意図や根拠を明らかにし、工夫して話す力を育てる

 (第5学年:国語「 大 造 じ い さ ん と が ん 」 

 
一 はじめに
   表現力は、子供たちが現在及び将来所属する集団の中で、それぞれの個性を生かしながら輝いていくために重要な力で あり、とりわけ音声表現の能力は、毎日の生活そのものと直結している点で、欠くことのできない「生きる力」の一つと言える。自分と他者との関係が、子供の自己形成の主要な基盤であることからも、日常生活における自己表現が、いかに大きな役割を果たすかは量り知ることができる。子供たちがより深く好ましい人間関係を築き、二十一世紀を主体的且つ協調的に生き抜いていくために、他者の欲求や感情を十分に尊重した上での自己表現力を、我々は丁寧に育み培う必要がある。そこで本課題を設定し、子供たちが学級という集団のよさを生かしながら、他者の多様性を認めたり、自分らしさを確立したりできる国語科学習を求め、実践することとした。

二 研究課題について

 「意図や根拠を明らかに」するとは、何のために何を話すか、また、なぜそう言えるのかをはっきりさせるということであり、「工夫して話す力」とは、聞き手に分かるように、また納得してもらえるように、相手の考えを想像しながら、場や内容にふさわしい話し方ができる力を指している。すなわち、自分のよさや可能性を発揮しながら意欲的に考えたり、判断したり、表現したりする力の獲得は、場や考えを的確に捉え理解する資質や能力の獲得と相互補完的に、また相即的に成り立っていくものと考え実践した。  
 授業にあたっては、子供たちが各々一人の学習者として自立し、学級も学習集団として有機的に機能する必要があるため、学習成立の条件となる要素を次のように設定し、学習指導の際の具体的なめあてとした。  
(1)自立した学習者の要素  
・ 相手の主張や状況を知ろうとする意欲や習慣がある。
・ 自分なりの課題をつかみ、明確な主張をもとうとする意欲や習慣がある。  
・ 発言に対する抵抗が軽い。
・ 根拠を明らかにして話そうとする。
・ 話そうとすることの全体を見通し、話す事柄の順序 を考えたり、相手や場面の状況から、話す時間や話し方(声の調子や表情、視線、動作など)を考えたりできる。
(2)望ましい学習集団の要素
・ 一人一人が自分の役割を見つけ、持ち味を生かしながら積極的に集団づくりに参加している。
・ 互いに新しい価値を求めて交流し合う仲間が存在する。
・ 多様な視点を認め、共に伸びていこうとする温かい人間関係がある。
三 課題解明の手だて
1 学習形態について
本単元では、主題について教師が子供たちに考えさせるのではなく、子供一人一人が自分なりの論理で考えを深め、主体的に発言することができるよう、ディベートを学習活動の中心に据えることとした。特に今回は、文学の理解単元としてのディベート指導を、表現そのものをねらいとした単独の単元として設定し、ディ べートという表現方法を集中的に指導して、自信をもった表現力を育てることを試みた。
ディベートを学習活動に取り入れることの利点には、次のようなものが挙げられる。
・ ディベートは、相手チームとの攻防が中心のゲームであるため、表現意欲や相手意識の獲得に効果がある。
・ 根拠に基づいた論理に従って結論を導く言語活動である
ため、価値ある叙述に着目する力や論理的思考力が育つ。
・ 相反する立場から主張し合うことで、自分の考えを広げたり深めたりすることができる。
・ 反論や質問によって、相手に考えを深めることを促したり、自ら新たな課題に気付くことができる。
・ ミーティングや模擬ディベートを通して、明確に主張したり説得したりする表現技能や、相手の主張を理解したり想像したりする力を、集中的且つ実戦的に指導できる。
・ 子供たちが他者からの情報を吟味し、自分の組み立てた論理に関わらせたり価値付けたりすることにより、話合いの楽しさを学び取ることができる。
・ 存分に話し合った後の評価方法や内容を工夫することによって、子供の向上心や自己肯定感を高めていくことができる。
 
2 学習素材について  
 国語科の学習では、読書や生活体験の違いによって、語感や語彙の豊富さ、想像の仕方や感想の持ち方などに個人差が大きく、特に、文学作品の主題に関する価値観や感性の違いは、各人の考えを認め合うことを前提としなければ集団学習として成り立たない。当然、教師一人の指導や助言だけで共通化したり修正したりすることは困難である。
 そこで本単元では、作品の主題を作者から発信されたメッセージとしてのみ把握するのではなく、読者によって受けとめ方は多様であることを前提に、子供たちが各々自分の生活と関わらせながら感じ取ってきたものを自由に論じ合う立場で授業を試みた。ひとつの答えを探り当てるためではなく、様々な受けとめ方を伸び伸びと論じ合わせたいと考えた。この他にも、日常生活においては以下の様な様々な活動や遊びを通して、音声言語を鍛える取組みを行ってきた。
 ・ シルエットメッセージ
 ・ 一分間スピーチ(スピーチメモの利用、質問タイムの設定)   
 ・ セルフディベート  
 ・ 根拠を明らかにして発言する話形の徹底   
 ・ 伝言ゲーム、連想ゲーム      
四 授業記録   
1  単元名 /意図や根拠をはっきりさせて     〜大造じいさんとがん〜  

2  目標
(1) どの叙述を根拠にするかを明らかにしながら、自分の読み取りや考えを的確に話すことができるようにする。  
(2) 他者の意見と自分の意見とを比較したり、情報の価値を吟味したりしながら、聞くことができるようにする。  
(3) 話合いや評価活動を通して、自分の考えの深まりを確認し、音声表現の楽しさを感じ取ることができるようにする。

3 指導の立場
○ 本学級では、話合い活動に積極的な態度で参加する子供が多く、音声表現への意欲は総じて高い。しかし、相手意識や場意識は十分ではなく、自分の思いや考えを状況に応じて分かりやすく人に伝えることは苦手である。意図や根拠をはっきりさせた論理的な話し方もあまり身に付いておらず、人の話を最後まで注意深く聞くことができない子供も少なくない。全体的に、考えることを面倒がり、直感に頼って判断したり表現したりする傾向が見受けられる。
○ 「大造じいさんとがん」は、狩猟を生業とする「大造じ
いさん」とがんの頭領である「残雪」との、互いの生存を賭けた闘いと、そこから生まれる感動を中心とした文学作品であり、美しい情景描写と巧みな心情描写に支えられた椋鳩十の代表作である。
指導にあたっては、根拠を求めながら作品を読む楽しさを実感したり、椋鳩十の作品の特徴に迫る中から1つの読みのパラダイムを自覚したりして、別の作品へと発展して読みつなぐことができるよう、読書環境の整備にも努めてきた。また、ディベートに際しては、次の点に留意した。
・議論を活発にするために、数日前に論題を知らせ、各自で根拠を調べたり、チームで立論や反論を組み立てたりできるようにした。
・予想できる相手側からの反論を準備シートにまとめたり、チームで模擬ディベートを行うなど、単位時間以外の活動も奨励し、意欲的に取り組ませた。
・ディベート中は、子供たちが揚げ足を取ったり興奮したりしないよう留意した。また、双方が意見を主張するばかりで論戦がかみ合わなくなることがないよう、適宜司会を援助した。
単元中は、子供たちを「賛成派」「反対派」「審判」の三派に形式的に分けたが、どの子も3つの役を1度は経験できるよう、論題は3種用意し実践した。

4 学習計画(全7時間)
第一次 ディベートの形式とルールを知ろう。・・1時間
第二次 ディベートの練習をしよう。・・・・・・3時間
第三次 ディベートで考え合おう。・・・・・・・3時間
・ 「3年目の戦いは大造じいさんの勝ちである。」
・ 「両者は来年も戦うだろう。」(本時)
・ 「椋鳩十は残雪の味方である。」

5 授業記録から
(1)司会者の自己紹介・時間配分の説明

○ 立論    <反対派・賛成派>…………各1分
ミーティング………………………………5分
○ 反論・質問 <反対派・賛成派>………各1分 
フリータイム……………………10分
ミーティング……………………………………5分
○ 最終弁論  <反対派・賛成派>…………各1分
○ 判定(審判団)
* ディベートの内容を振り返り、自分の考えをまとめる。
(2)審判団の自己紹介・判定規準の説明
(3)立論の発表
<反対派> 根拠
残雪がけがをした時、大造じいさんが手をのばしたのは、
心の結びつきがあったはず。
ハヤブサの事件により、頭領としての残雪の素晴らしさに感動した。
「残雪の目には、人間もハヤブサも…」
「残りの力をふりしぼって正面から…」  「強く心を打たれて…」
「手をのばしても、…じたばた騒ぎませんでした。」
二  いったん手当し、回復したのにまた傷つけるのはおかしい。もう友達と思っている。 「おうい。がんの英雄よ。お前みたいなえらぶつを…」
「おれたちは…」
三  残雪も、大造じいさんに世話になったことを忘れるはずはない。 「がんの頭領らしいなかなか利口なやつ」
「昨日の失敗にこりて…」
四  残雪にはもう戦う気がない。最後の別れのつもりで飛び立った。
大造じいさんもそのつもりである。
「バシッ。快い羽音一番。」
「はればれとした顔つき」
「いつまでもいつまでも見守っていました。」
<賛成派> 根拠
残雪に勝たなければこれからもずっとがんが捕れないので戦うしかない。
まだ決着はついていない。
「また堂々と戦おうじゃないか。」
残雪は来年も必ず来るとわかっているから放した。来れば戦うしかない。 「今年も」「その翌年も」「今年もまた」
三  残雪は人間をおそろしい敵と思っている。 「第二のおそろしい敵」「にらみつけました。」
「バシッ。快い羽音一番。」
「一直線に空に飛び上がりました。」

(4)反論の発表・質問タイム   

お互いを友達として尊敬しあっているので殺し合うのはおかしいのではないか。(後略)
残雪には頭領としての責任があるのではないか。(後略)

(5)フリートーキング

「いつまでもいつまでも見守っていました。」は、最後の別れじゃなくて、来年も戦おうという気持ちだったと思う。
実際、「堂々と戦おう。」と言っている。
大造じいさんが「堂々と戦おう。」と言ったのは、残雪の頭領としてのプライドを傷つけまいとして言ったと思う。
「いつまでもいつまでも見守っていました。」というのは、椋鳩十が、人間と動物でも分かり合えると言いたかったのだと思う。
「おれたち」と言うぐらい心が結びついたから、来年は戦わないと思う。
残雪の「こころよい羽音一番」は、また戦おうという予告ではないのか。心が通じたから、相手の戦いたい気持ちが分かったのだ。
友達になったんじゃないと思う。堂々と戦いたいから残雪を放したと思う。
「いつまでもいつまでも」は来年も来てくれという気持ちだと思う。
大造じいさんと残雪は一冬の間に友達になったと思う。残雪が頭領として仲間を守ることが分かったからじいさんは感動したと思う。
残雪も頭がいいので恩返ししたいかもしれない。「はればれとした顔つき」は 「戦いは終わった」という顔と思う。

(6)結論の発表

大造じいさんは残雪をただの鳥じゃないと思い尊敬しているので戦わない。
堂々と戦うために残雪を助け、放したのだから戦う。

(7)判定     

団長 どちらもメンバー全員が力を合わせて発言したのでよかった。反論に鋭さがあったのは反対派の方だった。頭領である残雪への考えをよくまとめていた。
聞く態度がよかったのは賛成派だが、僕たちの判定は、30対27で反対派の勝ちとした。
7 考察
本時の成果や反省点を次に述べる。
(1)学習形態について
・めあてをもって納得できるまで調べようとする態度が育った。
・多人数で相談し合い、助け合う体験をもつことができた。
・ クラス内で固定化しつつある、発言力による力関係を子供たちが見直すきっかけとなった。
・全員が見守る中で発言する喜びを獲得できた子供が増えた。また、自分の意見の有効性を知り、自信をもつことができた。
・聞き手の反応を予想しながら論を組み立てたり、発言したりする体験により、言語感覚が磨かれた。
・アクシデントや予想外の展開に対応できる柔軟な思考を育てることができた。
・子供の個性がより磨かれた。教師も子供理解が深まった。
(2)学習素材について
・登場人物の気持ちを想像しながら思考するという活動により、物語への感動が深まった。
・読みのパラダイムが広がり、本単元の学習を自身の読書活動に発展させる子供が現れた。
(3)支援の在り方について
各自の特性を生かせるよう配置し、ミーティングでは対話しながら個別指導したので、発言に消極的な子供も自信をもって発言することができた。
立論で取り上げた内容が多かったために、反論やフリートーキングの展開が複雑になってしまった。
審判団は、判定時に両チームの発言を具体的に取り上げてコメントするようにさせたところ、各自に工夫した話し方のイメージが一層明確となった。
ディベートの後、「ディベート自己評価シート」により、話合いの様子を反省したり、役ではなく自分自身の考えをまとめたりする時間を持った。役を離れた自分の考えがよく書けた。
(4)子供の反応(本時分「ディベート自己評価シート」より)
発表者の意見を正確に聞き取りましたか。 A 67% B 30% C 3%
筋道立てて考えたり話したりすることができましたか。 A 45% B 55% C 0%
楽しんで参加しましたか。 A 61% B 30% C 9%
両者は来年も戦うと思いますか。 戦う   58%(内、反対派5名)、戦わない 42%(内、賛成派1名)
四 おわりに
 話す力は、人と人との関係の中で経験を通して具体化され培われていくものである。自らが常に話の中心となり、能動的に話せばそれでよいというものではなく、相手の思考や働きかけに対してどう応えるかという思考力・対話力も、話す力を支える重要な能力の一つである。
更に、自分の取った言動が相手や所属集団にどのような影響をもたらすのかを予想する力も、表現力の一側面として不可欠の要素である。こうした意味で表現の指導は、今後の変化の大きい社会をより主体的に生き抜くためにも、ライフスキルの一環として積極的に捉え直し、継続して取り組んでいかなければならない課題であると考えている。他との関わりの中で自己を見つめ、自己の在り方を選択し行動できる、豊かな個性をもった子供の育成をめざし、今後も研修を深めていきたい。
 
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