別子銅山 (愛媛県)

元禄4年(1691年)の開坑から283年にわたり、日本の最先端であり続けた別子銅山。
最盛期には3800人の人々が、この山奥で生活した。
学校も、病院も、娯楽施設もあった。
ここには笑顔が渦巻いていたことだろう。




↓索道停車場跡
 これ以上の錆感があろうかと思えるくらいの、もの悲しい場所だったが、
日本の産業発展や公害対策の歴史がよく分かり、大変勉強になった。
産業遺産に触れるということは、今を生き、将来を拓くためにとても大切
なんだと今更ながら思ったし、人間の底力に触れ、生への執念とか喜び
とか、日頃忘れがちな感情もふつふつと蘇った。
 
↑第三通洞

 鉱山跡に入って行く時は、長男が働いていたスーパーカミオカンデに行った時のことを
思い出した。⇒「スーパーカミオカンデ



生活の痕跡を残す、変電所の内部。





 Copyright © 2012-Yoshiko    all right reserved.
inserted by FC2 system