他者と共に、よりよく生きようとする子供の育成
             〜Iさんとの出会いを通して(4年生)〜

 現代の日本社会の中には、身の回りのことで他者の手を借りることを必要以上に恐れたり、一人で何でもできることを重視するあまり、それができない他者に対して寛容でなくなったり、トラブルを嫌い他者との関わりを避けようとしたりする人が増えつつあるように思う。
 
 しかし現実の生活では、誰しも常に他者に支えられ助けられながら生活しているし、年を取ったり障害を持ったりした場合には、なおさら他者からの援助が必要となる。人の手借りて少しでもできるようになることがあるのなら、周囲で援助するのは当然のことであるし、誰しも援助を受ける権利を持っている。
 
 人の人生は多様である。多様な人々のそれぞれの人生を理解と共感を持って受け止め、できないことは補い合いながら生きることのできる社会こそ、我々の目指すべき共生社会と言えるであろう。人の援助を負担に思ったり、援助を受けたことを引け目に感じるようなことなく、誰もが社会の一構成員として、自分の希望に向かって伸び伸びと暮らせる社会を築くには、我々はどんな活動を子供たちに保障すべきなのだろうか。
 
 友達に寛容になれなかったり、何か不都合が起こった時に全て自分のせいのように捉えて苦しんだりする子供を見るにつけ、他者と共によりよく生きるとはどういうことなのか、その意味について考え合う学習ができないものかと考えてきた。これらについて追究するため、本主題を設定した。
1 ねらい
(1) Iさんとの出会いをきっかけにして、人間としての多様な生き方をありのままに受け止める感性を養う。 

(2)自分たちなりの課題を追究する活動を通して、障害者に対する社会のありように気付き、自分にできることを考える。

(3)異学年の友達や地域の人々と関わりを持ちながら主体的に活動することによって、身の回りの課題や人に創造的に働きかけ、自分らしい生き方を求める態度を培う。
2 指導の立場

 4年生(女子16名・男子22名)には明るく素直な子供が多く、誰とでも仲よく遊ぶことができる。情緒障害学級の友達や困っている人に対しても、広く優しい心で受け止めようとする子供が多い。1学期来、天王園のお年寄りとも交流を深めており、お年寄りとの適切な接し方を模索する中から、自分たちも地域社会の一構成員なのだという自覚を持ったり、社会福祉が自分とも関わりのある事柄であることに気付き始めたりもしている。だが他者への共感はまだ表面的で、障害を健康と対峙する概念、すなわち身体上の欠陥や異常として自分と異化して捉えている向きがある。事前調査においては2割の子供たちが障害者に対して「かわいそう」という感想を持っていた。
 一方3年生(女子13名・男子20名)の子供たちも、明るく屈託のない子供が多いが、4年生と同様、他者への共感はまだ未熟で、障害者に対してもその身体上の特徴のみから「かわいそう」と受け止めている子供が大半であった。

 現在、日本には491万人の障害者がいるとされているが、日本社会には社会的不利益という視点を重視せず、障害を身体の損傷や機能的制約という個人の問題としてのみ捉える傾向があり、その限りにおいては互いに支え合って生きていく真の意味での共生社会の実現はまだ遠いと思われる。社会的視座の中でそれぞれの立場の人々の多様な生き方を認め、学び、ふれ合う学習が、小学生のうちから適切に繰り返される必要があるのではないだろうか。93年にできた障害者基本法には「障害者は社会の構成員」と記されており、また、75年に国連で採択された障害者の権利宣言では、障害者は「先天的か否かにかかわらず、身体的または精神的不全のために、通常の個人又は社会生活に必要なことを確保することが、自分自身では完全に又は部分的にできない人のこと」と定義されている。ここにも見られるように共生社会を築く原点は、障害のある人の努力にのみ委ねられているのではなく、社会や障害のない人の意識の中にも存在しているのである。このことに自ら気付く子供を育てたい、そして明日の自分をどう生きるかを考え合う総合学習を仕組みたいと考え、本活動を設定した。

 指導に当たっては、子供たちが、共に生きるということの意味を自分たちなりに学び取り、自分の生き方を考えることができるよう、次の点に留意した。
・ 子供同士が自由に交流を重ねながら納得のいく課題を設定できるよう、課題作りには 付箋紙を利用したウェッビング法やKJ法を取り入れ、充分な活動時間を保障した。課題を見つけにくい子供に対しては、他児の書いた付箋紙に注目させるなどして選択できるよう配慮した。
・ 家族や親戚の人に聞く、手紙を出す、電話やFAX・電子メールを使う、図書館に行く、インターネットで書籍等の検索をしたり関連資料を調べたりする等々、情報収集には様々な手段があることを前もって伝え、子供たちが主体的かつ創造的に行動できるよう、そのスキルを高めておいた。
・ 子供たちが自分なりの課題を存分に追究できるよう、追究活動は個別作業や10名以下のグループ活動(追究グループ)を中心とした。また表現活動は、別の追究グループ同士で構成する新たなグループ(表現グループ)で行わせ、全ての子供の思いがのびのびと表現できるよう配慮した。
・ 社会福祉に尽力しておられるゲストティーチャーを積極的に招き、福祉が家族や地域のボランティア、施設の職員の方々の地道な努力によって支えられていることに気付くよう支援した。
・ 自分の身体を好きになれないでいる子供や、自分を肯定的に見ようとしない子供たちが、自分の生を主体的で前向きに捉えられるよう、どんな環境の中でも、人は皆幸せに生きる権利があることを繰り返し伝え、自分への自信や信頼感を育むようにした。
・ 表現活動を視野に入れた情報収集や体験活動を促すと共に、表現形態を自由に選択させ、情報や体験を通じて知ったこと・感じたことを絵や文章などで豊かに表現することができるよう配慮した。
・ 自分たちの活動を毎時間振り返り、活動を反省したり修正したりすることによって、 自ら学び行動する態度の形成をめざした。
 なお、本活動は、個性を生かした子供同士のより広い関わり合いが持てるよう、第5次を除き、同じ課題をもった異学年の仲間との活動を基本とした。

3 活動計画(全26時間)
<第一次> Iさんに会おう 3時間
<第二次> 課題をもとう 2時間
<第三次> 課題を追究しよう 14時間
<第四次> 準備を整え、発表しよう 5時間
<第五次> 学習のまとめをしよう 2時間
4 活動の記録

<Iさんとの出会い>

・生い立ちと現在の生活の様子についての話を聞いたり
質問したりした。
・プレゼントカードを渡した。

<課題作り>

・付箋紙に調べてみたいことを書いた。
・似ているものを集めて大判紙に貼り、課題と追究内容を確認した。

<追究グループの編成>

・ 同じ課題を持った子供同士で集まり、10名以下の追究グループを編成した。
・ 各追究グループで、今後の活動の流れを話し合った。

調べたいこと
<1班> <2班> <3班> <4班>
・なぜ病気になったか。
・病気にかかわないようにする
にはどうしたらいいか。
・手の病気は他にどんなのが
あるか。
・どんな治療ができるのか。
・障害のある人への接し方
を考える。練習する。
・障害者擬似体験をする。
・現代のバリアフリーのお
風呂やトイレを調べる。
・どんな努力や訓練をしたのか。
・つらいと思ったことはないのか。
・ひとり暮らしで困ることはないのか。
・小さい時はどうやって遊んだのか。
・料理、運転、仕事はどうするのか。
・食べる時はどうするのか。

・世の中には、他に
どんな障害者がいる
のか。
・障害者の数、暮らし
ぶり

・障害のある別の人と
ふれ合う。
・1日を一緒に過ごす。

       ↓         

<子供の活動の流れ>

<1班>

・図書室やインター
ネットで手の障害に
ついて調べた。
<2班A>

・図書室やインター
ネットで車椅子につ
いて調べた。
<2班B>

・天王園で車椅子
を借り、体育館で
乗った。
<3班>

・Iさんを招待し、
質問したりゲー
ムをしたりして共
に過ごした。
<4班A>

・図書室やインター
ネットで点字につい
て調べた。
<4班B>

・図書室やインター
ネットで目の障害
について調べた。


・看護婦さんに手紙
で質問した。

・天王園で目の不
自由な人に質問し
たり、入浴介助や
機械入浴の体験を
した。

・障害者福祉作業
所ナベヅル園の園
長さんを招き、手が
不自由でも仕事が
できるかインタビュ
ーした。
・天王園で車椅子
体験をした。
・インターネットで
バリアフリー仕様
のバス・トイレを
調べた。
・盲導犬や介助犬
について調べ、質
問を電子メールで
盲導犬協会に送
った。
・園生のYさんと
交流した。
・天王園で身体の
不自由なお年寄り
にインタビューした。
・公民館に行き、
車椅子で図書
室やトイレを利用
した。
・デイケアセンター
に通うお年寄りと交
流した。
・ブラインドウォーク
で公民館までの歩
道を歩いた。

<発表の準備>

・ 調べたこと、体験したこと、気付いたこと、感じたことをまとめた。
・発表資料、発表原稿を作成した。
・発表の練習をした。

<発表会>

・調べたこと、体験したこと、気付いたこと、感じたことを発表し合った。
(クイズ、紙芝居、絵本、ポスター等による。)
・聞いていて分からなかったことを質問した。
・発表のよかったところを誉め合った。 

<学習のまとめ>

・身近な障害者の悩みに寄り添い、ロールプレイを通して問題の解決を考え合った。
・これから自分にできることを考え合った。

5 第4次の反省

<ねらいについて>
・「総合」という場がなかったら、これからもずっと出会えなかったかもしれない人々に出会えたことは、子供たちの視野や社会への意識を広げる上で大変プラスだったと感じる。特に最初のIさんとの出会いはインパクトが強かった。子供たちは、Iさんがいわゆる「普通」に暮らしておられることや、子供時代は自分たちと何ら変わらない夢をもっておられたことなどに驚き、彼らの「もっと知りたい」「他の人々ともふれ合いたい」という願いを引き出すのに、充分な効果があった。
・子供の追究活動と並行して、教師が手に入れた資料(VTR・写真・本・ホームページなど)を折々提示し与えたことで、「人間としての多様な生き方をありのままに受け止める感性」を磨く一助となったように思う。学校図書館や町立図書館で関連図書を見つけ出し、友達に紹介する子供が日を追って増えていったのは嬉しい限りだった。
・校内だけでなく近隣の様々な施設に目を向け、出かけていったことで、「社会のありよう」にも少しずつ気付きをもつことができた。
・「自分にできることを考える」ための教師の支援が、あまり具体的でなかったので反省している。「調べてみる」という活動も「自分にできること」のひとつではあろうが、私としてはもう一歩踏み出した、行動する「新しい自分との出会い」を導きたかった。 ただ、将来何か具体的な行動を起こそうとする際の基礎固めにはなったであろうと信じている。

<追究活動について>
・追究内容が、どうしても社会のハード面に偏っていた。(上記)
・子供たちの追究活動に関わることで、教師自身もこれまで知らなかったこと・気付かなかったたくさんの事象に目を向けることができ、大変充実したひと時だった。
・したいことが次々に見つかるグループがほとんどだったが、教師の助言を待って行動しようとするグループもあった。自ら行動選択する力を身に付けさせるよう、今後も指導に努めたい。

<表現活動について>
・それまで共に活動した追究グループと別れ、一人一人が発表しなければならない立場に立たされたことで、表現しようとする意欲作りに役立った。
・発表の準備では、それぞれが表現したいものに個別に取り組んだが、必要に応じて助け合いつつ活動しており、ほほえましい光景でもあった。
・第4次を終わろうとする段階に至っても、「障害がある」ということを、「健康でない」「自分とは違う」という意識で捉えている子供が少なくなかった。血の滲む努力をしている人をたくさん知れば知るほど、身近な存在と考えにくくなっていくのかもしれないと思った。やはり、個別の障害をもつ人々の悩みに寄り添う活動(第5次)は欠かせないと感じた。

<異学年活動について>
・4年生は上学年としての自覚をもって、また3年生は4年生の活動ぶりを刺激剤として、よい関わりができたように思う。表現グループを決める時なども、互いにいたわり合い、信頼し合って担当を決めていた。

6 第5次の反省

 第5次では、子供たちは障害者本人の気持ちに寄り添い、今までの経験や知識を総動員して懸命に解決法を考え助言しようとしていた。第5次までの学習(福祉現場の様子や障害者の生活の様子を調べたり発表したりする活動)だけでは分かり得ない、より深い学習ができたと思われる。事後の検討会で、本単元中に第5次が必要か否か論議が交わされたが、私は子供たちのより深い学習のために欠かせない時間だったと思っている。 本指導を道徳や学活等の他領域で行うよりも、子供の思考の流れに直結した有効な指導となったと感じるし、総合的な学習の中に教師がどう関わっていけばいいのか私なりの提案ができたと思う。
* 他のチームの演技を見ることによって、子供たちは自分の考えとの違いや友達のよさに気付くことができた(シェアリング・自己評価カード)。どの子も友達の演技を大変興味深く観察し、人によって感じ方が多様であることなどを感じ取っていた。そのことは、現在及び今後、子供たち自身が何らかの悩みを持った時に、一人で思い悩まずに、信頼できる誰かに相談してみることの有効性を子供たちに示すことにもなったと思う。
* 心配事や悩みに対して前向きな気持ちで考え合う体験(体験的学習)がよくできた。 子供たち自ら「本気で話せば聞いてもらえる。」とか、「励まし方や聞き方の練習になった。」と述べている(ワークシート)ように、これからの生活の中で本時の体験が役に立つことがあると期待している。よりよい生活のスキルを身に付ける上で、ロールプレイは有効な手段だったと感じる。

7 まとめ

 本校中学年の子供たちは、普段、老いや病気・障害などとは無縁であるかのごとく元気に生活している子供たちばかりである。中学年らしくギャングエイジまっただ中の子供も多く、友達との関わり方に悩む子も少しずつ増えてきた。
 こうした子供たちに、健常者中心の社会の中で苦労しながら懸命に生きている人々の存在を知らせることは、他者の願いや希望に目を向け、自分の生き方を考える上でとてもよいきっかけになったと思う。また、年齢や立場を越えて周囲の人と認め合い、創造的な関係を築く力を育てる上で非常に有効であった。
 人生は別れと出会いの繰り返しである。他者の人権を尊び、それと同時に自分らしさにも気付いて大切にしようとする心情は、多くの人々との出会いによって、高められていくものだと思う。
 これからも人々との出会いを大切にし、他者から学び、自分らしい生き方を築いていく活動を、子供たちに数多く投げかけていきたい。そして、他者と共によりよく生きる子供の育成を目指し、更なる実践を積み重ねていきたいと思う。

 

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