...ぼくが生きるということ(6年:国語科)...


 読むたびに涙が出た本。何度読んでも、読むたびに新しい涙が湧いてきた。これはもう絶対教材にしなくてはならないと思った。道徳として扱おうか迷ったが、ひとつひとつの言葉の意味、重みに着目してほしかったので、国語科で仕組んでみた。

 ・・子ども達は、「ぼく」の痛み、悲しさに、十分共感することができたと思う。

 終末で、「生きるってこういうことなんだね。」と言うと、たくさんの子ども達が真剣な目で深くうなずいてくれた。子どもって、何て素敵なんだろう。


 


ねらい
 話合いを通して、「ぼくが生きる」とはどういうことか、自分の考えを深めることができる。 

学習の展開
学 習 活 動 教 師 の 支 援
 グループで決めた課題と一人学びの成果を確認した。
 課題解決の根拠になる記述を本文の中から見つけているか、前時のプリントを確認させた。
 根拠を見つけられない児童には、「ぼく」の気持ち、母の気持ちが表れている記述に線を引かせた。
 ワークシートへの記入をもとに、課題についてグループで話し合った。
 ・母の気持ち
 ・ぼくの気持ち
 ・作者の気持ち
 ・互いの考えの伝え合い
 ・聞き方
 ・話し方

 司会者を決め、話し合うよう指示した。
 話し手は聞き手の反応を見ながら、聞き手は話し手の良さを聞き取って感想や意見を伝えるよう促した。
 「ぼく」の気持ち、母の気持ち、そして内容と題名の対比から、母の死を通して「生」の意味が語られていることに気付くよう、机間指導した。
 グループで話し合った内容、新たに浮かんだ疑問等を発表した。

 ・意見の追加
 ・質問
 グループ課題に沿って話し合ったうちの主な内容を発表させた。
 発表の際、理由の付け加えをしたり求めたり、解説したりするように、また、他班へ質問があれば、遠慮なく言うよう促した。
 他の班と同じ意見・違う意見を見つけて発言するよう指示した。
 本時で学んだこと、感想等をワークシートに書いた。

 ・話合いで分かったこと
 ・作者の思い
 ・感想
 「生きるとは」に続く言葉を考えさせた。
 「ぼく」が 母の死から何を学んだのか、また作品が自分に語りかけているものは何か考え、感想をまとめさせた。

<評価> 
 「ぼくが生きる」とはどういうことか、考えを深めたか。 (関心・意欲・態度)(読むこと)

 根拠を明らかにしながら、「ぼく」や母、作者の気持ちになって考え、話し合ったか。(話すこと・聞くこと)


<資料> 
 「ぼくが生きるということ」  
    文:  岡藤美智子(山口市在宅緩和ケア支援センター長)
    出版: 木星社
 



各グループで決めた課題


活動3で発表したこと
 
 母の気持ち

根拠となる記述(本文より) 子どもの読み取り・考え
 母の病気で、ぼくたちの生活は変わった。でも、母も父もいつも笑っていた。だからぼくは安心して毎日を過ごせた。  病気になっても笑っていれば楽しい。みんなに迷惑をかけたくない一心で、どんなに辛くても母は笑い続けたのだと思う。
 あのとき 高博が私の手をぎゅっとにぎってくれた。私もぎゅっとにぎり返した。  まだ生きることができる。まだまだ元気になれる。
 みんなが私をみつめてくれて みんなが私を守ってくれて とってもうれしい。  一人よりみんなといる方がいい。死にたくない。
 みんないっしょだね これからも毎日いっしょだね  この世からいなくなったってこの家、家族4人いつも一緒だよ。
 母はお風呂が大好きで、いつも一番にはいっていた。もうはいれないとあきらめていたが、岡藤さんと父の手伝いではいれるようになった。お湯に入った母は、 「しあわせ、しあわせ、とっても気持ちがいいの」と喜んでいた。  お風呂も気持ちいいけど、幸せなのはみんなと一緒にいれるから。
 母は、痛みが出たり、苦しそうにしている時があった。そんな時は、みんなで心配した。痛みや息苦しさがとれると、母はまたにこにこして、「たかくん」、「さち」、「はるみ」とゆっくり名前を呼んでくれた。  安心させたかった。
 お医者さんが、母がこれまで病気が進まないように一生懸命がんばってきたこと、でも、悪くなっていること、ぼくたちとのお別れが近いことを、みんなの前で話してくれた。母は「大丈夫よ」という顔をして話を聴いていた。そして、「しっかり聴いてね」と真剣な目でぼくを見た。それから、ぼくの手をぎゅーっとにぎってくれた。
 七月 母は死が近づいていることがわかっていて、ぼくたちに「ありがとう」と言った。  生まれてきてくれてありがとう。今までいつも一緒にそばにいてくれてありがとう。
 九月 母は、ぼくたちがわかるくらいに、少し元気になった。一生懸命食べて、飲んでくれた。父は、「食べる?」ときいて、母の口に食べ物を入れてあげた。母は、「おいしい」と言った。話ができない時は、にこっと笑って「おいしい」という顔をしてくれた。食べている母、笑っている母を見ると安心した。  言葉で、顔で、安心させたかった。
 母も、ぼくたちがさみしくないようにがんばってくれた。食べてくれた。笑ってくれた。  どんなに小さいことでも嬉しい。それが大きく感じる。「笑った」ではなく「笑ってくれた。」は、ぼくに心配をかけないように。ぼくがしてほしいことをしてくれた。食べない、笑わない母は遠くにいると感じるから。
 湿らせたガーゼを口にあてると、母はそれを吸った。「お母さんは水が飲める!」祥世姉さんが、水を口に入れた。飲んだ!目を開けて飲んでくれた。  まだ生きていろんなことをしたい。生きるとはとても大切なこと、死んだら何もできない。
 ぼくたちに気がつき、笑ってくれた。母は、死ぬ前の日まで目を開けて、ぼくたちを見てくれた  こんなに成長したんだね。
 母のまぶたが動いた。聞こえたんだ!  まぶたが動いた時、ありがとうと言いたかったと思う。全てを込めてありがとう。
 母は死ぬまで精一杯生きた。母は、ぼくに生きるということを教えてくれた。  母は死ぬまで精一杯生きたし、ぼくにも精一杯生きて、命、生きることを無駄にしてほしくないと伝えたかった。みんな長生きしてほしい。




 ぼく達の気持ち
根拠となる記述(本文より) 子どもの読み取り・考え
 ぼくたちは、母をとても大切にしたかった。ぼく達はそうできることが嬉しかった。  少しでも母の役に立ちたい。たった一人の母だから代わりはいない。これまで自分を大切にしてもらったから次は母を大切にしたい。少しでも母の役に立ちたい。
 いつでも自分で使えるようにと、テレビのリモコンやうちわを母の手の届くところに置いた。携帯電話と双眼鏡もベッドの柵にひもで結んだ。  母に無理しないでと伝えたかった。
 祥世姉さんが、母の使うティッシュの箱に、「こんにちは」「雨がふらないように」などの言葉をそえて、リボンや花の絵を描いた。母はそれをとても楽しんでいた。  ベッドから動けなくなった母に「楽しい」という気持ちを持ってほしかった。早く元気になってと伝えたかった。
 父は、母とぼくたちのために、数えきれないほど何役もした。  母を好きでい続けたい。
 母は花の名前を父に教え、育て方を伝えた。父は真剣に聴いていた。
 父は会社を休み、ずっと母のそばにいるようになった。  みんな母との短い時間を一緒に過ごしたいと思ってほしかった。
 お湯に入った母は、 「しあわせ、しあわせ、とっても気持ちがいいの」と喜んでいた。  幸せなら毎日でもお風呂に入らせてあげるという気持ちだった。どんなに大変でも、母が喜ぶと、そんなのはどうでもいいと思える。いつまでも母の喜んだ顔が見たかった。
 ぼくは、母が痛がるのではないか、病気が悪くなるのではないかと怖かった。それでも、父に言われるとおりに慎重に手伝った。大変だったが、母の喜んだ顔がうれしかった。
 やさしかった。うれしかった。  母がしてくれる小さなことが嬉しい。
 ぼくは涙を我慢した。  本当のことのようでいやだった。涙を流すと母が心配する。受け入れたことになる。
 母が心配したらいけないから泣かなかった。
 うそだ、いやだと心の中で思った。  口に出さなかったのは、母に心配かけないよう。母が悲しまないよう。
 父は会社を休み、ずっと母のそばにいるようになった。  みんな母との短い時間を一緒に過ごしたいんだと思ってほしかった。
 病気がわかった時から、ぼくたちに少しずつ少しずつ手紙が書いてあった。 「カーテンを開けてくれて、ありがとう」「お水を持ってきてくれて、ありがとう」・・・・ ぼくはまだ最後まで読めない。  母の死が近づいていることが分かってしまうから。手紙には母が死んでからのことが書いてあるから。涙が出そうだから。
 母は、手と足が自分で動かせなくなった。息をするのが苦しい時が多くなった。ぼくたちは、母を一人にしなかった。  一緒に暮らす時間が短いから。母がとっても苦しくなった時、支えてくれる人がいないと寂しい。励ましてくれる人がいないと悲しくなる。ずっと一人になってしまう。ぼく達はお母さんが大切なんだよと分かってほしかった。
 食べて笑ってくれると、母がそばにいると感じた  母が笑ってくれると母が感じていることが分かる。いつもいるのにそれ以上に感じた。
 父は、「すごいなあ、母さんは本当にすごいなあ」と大声をあげて喜んだ。  小声では伝わらないから大声で言った。
 呼んでも、母は目を開けなくなった。心臓の働きが弱くなったためだと聴いた。父は、「何かできないの。もうなにもできないの」と岡藤さんにきいた。  父はできることなら何でもやろうと思った。
 父と姉たちとぼくと岡藤さんで、母を囲んだ。「よくがんばったね。本当によくがんばってくれたね。ありがとう。もう逝ってもいいよ。天国で待っていてね。ありがとう」父が母に、やさしくゆっくりと言った。  まだまだ生きてほしい。いつまでも触りたい。
 みんな泣いた。ぼくたちはそれからずっと母のそばにいた。「あったかいよ。お母さんはまだあったかいよ。お母さんにさわっておきなさい。もうさわれなくなるよ」と父が言った。  もうこの手が握れなくなる。母の温かさがなくなってしまう。もう別れないといけなくなる。母のことを忘れたくない。ありがとうという気持ち、お世話になったねという気持ち、もうゆっくりしてねという気持ち。
 ぼくは母の手を何度もにぎった。
 母は死んだ。父と姉たちとぼく、みんなで母の最期をみた。ぼくは、外でボールをついた。みんなのそばに、母のそばにいることができなかった。  信じられない。認めたくない。母が死んだと思っていない。
 家に帰っても「おかえり、たかくん」と言ってくれない。
 母の死が少しずつぼくの現実になってきた  最初はみんな母の死を受け止めることができなかったけど、だんだん受け止めることができるようになった。
 今、父がそばにいてくれる。  父への感謝
 母は死ぬまで精一杯生きた。母は、ぼくに生きるということを教えてくれた。  生きる大切さが分かった。恩返しとして、ぼくは精一杯母の分まで生きようと思った。 母は生きる喜びを教えてくれた。
 
 発表の途中、母の気持ちを考えてきた班より、「お母さんは無理をしていたのだろうか」という疑問が出された。自分達の班でも考えたけど、みんなも考えてほしいとのことだった。

 数人の子ども達が、「お母さんは無理をしていた。」と答えた。彼らが着目したのは「〜してくれた。」という表現だ。(名前を呼んでくれた。笑ってくれた。食べてくれた。飲んでくれた。etc) 初めは言葉で、話せなくなってからは笑顔で、それもできなくなってからはまぶたを動かし、母は愛を伝え続けた。私は、母の愛情に、そしてそれを読み取った子ども達の感性に、涙が出そうになった。(ここで泣いては授業にならないので、ぐっと我慢!)





作者の気持ち
根拠となる記述(本文より) 子どもの読み取り・考え
 母が死んで三ヶ月が経った。 

 母は死ぬまで精一杯生きた。母は、ぼくに生きるということを教えてくれた。
 母は死んだから寂しいし、家にはもういないけど、母が生きてる時のように、ぼくが明るく生きてほしい。
 いやなことがあっても死のうなんて思わないで、母の死を思い出してほしい。



活動4:ぼくが生きるとは

@ 「ぼくが生きるとは」に、続く言葉を考えた。

 命を大切にすること
 命があること
 家族のため、みんなのために生きること
 たくさんの悲しいことも乗り越えて生きるということ
 人生に悔いのないようにすること
 命がある限り、母の分まで生きること
 頑張って生きること
 誰かのために生きること
 夢を果たすこと
 辛いことを乗り越えること
 笑うこと
 母との約束
 ちょっとの我慢と、いっぱいの思いやり
 人のためになること・役に立つこと
 楽しいことも辛いことも乗り越えること
 幸せということ
 守られて囲まれているということ
 笑顔を見るということ
 人のことを考えながら、助け合い生きていくということ
 仲間・友達を大切にすること
 いろんな人に助けてもらうこと
 みんなで支え合って生活すること

 時間が足りなくなってきて、「ぼくが生きるとは」に続く言葉を全員発表させることができなかった。時間配分がまずかったと反省。 後日印刷し、配布する予定。



学習して分かったこと、感想
 私達の班は「笑っている」という所は、心配かけたくないからだと思ったけど、他の班の考えを聞くと、安心できるという意見もあったので、この家族はとても協力していると分かった。
 父も母のために何役もして、母に感謝していて、母もみんなに感謝していて、この感謝という言葉や「ありがとう」は、どれだけ大事なことかと改めて思った。この家族はかけがえのない家族と思った。
 言葉ひとつでもいろんな感情が読み取れることが分かった。みんながいろいろなことを思っていたことが分かった。
 この話は、学習をすればするほどいろんな疑問や意見が出たので、とても深い話だと思った。
 言いたかった時に、いつ言えばいいのか迷って言えなくて残念だった。
 生きている、笑っている、家族と一緒にいれるのは当たり前に思うけど、幸せなことなんだな。こんな家族になれたらいいな。笑っていると幸せが増える。
 こんなに世の中には「生きよう」とする人々がたくさんいるのに、ふざけて「死ね」「うざい」などのことがすごくいけない。命は大事にしないといけないと思った。
 生きているのは一人ではない。心を大切にしなければいけないことが分かった。
 母のことをとても大切にしたくなった。
 自分がこの話の「ぼく」だったら、どんな気持ちだろうと思った。お話を読むだけでもこんなに悲しいのに、自分だったらこれ以上にすごくすごく辛いと思う。
 違う班の意見も聞いて、他の人はどう思ってたのかが分かったのでよかった。
 気軽に「うざい」と言ってはいけないと思った。
 命を大切にしたい。
 これからも「死ね」などと言う人にはきちんと注意して、こんな言葉は減らしていきたい。
 人と人とが助け合いながら生きていかなければいけないということがよく分かった。
 母が伝えたかったことや、「ぼく」の気持ちがよく分かった。
 母はみんなが大好きで、みんなも母が大好きなんだとよく分かった。
 みんなそれぞれ、たくさん意見があってすごいと思った。もっともっと話し合って、疑問や意見を出したかった。
 今日は、根拠を言ってから発言できたのでよかった。話す速さもちょうどよかった。
 もう少し、大きな声で話せばよかったなと思った。生きることはとても大切だと思った。



学習を終えて(日記より)
 命は大切にしないといけないと思った。なぜかと言うと、どんなにもっともっと生きていたいと思っても生きれない人がいるから、今幸せに生きていける人はその人の分まで生きてあげたらいいから。
 命は1つ。だから悔いのない人生にしたい。高博(主人公)の母親が死んで、高博は辛いと思う。私もおじいちゃんを亡くしたからよく分かる。簡単に人に「お前なんか死ね!」「お前キモイんやし!」など、人が聞いて嫌なことは言わない。簡単に「死にたい」「自分なんかどうでもいい」とか思わないようにしたい。まだたくさん、「ぼくが生きるということ」を読んで思ったことはあるけど、書いてたらきりがないので4つにした。
 家族愛がすごいと思った。母は、優しいお父さん、こんなに世話をしてくれる子ども達がいて幸せだっただろうな。高博も、心配かけないように笑ってくれる、とっても優しいお母さんがいてよかった。お父さんもすごいと思った。お母さんが病気になってからも亡くなってからも、家のことがきちんとできて。プリントにも書いたが、生きるということは笑っていることだと思う。ずっと泣いてる、ずっと怒っている人生は、生きていると言えないと思う。
 「生きる」とは、家族が与え、育ててくれた命を大切にすることだと思った。この学習で分かったことは、命はたった一つしかない。それがないと生きていけないことと、一人では生きていけない、人は支え合って生きているということ。人が傷付く言葉を絶対使いたくないと思った。
 発表しなかったけど、よく勉強できた。楽しかった。
 「生きる」ということは、夢や目標を決めて努力して、その夢や目標を成し遂げることだと思った。
 「生きる」とは、共に助け合いながら生きることだと思った。お互いを大切にしながら生きていくことが、今日の学習で分かった。ぼくはこれから友達を大切にしていこうと思った。
 自分では考えつかないような意見がたくさんあった。話し合いが終わった後、プリントに「ぼくが生きるとは」についての意見を書いた。私は最初は悩んだけど、「ぼく」やその家族が協力してお母さんを支えていることから、「みんなで協力して支え合って生活すること」と書いた。
 生きるとは、自分のためだけでなく、家族のためでもあると分かった。お母さんは亡くなったけど、お母さんのために生き続けないといけないと思った。
 この授業はとても心に残った。生きるということは、とても大切なことなんだなぁと改めて思った。生きるということは、毎日自由に動けて言葉も話せるということがとても幸せだなぁと思った。それと、簡単に「死ね」と言ってはいけないと思った。これからは、人の気持ちを考えて話さないといけないなと思った。
 学習すればするほどいい話だと思った。そして、この話は、たくさんの疑問や意見が出たのでよかったと思う。これを見習って一生懸命生きたいと思った。

 「ぼくが生きるということ」は、著者から県下全ての小中学校に寄贈された本である。友達との関係、家族との関係、生命の重み、意味・・・いろんなことを、子ども自身の胸に問いかける、優れた本であった。子ども達は、自分なりに、今ある生を見つめ直すことができていた。この本に出会えて、本当によかったと思う。




              
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