をupした。

*2001年10月3日(水)*
T教育事務所の次長&学校教育課長&指導主事2名、そして町教委の教育長&学校教育課長&教育委員長を迎え、国語の授業をした。毎度子供たちの柔らかい感性には驚かされるV(^0^)。その後、研修主任として校長室で本校の研修についての説明をし、指導を受けた。なんだかいろいろ褒めてもらえて嬉しかった。子供たちにもお礼を言いたい気分だ。帰宅途中に寄ったスーパーのキャンペーンでは2等賞(Jphone)が当たり、またまたハッピー気分に。夜は小倉千加子さんの「野生児にみる自然な性行動」を読み、セクシュアリティが本能などではさらさらないことや、セクシュアリティと言語や性的アンデンティティの関係について理解することができた。言語学習の臨界期についての解説もとても分かりやすく、幼児教育は心してあたらなければ大変なんだと改めて思った。

*2001年10月2日(火)*
今月末行く社会見学の下見(歴史民族資料館)に平生町に行った。平生町にはたくさんの古墳があることを初めて知り、帰りに神花山古墳を見学。海に面した小高い丘に綺麗に整備された前方後円墳があり、長さ160pの石棺が残されていた。中にあった人骨は1600年前の20才代の女性のものだそうで、この地を治めていた女王とのこと。古代がとても身近に感じられた。

*2001年10月1日(月)*
1日延びたが運動会だった。月曜日のため観客が少なく、卒業生にも会えなかったのでやや淋しかったが、心配していた「荒馬」(東北地方の民舞)の太鼓もバッチリ決まり、来賓や職員・保護者等、いろんな人から素晴らしかったと褒められて、気分は最高!とっても楽しい運動会だった。

*2001年9月30日(日)*
運動会が雨のため順延に(ガッカリ・・)。帰宅後、小倉千加子さんの「『金曜日の妻たち』はどこへ行く?精神医療における性別フィルター」を読んだ。1990年当時、日本はアジア一の女性自殺国だったそうだが、他者のまなざしで自分を定義されたくない女性たちがその生き苦しさを訴えても、精神科で圧倒的多数を占める男性医師(伝統的な性別役割分業を疑いもしない人たち)に理解されず、切り捨てられていく様子がよく分かり、が〜んときた・・。更に家裁でも、精神病に陥った妻と離婚したいという夫の申し立ては認められることが多いのに、女性からの同様の申し立ては認められにくいなど、極めて不平等な扱いを知りムーっときた。敵は階級としての男だけでなく、パラダイムとしての自然だと言い切る小倉さんにすっかり共感したが、小倉さんの嫌いなものは「結婚してるフェミニスト」と「ラマーズ法」と「自然食品」なんだそうで、万一会っても(会うわけないが)仲良しにはなれそうもないことがちょっと残念(^^;;

*2001年9月29日(土)*
小倉千加子さんの「女性は穢れているか?―女人禁制の心理」を読んだ。キリスト教では男性より女性の原罪が大きいとされ、イスラム教では男一人が女二人に値すると言われ、ユダヤ教のタムルード法典では女性の律法の勉強が禁じられ、仏教界にも「変成男子説」や「女人五障説」があるそうだ。小倉さんの「女性を不浄として忌み嫌う傾向の強い男性は、無意識裡に女性のもつ肉体性と、それによって喚起される自分の肉体性に最も強く刺激されている男性。」という指摘には大いに納得。肉欲との葛藤を全部女性に投影し、女性をスケープゴートに仕立てて差別し、男性を特権化していくからくりが、なんだかよ〜っく見えてきた。女性の神秘性を謳うことは、女性を穢れと見なすことと結局同義。お姉さんもおばさんも、「神秘」って言葉に騙されちゃあイケナイ!(ややコーフン気味σ(^_^;)

*2001年9月28日(金)*
泣いても笑っても練習は今日限りとなった。本番に弱いのよね私って・・やぐら太鼓、上手に打てるか心配・・。応援団のアトラクションも、はっきり言って未完成・・どうなることか・・。運動場にはテントが並び、今年の運動会もいよいよ秒読み!

*2001年9月27日(木)*
チョー乾燥した運動場で半日過ごし、髪の毛や口の中まで砂まみれになった・・。

*2001年9月26日(水)*
予行練習だった。朝は曇っていたのに練習中は快晴に・・・また日焼け・・σ(^_^;)。太鼓たたきにもだいぶ慣れてきて、子供の踊りの呼吸と合ってきた。本番が楽しみだ。

*2001年9月25日(火)*
近隣各地に変質者続出。強きを助け弱きをくじく犯人の人生観、そしてその人生観を培ってきた我々の社会が、小学生に牙を剥く弱い大人を育てている。

*2001年9月24日(月)*
伊藤比呂美さん&上野千鶴子さんの「のろとさにわ」を読んだ。伊藤さんの強烈な詩と上野さんのシュールな散文とがピッタリマッチした、不思議な魅力の作品だった。2人の関係は、「のろ」(巫女的人物)と「さにわ」(取り次ぎ者)なんかじゃ全然ないと思った。

*2001年9月23日(日)*
長門市仙崎のみすゞ館に行った。自筆の「わたしと小鳥と鈴と」等が展示されていて嬉しくなった。近くのみすゞ公園には、詩碑や、詩にちなんだ樹木があり、展望台から見る仙崎の街並みや海もとても綺麗で、散策にはもってこいのスポットだった。その後、渋滞にもめげず、会期終了間近となった「きらら博」へ。観覧車に乗ったりお化け屋敷に入ったり、ショーを見たり健康チェックをしたりした(健康チェックでは「疲れ過ぎ」だった。トホ)。会場はものすごい人数で、夜になっても一向に減らず、帰りも当然ながらまた渋滞。人の多さに疲れはしたが、と〜っても楽しい1日だった。

*2001年9月22日(土)*
藤 水名子さんの「中国の歴史を彩った女たち 愛された悪女と愛されない美女」を読んだ。これまでの歴史という物は、男というジェンダーのフィルターを通過した出来事だけが語られているとつくづく思う。国家滅亡の原因や失政を寵姫のせいにして、男にとって都合のよい解釈だけが脈々と語り継がれている・・。どこまでも凛としていて、時には男を利用しながら思いのままに生きようとする女性たちに、一様に悪女というレッテルを貼り付けるのは傲慢なんじゃないかと思った。

*2001年9月21日(金)*
放課後も応援団の練習があるので毎日5時までほとんど立ち通し。とってもグロッキーな1週間だった。太鼓たたきは少しだけ慣れてきて、力の抜き方が分かってきた。リズムを本番で間違えないか心配・・。

*2001年9月18日(火)*
運動会の表現用に、幼稚園からやぐら太鼓を借り、練習を始めた。速いリズムが難しい・・。

*2001年9月17日(月)*
三宅マリさんの「パートタイム・ラブ」を読んだ。何かを求めてさまよってる女達の目を通して、彼女らを利用した(実は利用されていた)男たちが浮かび上がっており、心が一人前になれない大人たちのパラサイトで共依存な関係にがっくりきた。

*2001年9月16日(日)*
10日前に生まれた妹の子供を見に行った。

*2001年9月15日(土)*
お祝いの作文を読む子を引率して敬老会に行った。余興がたくさんあって楽しめた。午後は斎藤学さんの「家族依存症」を読んだ。アルコホリックもワーカホリックもブリミアも、み〜んな家族にアプローチして治していくことを思えば、不登校や非行や家庭内暴力・校内暴力の子供たちの家族に対しても、計画的で継続的なカウンセリングが必要なんだと改めて感じた。これまでずっと感じてきたことだけど、治療が必要なのは、問題を起こす子供だけでなく大人たちなんだと思う。

*2001年9月14日(金)*
上野千鶴子さんの「スカートの下の劇場」を読んだ。10年以上昔の本だから仕方ないのかもしれないけど、男女二元論が前提の古風な作品だった。楽しみに読んだ割には共感しにくい作品だった・・・。

*2001年9月13日(木)*
8月末に行った宿泊ドッグの成績表が病院から届いた。我ながら、なんて健康なのかと感心した。

*2001年9月12日(水)*
HEWLETTPACKRDのプリンタを買った。

*2001年9月11日(火)*
小林よしのりさんの「ゴーマンガ大事典」を読んだ。作者によると「ゴーマニズム宣言」への軌跡が分かる一冊なんだそうだけど、・・・。こういうの、どんな世代の人が読んでるんだろう・・(憂)。

*2001年9月10日(月)*
運動会の練習が始まった。今年も応援団の係になった。

*2001年9月9日(日)*
長男の文化祭&夫と次男の運動会だった。次男観戦の合間に山崎浩一さんの「男はフェミニストを愛せるか」を読んでちょっと憤慨。そんな命題掲げること自体が、男中心社会に毒されてる証拠よね〜と思ったが、筆者が特権を持ち続けてきた男性だから当たり前なのよね・・ρ(▼▼メ)))。

*2001年9月8日(土)*
「発情装置」の後半を読んだ。迷える子羊(←恥ずかし気もなく!o(^^;o))だった私に、自分の性と生を肯定的に受容できるボキャブラリーとイデオロギーを与えてくれたフェミニズムの理念を、生活のなかで自覚的かつナチュラルに生かしていける、そんな自分でいたいと思った。

*2001年9月7日(金)*
上野千鶴子さんの「発情装置」の序とTとUを読んだ。上野さんらしい随分断定的な物言いだなぁと思いつつ、これまで男性側からの視点しか持たなかった様々な言説や社会的事象についての洞察が小気味よく、宿題そっちのけで読み耽ってしまった。早くV・W・Xも読みたいっ!

*2001年9月6日(木)*
甥が誕生した。

*2001年9月5日(水)*
水泳記録会(プール納め)だった。明日からいよいよ運動会モードとなる。

*2001年9月4日(火)*
斎藤学さんの「家族という名の孤独」(講談社)の第1章「『家族する』女性たち」と第2章「『愛しすぎる』女たち」を読んだ。これまで多くの男たちが、妻に母親の役割を期待して生活無能者と成り下がっていった一方で、多くの女性たちが「必要とされる必要」に突き動かされて自らを見失っていったことを思えば、制度としての結婚や、社会の構成単位としての家族に固執するのはもうよして、自分の生の意味を見つめる援助をするのが親や社会の役割ってもんじゃないかと感じた。現実の女性の生きづらさは、ここ10年の合計特殊出生率にキッパリと表れている。

*2001年9月3日(月)*
久し振りに学校で泳いだ。体力消耗。

*2001年9月2日(日)*
ボランティアにも行かず、家でひっそり過ごした。

*2001年9月1日(土)*
初日!あまりのめまぐるしさに、ぐったり疲れた。体力と集中力が足りない私・・。夏休みの宿題の点検がちっともできず、ごっそり来週へ。来週暑くなりませんように(祈)。

*2001年8月31日(金)*
日直だった。明日からいよいよ2学期が始まる。

*2001年8月30日*
くすぐったくてたまらなかった超音波の検査も無事終わり、最後に胃検診。バリウムは相変わらず気持ち悪かった。帰宅後、パソコンの物色に、やまだ電機へ。子供用のパソコンを遂に買った。

*2001年8月29日*
8時頃より検査開始。前夜からの絶食で元気が出ず、1時間ごとの採血で腕の内側が紫色になった。乳ガン・子宮ガンの検診は何度も受けたことがあるので様子が分かっていたけれど、初めて受けた直腸検診には驚愕!(あんなんで病気が分かるんだろうか??)痛くはなかったけどショッキングな体験だった。肺活量の検査では、説明を聞いただけでおかしくてたまらず、笑いをこらえながらの検査だった。(実力の50%くらいしか出せなかったような気が・・。)一番嬉しかったのは、体脂肪率が5%減っていたこと。筋トレが効いたのかもしれない。\(o⌒∇⌒o)/ 脳ドッグは料金が高かったので気合いを入れて申し込んだのだが、その割には味気ないもので、あっという間に終わってしまった。

*2001年8月28日*
夜、徳山中央病院裏のヘルシーパルとくやまにチェックインした(2泊3日の人間ドッグ)。残った仕事をこなそうとパソコンを持ち込み、やる気満々だったが、快適さに負け爆睡した。

*2001年8月27日*
まな板の鯉だった。自信と実力を身に付けなければならない・・。情けない私(涙)

*2001年8月26日*
「プルーフ・オブ・ライフ」、評価B。ストーリーに、もうひと捻り欲しいと思った。

*2001年8月25日*
西山明氏の「アダルト・チルドレン」を読んだ。人間関係の中に潜む「生き方の病」がいかに多様に存在するか、また、子供のありのままの姿を受け止めず理想を求め続ける大人の視線が、いかに子供の人生を狂わせるかを再確認。私も自分を取り戻すために放浪し続けるACの一人なのだと思った。

*2001年8月24日*
町内6校の情報教育研究会理事会だった。知的所有権や著作権・著作隣接権などについて学習した。

*2001年8月23日*
昨日と今日、佐賀市立西与賀小学校と佐賀市立城南中学校を視察した。

*2001年8月22日朝*
佐賀市に出張、======☆(((((((((^ー^*)ノイッテキマース♪

*2001年8月21日*
午前中、職員会議&校内研修だった。今日から9月までずっと出張が詰まっている・・。

*2001年8月20日*
台風に備え、自転車や物干し竿等を片付けた。明日の午後からの出張も中止になった。

*2001年8月19日*
勤務校の作業日だった。炎天下、約2時間草むしりをした。ぐったり・・。

*2001年8月18日*
二見文庫「童話ってホントは残酷」を読んだ。当時の社会の現実や人間の欲望が鮮やかに映し出されていておもしろかった。

*2001年8月17日*
葉文館出版の「悲しき山羊たち 虐待・差別・いじめの体験記」を読んだ。暴力は弱さの証。自分の優越感のために力で人を思い通りにしようなんて不遜の極みだ。家庭や学校で繰り返される凄まじい暴力を乗り越え(またはやり過ごし)、体験記を投稿した人々に敬意を感じる。

*2001年8月16日*
半年ぶりに実家で過ごした。

*2001年8月15日*
夫の実家に行った帰りに、92歳の祖父に会いに行った。

*2001年8月14日*
山口県立美術館のモネ展に行った。所蔵者の都合でまだ届いてない作品があったのが残念だった。

*2001年8月13日*
暑い暑い日本に帰って来た。旅の様子をupしました。見てね〜。.:♪*:・'(*⌒―⌒*))) aboutmeのページから入れますっ。

*2001年8月8日*
旅行の準備をした。いよいよ明日からハワイに行く。

*2001年8月7日*
遙洋子さんの「東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ」を半分読んだ。フェミニズム論の手引き書になりそうなくらいたくさんのフェミニストの引用文献があり、ためになった。感性で優っても言葉で負け続けてきた彼女の悔しさは私の悔しさでもある。私も「なんて暴力的!」って言われるくらい、ムカツク相手(セクハラ親父や、内面化していて自分が差別者だと気付きもしない女性差別者)を過激に攻めてみたい!

*2001年8月6日*
学校でちょこっと仕事をした。でも暑すぎてもう・・・。コピー機や印刷機の発する熱で、職員室は特別暑い!

*2001年8月5日*
綺麗な綺麗な瀬戸大橋を渡って帰った。

*2001年8月4日*
徳島での文芸研研究大会2日目。「モチモチの木」の教材解釈分科会に参加し、斎藤隆介の世界を堪能した。

*2001年8月3日朝*
徳島市のホテルにいま〜っす。昨日は移動にぐったり!徳島は結構遠かった!高松付近ではものすごい雷雨に襲われた。傘を持ってなかったので心配したけど、徳島は昨日も今日も快晴。今日は西郷竹彦さんと松谷みよ子さんの講演を聴く予定。では、行って来ま〜す。

*2001年8月1日*
登校日だった。午後は町教研重点部会(総合)で研修続き・・。ふうっ。明日からは出張で徳島に行ってきま〜す。(*^-^)

*2001年7月31日*
K中での町内実技研修2日目。今日は私がホームページビルダーの説明をした。皆さんとても熱心に参加して下さったので助かった。家に帰ると卒業生の○ちゃん(障害をもっている)から暑中見舞いが来ていて、すごくハッピーな気持ちに。ありのままの自分を受け止め真剣に努力し続ける彼に、いつまでもエールを送り続けたい。

*2001年7月30日*
町内実技研修会だった。涼しい部屋でずーっとパソコン。楽しかった。

*2001年7月29日*
夫が韓国から帰ってきた。期待通りのお土産で満足した。

*2001年7月28日*
近畿大学 大越愛子さんの「日本的セクシュアリティ」を読んだ。宮台真司批判が痛快だった。

*2001年7月27日*
午前中は校内で「一太郎スマイル」のパソコン研修・・・午後はK中で町教研パソコン研修の打ち合わせ。パソコン三昧の1日だった。

*2001年7月26日*
夕方、学校でとことん水やりをした。ものすごく日焼けした。

*2001年7月24日*
神戸大学 朴木佳緒留さんの「ジェンダー再生産のメカニズム」を読んだ。男女二分法による発想の何という罪深さ。欧米では70年代から指摘されている女の子の「成功恐怖」も、私自身思い当たることがたくさんあり、今まで随分と損をしてきたんだなあと思った。今現在もその恐怖から解き放たれているとは言い難い。ジェンダー化してしまってるこの社会の中で一人の人間としてどこまで自己実現できるか、子供たちの未来を拓くためにもチャレンジし続けたい。

*2001年7月23日*
日直だった。職員室で新しいスキャナとプリンタをインストールしてたら、化石のPCがクラッシュ(もう寿命)!怪我の功名でやっと新しいPCを置くスペースができ、PCコーナーがきれいになった。ヘ(__ヘ)☆\(^^;)

*2001年7月22日*
256MBのメモリを増設!!512MBになった!スゴイ〜(^^_)♪。こうなったらインターネットの方もどうにかしたい・・。それでってわけではないのだが、コンピュータに依存する社会の危うさを描いた「THE NET(邦題「インターネット」)」を鑑賞、評価B。さもありそうなストーリーで、意外性のない展開だった。夜は、国語の先生渡辺和子氏の「女性に対する暴力と人権運動」を読んだ。私たちが「人権」をどう受け止め行使するかということが、国家主義や民族主義を超えた新しい連帯を生み出す原動力になるのだと納得。女性を周縁化し分断してきた社会の風に流されない自分でいたいと思った。近いうちに上野千鶴子の「ナショナリズムとジェンダー」をもういっぺん読み直したい。

*2001年7月21日*
「ダンサー・イン・ザ・ダーク」評価A。障害のある子が生まれるのが分かっていても「この手に赤ちゃんを抱きたかった。」と言う彼女を誰も責めることはできない。子供のために必死で生き、子供のために死を選んだ純真な彼女を、生活の面でも、法廷でも、誰も救ってあげられなかったのが悲しい。

*2001年7月20日*
細江英公の写真展に行った。強烈だった!そこに表現された人々のむき出しの生の躍動を感じた。薔薇をくわえ鋭い視線を向ける三島由紀夫や、「おとこと女」の被写体、土方巽(舞踏家)など、まさに鳥肌物。「ガウディの宇宙」や「抱擁」「シモン」などのシリーズもとっても気に入った。刺激的だった。

*2001年7月19日*
1学期が終わった。夜は「空ku」で楽しく宴会。帰宅後は、ずっと停滞していた読書に専念(や〜っと心にゆとりが)。去年長崎で講演を聴いた高里鈴代さんの「米軍基地 女性への暴力」を改めて読んだ。軍隊が、いかに住民の人間性を踏みにじり、多くの女性たちの生きる希望を奪ってきたか、また、いかに女性の性が物として手段として扱われてきたか再確認でき、悔しさと憤りでいっぱいになった。

*2001年7月18日*
保護者会だった。これで1学期も残す所あと1日に。♪ d(⌒o⌒)b♪。夕方、旅行会社から電話があり、予約してたハワイのツアー、人数不足で中止になったと伝えられた。旅行探しがまた振り出しに戻った・・。(/><)/。

*2001年7月16日*
開設当時の日記を読み返した。まるで昨日のことのようだ。あれから1年も経ったなんて信じられない。でもこのHPのお陰でいろんな方と知り合うことができ、ほんとにラッキーだった。たとえほぞぼそとでも、「yosikoの部屋」を大切にしたいと思う。

*2001年7月15日*
チョーbigなスイカを買った。帰って量るとナント15キログラム!5分の1くらい食べて、お腹がボッチョンボッチョンになった。

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